ラブラシス機界編

15話・小さな助っ人

 この世界の人類にとっての中心、『中央』。あらゆる世界最大・世界最高・世界最新の物が集められた場所。正式な名称はネオ・ラブラシスと言うらしいが、中央と呼ばれることが殆どだ。
 この世界最大の都市でも最新の設備をそろえた最大にして最高の研究機関で、要塞の核の調査が行われる。
 核が運び込まれたのは、郊外の真新しい掘っ立て小屋だった。何が起こるかわからない、得体の知れない物体の調査を都市のど真ん中でやるわけにも行かない。それでこんな辺鄙な場所が宛われたのだろう。
 最大の機関の最新の建物は、最新過ぎて工事が追いつかなかったことが見て取れる。剥き出しの支柱、鋼板を貼り合わせただけの薄っぺらい壁。これでも雨風は十分防げるし、運び込まれた機材は文句なしの最新鋭だ。問題はない。
 
 見た目はこぢんまりとした掘っ立て小屋だが、中身は広かった。何せ、外見がそのまま中の広さになっている。中に壁や間仕切りと言った物が一切ない。この掘っ立て小屋の一室を使うのかと思ったら、部屋すらなかった。はっきり言って、こんなに広いスペースはいらない。伝達ミスでもあってこんなことになってるのだろうか。
 無駄な広さのせいでかなり寂しい光景だが、搬入は完了した。すると、聞き慣れない声が広い空間に響きわたった。
「バティスラマの技師団のみなさんですよね?えーと、ニュイベルさんはどちらですか?」
 眼鏡をかけた若い女性だ。中央サイドの担当者か。
「ニュイベルは私ですが」
「あなたがチーフさんですね。私、機軍対策情報局前線調査部解析研究課3係係長補佐のリュネールといいます。このチームのサポートならびに本部への連絡を担当します。よろしくお願いします」
 そういって緊張気味に一礼した。ヒラに無理矢理つけたような肩書きだ。サポートだ何だと言ってはいるが、実質見張り役と考えていいだろう。ところで。
「チーフ?俺が?聞いてないぞ」
「あー。俺が推しといた」
 焦るニュイベルにフラゼルが悪びれる様子もなく言った。その一言に、ニュイベルはキレる。
「また勝手なことを……。こう言うところでは責任者ってのは本当に責任重かったりするんだぞ。……くそっ、いい度胸じゃないか。やってやるさ。その代わりお前ら俺に従えよな。屈服しろ!」
「そんな大げさなもんでもないだろ。お前も変な方に怒りのベクトルを向けるなぁ。ずぼらのブロイと共同生活が長すぎてずぼらがうつったんじゃないか?」
「うっ、そういう訳じゃ……」
 その一言である意味、クールダウンした。いっそノックダウンかも知れない。
「そんなわけで、こいつが何の問題もなくチーフですんで。変わり者に見えると思いますが、ここにいるのは変わり者ばかりだから、慣れれば普通に見えますよ」
 アーゼムがフォローにもならないことを言う。さっきまでは新しい仕事に対する期待とやる気に満ち溢れていたリュネールの表情が不安に染まり始めた。そのリュネールがおずおずとを開く。
「あの。いいですか」
「何です」
 いつも通り不機嫌になったニュイベルのむすっとした返事にリュネールはさらに気後れした。
「あ……あのっ。今回解析する集合体は今どこにありますか?その……搬入を済ませてしまいましょう」
「ああ、それならこれです」
 ニュイベルは人の輪の真ん中に転がる丸めた網のような物をポンと叩く。実際には、柔軟な連結コードのおかげで弾力のある構造物をわしゃっと言わせた感じだ。
「え。だいぶ大きな物だと伺ってましたが」
「ええ、この連結部分にデータを吸い出すためらしいユニットが挟まってましてね。それを取り外して繋ぎ直すのにえらい手間がかかりましたけどね、その甲斐あって6エックもあった塊が見ての通り3エックもなくなりましたよ」
「6エックって……高さが12エックで幅が22エックの巨大構造物だと聞いてましたけど」
 リュネールは驚いたようだが、驚いたのはニュイベルも同じだ。
「そんな馬鹿な」
 ニュイベルはその大きさを思い描く。
