ラブラシス機界編

13話・帰郷

 作業員と作業機械が増やされたことで一つ問題が浮上することとなった。住居問題である。
 元は町だった場所への移住を進めるべく作業中なのでその場所は当然使えない。自ずといつも通り外壁の外に住居が造られる。初期の移住者の住居はブロイが住んでいるようなバラックだったが、そこそこ資源や労働力が確保できてからはリカルド等が住むようないくらかちゃんとした住居になった。
 これから新たに建て増しされる住居は更に立派になる、かと思いきやその逆である。ゆくゆくは要塞中心部に移住になるし、その準備が進んでいるところ。その時期も見えてきているのだから仮住まいでしかない住居に手間をかけることはない。
 人手は増えたし、資源となる廃材もどんどん貯まっている。しかし、やれることもやるべきことも増えたので人手も資源もそちらに取られる。限りがあるにも程があるエネルギーもそちらに回され、廃材をリサイクルして資材に作り替える余裕もない。
 しかも急に居住人数が増えたのだから建てなければならない数も段違いだ。このないない尽くしで建てられるものなど仮住まいだと思わなければ我慢できないような廃材を貼り合わせたバラックだけだ。
 これでも町で確保できたベッドマットがあるから寝床の寝心地はどうにかなっている。血の染みが付いていたマットも表面を張り替えてごまかしているとか、その張り替えでマットのクッションが血の染みが目立たない赤茶色だとか知りたくないことも知っているので、新規移住者に気付かれる前に新しいものを用意することになっている。
 移住のペースに建造のペースも追いついてない。個人の住居だけではなくチーム単位の雑魚寝雑居小屋で間に合わせているケースも多い。しかし一人が好きだったり二人きりになりたかったりで個室希望の者も少なくないのだ。
 そしてここに手っ取り早く確保できそうな部屋が一つある。ブロイの隣の部屋、バルキリーの部屋とも言えるが物置代わりに占拠されている部屋だった。ほんの数日で部屋を物置代わりに使う余裕がなくなった。バルキリーも引っ越しを余儀なくされたのであった。

 その引っ越し先が問題だが、人間よりはずっと融通を利かせられる。
「それで、どこに連れて行くんだ」
 居住区の管理者の言葉にブロイは考え込む。出て行くモノの行き先など管理者には関係ないのだが、行き先によっては面倒事の元になりかねない。まだまだ新しい建物も建てるだろうこの居住区のそばには居場所はないだろう。しかし保護者たるブロイからあまり遠くに置くのも不安である。ブロイも一緒に引っ越すなら問題ないがそんな話は一切出ていない。人のいないところに移動させるのだろう。
「そうだなあ。どうせなら、元の場所に戻しておくか?要塞の核は今、中身も取っ払われて空き部屋なんだし」
 遠い場所だが遠すぎて何か起こってもこの辺まですぐには影響がなさそうだ。ちょっとほっとする管理者。核のあった空間は狭く辿り着くための道も悪路であるため物置として使うにも不便すぎて捨て置かれている。空き部屋というか、部屋のうちにも入らないデッドスペースだろう。
「あの辺りはもう調査も済んでるしな……。死体がうじゃうじゃあった場所だ、近寄りたがる奴もいないだろう。いいんじゃないのか」
 ゲラスも同意した。ゲラスにとっては町も要塞核も同じらしいが、まあ要塞核に深く関わっていなければそんなものだろう。この感じなら確かに近付く人は少なそうだ。
 バルキリーはややこしい代物ではあるが、今のところ扱いはただの機械、ただの荷物だ。荷物を開いているところに置く。そう言う話が決まったに過ぎない。責任者がブロイなのでこんなものなのだ。
 バルキリー自体はブロイにくっついて勝手に歩き回るので引っ越しの心配はいらないが、バルキリーには充電器も兼ねている寝床があったはずである。それは移動させないとならない。
 ブロイが小脇に抱えて持ってきたものだったので、同じように運んでいけばいいやと、でも距離によっては何かカートでも使おうかなと、気楽に考えて部屋を覗き込んで絶句する。
 最近バルキリーはいろいろもらって食ってるし、作業のついでにつまみ食いなんてこともあるかなと思い当たってはいた。その割にはサイズが巨大化するようなこともない。
