ラブラシス機界編

18話・隠蔽と暗躍

 データライブラリでの調査は結局の所、調べたいことの答えは得られず疑問だけが増えるという不本意な結果に終わった。これで成果があったとは言い難い気もする。それでも、一応前には進んでいるのだろう。とにかく、バルキリーはかなり昔から存在していたことは分かった。その正体を掴むには、バルキリーや機軍、果てはこの世界の過去の姿も知らねばならないようだ。今を生き抜くのが精一杯であり誰にも省みられることもなかった歴史を紐解く必要がある。
 そういう調べ物はニュイベルもリュネールも専門ではないし、歴史の痕跡も繰り返された戦いで消え去り今更残されてはいないとなれば調べようなどなく、そもそも専門家もいるはずがない。ブロイのような変わり者の物好きならば調べる気になるかも知れない。そちらは押し付けておくことにしよう。
 その一方で、要塞核の中に存在していたバルキリーにも正体の掴めないデータが過去の情報の残滓である可能性もある。数少ない手掛かりかも知れないのでよく調べてみる必要がありそうだ。

 ニュイベルとリュネールが研究施設に戻ると、状況が一変していた。ずらりと並んでいたバルキリー型物理スキャナが撤去されていた。スキャンが終わったのだ。つい数日前に開始した時には絶望的に長い作業になると思っていたのが嘘のようだ。そして、用済みになった物理スキャナはバルキリーの前に積まれ、バルキリーに順番に食われている真っ最中だった。それで無駄はないのだろうが、物理スキャナ搭載機もバルキリーミニチュアであることに変わりはなく、見ただけではまるっきり共食いだった。そしてそうやって食った分、またそしてまだ何か生み出すつもりなのかと不安にもなる。
 そんなバルキリーも含む仲間たちに、ライブラリでの成果を報告する。
 最近出て来たばかりの新型だと思っていたバルキリーが実は古代からその存在を確認されていたことは皆意外に感じたようだ。
 一方、リュネールはバルキリーのことが知られていなかったことに驚いたようだ。自分たちが懸命に調べていることだけに、軽くショックだった。だが、考えてみれば無理もないことかも知れない。リュネールたちは熱心に調べてはいるものの、余所では稀に目撃がある程度、それも数十年おきくらいのペースだ。そのせいもあってリュネール自身は日頃はすることがなくて他の部署の手伝いに回っている有様だ。
 最近グラクーでも目撃されたのでリュネールの周りにはどうにか知っている人もいたが、それまでの何十年間は目撃例もない。忘れられていても仕方がない。そして、そのグラクーでの目撃も“新型の機兵”という認識だった。中央からバルキリーという呼称を伝えられたが、新しく名前が付けられたと思われている。実際、ニュイベルたちの認識もそんな感じだった。
 そんな現場での認知度の低さと扱いの実態を知って、リュネールは更にショックを受けた。
 しかし、落ち込んでいる場合ではない。データの吸い出しは終わり、バルキリーの研究に歴史的で飛躍的な成果が期待できるのだ。早速、ヘンデンビル主任に報告する。
 知らせを受け、ヘンデンビルが手みやげを持って駆けつけることになった。

 その手みやげがまたスクラップじゃなかろうかと警戒していたニュイベルだが、普通に酒とつまみだったので安心する。
 ヘンデンビルが田舎者の節操無い呑みっぷりを甘く見ていたため酒はすぐに足りなくなったが、課員を呼び寄せるついでに追加の酒を持ってこさせた。斯くして、大宴会の夜が始まった。
 課員は思っていたよりも女性が多く、場が一気に華やかになった。そんな若い女友達とおしゃれに飲むことの多かったリュネールだが、今日は飲んだくれたちに合わせて飲んだせいで酒の追加を待たずに出来上がり、ヘンデンビルに絡み始めた。
「私たちの研究って、光が当たらなさすぎだと思うんです。もっと注目されてもいいのに。バルキリーのこと、みんな知らなさすぎですよ。こんなに重要な機体なのに……」
 言うまでもなく、バルキリーが前線では知られておらず、近頃ようやく“新種”として認知されたということに対する愚痴だ。ヘンデンビルは特に困るような素振りも見せず、いつも通り飄々とした顔で応対している。