「……それは……こいつが収まっていた核そのものの大きさだな」
 いわゆる、巨大バルキリーだ。なんらかの伝達ミスがあって、その馬鹿でかい代物が運ばれると思っていたようだ。確かにこの建物はそのくらいの大きさでも入るだろう。
「じゃあ、運ばれてくる物って……それだけですか」
 リュネールは困ったように言う。
「ええ。……そもそも、そんな馬鹿でかいもの、どうやって空輸するんですか」
「え。それは大型輸送機を使えば簡単ですけど」
「え」
 どうやらこちらには、ニュイベルの想像を超える特大の輸送機が当たり前のように飛び回っていたようだ。
「中央はともかく、辺境を甘く見ないでいただきたいですね。そんな大型輸送機をホイホイ手配できる水準ならこれの解析だってその場でできたでしょう。近隣にまともな設備の揃う都市がないから、中途半端な場所ではなくここまで来る羽目になったようなものです。どこもがここと同じだと思わないことですね」
 自分の指摘が思いの外的外れだったことや、自分たちの住んでいた場所の田舎ぶりが露呈したことでさらに苛つきを募らせたニュイベルは刺々しく言い放つ。リュネールはすっかりしょげ返ってしまった。
「こんなかわいいお手伝いさんをいきなりいじめるな、ニュイベル」
 アーゼムが口を挟んでくる。
「いじめてないぞ」
「ほらほら。気を取り直して解析を始めようぜ」
「チーフに指図するな」
 ぐだぐだと言いながらもさっくりと気持ちを切り替える一同。ただ一人、リュネールだけはまだへこんだままだ。
 用意されていた機材のそばにバルキリーの核を運ぶ。
「えーと。これはどう使うんです」
 ニュイベルの問いかけにリュネールも気分を入れ替えた。この最新の機材の使い方の指導は彼女にとっては最初の、そして最後かもしれない見せ場だ。名誉挽回のチャンスだった。
「この機材はですね、この端子を……」
 彼女にとっては日頃から使っている機材だ。リュネールは慣れた手つきで機材に要塞核を接続する。
「これで準備完了です!後は解析を始めるだけ……あれ?」
 エラーが出た。
「ええーっ!?なんで!?」
「これ、普通の機械を解析する機材ですよね。こいつ、普通じゃない特殊なタイプなもんで、普通の機材じゃ解析するの難しいと思いますよ」
「ええっ。そんな……これ、マルチタイプ対応の最新型なんですよ!?それで解析できないって、どれだけ特殊なんですか!」
「まあ、相当に……ってところですかね」
「そ……そんなあ……」
 リュネールは落胆した。見せ場のはずが、肝心の機材が役立たずだ。無理もない。
 結局、今日のところはバティスラマや輸送船でも行ってきたデータの吸い出し作業で終始した。今後の解析作業に対する期待と、無難に解析が進められそうであることへの安心感で満足して帰途につくメンバー。
 ただ一人、リュネールだけは失意のまま帰途につくことなった。

 ニュイベルの一日はまだ終わってなかった。これから解析が終わるまで泊まり込むことになる居住区に案内されると、係員に声をかけられた。
「ニュイベルさん。バティスラマから荷物が届いてますよ。指定通り隣の部屋に運び込んでありますけど……一部屋使うような荷物には見えませんね。隣の部屋でよかったんですか?組み立てると大きくなるとか?」
 ブロイが送りつけてきたバルキリーが本当に届いたようだ。
「え。ま、まあそんなところかな。……そうか、もう届いたのか……。充電もいるだろうし、セッティングしといた方がいいんだろうな……」
 後回しにする理由を考えようとするが、それよりはやるべき事を終えて記憶から消し去る方が建設的だと判断しているうちに係員に案内されて部屋についた。意外と広い部屋だ。郊外だから場所が余っていると係員は言う。
「その代わり便利は悪いですよ。配給所もまばらですし。おかげで各部屋冷蔵庫完備ですよ」
 そういい苦笑いする係員だが、冷蔵庫があって当たり前の暮らしをしているバティスラマの面々にはどこが笑いどころなのかが理解できない。とりあえず、こちらでは冷蔵庫がない方が普通らしい。
