ラブラシス機界編

20話・対人戦

 一刻も早く市民からの援助を得るべく呼びかけのメッセージを作り始めたヘンデンビルに代わって、リュネールが課員たちに連絡を取り始めた。
「ミリンダ?……うん、そう。あのさー、大変なことになっちゃったんだけどぉ。え?うん、まあそんな感じかなぁ、ちょっと違うけど。バレちゃったって言うか、これからバラしちゃおうって言う話になったのね。そんでさー、そのまま夜逃げするってことになっちゃってぇ」
 今後のことに関わる重大なことを話しているような感じではないが、とにかくこの調子でこんなことになるきっかけとなった子供たちのことや夜逃げ先にバティスラマを予定していることなどが伝えられた。
 話し相手になっているミリンダは昨日の打ち上げにも参加していたことを覚えている。とにかく陽気で、近くにいると頭が痛くなりそうな女性だった。幸い、彼氏がいるようでニュイベルを含めてあまり男には積極的に話しかけてはこなかったが、遠巻きに見ているだけでもニュイベルにとっては苦手なタイプだ。
 ニュイベルはヘンデンビルの作業を軽く覗き見てみた。手際よく映像の編集を進めている。生々しく凄惨な場面だらけだった映像も、どうにか直視できる程度のマイルドさに押さえつつ、悲惨さは伝わるものになってきていた。そして、パニラマクアの子供たちが同じように悲惨な運命を辿る前に救出しようと呼びかけるメッセージが添えられる。
 そうこうしている間にもリュネールの方も話が進んでいく。
「うん、うん。だと思ってさ。だからバラウィにはミリンダからどうするか聞いといてよ」
 相変わらず夜逃げという緊急事態を思わせない、急だけどみんなで遊ばない?と誘ってるような雰囲気だ。ミリンダは一緒に来ることになりそうだが、彼氏である同僚のバラウィがどうかと言うことで、話を聞いてもらうように頼んだところだった。リュネールの話し方のせいなのか、相手のミリンダも軽いノリで了承しすぎているような気がする。しかし、バラウィにもついてきてもらわないと……少し困る。
 リュネールは次の相手に連絡を付けることにしたようだ。やはり、気軽なトーンで話し始める。こちらは順調なのだろう。
 その時、ヘンデンビルがパンと手を叩いた。
「よーし。こんなもんでいいでしょ。いいよね。さ、公開しちゃおうね」
 みんなに同意を求めるような切り出し方ながら、全くもってマイペースの独断で公開に踏み切った。止める隙すら与えない。それどころか、どんなものが仕上がったのかさえ本人しか知らない状態だ。この適当かつ迷いのない行動ぶりに振り回されてきている課員たちだからこそ、こんな急な事態にもリュネールのような落ち着き払った対応ができるのだろうか。
「夜だからねぇ。暇な人の目には触れるだろうねぇ。朝までには結構話が広まると思うんだ。それで、お偉いさんは朝まで気付かないか、気付いても何もできやしないでしょ。その間に荷物をまとめてとっとととんずらしちゃおうね」
 もう公開のための作業も終わったようだ。つまり、もう後には引けない。
「しゅにーん。バラウィとミリンダは行けるそうですよ。ラサッテもオッケーで、サナスティ誘ってくれるそうですー。これからポーリンさんに連絡しようと思うんですけどぉ」
 誘ってみるなどと気軽に言っていい事態なのだろうか。今後の人生がまるで変ってしまうような決断を迫っているのにその感じはない。
「ポーリンとディラックは無理だろうねぇ。あの辺は1課のコムードに頼んでおくよ。いつもこき使ってるんだから断れないでしょ」
「一応、聞いてはみますね」
「うんお願いね。……あー。コムードくん、夜分ごめんね。急な話で悪いんだけどさ、3課解散することにしたから。事情はネット見て。うん、そう。広報。うちの研究員が何人か君のところに行くと思うけど、なに食わぬ顔で置いといてくれるとうれしいなぁ。……そう。助かるよ」