「仕方ないと思うよ。そもそもよくわからない機体だったし。何十年とか、長い時には何百年というスパンでしか目撃されないわけだし。それに、バルキリーって死神みたいなものだから、なまじ認識されてても混乱しか招かないからね」
 言われてみれば、バルキリーは当初から要塞の制圧のために進入した工作部隊からの防衛や都市の制圧など、人間を直接殺戮する場面に投入されている。都市にそんな物が現れれば絶望するかパニックになるしかない。それならば、知らない方がいいというのも分からないでもない。
「あの。だいぶ前からそのバルキリーが堂々とそこら中を歩き回ってるんですけど。大丈夫なんですかね」
 ニュイベルは気になったことを聞いてみた。
「現にほら、大丈夫じゃない。バルキリーなんて研究者しか知らないし。研究者のリュネールだって最初はただのリサイクルだと思ってたって話だし。田舎は人手不足だから自動化が進んでるんでしょ」
 そこからして嘘なのだが、今更訂正するのも馬鹿馬鹿しいので放っておくことにした。
 死神とも呼ばれるバルキリーだが、認知度の低さのおかげで平然とそこらを歩き回っていても誰も気にしていない。ヘンデンビルの連れてきた研究者たちの発言でもそれが伺える。
「えーっ。もしかしてこのロボットって、バルキリーなんですか」
 確かに独自進化のマイナーチェンジを繰り返したとは言え、どうにか原形くらいは留めている。それでも研究者ですらそれがバルキリーであることに気付いていない。確かに、この調子ならバルキリーが歩き回っても大丈夫だろう。こんなことでは別な意味で大丈夫なのか不安にはなるが。戦火に晒されたことのない中央の平和ボケも手伝っているとはいえ、緩すぎやしないか。こんな危機意識のないところに、正体も掴めていない勝手に活動するような機械を持ち込んでよかったのだろうか。
「基本的によくわからないものだからねぇ。知らなくても仕方がないよね」
「でも!もうよくわからないなんて言わせませんよ!」
 リュネールはそういい胸を張る。
「今回の研究の成果が発表されれば認知度も鰻登り、重要ぶりも知れ渡って私たちも一躍有名人、研究予算も倍増です!」
 しかし、そんな野望はヘンデンビルの言葉にあっさりと打ち砕かれる。
「発表は、ないねぇ。上に報告する気もないし」
「え。報告しないんですか」
「だってこの研究、私の個人的な趣味みたいなものだしねぇ」
「えっ。そうだったんですか?」
「うん、そうだよ。だから政府の目の届きにくい僻地にこの施設を置いたんだもん」
「でも、これだけの成果が上がったんですよ。報告しましょうよ」
「いやー。こんな研究してたことが知れたら怒られちゃうし。成果ももみ消されちゃうんじゃないかな。だから趣味ってことにして研究してるわけよ」
 さすがに、居合わせた誰もがその話を気にしだした。ニュイベルは尋ねる。
「どういうことですか」
「どうも何も。バルキリーって言うのは中央政府軍もあまり触れてほしくないみたいでね。目撃例は多数あるから姿や名前が知られてるのは仕方ないんだけど、詳しく調べたいって言っても聞いてくんないの」
「え?でもうちってそのバルキリーを調べるための部署じゃないんですか」
 リュネールをはじめとした同僚たちも顔を見合わせる。
「そうだよ。で、調べてた?」
「……いえ」
 思い起こしてみても、他所のお手伝いをさせられた記憶ばかりである。
「ようやく我が部署の本領が発揮されたと思ってたんですけど?」
「そうだよね。まあ、上にとっては不本意だろうから表立ってはやってない訳だけど」
 言われてみれば、と言う感じである。安く広い場所が確保できるからと言う理由にしても、この場所はちょっと郊外過ぎる。そして、サポートとして寄越されたのはエリートとは言えリュネールただ一人。長年の悲願だった本来の役目にしては規模がしょぼすぎた。
「バレたら上から妨害されるから大っぴらにやれなかったんだよね」
 複雑な事情がありそうである。ここまで話したのだから、もっと詳しく話してくれてもいいだろう。

 ヘンデンビルは昔のことを振り返る。