 しかしそれは解体作業の手伝いをしていたり、研究者に配ったサンプルだったりする小さなバルキリーの分かと思っていた。それも正しいのだろうが、それだけではなかったようである。寝床もだいぶ大きくなっていた。
 何事かと思ったら解体を手伝っている小さいバルキリーもここで充電しているようである。まだ出勤前なので寝床と一体化していた。それだけではない。さらに一回り小さいちびバルキリーも多数張り付いていた。
 そういえば、最近バルキリーの周りをこのちびバルキリーがよくうろついていた。交換用のエネルギーパックを運んできたり、もらった餌を受け取ったりしている姿を見かける。このちびたちも随分いたようだ。サイズは小さいバルキリーが小型犬くらい、ちびが子猫くらいだ。
 とは言えやはり寝床自体もかなり大きくなっていた。この数の子分たちが充電するスペース――さすがに全部同時には充電できないようだが、それならそれでどれだけ増えたんだという話になる――を確保したのはもちろんだが、それを抜きにしてもでかい。こっちが本体だと言われても驚かないくらいだ。
 動き回るバルキリーや子分各種の代わりにもらったスクラップの分解やちびの製造修理なんかを一手に引き受けているらしい。司令部的な役目もあるかも知れないがそうなるといよいよこっちが本体だ。
 乗っかっているちびたちが下りても一人や二人じゃ運べそうもない。うまいことガドックとゲラスが通りかかったので巻き込んだ。力仕事にドワーフは実に頼もしい。さらに自分たちのことだけにバルキリーたちも手伝ってくれるようだ。
「解体の手伝いはいいのか?」
 ブロイの問いかけにバルキリーはこくんとうなずいた。そう言うなら――何も言ってないが――有り難く手伝ってもらうことにする。ただ一応現場の責任者に一言言っておくことにした。しかし連絡先がわからない。誰が責任者か分からないからだ。自分たちが住んでいるのが外壁のそばだし、壁沿いに歩いていれば誰かには遭う。それが一番早そうである。
 壁沿いに歩いていくとすぐに解体チームの一つにであった。作業前のミーティング中である。ダベっているとも言う。
「お。あのちびの親分か。ちびの働きぶりでも見に来たかい」
 ブロイももうちょっとした有名人になってしまっていた。まあ、話が早いのは助かる。
「それなんだけどさ。今日の朝はちょっと俺の方の手伝いに駆り出させてもらうからちょいと遅刻するんだわ。ほかにこいつが手伝いに行ってる現場、わかる?」
「おう、だいたいわかるけど……あんた責任者じゃないんかい」
「責任者だから一応知らせにきたんだよ。こいつらがどこで何をやってるのかまでは把握してないけどな」
 無責任な責任者だった。
「遅刻って言うがな、もう来てんぞ」
 作業員が顎でしゃくった方を見ると確かに小さいバルキリーがすでに作業をしていた。
「あそこにいたのが全部じゃないのか」
 何も把握していない責任者だった。
 そんなことを話している間にどこからともなくちびバルキリーが現れ作業中のバルキリーに近付いた。頭同士を近づけて親子でキスでもしているような感じで静止する。そのあと、作業バルキリーがちびに連れられて去っていく。あのちびは作業中のバルキリーに収集をかけに来ようである。
 って言うかあれ、連絡手段にもなってるんだな。ブロイはまた一つ、どうでもいいことを知った。
 伝えた通り、今朝のバルキリーによる解体のお手伝いは一時中断になった。揃い踏みしたバルキリーファミリーの力を合わせれば寝床の引っ越しくらい容易いものだったのだ。

 引っ越しの道のりは決して平坦ではない。特に壁をぶち破って無理矢理通路にした場所は。作業員が多く往来する外壁から町跡までは鉄板で簡単にだが整備されている。しかし『偉大なる故郷』より先は無理矢理こじ開けた穴だ。
 一応他にも使えそうな通路は発見されているが誰も使おうとしない。人間養殖場経由だからである。人一人くぐり抜けるのが限界の細い通路。育った子供を養殖場から『偉大なる故郷』につれてくるためのパイプらしい。眠った状態で機械によりここを輸送されてくるのだろう、身動きできないほどではないが窮屈な通路だ。言うまでもないが、狭さ以上に死体が未だ放置されている人間養殖場を通りたくないのだ。ブロイたちが要塞から抜け出したルートも同じ理由で心理的な障壁が立ちふさがって整備が滞っており物理的な障害が手付かずになっている。