 こんな突然でよく分からない話だというのにすんなり話が通ったようだ。やはり、日頃から涼しい顔で結構な無茶をやっているらしい。
「はぁ。そろそろ帰れそうだとは思ってたが、こんな急に帰ることになるとはな」
 ニュイベル同様、やることもできることも特になくこの状況をただぼんやりと見守るだけのアーゼムがぼやいた。
 彼らがここ中央にきた理由はバティスラマには何もないからである。物資の多くはこちらで用意したし、持って帰るものもいくらもない。夜逃げの準備と言っても、元々持っていた手荷物をまとめるくらいだ。故郷に帰るだけのバティスラマ組は気楽だった。
 一方、バティスラマからきた中にも大荷物を抱えるものもあった。日々成長する自分自身が大荷物のバルキリーだ。
『ねえ、私、ここに残っても大丈夫かな』
 ニュイベルに問いかけてくるバルキリー。
「え?なぜだ」
『ここは電源も大きいし、資材もあるから捨てがたいの』
 ニュイベルも、ここはただ借りているだけ。決定権など有ろうものか。そういうことを決定できるのは、やはりヘンデンビルだ。……とは言え。
「大丈夫だよ。チームが撤収してもゴミ置き場に使うつもりだったし、ここの管理も機関がやってくれるでしょ。これまで君は解析装置だったけど、これからはゴミ処理装置のフリをして堂々と居座ればいい」
 案の定、二つ返事だが。
『それはなんかイヤ……。でも、それしかないね。それに、ここにある資源が全部私の自由になると考えれば……悪くないよね』
 監視の目も届かなくなったところで大量の資源を得、どんなやりたい放題を始める気なのかが空恐ろしいが、考えても仕方がない。
 バルキリーはニュイベルに向き直る。
「送りきれなかったコアのデータを朝までに複製してまとめておくから、バティスラマに持っていって欲しいの」
 それが数少ない中央からのみやげになりそうだ。
 みやげ扱いにはできないが、こちらから研究者を何人か連れていくことになる。さすがにいきなり連れていくことはできない。一応、話くらいはしておいた方がいいだろう。こういうことはブロイに押しつけるに限る。ニュイベルも端末を手にして連絡を取ることにした。
 急ぐことはない。田舎だけにスペースは空いている。物資に関しても問題はない。それに、到着までに日数もかかるだろう。まして彼らの受け入れに先駆けて大量の移民を受け入れる準備が必要だ、そこにもう10人程度加わったところで大差ない。
 だが、驚いたことにすでにブロイには話が伝わっていた。バルキリーがこちらの情報を逐一伝えていたようだ。
『女の子をたくさん連れてきてくれるそうだな。楽しみにしてるぜ』
「たくさんかどうかわからないぞ」
『とりあえず男3人女6人が決まってるそうじゃないか』
「何だって」
 いつの間にか話が進んでいたようだ。もうこの間の打ち上げに来た分くらいの人数が集まっている。リュネールも手の空いたヘンデンビルもまだ誰かに事情を説明しているところだ。この様子だとまだまだ増えるだろう。何人かはこちらに残るようなことを話していたが、ほとんどがバティスラマに行くのではないだろうか。
 それにしても他のことに注意が向いていたとはいえ、バルキリーを通して又聞きのブロイの方が情報が早いというのはどうしたものか。
『パニラマクアの方じゃ今、新しい映像を用意しているらしい。しかしまぁ、派手に援助公募したなぁ。俺たちもせっかくだからリアルタイムのパニラマクアが見られるチャンネルでも開設しちまうか?』
「いいんじゃないか、もう好き勝手やってもさ」
 一応ヘンデンビルに話くらいは通しておいた方が良さそうだが、また二つ返事のような気もするし、そもそもニュイベルが言わなくてもいつのまにかバルキリーが話をしそうだ。