「んー。今更だけど、これもちろん内緒の話ね。そうねぇ、今から20年くらい前になるのかな。私が今より若くてかっこよかった頃よ。レジナントでバルキリーが捕獲されたことがあったのね」
 ニュイベルたちにとっては自分たちの故郷がらみの話だが、そんな話は聞いたことがなかった。古い話だとはいえ、少なくともここにいるメンバーにそのことを知るものはいなかった。
「ま、それがまさに揉み消されたって奴だよねぇ。あの時は確か……レジナント要塞が突然活動を停止して、押されてたバティスラマの部隊がその隙に反転攻勢で一斉攻撃を仕掛けたんだったかなぁ。中に突入してみると、同士討ちでもあったみたいで要塞の中は滅茶苦茶。多分、今はルナティックって呼ばれている物と似たようなウィルスの仕業だと思うんだけどね」
 その時の要塞内は瓦礫や壊れた機兵が散乱しており、まさに略奪もし放題だった。人間たちはこの隙にと持ち出せる物は片っ端から持ち出した。中にはバルキリーの機体も混じっており、詳しく調査された。その時はバティスラマの外郭に調査基地が建造されたのだが、調査の半ばに機軍の襲来を受けて外郭もろとも調査基地は破壊された。結局大したデータは得られず、その後要塞も復旧し、そんなことがあったことさえ忘れられたという。
 そんな中、当時の解析研究課3係係長は貴重なサンプルとしていち早くバルキリーの機体を確保して調査を行っており、その機体は無事だった。だが調査を続行しようとした矢先、中央政府の命令で調査は突然中止になった。
「その時、初めて非戦闘タイプのバルキリーが発見されたんだけどね。その報告をした途端に調査の打ち切りが決まったんだよね。しかも機体は没収の上粉砕してまで処分されてねぇ。名目上はウィルスがこちらの機械に悪影響を及ぼす危険性が出たからってことになってたんだけど……誰も信じてなかったよ。もうね、いかにも何かありそうだった。しかも、中央政府も何かを知ってて隠してるの見え見えだったねぇ」
 何を隠しているのか気にならないわけではないが、さすがに政府に逆らってまで研究を進めるわけにもいかない。それでも彼らは手がかりを求めて密かに動いていた。やがて、ヘンデンビルが係長に就任。その研究を引き継ぐこととなる。
 その頃の解析研究課3係は要塞についての研究を行う部署だった。ちなみに1係は侵攻してくる機兵、2係は要塞防衛を行う機兵についての研究を行っている。1係は言うまでもないほどの花形。他は地味だが回収されてくるサンプルが少なくない2係はまだマシ。3係は要塞制圧直後の短い期間しか本領発揮できずそれ以外は余所のお手伝いと言う、名目以外は今とあまり変わらない感じである。
 それが本来ならば都市制圧兵器つまり1係の領分であるバルキリーも調べる部署になっていったのはなぜか。それは都市に侵攻もせず、要塞で見かけられるが防衛兵器ではないバルキリーが目撃されていたからだった。言うまでもなくレジナントで発見された機体の事である。揉み消しても憶えているぞ、と言うメッセージのようなものだった。
 とは言えヘンデンビルは面と向かって上に喧嘩を売るようなタイプではない。回されてくるから一応調べるね、と言う感じで適当に調べて終わりだ――表面上は。裏で前3課長の意志はしっかり受け継いでいる。もっとも反骨精神からではなく、本当に個人的な興味でだ。
 当然、中央に居ても前線の新しい情報は入りにくい。前線の司令官であるマクレナン、カントナック両名にはしっかり根回ししてあった。それらしい機体の情報があったら中央政府より先にこちらに情報を回せ、と。この両名は使い捨てられるために前線に飛ばされるくらいに反骨精神のある連中。二つ返事で了承してくれた。
 その頃、機軍側には確実に何か起こっていた。長らく優勢だったレジナント要塞はなぜか積極性を失って防戦に回り、逆に陥落寸前まで追い込んでいたラザフス要塞は急激に力を取り戻して体勢を立て直した。時同じくしてラザフス周辺でバルキリーの出没が急増。バルキリーは死神の通り名にふさわしい暴れぶりでグラクーの部隊を苦しめたが、その動きもまた奇妙だった。何せ、今まで抗戦可能な戦力を残した都市への攻撃に制圧兵器と認識されていたバルキリーが動員されたことはない。余力が十分にあるグラクーにバルキリーが出没しているだけで特異な事態だ。