 人が出入りする分にはもっといい出入り口がある。『偉大なる故郷』のほぼ真下が要塞核になっている。床をぶち抜いた穴から梯子で出入りすれば手っ取り早い。ただしそれは人間だけの話だ。ニュイベルらが使っていた機材を下ろすときも一苦労だった。大きな機材は未だに置き去りになっているくらいだ。
 思ったより大きくなっていた寝床は穴を通すことすらできそうにない。それに足を目一杯伸ばしても梯子の一段より小さなサイズのちびバルキリーは昇り降りなどできそうには見えない。
 要塞核の中に放置されている配電ユニットからケーブルだけ引いて『偉大なる故郷』に居座ることも考えたのだが、その必要はなかったようである。何のためらいもなくバルキリーたちは寝床を切り分けて穴の中に通したのだ。しかもちびバルキリーたちも梯子の縦棒や壁を使ってするすると昇っていく。心配は丸ごと杞憂であった。
 とはいえ毎回この曲芸をやることはない。人間養殖場の通路もバルキリー達なら楽々通れるがすれ違えるかは怪しいし、そんなところを通るまでもない。
 ここは証拠隠滅のために爆破するという話まで出ているくらいだ。床・天井や壁を取っ払っても文句は言われない。要塞核が消し飛んだ空間がもったいないので整備して使ってますとでもいえば疑われなさそうだ。居座っているモノが一番の問題になるのは言うまでもないが、壁に溶け込んでもらうかガラクタのふりをするかで乗り切れると信じよう。

 古巣に戻れたバルキリーの様子を見ていたガドックが、ふと言った。
「俺、こいつ昔見たことあると思ってたけど……思い出したぞ」
「ん?どこで?」
「生まれてすぐ、『偉大なる故郷』で……だと思う」
 聞くだけ野暮だった。彼らの昔と言ったら町か『偉大なる故郷』くらいしかないのだから。
 彼らの生まれてすぐというのはほんの数年前、普通に育った人間であれば十数歳といったところだ。当然分別も付いているし、記憶もしっかりしている。ましてや言葉の通りなら世界で最初に見たものの一つと言えるのだ。覚えていても何ら不思議ではない。
「……そうだ、『偉大なる故郷』で足下をチョロチョロしてた。こいつよりもうちょっと小さくて……足はなかったな」
 このバルキリーに足が生える前のように、車輪で動き回っていたのだろうか。
「そこで、こいつは何をしてたんだ?」
 ガドックは考え込み、そして言った。
「……何をしてたんだろう……」
 ガドックは記憶を辿るが、その時のバルキリーは喋るでもなく、ただ足下で動き回っていただけだ。それでは何をしていたのかなど分かりはしない。……彼らを監視でもしていたのだろうか。その時ガドックの周囲にはこれから仲間になる人たちがいたし、機械にしても悪魔と呼ばれていた印象の強い存在がいた。何をしているのかも分からない足元を動き回るだけの機械など印象に残るものではない。しかし、その朧気な記憶が『偉大なる故郷』を訪れたことで呼び覚まされたようだ。
 何はともあれ、その頃からバルキリーはこの核の中にいた。そしてその数年後、ウィルスで暴走した要塞から脱走を企てる。
 この要塞の中で見かけたときはひたすら壁に向けてビーム砲を撃ち続けていた。その時はウィルスにより暴走しているのだと思っていたが、ウィルスは機兵と構造が違い過ぎるバルキリーには感染しない。壁を撃ち続けていたのも今は脱走経路を造るためだと考えている。あと一歩と言うところで力尽きたが。いや、もしかしたらブロイたちがその穴から抜け出し仲間を引き連れて戻ってくるのを期待していた可能性だってある。
 だからこそ、このバルキリーは要塞核の巨大バルキリーが脱出という目的を託して生み出したものだと考えたのだが、もっと前からいたとなるとその存在理由はまた謎に戻る。思えば、要塞の中で人間が育てられていた理由も未だ明らかではない。謎を解くための情報は確実に増えているのだが、まだ足りていないようだ。
 一番手っ取り早いのは当人、要塞核そのものの記憶を読み取ること。それはニュイベルたちにお任せだ。ブロイが考えるだけ無駄である。

 引っ越しも終わりバルキリーも充電したいだろう。しかし肝心の充電器がまだ電源に繋がっていない。それを繋いでやれば引っ越しは完了だ。