 とにかく、急な引っ越しだが引っ越される側にも引っ越す当人にも問題はなさそうだ。特に、前触れなしの夜逃げにも関わらず殆どがついてくることに驚く。昨晩の打ち上げでは若い人が多かったが、やはり荷物も少なく簡単に引っ越せる身軽な人ばかりなのだろう。

 ニュイベルたちも夜のうちに少ない荷物をまとめておかなければならない。こちらの滞在が思った以上に早く終わったため、増えた荷物はいくらもない。荷造りはすぐに終わった。
 隣の部屋が騒がしい。バルキリーも引っ越しの準備のようだ。すでに機能のほとんどはラボの新しい本体に移行しており、残った部分も回収しているところだった。
 様子を見に行くとすでに半ば空だった。すぐに本体にまとめられるように簡単にばらせるようになっていたようだ。車輪のついた小さなバルキリーがアリのように行列を作ってラボに運んでいる。いつの間にこんなに作ったのかと驚くしかない。
 そのラボに、大きな輸送機が降り立とうとしていた。明日バティスラマに飛ぶのはあの輸送機なのだろう。ニュイベルは見に行くついでに荷物もおいてしまうことにした。
 アリの行列はラボから輸送機にも続いていた。よくは分からないが、手土産があるようだ。解析したデータをまとめて渡すとは言っていたが、それにしては量が多すぎる。それに、小さなバルキリーが担いで走っているのは見るからにがらくただ。あちらのバルキリーへの資材と言うことだろう。しかし、バティスラマの要塞から資源はいくらでも回収できるはずなのだが、まだ足りないのだろうか。
 荷物を置いて部屋に戻る頃には行列も途絶えており、隣の部屋を覗いてみるといくらか塵が落ちているくらいですっかり片付いていた。最後の一体のバルキリーが部屋の掃除をしている。機械なのに感心なことである。自分の部屋もついでに掃除しておいてほしいところだ。頼めばやってくれるのだろうが機械に頭に下げるのは少し癪なので自分でやるしかない。
 どちらにせよ、荷物ももうないし、それほど使ってもいないのでそれほど汚れてはいない。適当に拭いたら何となく満足できるくらいにはなったので、さっさと寝ることにした。

 朝が来た。昨日の朝には、いくらもう用は済んだとはいえまさかこんな急に帰ることになるとは思っていなかった。
 まだ自分たちはいい。急な呼び出しでバティスラマに連れて行かれる事になったヘンデンビルの部下こそ、寝耳に水だっただろう。
 輸送機に向かうと、その前に人が集まっていた。大部分は一昨日の打ち上げで見た顔だ。ニュイベルは挨拶がてら気になっていたことを聞いてみた。
「大変だったでしょう、急な話で。いろいろと大丈夫ですか」
 確かバラウィと言ったか、ノリの軽そうな男がその問いかけに答える。
「いやあ、あなたがたが来た頃から、ずっと主任がレジナントに乗り込んで調査したいって言ってましたからね。こりゃあ絶対行くことになるなとは思ってましたよ」
 どうやら、それほど急な話ではなかったようだ。昨日、やけに話がすんなり進んだのも納得だ。最初からある程度準備と覚悟はできていたのだろう。
「主任、顔に似合わず行動力はありますからねー」
「私の顔は行動力なさそうに見えるかい」
 噂の本人ものんびりとやってきた。正直、行動力に縁がありそうな顔ではない。ニュイベルも、この顔や雰囲気に騙されていたと言っても過言ではない。
 人は揃ったようだ。輸送機に乗り込む。大人数が乗っても余裕綽々の大型輸送機だ。そしてそんな輸送機の大きな貨物スペースには、思いの外多くの荷物が積んであった。バルキリーが運び込んだがらくたが大部分のようではあるが、ちゃんとした機材らしきものも積まれている。
「機材がないって言うからね。いくつか機材を見繕って運んでおいたよ」
 ヘンデンビルに確認してみると、案の定だった。だが、少し気になることがある。