 これまではもはや戦う力のない都市を蹂躙するばかりだったために返り討ちに遭うこともなく謎のベールに包まれたままだったバルキリーだが、迎撃・回収されることもまた増え、不完全ながらサンプルも飛躍的に増えた。もはや中央政府も揉み消しきれなくなったのか、横槍などの障害もなく当初研究は地道ながら順調に進んでいた。
 しかし、バルキリーの内部は特殊過ぎた。制御装置のプログラム解析を行おうにも、一般的な機軍機兵の制御装置と形式があまりにも違う。ニュイベルのように接続ユニットを利用して馴染みのある一般的な機軍形式に変換することまでは思いついたが、吸い出されたプログラム自体が特殊で、完全にお手上げだった。思えば、こうして最終的に行き詰まるのが分かっていたからこそ、横槍も入らなかったのかも知れない。
 やがてバルキリーのサンプルはまた貴重になっていき、再びバルキリーの研究については忘れられていく――。

 表面上は忘れたように振舞っていても、実際に忘れた訳ではなく何かあったら知らせるよう根回しして網は張っていたのだ。
「それで最近マクレナン司令官からこっそり貰った情報がもうビンゴ!って感じでさ。バルキリーが動いているどころか敵対もせず飼われてる上に、要塞核もなんかバルキリーの親玉みたいな代物だとか。しかもバティスラマの研究員がその要塞核の研究を中央で行いたがってるなんて打診が来たもんだから、独断で決定しちゃった。上にお伺い立てたらまず確実に横取りされちゃうからねぇ」
 どう考えても、これまでに上が隠してた以上のとんでもない事実だ。要塞にバルキリーがいるどころか、要塞の核がバルキリーである。しかも、活動可能なバルキリーが捕獲されている。いや、捕獲とは言い難い。現状、完全に野放しのようだし。殺戮マシンのはずなのに、飼い馴らされているらしいし。そんなもの、調べてみたいに決まっていた。
 あちらも中央で調査をしたいと思っているならまたとないチャンスだと思い、密かに囲い込む準備をリュネールにも手伝わせて行ったのだった。もちろんリュネールはそこまで事情を知らず、前線から研究員が来るから色々手配しておいてねくらいの指示しか受けておらず、その通りにしたまでである。
「ラザフスの動きのせいで中央政府はなんかばたばたしてきていてねぇ。しかもそこにレジナント、パニラマクアと立て続けに異常事態が発生して。もうね、上も大混乱よ。その隙に、目を盗んで勝手に調べてるの。昔、何で研究が中止になったのか気になるじゃない。止められる前に調べられるだけ調べちゃおうってね」
 このヘンデンビルという男、とぼけた顔をしているがずいぶんと反骨の気風のある食わせ者のようだ。そんなことを感じさせないいつも通りの飄々とした顔で言う。
「それにしてもまさかその動くバルキリーまで連れてきてるとは思わなかったけどねぇ」
 その点についてはリュネールも同感だった。
「名目が解析機材ですもんね。バルキリー解析用だから形を真似ただけかと思ったらホンモノだったなんて……」
「あの、ちょっと言っておきたいんですが。こいつは我々が連れてきたわけじゃないですよ?我々がこっちに到着した後、荷物として送りつけられたんです、一方的にね」
 ニュイベルにとってはとても重要なことだった。だが、中央組にしてみればどっちでもよかったので軽く流される。
「結局解析はほとんどこの子がやってくれたんですよ」
 バルキリーをすりすりするリュネール。
「まさかここまで役に立つとは思っていませんでしたがね。最初は一体何の役に立つんだとまで思ってましたよ」
 苦笑いするニュイベル。ヘンデンビルもまさか動くバルキリーを連れてきて、要塞核の解析を手伝わせるとは思ってはいなかった。時間がかかるだろうと思われていた解析が、こんなに簡単に終わってしまうとも。
 とは言え、終わったのは解析だけ。その結果は謎が増えただけだ。その謎を解き明かすにはどうすべきなのか。
「ところでさ。調査報告を見た感じ、ラザフスとレジナントのバルキリーって、ずいぶんと違うんだよね」
 ヘンデンビルが顎をなでながら呟く。リュネールは首をかしげた。