 バルキリーの方にはまだここでいろいろとやるべきこともあるだろう。例えばこの充電器だって運び込む際にぶった切った。メインの部分はこのまま使えるだろうが、ぶった切った部分は繋ぎ直さないと使えないはずだ。だがそんなのは当人に任せておけばいいのだ。人でもないのに当人と言うべきかとか、監督責任がどうだとか、そんな話は知ったこっちゃないのだ。
 電源に繋ぐだけとは言えすんなりとは行かない。ここにある電源はこれまで繋いでいた住居用ではなく作業用の大出力電源だ。元々ちまちまと実験用の可変量電源からエネルギーを与えていたのを住居用の電源で安定供給にしただけでもドキドキだった。まあよく電源を切り忘れて安定供給状態にしてはいたし、家電レベルなら大したこともできまいと思い切ったわけである。結果はあのざまだったわけだが後悔はしていない。
 大したことのない住居用電源でも結構やりたい放題されたので作業用電源に繋いだらどうなることやらだが他に選択肢はない。出力調整器を取り付けるという手はあるが手動の調整などバルキリーに好きに調整されるのがオチだ。ブロイの小狡さを学んだバルキリーなら。調整器を改造して見た的には低出力だがその実常時最大出力になるように小細工しても不思議ではない。
 そういう小細工はしても基本的に悪いことはしない。そう信じてさっさと繋ぐことにする。もちろん出力量が違うソケットが同じなわけがない。バルキリーには形状の合う端子を寝床に作らせた。すんなりと作り上げるバルキリー。デキる子である。
 単純に接続部の形を合わせただけなので入力が強すぎて火を噴くことになっても自己責任なのだが、別段問題もなく接続できた。エネルギーユニットが緩衝として強い電力を受けきってくれているらしい。予め電源が強いとは何度も言っておいたのでノーガードで高出力を受け止めるわけがなかった。
 実のところ、バルキリーだって高出力電源は初めてではない。手伝いに行っている各現場にて使われているのは同じ作業用電源だ。電力をちょろまかそうとして試行錯誤くらいはしたのだ。その甲斐あって今では現場で充電できるようになっている。
 ならばなぜ未だに予備バッテリーを運ぶちびバルキリーがうろうろしているのか。簡単なことだ、貧弱な電源しかなかった寝床ではなく強力な電源のある現場の方が充電しやすい。今では現場で充電されたバッテリーを寝床で使っているのだ。後にブロイもその事実に気付くのだが後の祭りなのである。

 無事電源を繋いでブロイの用事は完了だ。切り上げようとした時だった。
「よぉーう」
 聞き覚えのあるのんきな挨拶とともに入ってくる者があった。案の定セオドア=マクレナン少佐である。
「おや。こんなところにまでお越しになるとは」
「いやいや、流石にここは来るだろ。ここは来ないとダメな場所だぜ」
 上からは手を出すなと言われているのに好き放題やらせている上、やるなら急げとまで言い含めている所だ。どうなっているか気になって当然だ。
「ここって爆破するんですよねえ。それっていつになるんですか。いい感じで場所が空いてたんでちょっと占拠させてもらっとるんですが」
「上が視察にくるまでに、かな。今のところ盛大にてんやわんやでそんな余裕なさそうだし、当分先だぞ。まあ抜き打ちで見に来られたら困るし早い方がいいんだが」
 爆破は先になるが、それまでにバルキリーがここを大きな空洞にしてしまいそうだ。
「……で、何をしてんだ?何だこれ」
 そこに置かれている機械を見て何をしているが推測しようとしたセオドアだが、そこにあったのは全く見覚えのない機械だった。しかも明らかに切断されていてただのスクラップにも見える。
「こいつの寝床というか、充電器でして」
「ああこいつは例の。目立たない所に置いておこうってことかい」
「単純に空いてる場所にねじ込んだだけですが……ここは目立ちませんかね」
「どうだろうな。まあ遠いしこまめに来たい場所ではないかな」
 セオドアの個人的な意見である。むしろバルキリーを目立たせたくないような手合いは万難を乗り越えてでも真っ先にここを目指しそうである。
「確かに来たい場所ではないですな。近くに人間工場があって、未だにカプセルに入った死体がずらっと並んでますし」
「マジかよ。早く言ってくれよ」
「すぐ隣ですぜ。ちょっと前まではそこを通らないとここに入れなかったくらいでして。それがイヤなんで通路を造るのだけ頑張って……後はまあ臭いものに蓋ですな。早く片付けようとは思ってるんですが……誰がやるんだって言う。今はせめてミイラになってくれた方が片付けやすいんっで乾燥待ちみたいな感じですな」