「助かります。しかし、高価な機材もあるでしょう。こんなにたくさん、よく許可が出ましたね」
「いやいや、許可なんて取ってないよぉ。なるべく迷惑かからないようにあまり使ってない古い機材を多めに選んであるから大丈夫大丈夫」
 平たく言えばかっぱらってきたということだ。とんでもない話だった。全然大丈夫ではない。
「多めにってことは……古くない機材も?」
「うん。これとか、最新の奴ね」
 もう使わないような機材ならともかく、これからどんどん使おうという機材もあるということだ。ますます大丈夫ではなさそうだ。
「うわー。これ使ってみたかったんですー」
 喜ぶ課員。話は聞いていたのだから喜んでいる場合ではない。もう開き直っているのだろうか。
 このヘンデンビルというオヤジは、実にとんでもないオヤジだった。むしろぶっ飛んでいる。そして、輸送機はすでに飛んでいる。もはや後戻りはできないのだった。

 中央の輸送機はさすがに高性能だった。ニュイベルがバティスラマから乗ってきた高速輸送機よりもだいぶ早く進む。
 ニュイベルも腹を決め、ヘンデンビルがかっぱらってきた機材に期待し、詳しく使い方を教わっておくことにした。レジナントの解体も、パニラマクアとの通信も進んでいるはずだ。帰ったら早速やることが多く待ち受けているだろう。
 課員たちは始めてみる動くバルキリーに夢中になっている。確か、中央に残ると言っていたはずだが、なぜバルキリーが乗っているのか。よく考えれば、複製はいくらでも作れるのだから一機くらい複製を付いてこさせるくらいなら容易いことだった。
 こうしてみてみると、課員は若い女だらけだ。場が一気に華やかになり、ギリュッカの機嫌は悪くなった。
 ニュイベルはどうしてこんなに偏った顔ぶれなのか、それとなくヘンデンビルに聞いてみた。
「私のハーレムだよ」
 冷ややかな目をしばらく向けておくと本当のことを話し始めた。
「私たちの研究分野は分からないことの方が多くて手探りで、地道な作業が多いからねえ。ねばり強い女性の方が向いてるってことでこうなってるんだよ。表向きは」
「……裏の事情もあるわけですか」
「日頃暇だから他の課の応援が多いじゃない。応援してもらうなら、女の子の方が嬉しいでしょ。割と貴重な女の子たちだからね。それぞれの課員として囲い込むより、みんなでシェアしようってね」
 シェアできるように、応援中心になっている3課に配属されたらしい。それをごっそり連れてきてしまったのなら、かなり研究所の連中から恨まれそうだ。
 そして、そんな若い女性課員以外はヘンデンビルを含めてある程度実力も地位もある研究員が多かった。家族も、やり残した研究もあり、ついては来られない。よって、女性が多めの編成になっている。
 輸送機の下に広がる光景が荒涼としたものに変わりはじめ、やがてそのようなところばかりとなった。見慣れた光景だ。中央の人間にとっては、見渡す限り人工物のない風景は初めてであることも珍しくない。半分観光気分で景色を眺めていたが、正直鑑賞に堪える風景ではない。すぐに飽きて船内での酒盛りが始まった。
 そんな暢気なことをしている間にも事態は動いていた。そして、バルキリーはそれに向けて、密かにそして静かに、準備を進めていたのだった。

 平穏を破ったのは、ヘンデンビルに届いた通信だった。
「んー、そう。意外と早いねえ……。ま、何とかするよ」
 ヘンデンビルは通信を切ると、盛り上がっている面々に向かって言い放つ。
「やー。もう中央政府軍の追っ手がこっちに向かってるんだってさー」
 ニュイベルが酒を噴き出した。
「せ、政府軍ですか!女を取られた研究所からじゃなくて!?」
「研究所はそんなことで追手を放ったりしないよぉ。欠員の補充なんかすぐだもの、中央じゃ人は余ってるんだから」
 田舎の人手不足を理解したヘンデンビルの発言。とにかく、重要なのは研究所がきれいどころに困っているかどうかではない。