 冷蔵庫など、どうでもいいのだ。それよりも恐ろしい箱が隣の部屋にある。中に入っているのはエルピスだろうか。いや、そんな不吉である危険性もあるものだと思いたくない。開けたらどうなるか判らない所が本当にパンドラの箱だった。
 隣の部屋にはあった箱は二つ。箱にはそれぞれ汚い字で『解析機材』『備品』と書かれている。
 まずは備品の箱を開ける。中は備品と言うよりはゴミ箱のようだった。見覚えのある物がぎっしりと詰まっている。要塞核の壁面を埋め尽くしていた球形エネルギーユニット、その核の中に籠もって懸命に取り外した箱型のプロセッサが目に付く。これらは使い道もなく、まさにゴミだった。そして、箱に入っているほかの物体も、すべてゴミ以外の何物でもない。ゴミでないと言うのなら、ガラクタだ。壊れた機械や焼け焦げたりすり減った部品、配線の切れ端、もう何だったのかさえもわからない金属片。手近なところにあった処理に困った物をまとめて送りつけてきたようだ。確か、これは『餌』のはず。訳が分からないが、深く考えるのも馬鹿馬鹿しい。
 覚悟を決めてもう一つの箱も開ける。おなじみのひょうたん型の物体が箱の中に収まっている。箱から持ち上げると一本のコードがぶら下がっている。見るからにこれを電源に繋げと言わんばかりだ。
 一旦気を抜いてバルキリーを壁のソケットボックスの下に置き出力の合う端子を探していると、突然駆動音とともにバルキリーが動き出した。コードを接続する前に深呼吸でもしようと思っていたニュイベルは、覚悟もできていないうちに動かれ狼狽える。
「ひぃやぁ!……動くなら動くって言いやがれ!」
 しかし、突然『動きます』などと喋ったら、それはそれで同じくらいびっくりしただろう。
 どうやら、多少動き回るくらいのエネルギーは元からチャージされていたらしい。電源への接続を待たずにバルキリーは部屋の探索を始めた。コードに繋がっているのは手のひらほどの板に拳の半分ほどの塊がついたものだ。充電器のようなものだろうとニュイベルは認識する。
 殺風景な何もない部屋の中を探索していたバルキリーは、部屋にある数少ない物体・備品の箱にたどり着くと、箱の中を漁り始めた。大きな箱だ。バルキリーの小さな体では伸び上がっても覗き込めない。必死に腕を伸ばして中の物を掴むが、大きすぎて持ち上がらなかったり、お望みの物ではなく箱に戻したりしていたが埒が明かない。
 ニュイベルが部屋に箱の中身をぶちまけてやるかと思った矢先、バルキリーは自分で解決策を思いついたようだ。頭を取り外して腕の先に取り付け、その頭についているカメラで中の様子を見て目当ての物を見つけた。こういう使い方をできるのは機械の強みだ。人間では頭を外したら死んでしまう。
 バルキリーのお目当てはエネルギーユニットだった。電源に繋がれて供給されるようになったエネルギーをため込もうという魂胆らしい。しかしそのまま使う訳ではなく、細かく切断して体内に取り込んでいく。まるで食べているようだ。ブロイが餌だと言っていたのも頷ける。
 とにかく、この解析機材とやらは自分のやりたいことくらいは自分でできるだけの機能は備えているらしい。手伝わなくていいという意味では放っておいても大丈夫だろう。何をするか判らないという点で放っておいて大丈夫かは不安だが。
 ニュイベルは備品の箱の中身だけ、取りやすいように部屋の隅に広げてやることにした。何もなかった部屋が一気に散らかる。仕方ない、何せゴミをぶちまけたのだから。こうして改めてみると、本当にゴミだ。まだエネルギーユニットやプロセッサは分かるが、ただのゴミは必要があって混ぜたのだろうか。邪魔だから送りつけたのではないだろうか。
 そんなことを考えていると、ニュイベルの脳裏に一つのアイディアが湧いた。
 “備品”の大部分を占めている箱型のプロセッサは、バルキリーのプロセッサのデータをおそらく監視や制御のために機軍の機械が吸い出すために使っていた装置だ。この装置の出力プロトコルは機軍の一般的なものと同一だ。それならば、先ほどあまり役に立たなかった最先端の機材で解析が行えるかもしれない。