「その片付けなんてやりたい奴なんざ居ねえなあ。俺だってそれをやれなんて命令出したくねえや。恨まれるわ」
 二人で苦笑いした後、セオドアが悪い笑みを浮かべた。
「お仕置きに使うには悪くねえが……。それよりも中央のヤな奴が視察に来たら人間工場とやらを通してやるのも手だな。ちょっと見に行ってみるか」
 そういうことには努力を惜しまないようである。それにしても、セオドアにお仕置きされるというのはよっぽどだ。バティスラマは適当な奴らばかりで好き勝手が横行しているが、それでお仕置きが発生した記憶などない。そしてお仕置きがこれとなるとみんなちょっとくらいは真面目になってお仕置きが遠のくだろう。お仕置き待ちをしていたら白骨化しそうである。
「見たいならそこのパイプから行けますよ。ついでに手でも合わせてやってくださいや」
 言われて早速行ってみるセオドア。しかし3分と経たず帰ってきた。
「一人で行く所じゃねーよ!ついてきてくれねえのかよ!」
「二人なら行きたいと?」
「いいや?」
「でしょ。俺だってイヤですよ、案内が必要なほど複雑でもないし巻き添えは御免ですわ」
「まあそうではある……。ヤな奴連れて行くなら頑張れるしその時まではもう来る必要もないな」
 斯くてイヤな奴への嫌がらせのネタを得たことで満足したようである。ここがバルキリーの巣にされようとしていることには全く興味がなさそうだ。何をしにきたのやらだ。
 バルキリーだってどこかに置いておかねばならない。その置き場所はセオドアが決めるより事情の分かっている現場が決めたほうが適切な判断もできよう。ただ、この場所自体に問題があった。いずれ中央から状況確認の査察が入る。そのときにここにバルキリーが居座っていると困るし、隠滅しておかないといけないものも多いのだ。
 しかしバルキリーは要塞解体を手伝いスクラップを喰い漁る。証拠隠滅に貢献できそうである。とりあえず、要塞核の巨大バルキリーの外殻をきれいに片付け、その周囲も適当に取っ払う。そのときレーザーで焼いてあえて表面を溶かしたり、焦げ目をつけたりして爆発かエネルギー漏出で溶解した風を装っておく。
 これで問題がないとは言えない。何せ、一番隠滅したいのはこっそりバルキリーを飼っていることなのだ。小さなバルキリーは物陰やパイプの中にでも隠れればいいとして、見るからに怪しい充電器もバルキリーたちと一緒にそこら辺のパイプなんかに詰め込んで隠せるように、大きな一つではなく分離可能な小さいパーツに分けておくことでひとまず話が纏まったのだった。

 切り上げるセオドアと一緒に『偉大なる故郷』を後にし、ブロイも本来の仕事に向かった。
 解体作業を自動で行う機械を、量産するための機械の設計と組立。それが今日からのブロイの役目だ。これまでは突発の野暮用の手伝いばかりだったが、久々となる自分の領分の仕事となる。
 このような機械は使われる状況に応じて調整が要る。どのような調整がいるかを言葉で事細かに伝えるのはこんなんだし、実際使ってからの微調整も必要になりがちだ。中央から送られてくる量産型そのままでは埒が明かない。なので作業に合わせて現場で改良するのが慣例だ。
 なお、バルキリーの子分は解体作業を自動で行ってくれる機械ではあるが、量産と言うには製造ペースが遅い。きっと頑張れと言えば頑張って生産ペースを上げてはくれるだろうが、あんまり増えられるのもちょっと落ち着かないので今のところは保留である。
 これまでにあまり無かった作業が多いとは言えど概ね今まで使われていたありふれた設計図で大体間に合うだろうが、状況に応じて手を加える箇所もある。各現場からすでに細かい注文が入っている。特に多い注文が切断能力を高めてくれと言う注文だ。
 従来ならばこの手の要塞は、激しい戦いの執拗な攻撃の果てに大爆発で終焉を迎える。残されるのは飛び散った残骸が殆どで、残った物の切断などよりも先にその残骸集めを終わらせないといけないし、落ちてるだけの残骸を拾い集めるほうが資源集めとしても効率がいい。残った要塞の切断解体はそれと同時にのんびり進めておけば十分だ。