「政府軍って!それほどのことなんですかこれ!」
 よくは分からないが、とんでもないことになったような気はする。
「まあね。元々政府に止められてた研究だし。それを勝手に進めた上公表までしちゃあ、政府だって怒るよね。だから逃げたんだし」
 そのくらいは分かる。追い出される位のことだろうとは思っていたが、逃げたところを追われるほどだとは思っていなかった。
 逃げても追われるということは、追い着かれればただでは済まないだろう。捕らえられるか、その場で殺されるか。暢気な課員たちも政府軍が追ってきたと聞いてさすがにパニックになる。
「大丈夫大丈夫、手は打ってあるから。そろそろ準備できてる?」
 軽いノリでバルキリーに話しかけるヘンデンビル。
『できてるよ』
「それじゃまずジャミングお願い」
 見た目には分からないが、あたりは妨害電波に包まれた。端末を見ると通信不可になっている。政府軍がこちらの位置を調べるなら、位置確認のための電波を使ったり、電波による探知を使うことが考えられる。それを手っ取り早く遮断し封じたということだ。もちろん、こちらからも相手の位置を電波で探ることはできなくなるし、通信もできなくなる。
「これからどうするんです」
 ヘンデンビルは何か手を打っているようだが、例によって何にどう手を打ってあるのかがさっぱりわからない。それを知らないことには不安は全く消えやしない。
「まずは、目立たないように地面に降りることにするよ。どうせ、逃げても追いつかれるからね。ジャミングはこっちの位置を分かりにくくするためのファーストステップだよ」
 確かに、ジャミングによって正確な位置を知らせるための通信電波は遮断されるだろう。だが、そのジャミング電波の発生位置はあっさりと割り出せる。まだまだ、居場所を教えているようなものだ。
『そこで、この子達の出番だよ』
 説明をバルキリーが引き継ぐと、羽虫のような音を立てながら輸送船の奥から小型のプロペラ付きバルキリーの群れが飛び出してくる。
『この子達にも発信器がついてるんだ。散開してジャミング電波を放つことで追っ手を攪乱するの』
 ハッチが開かれ、そこから小型バルキリーは四方に飛び散っていく。広範囲にジャミング電波を広げることで、どこがその発生場所かを特定できなくするわけだ。
「このまままっすぐ飛んでも意味がない、せっかく場所が分からなくなったんだから、ちょっと進行方向から位置をずらして隠れるよ。このまま飛んでもちっちゃいバルキリーちゃんは追いつけないし、輸送機だけ離れちゃうからね」
 輸送船は進行方向を大きく変えて元のコースから外れ、岩陰を選んで着陸した。その間にも、プロペラバルキリーは続々と飛び立っていく。
 降り立った輸送船からは、歩行型のバルキリーの群れが次々と出ていった。ニュイベルは昨晩目撃した輸送機に大量のスクラップを運び込むバルキリーの姿を思い出した。どうやら、あれは単なる手みやげではなく、このバルキリーを量産するための資材だったらしい。と言うことは、こうなることは昨日の時点で予測できていたと言うことだろう。
 バルキリーはジャミング電波に自分たちへの通信電波を混ぜ、連絡を取り合っていた。広範囲にジャミングの雲を広げるバルキリーたちは、広範囲を監視するレーダーとしても働いている。
『追手が見えたよ!数は……6……8……14』
 バルキリーによって、やってきた追っ手の位置がモニタリングされる。
「あら。随分来たじゃない。やっぱり暇みたいだねえ、政府軍もさ」
 暇だからたくさん来ているのか、それともそれだけ本気で彼らを始末しようとしているのか。どちらにせよ悪い状況であることは確かだ。
「それだけの数がいれば、散開して広範囲を探索できますよ。広範囲をジャミングしたところで、見つかるのは時間の問題ですね」