 ニュイベルはプロセッサを拾い上げ、こっそりとポケットに忍ばせた。振り返ると小さなバルキリーはじっとこっちを見ていた。餌をくすねたのが思いっきりバレていたが、特にお咎めはないようだ。
 とにかく、もうここに用はない。放っておいて大丈夫かは確かに不安なのだが、一緒にいる方が不安だ。とっとと離れることにした。

 翌朝。ニュイベルは解析の為の施設に向かう前にバルキリーの様子を見てみることにした。隣の部屋だけに、ふと思いたったらすぐに行ける。
 夜の間、おとなしくはしていたようだ。しかし、ただじっとしていたわけではないらしい。見覚えのない塊が床に置かれている。ケーブルが繋がっているということは、昨日手のひらサイズの板だった代物だろう。今は子供の頭くらいの大きさになっている。ただの充電器ではなく何か機能拡張でもしたのだろうか。まさかこれがもう一機のバルキリーになったりは――しないという保証が全くない。考えるべきではない。
 一方、部屋の隅にばらまいておいたがらくたは減っている。そのがらくたがこの塊に姿を変えたということだろう。よく見ると、バルキリー自身も少し大きくなっているような気がする。
 解析機材という名目で送りつけられた代物だが、本当に解析の役に立つのだろうか。一度ブロイに聞いてみた方がいいだろう。
 通信で呼び出すと、やや間を空けて応答があった。
「起きてるか、ブロイ」
『おう。今起きた』
 時差のことを考えても、もういい時間になっているはずなのだが。ついこの間まで同じサイクルで生活していた人間とは思えない。またすっかり元のいい加減な生活に戻ったようだ。
 とにかく、とっとと用件を済ませてしまおう。ブロイにあの“解析機材”は使えるのか聞いてみた。
『まだデータが揃ってねえ。必要なデータもまとめ終わって送り付けておいたから、そろそろそっちに届くだろう。ついでに追加の餌もな。こっちからの荷物はひとまずこれで終わりになるはずだ。データを取り込めば使い物になるようになるんじゃねぇか?』
「また餌か。まだ食うのか、こいつは」
『こっちから送るのは終わりだが、多分もっと必要になるだろう。そん時きゃそっちで適当に用意してくれ。どんなのやればいいのかはだいたい分かったろ?』
「さらにもっと食うのか、こいつは。どう見てもただのゴミが混ざっていたが、あんな感じでいいのか?」
『ああ。パニラマクアでのバルキリーと機軍の小競り合いじゃ、バルキリーに狩られた機兵どもは欠片も残さず食われてる。俺たちが他の生き物を食って生きてるように、機械は機械同士で食い合ってるのさ』
「人間を食うことはないんだな」
 気になるので聞いておいた。
『ああ、今のところは』
 心許ない答えが返ってきた。
「今のところはか……」
『冗談だ。まあ、お互い最初の餌食にならないように気を付けようや』
 笑うに笑えない冗談だ。
 とにかく、機械の部品になるようなものを与えておけばいいらしい。逆に言えば、そういったものを見つけると勝手に食べてしまうことも考えられる。目は離さない方がいいようだ。
 ニュイベルはバルキリーが逃げ出して面倒事を起こさないように、隣の部屋をしっかりと戸締まりして現場に向かった。

 解析のための施設、真新しい掘っ建て小屋に着いた。中は相変わらずがらんとしている。よくわからないプロジェクトのためにこれだけの広さの土地と建物をポンと提供してくれたのはありがたい話だが、よくもここまで大きさを間違えてくれたものだ。
 要塞核は昨日置かれた時のまま、施設の隅にぽつんと佇んでいる。その周りにはニュイベルの仲間が何人か集まっていた。その輪から少し離れたところに一人でぽつんと立っている人影があった。リュネールだった。