「え?そうなんですか?」
 ラザフスのバルキリーは大分前にじっくり時間を掛けて物理スキャンでデータを取っていた。それと今回のデータを見比べてみたらしい。
「基本的な部分は共通点も多いんだけど、プロセッサの構造を照合してみると半分以上がラザフスのバルキリーにしかない部分になっててね。場所によって独自進化しているのかと思っていたんだけど、それにしてはプロセッサ以外の部分が変化していないし」
 バルキリーが口を挟む。
『アドレスが飛んでるの。関係あるかな』
「アドレス?」
『データのアドレス。12298から28730、31209から37630、39877から46678、47890から……』
「待て。アドレスはいくつまであるんだ」
 長くなる予感がしたニュイベルは割って入った。
『8876257』
「……そこまでに何ヶ所欠損があって何パーセント抜けてるのだけ言えばいいよ」
『2446ヶ所、47%。4731789番までの初期情報部分に限れば78%』
 後から追加した記録は概ね連続している。そこを除いた古いデータは実に8割が欠番になっているという。2446もの欠番を読み上げさせなくて何よりだ。まあ、遅くとも百まで行くまでには止めただろうが。
「ラザフスのバルキリーとの違いはその欠番部分が使われているからかも知れないわけか……」
「じゃあ、調べてみる?研究所に行けば現物が保管してあるし。明日持ってくるよ」
 考え込むニュイベルに、とても気軽なノリで提案するヘンデンビル。
「いいんですか、勝手に持ち出して」
「いいの。私の私物みたいなものだからねぇ」
「……もしかして、それも政府に内緒で保管してたり……?」
「んー。まぁね」
 もうこの人のやりたい放題にはいちいち驚いたりはしない。
 ヘンデンビルの話はバルキリーの地域差の話に戻る。
「レジナントでは、人間も見つかってるんだよね?」
「ええ、そうです。聞いた話では珍しい話ではないそうですね」
「生きたまま連れ帰ったのは初めてだけどね。要塞の焼け跡から人間の死体がごろごろ出てくるのも珍しくないね。ただ、全く出てこないこともまた、珍しくない。要塞にも個体差がある。思うに、どこかに完全な雛形があって、何らかの理由でそれが分割されて要塞核になってるんじゃないかなぁ。それを確かめたいんだよね」
 となると、少しでも多くのサンプルが欲しいはずだ。ちょうど昨日の夜、バティスラマのブロイと話したことを思い出す。
「今、パニラマクアで要塞核が暴走していますよね。その要塞核と通信を使ってコンタクトを取ろうという動きがあるんですけど。どうでしょうね、それ」
「いいねいいね。面白いね。やっちゃってよ」
 軽すぎる返事に本当にやっちゃっていいのかむしろ不安になるニュイベル。
「で、どうやって通信するの?」
 ニュイベルは、バティスラマのバルキリーが通信機能を搭載したこと、パニラマクア要塞も偵察機の無線を真似て通信機能を使い始めているらしいと言うことを伝える。
「そう言えば、通信機能のあるバルキリーもあるけど通信ユニットは機軍仕様だね。本来のバルキリーには通信機能はないんだろうね」
 本来無い物を貪欲に取り込んでいる現状は、やはり異常な状態なのだろう。
『ねー、通信ってなに?』
 話を聞いていたバルキリーが興味を持ったようだ。
「えーとね。電波なんかを使って離れた場所と情報をやりとりするの。ほら、こんな風に」
 酔っぱらっていても律儀にレクチャーするリュネール先生。通信でどこかの誰かに連絡し、相手に絡み始めた。やっていることはやっぱり酔っぱらいだ。
 本来通信機能のないバルキリーは、自分をほったらかしでどこかの誰かに遠隔でクダを巻くリュネールの通信を傍受することもできず困り果てている。
「明日教えてもらえ。な」
『うん』
 明日になれば、このバルキリーも通信機能を身につけることだろう。自由奔放ぶりにも磨きが掛かりそうだ。バティスラマで通信機能を搭載したバルキリーが今、どうなっているのか気になった。なにぶん、明日は我が身だろうから。
 話を聞いた限り、方々で起こっているバルキリーの暴走はウィルス・ルナティックがもたらしたようだ。だが、考えてみると疑問点がある。