 ニュイベルも一応機軍との戦闘のノウハウがある。そのくらいのことは経験で分かる。そして、まさにその言葉通り固まっていた追っ手は放射状に散開した。
「でも、このジャミングは見つかりにくくするためだけじゃないよ。見つけたことを仲間に知らせるのも一苦労だ。まして、散開しちゃうとね」
 確かに、その通りだ。
「見つけた奴の口を塞いでしまえば、見つかってないに等しい。そういうことですね」
「その通り……なんだけどね。ちょっと、難しいみたい」
「何でですか」
 やはり、高速で飛び回る飛行機を攻撃はできないのか。ニュイベルはそう思うが、そうではないようだ。
「この子は優しい子だから、人が乗っている飛行機を落としたくないんだって」
 ニュイベルは心の中でマジかよと呟いた。しかし、ここで中央政府軍の人間を殺して逃げ切ったところで、ニュイベルたちにしてみても後味は悪いだろう。何せ、今まで戦ってきた相手は機械。人を相手に戦ったことなどない。それに、そんなことになれば確実に遺恨を残す。追跡はさらに熾烈になる事だろう。
 しかし、それならどうするというのか。
 そうこうしているうちに、遠くに中央政府軍の追跡機らしい姿が見えた。距離は遠いが、こちらに向かってくる。
 その時、地上に待機していたバルキリーたちが光を放った。光の弾が一直線に追跡機に向かっていき、激しい光を放って炸裂する。
「攻撃してるじゃないか!」
 ニュイベルのツッコミ。そして、そもそもいつの間に砲台を搭載したのかと疑問に思う。
『虚仮嚇しだよ。見た目ほどの破壊力はなくて、ちょっと衝撃があるくらい』
 ちょっとした衝撃と光。まさに虚仮嚇しだが、効果は覿面だった。攻撃に怯んだ追跡機は方向を変え、どこかに逃げていく。
「でも、この場所はバレますよね」
「バレるけど、すぐには連絡が取れないよ。だって電波の雲の中だもの。連絡も取れずにほぼ孤立した状態で攻撃を受けたら、一目散に逃げるでしょ。だって、中央政府軍なんて実戦を知らないヘタレだもの」
 確かに、その通りの事が起こっている。連中の仲間はまだ何も知らずに電波の雲の中を手探りで飛び回っており、攻撃を受けた位置の報告すら受けられないだろう。
『これだけじゃないよ。ここからは私のオリジナル!』
「へえ。何をするのかな」
 とてものんきなバルキリーとヘンデンビルのやり取り。戦闘中であることを忘れさせてくれる。
 画面にモニタリングされている追跡機が一機、また一機と方向を変えて明後日の方に飛び去り始めた。オリジナルの何かが効果を現したようだ。
『飛行型の子にも武器を持たせてみたの。至近距離でしか攻撃できないけど、先回りして撃てばこの通り!』
「へえ。なかなかやるじゃない」
 素直に感心するヘンデンビルだが、ニュイベルはむしろバルキリーが自己判断で兵器を扱っている現状に危機感を覚えざるを得ない。
 とにかく、ジャミングの範囲どころか攻撃を受けた場所さえ広範囲に広がりすぎていて、追っ手もこちらの位置を特定できなかったようだ。無事だった追跡機も攻撃を恐れてかジャミング領域を迂回しながら引き返し、全て彼方に飛び去って行った。

 無事追っ手は撃退したものの、必ずや更なる追っ手を仕向けてくるだろう。もちろん次はこんな手緩くはない。
 そうであるならば、のんびりせずに一刻も早く逃げるべきなのだが、そうも行かなかった。広範囲に散った小さなバルキリーたちを回収したいそうだ。
 切り捨てて逃げてしまってもいいのではないかと思えるが、バルキリーにとっては子供を置いて逃げるようなもの。そんな心情はさておいたとしても、逃避行においては貴重な資源だ。可能な限り回収するに限る。
 散らばっていたバルキリーたちが四方八方から舞い戻ってくる。改めて、すごい数だ。確かにこの量を捨てて逃げるのはもったいないし、これだけあれば次に追われたときもまた何かできるのではないだろうか。