 昨日顔を合わせたばかりの新しいチームメンバーにまだ馴染めていないようだが、それだけではなかった。この馬鹿でかい建物を用意してしまった失敗に加えて、用意した機材も役に立たず、結局彼女自身何の役にも立てていない。やる気だけは勢いよく空回りしていただけに、こけた反動も大きく、精神的なダメージはその顔にはっきりと表れている。一晩のうちに10歳は老け込んだ。
 昨日は役に立たなかった機材と彼女だが、もしかしたら使えるかもしれない。そんな話を持ちかけてみた。
「リュネールさん。昨日の機材でこの部品の解析をお願いしたいんですけどね」
「……これは?」
 ニュイベルに手渡された箱型の部品をいろいろな方向から見るリュネール。当然、見ただけで何か分かるはずもない。ニュイベルはプロセッサの網状集合体をわしゃっと叩いていう。
「このプロセッサの間に挟まっていた装置ですよ。ちょっと調べた感じではこのユニット間のデータのやりとりを監視する装置じゃないかと」
「……調べてみましょう」
 準備をすすめるリュネールの心の中で不安が鎌首を擡げ始める。この部品もまた解析できないのではないだろうか。もしかしたら都会人ぶっている実際都会人の自分が、何ももできず無様な姿を晒すのを楽しんでいるのでは。どんどん疑心暗鬼になってくる。
 機材に接続された部品の解析が始まる。モニターに解析結果が表示された。ありふれた機軍の部品の命令系統だ。
「これは……変換装置みたいですね。信号を他の形式に変えたり、他の形式の信号を通常の形式に戻したり……」
 しかし、変換されたと思われる信号は解析不能でエラーがでてしまう。
「そこはこいつが繋がっていたところですからね。繋いでみますか、これ」
 核のプロセッサのひとつを取り付けてみる。変換装置だというのなら変換する相手はこれ以外にない。せっかく外したものをまた取り付ける二度手間の作業になったが、一つだけならばすぐに終わる。とはいえ、このチームにはこのような作業に強い技師がいない。辛うじて目的だけは果たしたが、かなり雑な接続になった。
 見た目はともかく、繋がりはした。使える端子に信号パルスを送り込んでみると、今までと違う応答があった。核のプロセッサが応答しているのだ。こうなるだろうと予想はしていたが、大きな成果だ。
 早速、この変換装置を通してプロセッサに命令を出してみる実験が始まった。メインオペレータは機材に明るいリュネール。朝は魂が抜けたような顔をしていた彼女だが、一日が終わる頃には朝より5歳は若返って見える生き生きとした顔をしていたという。元に戻るまであと5歳だ。

 機材に使い道が見つかったことで、解析も新たな局面を迎えることだろう。
 そして、こちらも新たな局面に導いてくれるかもしれない代物。いや、どうなのだろう。そもそも何かの役に立つのだろうか。何の役に立つというのか。
 よく分からないまま送り付けられたバルキリー。そのバルキリーに関する最後の荷物が届いていた。
「ニュイベルさん。バティスラマからの荷物が届いてますけど……。部屋に届けたら変なロボットが勝手に開けちゃいましたけど……よかったんですよね」
「え。あー……いいんじゃないかな。あの機材の部品みたいなもんですし」
「あれ、昨日の解析機材っていう奴ですか。変わった機材ですねぇ。自律型ですか」
 そう言いながらも、機材が変わりすぎていることに不思議なくらい疑問を抱いた様子がない。
「えーと。ほら、田舎は人がいませんからね。ある程度の機材は自分のことくらい自分でしてくれないと、人手が足りないわけですよ。だから何でも自律型で」
 そんなわけはない。適当なことをいって誤魔化しただけだ。だがこんないい加減な作り話でもあっさりと信じられている。彼らにとって田舎はもはやアナザーワールドらしい。どんな出鱈目も田舎はこういうところだと言えば通用しそうだ。
「部品も変わってますね。脳細胞の模型みたいな……。何の部品ですか、あれ」
「今日送られてくるのはデータらしいですけどね。……脳細胞ねえ」
 脳細胞と言うものをイメージすると、どんなものが送られてきたのか想像できた。シナプスで網の目のように繋がれたニューロン。それは今解析を行っている要塞核のプロセッサの構造に似ていた。