 ニュイベルたちが使ったウィルス・ルナティックの原型はそもそも“発見”されたものだ。人間の手によって作られたものではない。それでは一体、誰によって生み出されのか。
 バルキリーが暴走し機軍と敵対している状況を見て、その犯人はバルキリーだろうと言う結論で落ち着いていたのだが、その暴走の原因がルナティックであるのならば、バルキリーの仕業ではあるはずがない。振り出しに戻ってしまう。
 過去に人間が仕込んだとしても、最近であるならば記録が残っているはずだし、記録がないほどの過去の出来事であれば、この期に及び突如として猛威を振るい始めた理由がわからない。そもそも、今まで発見されなかったことも謎だ。
 一番しっくりくる答えは、未知の新たなる勢力が存在していてその手によるものと言うことだが、これ以上ややこしい話になるのは勘弁して欲しいところだ。
 このウィルスの出所も手繰ると何か出てくるかも知れない。

 今後の方針も決まった。まだまだすることがいろいろとあるが、ひとまずは結果待ちのものが多い。ゴーサインの出たパニラマクアとの通信コンタクトはそんなものを待たずに勝手に話を進めていそうだが、すぐに準備が整うようなものでもないだろう。それに、ウィルスの調査も専門のチームに任せることになった。こちらもすぐには結果が出るはずもない。
 当座のやることはヘンデンビルから受け取ったラザフスのバルキリーの内部データを解析することだが、それを受け取るまで暇になるか。手の早いヘンデンビルのこと、明日の朝一には送りつけてきそうだ。
 その間にでも、バルキリーが通信機能を身につけることだろう。先だって通信機能を搭載したバティスラマのバルキリーがどうなっているのか、ブロイに様子を聞いてみることにした。
『よう。吸い出しは終わったんだろ。何か分かったか?』
 通信が繋がると、先に質問された。
「今更要塞核のデータから新しい発見なんかあるものか。それよりも、こっちの方でバルキリーの研究を取り仕切ってる責任者とゆっくり話をする機会があったんだが、この人が結構とんでもない人だったよ」
 ニュイベルは本題を差し置いて愚痴を並べ始めた。今回の調査が完全にその責任者の独断で行われている実質趣味の調査で、ばれたら怒られるようなものであると。
「なんて言うか、ろくでもないことに片足突っ込んじまったんじゃないかって感じだな。そのうちとんでもないことに巻き込まれそうな気がするんだが」
『少なくとも、こっちよりはマシだなぁ。こっちはこっちでとんでもないぞ』
「通信のせいか」
 ニュイベルはバルキリーが通信を使って好き放題しているために収拾がつかなくなっているのかと心配したのだが。
『そんなわけないだろ。パニラマクアでいよいよ大規模な戦闘が始まりそうなんだよ。パニラマクアが戦闘準備と思しき動きを始めてたんでな、その向こうのバルナンドス要塞方面に偵察機を飛ばして見に行ってみたら、すごい数の機軍が結集しててな。……ありゃあ、グラクーをあっと言う間に壊滅させたってぇ奴らだと思うんだが、とんでもねえぞ。要塞の周りの原野一面の色が変わってみるのが全部機軍って有様だ。こっちに来たら一巻の終わりだな』
「その割には落ち着いてるな」
「どう考えてもターゲットはパニラマクアだ。こっちに来るとしてもパニラマクアを落とした後だろうぜ。当分は大丈夫だろ」
 確かに、パニラマクアを攻略するための戦力を他に分散させるような非行率的なことはしないだろう。グラクーの軍はこの一団と思しき大群の襲撃で壊滅状態、立て直しには時間を要する。中央政府も優勢だったグラクーの支援に力を入れていたので、この壊滅は人類にとって大きな痛手といえる。バティスラマも劣勢だった軍が敵の自滅で辛勝したようなもの、戦力は僅かだ。まして、レジナントの解体を進めてオイルの採掘ができるようになるまではほとんど身動きがとれない。つまり、人類は放っておいても問題ない状態と言える。つくづく舐められたものだが、機軍の注意がパニラマクアに向いているのは悪いことではない。さておき、連中は人類を無力化しておき、そのうちに新手の敵である裏切り者を片付けようと言うわけだ。