 全て回収し終わり、輸送機は上空に飛び上がった。
 しばらくして、ヘンデンビルに連絡が入る。機軍対策情報局の同僚らしい。
『無事、撒いたらしいな』
「うん、まあ。おかげさまでね。撒いたというよりは追い返したって感じだけど」
『派手にやらかしたみたいじゃないか。だが、おかげで御冠だぜ。次はいよいよやべえぞ。中央は自律戦闘機軍団を出動させるってぇ話だ』
「おや。あちらも本気だねえ」
『何だよ、その暢気なしゃべりは。もうちっと危機感持ったらどうだい』
「確かにとんでもないけどねぇ。自律戦闘機ならこっちも手加減する必要なさそうだし、むしろちょっと楽しみかもしれないね」
『本気でやり合う気か。止めやしないが……まあ、気をつけな』
 その通信で伝えられたことを一同に知らせる。課員たちはまたパニックになるが、ニュイベルたちにはピンと来ない。何せ、自律戦闘機と言われてもさっぱりなのだ。
 自律戦闘機とは名前そのまま自己制御で自動的に戦闘を行う航空攻撃機で、機軍との戦闘で何度も投入されてそれなりの成果を上げてきている。攻撃することしか考えないので、もう生け捕りなどと言う生温いことはせず皆殺しにする気満々と言うことだ。
 だがヘンデンビルの言うとおり、先ほどは手加減していたバルキリーも人の乗っていない戦闘機なら容赦無しだ。本気のバルキリーの戦闘能力も見られる。人類に敵対して機軍並の脅威になることを恐れるのはその力を見極めてからでもいいだろう。


 中央政府軍の自律戦闘機を搭載した母艦が出撃したというニュースが流れている。
 ヘンデンビルの謀反はこれまでに例のない出来事だ。大事件として全世界を騒がせるほどのニュースになっている。報道にも熱が入り、騒ぎの発端になったヘンデンビルの作った映像や、投入される自律戦闘機の数まで報道されている。
「これって、言っちゃまずいんじゃねえの」
 貴重な男性課員のサナスティがぼそっと言った。肩を並べて報道に見入っていたラサッテが考え込む。
「そう言えば……そうだよね」
「急なことだから報道規制が間に合わないんじゃないのかな。まあ案外、わざとやってるのかもしれないけど」
 相変わらず、何事もないようにとぼけた顔でヘンデンビルが言った。リュネールも考え込む。
「わざととなると、どっちに利するつもりでわざと情報を流してるのかでこの報道の信憑性が変わりますよね」
 こちらに正しい情報を知らせようと言う意図か、はたまた誤った情報を伝えることでこちらを混乱させる狙いか。
 報道が伝えている通りであれば、母艦の性能からして追いつかれるのは明日以降になる。しかし、もっと高速の母艦で追撃してくるかもしれない。警戒しておくに越したことはない。
 バルキリーが哨戒機を飛ばすという。先程のようなプロペラ型かと思ったが違うようだ。より高速の飛行ができるグライダー式の新型機だ。先程の追跡機を見て、こんなのもあるのかと学習し、さっそく取り入れてみたそうだ。なお、滑空機の仕組みを入れ知恵したのはバティスラマの技術者たちらしい。相変わらず、ホットラインは繋がっているようだ。
 ホットラインが繋がっているのはそこだけではない。パニラマクアの要塞とも繋がっており、機軍への抗戦で培った戦闘ノウハウも受け取っている。機軍から丸写しした兵器も搭載できる。
 ただ、一つ問題があった。バルキリーのエネルギーセルはは蓄電池、高エネルギーを扱うには出力が足りない。ジェットエンジンは使えないし、砲撃の火力も高くはない。中央政府軍の戦闘機相手にどれほど戦えるかは未知数であり、賭だろう。
「機軍の兵器がコピーできるなら、プラズマセルもコピーすればいいのに」