 あのプロセッサは発見当初、今日変換装置だと判った箱型の装置が各ユニットの間に挟まり、そちらの方が目立っていた。今は今でその装置を外したところに連結用のコネクタとコードが取り付けられてそちらが目立っている。どちらも本来の姿とはかけ離れておりそんなことは全く考えられなかったが、そう言った余計な物のない姿を思い浮かべてみるとそれは確かに脳細胞に酷似していた。そして、その役目も脳細胞そのもの。
 物を食べて成長し、形状も機能も脳細胞そのもののパーツを持つ機械。これは生物をモデルに設計された機械であることに、もはや疑いようはない。なぜこのような物が生み出されたのかが解らないが、そう言う面倒なことを考えるのはブロイのような暇な物好きか専門の研究者に任せておけばいい。
 とにかく、様子を見てみることにした。
 部屋に入ると、案の定バルキリーは一回りどころか二回りも大きくなっていた。成長は止まるどころか加速している。届いたときは子猫ほどのサイズだったが、いまは犬くらいだ。子犬ではない、犬だ。生物をモデルにしてはいるようだが、生物のもったいぶった成長速度まで真似る気はなさそうだ。
 バルキリーは部屋に入ってきたニュイベルに気付いた。
『こんにちは』
「うおっ。こ、こんにちは」
 まさか話しかけてくるとは思っていなかった。ニュイベルは不意を突かれて狼狽え、間の抜けた挨拶を返す。
 とりあえず挨拶だけで、用はないらしい。バルキリーは届いたばかりの荷物を開けて中身をいただいているところだ。昨日送られてきた分はすでに平らげている。体が大きくなった分食べるスピードも上がっている。この食べた分がほぼ体になっていくのだからこの成長速度もうなずける。しかし、この新たに送られてきた分を食い尽くせばひとまず成長は止まるか。
 いや。これ以上はこちらで用意しろと言われていた。面倒な話だ。用意しろと言われても、中央には来たばかりで勝手も分からないし顔も利かないニュイベルにはどうすればいいのやらだ。リュネールにでも頼んでみようかと言ったところだが、どういう口実で頼もうか。
 そんなことを考えながら頭を抱えていると、持っていた物を食べ終えたバルキリーが突然話しかけてきた。
『ニュイベルさん』
「ひゃあ。なっ、何でしょうかっ」
 名前を呼ばれるとは思っておらず不意を突かれたニュイベルはまたも狼狽えた。
『レジナントの本体から奪われた私の"心"がここにあるというのは本当か』
「奪われた心……ねえ。それらしい物はあるけど」
 レジナントから持ち出されたプロセッサの集合体は確かにここにある。どうやらバルキリーにとって、あれは心であるらしい。
 そんなことよりも、それはバルキリーの中では奪われたということになっているようだ。犯人がニュイベルらだと分かったら報復でもされるのではないか。
「それで、そいつをどうするんだ」
『複製を作り、バティスラマにいる本体に渡す。それが私が生みだされた理由だ。……本体は自分がなぜ生み出されたのか、その答えを探している。その答えがあの中にある可能性がある』
 と言うことは、ここにバルキリーが送り付けられてきたのはブロイの仕業というわけではなく、バルキリーの方が望んだことのようだ。
 何にせよ、バルキリー自体が解析の助けになってくれるなら、苦労してこんなところにまでわざわざ運ぶ必要はなかった。しかし、よもやこの得体の知れない機械と意志の疎通ができるとは誰も思っていなかったのだから、こうなるのも無理からぬ話だ。
『複製を作るにはそのための資材が必要になる。その確保のために協力してもらえると聞いているが、それは可能か』
「そ……それは。可能です。善処します」
 弱いところを突かれて思わず下手に出てしまうニュイベル。そして、こんな得体の知れない機械に、若い女の声で高圧的に言われてついついへこへこしてしまう自分をはじめとしたあらゆる物に苛立つ。
 そもそもこいつは何でこんな声なんだ。