 ブロイ達のような前線にいる連中にはあれこれ考えている余裕などないし、中央周辺の平穏な都市では辺境の戦況など対岸の火事でさして興味もないのだろうが、辺境から都市に渡って客観的に戦況を見ているといくつか疑問が湧く。
 優勢だったグラクーの軍をあっと言う間に壊滅させるだけの戦力を用意できる割には、人類との戦闘がやけにずるずると長引いている。その気になれば人類などあっさり壊滅させられるが、あえてそうしていないのではないかと勘ぐってしまう。
 そして、そんな機軍が人類をさておいてまで片付けようとしている暴走要塞は機軍にとって人類以上に厄介な難敵なのだろう。そうであれば、暴走要塞に加勢してやれば機軍に相当な痛手を与えられるのではないだろうか。とは言え、加勢する余裕などない。機軍もそこまで見越しているのだろう。
「こうなると、通信で要塞とコンタクトどころじゃないな。こっちの責任者からはゴーサインがでたんだが」
『いや。こんな時だからこそ、とっととコンタクトを取ってみようと準備を進めてたところだ。こっちのバルキリーも偵察用の電波を送受信できるようになったところでな。問題は、ここからどうするかだな。バルキリーは最低限の状態から人間に育てられ大きくなったから、おつむはほとんど人間でな。人に育てられた狼が狼の常識を知らないような状態だろ。要塞と話が合うかどうか……。あの要塞の中でも人間が飼われてるなら言葉も通じるはずだけどよ』
 ニュイベルは考える。
「……より確実な方法で行こう。今、こっちのバルキリーも通信機能を搭載する。そしたら取り込んだ要塞核のうち主要な部分くらいは通信経由で複製できるはずだ。そうすれば連中の言葉で直接会話もできるかもしれん。間に合わなくても通訳くらいはできるはずだ」
『そうか、その手があったな。よし、こっちのバルキリーとのコネクトコードを送っとくわ』
 コネクトコードとは、平たく言えば電話番号だ。
「コネクトコードなんてあるのか」
『当然だ。この通信機と同じものがバルキリーの中に出来ただけだからな。普通にエントリーサーバに登録手続きさせたんだぜ』
 コネクトコードがあるのならば、こちらのバルキリーも同じ形式にしてしまうのが早いだろう。
 酔っぱらって早々に退散してしまったリュネールの仕事を奪ってしまうことになるが、事は急ぐようなので夜のうちに通信機を取り込ませてしまった方がよいのだろう。寝てる間預けておけば、後は勝手にやってくれるはずだ。
 うまくいけば、明日にはデータのやりとりを始められる。必要なデータ量がどれほどになるかでかかる時間が左右されるが、そう長くはかからずコンタクト実験に入れるのではないか。
『それでよ。吸い出しは終わったんだろ?その後はどうするんだ。帰ってくるにはタイミングが悪いぞ』
「もう少しだけ野暮用が出来たが……すぐ終わるだろうなぁ。数日とかからず帰り支度を始めることになると思う。その間には状況も変わるだろ。どうするかはその時に判断するさ。……こっちに来るときは何年かかるやらと思ってたんだが、そっちから中央への移動日数の倍程度で片付いちまうとはなぁ。そっちに帰るための日数を考えりゃ移動の方が長いなんて事になりかねないぞ。全く、解析機材様様だよ」
『だな。まさか、本当に解析の役に立つなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったがなぁ』
 ブロイの漏らした本音に、ニュイベルは噛みついた。
「なんだと。解析機材だって言って送りつけてきたのはあんただろ」
『そりゃあ、方便って奴よ。こっちはあいつが要塞核の調査を見守りたいって言うから送りつけただけだ。解析機材って言ったのはそう言うことにしておけってのと、監視役だって言うと気分が悪いと思ってよ』
 その場合でも監視役と言うよりは見学者であろう。ブロイが適当に解析機材だなどと言ったおかげで本当に解析機材として使う気になったのだから、結果的には悪いことではないのかもしれない。
 とにかく、携帯端末の通信機能を取り込ませるならブロイとの世間話に使っている場合ではない。するべき話はしたし、通信を切り上げることにした。