 しかし、この要塞はほぼ無傷のまま。そのまま回収できる残骸などほとんどない。切断しなければ何も持って行けやしない。よって何より切断の能力が求められる。爆破するという手段もあるが、折角無傷の要塞なので調査できるところは調査もしたい。要らない所から切断していく方が安全だ。
 その切断に特化した作業機械のプロトタイプと設計図は完成している。ブロイたちが設計するのはそれと同じ物を組み立てたり、用途に合わせた特殊な部品があればそれを製造する機械だ。
 のんびりやっていると次のオーダーが来てしまう。とっとと片付けたいところだ。設計には数人のプロジェクトチームで当たる。こんなチームがいくつかあり、薄い板を切るのに特化した機械や、厚い板、柱など切りたい物に応じた機械をめいめいに設計しているところだ。
 ブロイにとってはいつもの仕事だが、ブランクが長い。他の仕事をしていたならともかく、偵察機を落とされレジナントの町に閉じこもっていた間はずっとサボってたようなものである。野暮用の手伝いがリハビリにはなっていたが、まだまだサボり癖と言う不調から復調しそうな気配はない。同じ環境にいたはずのニュイベルはすでにバリバリ活動しているのはご愛敬である。
「久々だからな、リハビリってことでマイペースでやらせてもらうぜ」
「マイペースなのはいつものこったろ」
「そうだっけ?あと、今日は一人おまけが付いてんだ。ガドックっていう。まだ勉強中だから大したことはできねえが、雑用くらいならこなしてくれるだろ」
 ガドックの頭をぽんぽんと叩きながらブロイは言う。
「おまけは一人じぇねえだろ。変なの連れてくるなよ」
 機工技師のクラスクが言った。ブロイの後ろにはバルキリーがついてきている。
「こいつか。こいつは……まあ、気にすんな。じっとしてろって言っときゃおとなしくしてるからさ」
「ほう?言えば聞くってことは、人の言ってることが分かるってことだよな。それで、こいつは喋らないのか?」
 ここに集まっている連中は機械のスペシャリスト達。珍しい機械には興味津々だ。
「そういや。スピーカーの類ってついてないよな」
 ブロイもバルキリーが駆動音以外の音を出すのを聞いた記憶はない。
「じゃあさ。繋げたら何か喋るんじゃないか?」
 ここは機械の設計を行うところだけにそういった部品の類は取りそろえられている。クラスクはすぐにスピーカーを持ってきた。
「で、どこに繋げばいいんだ?」
「知らん」
 ブロイは素っ気なく言った。ブロイは自分自身でバルキリーに加工を施したことはない。せいぜい電源に繋いだ程度だ。後はこうならないかと言ってみたら本当にそうなったというくらい。
「渡しとけば自分で取り付けるんじゃないか?」
 ブロイはバルキリーにスピーカーを手渡した。バルキリーはしきりにスピーカーをこねくり回している。
「……こりゃ、使い方が分かってないな」
「なあんだ」
 クラスクは拍子抜けした。
「ほれ、こことここを繋ぐんだ」
 ブロイに教えられて端子の場所だけは理解したが、やはり音の出し方は分からないらしい。
「あとで教えておくか……」
 あまり余計なことをして遊んでもいられない。作業に取りかかる。
 設計図を見ながら、その設計図通りの物を作る機械の設計図を作っていく。その作業も大部分は機械任せではあるが、最後は技術者たちの勘と経験が物を言う。試行錯誤の調整が続く。そんな中、ここにも試行錯誤を続けるモノがいた。
「ぷぴゅ。ぶりょ。ぷつぷつぷつぷつ……きゅりょりょりょりょぴゅいーん」
「うるせえな」
 スピーカー相手に試行錯誤を続けていたバルキリーが、だんだんコツをつかんできたようだ。先ほどからプツプツとくらいは鳴らしていたが、急に音らしい音が鳴り始めた。それも、かなり気の散る間の抜けた音だ。
「せめて終わるまで黙らせとけ」
「だな。余所でやらせとくか」
 ブロイはバルキリーを隣の資材室に連れていった。壁一枚隔てればこの程度の音は気にならない。よく耳を澄ませると微かに音が聞こえるが、気になるほどではない。

 静かになったところで作業を再開する。
 特殊な状況で使う機械ではあるが、用いられる技術にそれほど違いがあるわけでもない。設計はすぐに完了し、試運転の段階に入る。既存のパーツを組み立てていく一方で、特殊な形状のパーツが作成されていく。試運転は加工しやすい柔らかい素材で行っているが、本番ではこれを鋼鉄に行う。動作は問題無いようなので、後は鋼鉄を加工できる強度の部品に取り換える。