 そう考えて、これが送られてくる前の通信を思い出す。その通信ではバルキリーの声が聞こえていた。そしてブロイは言っていた。ラナの声を借りていると。そう言われれば、確かにこの声はラナに似ているか。
 声の謎は解けたが、それが解ると今度はラナに命令されてへこへこしていた気分になり、それはそれで苛立ってきた。
『複製を製造する上では大量のプロセッサ基材が必要だ』
 指図をされてもそれで動くのは自分ではない。どうせリュネールに丸投げするつもりだ。そう思いながら話を聞くことにした。
 突然部屋の入り口の扉が開く。そこにはギリュッカの姿があった。チーム唯一の女性メンバーだ。そこそこの美人だが、声をかけにくい雰囲気を持っている。雰囲気だけで、本人は見た目や話し方によらず気さくでノリもいいなのだが。
「何か用か?」
「いや。覗いてみただけよ。女の声がしてたし。あんた、誰か連れ込んでんのかと思って」
 相変わらずのけだるげな喋り方で言う。
「囲ってると思うならいきなり開けるな」
「ノックして開けたら……面白い物、見られないわ」
 何を見るつもりだったのか。
「……ま。立ち聞きしたら、甘い会話にはとても思えなかったし。……でさ。それ、なにかしら」
『こんにちは』
 その『それ』が挨拶をする。
「あら、こんにちは。……いい子ね。……あら、この子、ブロイが連れ回してたベイビーよね。いつの間に連れてきたの?」
 言いながら、口元にだけ微笑みを浮かべてバルキリーの頭をなでるギリュッカ。
 ニュイベルは経緯を話す。今更隠すまでもない。
「ふうん。……いいわね。あたしも欲しいわ。こう見えて結構寂しいのよ、あたし」
「なんだ、旦那とうまく行ってないのか」
 ギリュッカの旦那は同じチームのブレクルフだ。当然こっちに来ており、いつでも会えるしそもそも仕事は一緒だ。
「そう言う訳じゃないけど。最近はお互い忙しいし。この調子じゃまだ何年かは子供は無理ね」
 お互い、バティスラマでも指折りの技術者だ。ギリュッカは結婚を機に引退も考えたが、人手不足で呼び戻されたきりこのざまと言うわけだ。
「そいつは押しつけられただけでね。面倒見てくれるなら大歓迎だ」
「あら、そう。それで、面倒を見ると言っても何をすればいいのかしら」
 何をすればいいのか、ニュイベルは考える。
「ええと。餌は明日リュネールさんに頼もうと思ってるし……」
 言葉遣いの躾を頼んでこの喋り方になられても困る。
「……する事は特にないな。自分のことは自分でできるし」
「あら。お利口さんなのね……。ねえ、坊や。お姉さんにして欲しいことがあったら何でも言ってごらんなさいな」
 すると、バルキリーは答えた。
『私の心がどこにあるのか確かめたい』
「あら。詩的なこと言うじゃない。……あたしにお手伝いできることはあるのかしらね」
「あー。そいつの言う心ってのは、要塞核のプロセッサのことだから。その場所が知りたいんだろ」
「そういうこと……。いいわ、坊や。お姉さんが教えてあげるわ。夜の散歩と洒落込みましょうか」
 やはりこのしゃべり方になられても困る。ラナの声で「お姉さんに任せればいいのよ」とか言われるのを想像すると……イラっとする。
 ところでギリュッカはこの機械を坊やだと思っているようだ。声はラナ……女の声だが、無機質でどこか男性的な言葉遣いと子供のような小さな体が少年を思わせるのだろう。
 そんなことを考えていると、バルキリーが突然立ち上がって二本足で歩きだし、ニュイベルは度肝を抜かれた。バティスラマにいるバルキリーから受け継いだだけだが、ニュイベルはそもそもあちらのバルキリーが立って歩いていることさえ知らない。
「じゃ、行きましょうか」
 歩き出したギリュッカの背中に向かってニュイベルは言う。
「大丈夫だとは思うけど、そいつがプロセッサを食わないように気をつけてくれよ」
「分かったわ」
 ギリュッカはバルキリーの手を引いて部屋を出ていった。こうすると本当に母親に手を引かれて歩く幼子のようだ。
 もうこの部屋には何もない。ニュイベルも自分の部屋に戻ることにした。