 プラズマセルは機軍がよく用いているエネルギーセルだ。電磁場のフィールドの中にプラズマを封じ込め、そのプラズマが保有する膨大な熱エネルギーを利用する。
「駄目だよ、危ないし怖いもん」
 機械のくせにビビってるのかと心の中で呟くニュイベル。しかし、危ないというのには同意だ。機軍の攻撃機を破壊すると、プラズマセルが制御できなくなりプラズマが流出し爆発を起こす。金属であっても一部蒸発し、残った部分も概ね熔解するほどの熱だ。近くで暴発でもしたら巻き込まれかねない。
「そもそも、プラズマ生成するほどのエネルギーをどこから確保するのかって言う問題もあるよ。この輸送機も多少は余裕を見て燃料を積んでるけど、使いすぎるとバティスラマに着かないよ。途中で補給させてもらえるかも分からないんだから」
 そう言う問題もあった。むしろ、そっちの方が大問題かもしれない。
「途中で補給できないって……バティスラマに帰れないじゃないですか」
「そのくらいはあらかじめ積んであるから大丈夫だよ」
 そのくらい大きな燃料タンクを持っているのか、予備タンクが積んであるのか。どちらにせよ、足りはするが余分なエネルギーはあまりない。莫大なエネルギーを使うプラズマセルは使わない方がいいのは確かだ。

 だが、心配はすぐに解消された。立ち寄った都市でも補給は受けることができた。
「よく補給を受けさせてもらえましたね」
 本心から言うニュイベル。
「さっきもらったプログラムがうまくいったみたいだね」
 どうやらまたヘンデンビルの小細工のようだ。
「プログラム?」
「船体コードを書き換えるプログラムだよ。今この船は別な船ってことになってるんだ」
 穏便に補給を受けたわけではなかったようだ。
「めちゃくちゃやりますね、まったく」
 そして、それはヘンデンビル一人の仕業というわけでもない。そんな悪質なプログラムをヘンデンビルに回した協力者がいる。情報局の同僚だろうが、協力したことがばれたらこちらもただでは済まないのではないだろうか。
「さあ、偽装がばれないうちに出発しようね。さっさと!」
 それには同意だ。
 燃料に余裕ができたことで、プラズマセルの使用もいくらか現実的になってきた。だが、バルキリーが怖いというのでプラズマセルの使用は見送られた。ただ、プラズマ砲くらいは使える。プラズマ砲は随時プラズマを生成し放出する砲台だ。それなりにエネルギーを消費するが、
 輸送機の機体に取り付ける形でプラズマ砲が設置されることになった。中央政府軍は輸送機だと思い高をくくっていたところを反撃を食らって泡を食って逃げ帰ったが、今度は輸送機そのものが攻撃を仕掛けてくるようになった。いずれにせよ、今度は無人の攻撃機。意表を突かれたところでひるんだりしない。
 他の兵器も配備されるようだ。小さな砲台を搭載したバルキリーが群をなして飛行中の輸送機の船外に出て行く。頭に角を持つ虫の群のようだ。このバルキリーが搭載している武器はミサイルランチャー。ミサイルと言っても爆発物は内蔵されておらず、飛距離を伸ばしたり多少対象物を追尾する程度のエネルギーが注入されている程度だ。いわば矢のようなもので、こんなものでも突き刺さればかなりのダメージとなる。シンプルな武器だけに、補給も簡単だ。
 一発、プラズマ砲を試し撃ちしてみることになった。プラズマ弾は虚空に撃ち出され、程なく霧散した。射程距離は短いがこんなものだろう。
 ミサイルも射程距離は長くない。引きつけないと攻撃はできない。こちらはむしろ接近されたときの最終手段と割り切った方がいいだろう。こちらの主力はあくまでグライダー型のバルキリー。こちらから出向いていって攻撃するのだ。
 パニラマクアの巨大バルキリーと機軍の小競り合いを中継で目撃したが、似たような戦いが目の前で繰り広げられることになる。高みの見物とは行かないのが不安だが、生きて逃げ延びられれば貴重な体験になることだろう。