「おい、ガドック。これやってみ」
 ブロイは野暮用が減って手持ちぶさたになっていたガドックを呼びつけ、部品の作成をやらせてみることにした。
 この作業は高度な金属加工の技術が必要だ。かつてはドワーフの得意分野だったが、求められる技術がより高度なものになっていくのに従って、機械任せになっていった。機械を持ち出すほどのない制作作業だけをドワーフが行う。機械任せはむしろ誰にでもできる仕事。ガドックにやらせてみようとしているのは、そんな誰でもできる機械任せの作業だ。
 ガドックを工作機械の操作席に連れていく。
「動かし方、分かるか?」
「……分からねえ……」
 同じく訓練を受けているリカルドとラナが実践的なレベルに入っているので勘違いしていたが、思えばドワーフのガドックは多少おつむが弱いので、その前の基礎的な事項を覚える段階でもたついているのだ。
 しかし、おつむで考えおつむで覚えることは苦手でも、こう言った操作などを体に叩き込むのが得意なのがドワーフの特性だ。知識など後回しにして、作業に必要な動かし方くらいは覚えさせてもいいだろう。どうせ訓練員まで作業に駆り出されて訓練もできないのだ。
 ブロイはガドックに基本的な操作を教えた。あとは適当にやっているうちに何となく覚えていくだろう。どうせこういう細かい作業しかできない作業機械は解体には使わないので余っている。
 部屋の中で次々と作業機械が起動し、唸りをあげ始めた。作業は始まり、着々と進む。
「できた」
 形の整った部品を手にガドックが言う。
「ほう。どれ」
 ちょうど一息入れていたマスキンプが部品を手にとって品定めを始めた。ちゃんと設計図通りだ。形さえあっていれば、あとはベテラン職人と自動機械が手堅く調整して仕上げてくれる。
「いい出来だ。こいつはこのまま使っても問題ないな」
 誉められてガドックは満足そうだ。 
「ずいぶん早いな」
 ブロイは驚く。熟練工たちの手際とはさすがに比べるまでもないが、初心者ならばもう少し手間取るものだ。そもそも、ブロイには目的のものをちゃんと仕上げられるほどの手ほどきをした覚えはない。どこかで躓かない方がおかしい。
「面取りなんて、よくやり方分かったな。教えてないのに」
「角、取りたいなって思ったら、何となくこうかなって思って。その通りやってみたらできた」
 やり方は勘だったようだ。しかし、それはますます納得できない。いかに操作は簡便になっているとはいえ、勘で動かせるほどのものではない。それに教えてもいないのにやってあることは面取りだけではない。全てのやり方を勘で探り当てつつこんなに早く仕上げるなど、奇跡にしてもできすぎだろう。
「ガドック。本当はこいつの使い方を知ってたんじゃないのか?」
 ガドックは少し考える。
「どうなんだろ。見るのは初めてなんだけど、使ってると体が勝手に動く感じがする」
「体が使い方を覚えてるってことか」
「機械の中で育てられてるときに教えられたのかな」
 彼らは生まれた時にはすでに言葉を理解できる状態だった。そして、彼らが生まれ落ちたその狭い世界で、彼らが何をすべきなのか。糧を得るために祈ること、そして祈りを捧げるべき神、その神にまつわる神話。全てをそのときには知っていた。培養液の中でパイプに繋がったまま眠り続けていた時、夢でも見せるように必要な情報を脳に送り込み、教育を行っていたのだと思われる。
 言葉を覚えさせたように、祈りを覚えさせたように、工作機械の操作を覚えさせることは確かにできる。一応説明は付くだろう。しかし、あの世界にはそのような機械は存在しないはずだ。調査の時にもそういったものは一切見つかっていない。町での仕事は野菜の栽培と掃除や洗濯、後はお祈りくらいで物づくりの機械などに出番はない。彼らの世界に存在していない代物の使い方など、何のために覚えさせるというのか。
 しばし考え、ブロイは結論を出した。
 さっぱり分からん。
 分からないことは、いくら考えたところで分からない。考えるだけ無駄だ。
 ブロイはいつも通り細かいことは気にしないことにした。

 どこからか、メロディが流れてくる。何かを知らせる合図、たとえば時報や機械の動作終了、エネルギー減少で流れるシンプルな音色のアラームのようだ。
 アラームにしても鳴りっぱなしだ。最初は誰も気にしていなかったがさすがに段々気になり出す。マスキンプが様子を見に行ったがすぐに戻ってきた。
「ブロイ、お前の連れじゃねぇかよ」
「ああー……」
 そういえばスピーカーを鳴らして遊んでいるところだった。気にしないことにした……のだが。
「何の曲だ、これ」
「知るかよ」
 どうしても気にはなる。聴いたこともない曲なのもさることながら、そもそもなぜメロディを奏で始めたのかも謎である。
「ガドック、お前はこの曲知ってるか」
「知らねえ。って言うか俺の町、音楽とかなかった」
「寂しい人生だな、おい。何か娯楽とかなかったのかよ?飯も味気ないしアソコも全撤去されてんだし……楽しいこと何もねえじゃん」
 町からは携帯端末のような機械どころか紙の本すら見つかっていない。本当に暇な時間をどうやって潰していたのかが疑問だ。
「アソコ全撤去ってどういうことだ?」
 クラスクが食いつく。
「ああ、お前らは知らないのか。自分じゃ気にしてないとは言え本人の前じゃアレあれだから、あとで教えてやるよ」
 なお、今は3人とも再生医療で復元中であり、パーツができ次第移植は可能である。しかし、今までなかったものがいきなり取り付けられても困惑しそうだ。なんにせよ、ブロイには関係のないことだろう。ましてやリカルドやガドックのような男のなど……。
 あれ。そういえばガドックって性別どっちなんだろうな。
 人間にとってはドワーフの性別は分かりにくいのだ。しかも、全撤去の影響でリカルドやラナも中性的な印象。厄介なのは本人たちも性別と言う概念からして知らなかったことだ。そのうち、本人の前ではあまりできない話でもしている時のついでにドワーフたちにガドックがどっちに見えるか確認してみるかと思うブロイであった。そして、比較的どうでもいいことで思い出せるかどうかからして不安だった。

 作業が終わり自分の小屋に帰る前に、バルキリーを寝床に送り届けた。そんなことをしなくても迷わず帰れるだろうが、このまま夜遊びに行かないように見張る方が理由として強い。この後夜の町に繰り出すのはどうしようもないのだが。
「さて、と。引っ越しも終わったし、夜が更ける前に帰るかね。お化けがでる」
 夜の町と言っても住人は全員死んでいた。
「おばけ?なんだそれ」
「なんだよ、神様拝んでたくせにお化けも知らないのか。ほら、死んだ人間が死にきれなくて化けてでる、なんて考え方なんだが、お前等にはないのか、そういうの」
「ないよ。そもそも人が死ぬってのもあんたらに聞いて初めて知ったんだ」
 ブロイは額を叩いた。そういえばそうだった。彼らは死を知らずに生きてきたのだ。親の顔も、その存在さえ知らずに機械に育まれ、争いも病気もない管理された社会で平穏に暮らし、ある日突然ともに暮らした仲間とともに一人残らずその命を奪われる。死の間際まで死というものを知らないのだ。そんな連中に死後などと言う考え方があるはずもない。
 ブロイたちにも死生観はある。神というものの存在を信じていない彼らには、死後の裁きや救済などと言うものはない。彼らにとって、死とは消滅だ。しかし、この世に悔いが残っていれば、魂がこの世にとどまり幽霊などになると言う考え方だけはある。かつて、この世界の人間も神を信じていたのなら、その頃の名残なのか。
 この世界で人間が寿命を全うすることは殆どない。年を重ねた老練な人材の能力は前線でこそ求められる。ラザフスを攻めていた攻めていたグラクーこそいい例だ。前線の基地で戦い、華々しく散ろうとしている。
 こんな世界で最も悔いが残るとされる死に様は、機械と十分に戦えずに死んでいくこと。この考え方のせいで、未熟者はますます戦地から遠ざけられる。平穏な都市で訓練を積み、前線の都市に送られ、ゆくゆくは外郭の防衛に回されていくのだ。
 そして、この町の人々は全く戦うことなく死んでいる。ブロイたちにとって、こういう所はいわゆる心霊スポットのような所だった。
「まあ、お化けを見たことがある奴がいるわけじゃねえ。知らないんなら気にしないこった」
 ここに籠もって作業をしていたニュイベルたちからも何かを見たというような話はない。考えないようにしていただけかも知れないが。
 何はともあれ、こんなところに長居は不要だ。とっとと帰るに限る。
 寝床もそこにあるのでバルキリーもついてはこなかった。