ラブラシス機界編

12話・再建に向けて

 日が暮れかかる頃、ニュイベルたち解析チームは大分小さくなったプロセッサの塊と共に一旦バティスラマに向かった。レジナント暮らしに馴染んだ今では古巣と言ってもいいだろうそこで今夜は過ごし、明日には中央に発つことになる。滞在期間によってはレジナントも古巣になりそうだ。
 要塞の撃破と言うだけでも数十年に一度のイベント、そして自爆させずに奪取したというのは歴史的に初めての事だった。機軍の要塞の中枢部分を手に入れたとなれば、その解析に中央が乗り出すのは至極当然だった。
 中央とは文字通り人間社会の中央に位置する巨大都市である。巨大な都市だけに世界で最も優れた施設や機材が揃っている。何をするにも、ここ以上に恵まれた環境は存在しない。
 中央にはネオ・ラブラシスという呼び名もあったが、あまりこの呼び名が使われることはない。呼びやすさの問題もあるが、それよりもラブラシスが機軍の本拠地である事の方が理由として大きいだろう。大昔に機会に制圧され、代わりに新たに造られたのが中央ことネオ・ラブラシスなのだ。
 中央はすこぶる遠い。中央と言うだけあって隅っこの最前線であるバティスラマからは一番離れているのだから当然だった。高速輸送機を使ったところで丸一日かかる。そして高速輸送機などは中央にしかない。燃費も悪いし安全性でも普通の輸送機に劣る。今回運ぶものは貴重なもので慎重に運ぶ必要もある。普通に運ぶのが一番だが、そうするとそれだけで数日掛かりだ。
 その間、何もせずに運ぶのは時間の無駄。運搬する船内でも解析の準備が進められることになる。そのため、ニュイベルも輸送船に乗り込むことになった。言われずともバティスラマで待機するくらいに予想通りとは言え、間髪入れない要請にニュイベルは不機嫌そうだ。辞令を下すセオドアもびくびくである。しかし、これを乗り切ればおっかないニュイベルを中央に送り出せる。とても気が楽になるのだ。

 その頃レジナントの解体は次の段階に進もうとしていた。外縁部の解体は今も進められているが、資源確保が目的のその解体と同時に調査研究が主目的である中心部の解体も動き始めることになる。
 その手始めにオイルの泉を覆う邪魔な機械を取り除き、人間たちが利用できるようにする。今まではソーラーパネルから生み出される今一つ貧弱なエネルギーか、バティスラマから運び込まれたエネルギー資源を利用するしかなかったが、オイルの泉を確保すればエネルギーの確保に手を煩わされることがなくなり、作業は格段に効率的になる。それだけならこれも資源目的と言えるが、今回はそれだけではない。
 人間たちは長い歴史の中でなら機械からオイルの泉を奪ったことは何度もある。要塞を攻略し町にすることとそれは同義だからである。多くの場合、制圧された要塞のコアは自爆し、それに巻き込まれてオイルの泉もほぼ剥き出しになっていた。地下に続く穴に配管や瓦礫が詰まっているくらい。その状態での奪い取り方なら先人の知恵としてノウハウも蓄積されている。
 しかし今回は自爆が起こらずコアの周囲も無傷で残り、極めて特殊だ。機軍が利用していたオイル採掘機構もまた無傷であり、貴重なサンプルになる。一方で使い方は分からないし下手に動かせば機軍が復活したり自爆したりするかも知れないので使えない。ひたすら邪魔である。
 そもそもその機械に覆われ、どこにオイルの泉があるのかもはっきりしない。様々な方法で要塞を縦横無尽に巡る配線や配管を辿り、それらが全て集中する場所を見つけだし、そこに向けて要塞を解体して進んでいた。コア……巨大なバルキリーから少しずれた場所にそれはありそうだ。ど真ん中に近い場所だけに、重要そうな機械も多い。サンプルとしても貴重で雑に壊せないのでその点も一苦労である。
 オイル汲み出し装置は中央の技術者しか設置できないので彼らを呼ばないとならないし、それもまず汲み出し装置やそれに繋ぐパイプのスペースを確保してからになってしまう。それでもオイルの泉さえ確保できればエネルギー供給に余裕ができ、もっと大きな作業機械でも好きなだけ使うことができる。
 そしてそのゆくゆくは好きなだけ使おうという作業機械を、貨物列車から仮設倉庫に移動する。それが今ブロイが手伝わされている仕事だ。運ぶ作業機械の数はかなりの数になる。これだけの作業機械を使おうというのならば、これらを操作するために相当数のオペレータも必要になるだろう。訓練の終わったリカルドたちも駆り出されてこっちに来ることになるかも知れない。
 何はともあれ、パニラマクア付近に大規模な機軍の軍勢がいるこの状況では、呑気に占領基地の増設などしていられない。世界の反対側にあるグラクー軍の進軍のために世界中の資源をかき集め、こちらは手薄になっていたところだ。大急ぎで守りを固める必要がある。要塞から奪った資源も殆どが防衛強化に当てられるだろう。
 敵の急襲のために壊滅したグラクーの前線基地でも、その残骸などの資源は機軍からも手つかずのまま捨て置かれているという。機械たちは恐らく、パニラマクアで起こっていたバルキリーの反乱に対抗する戦力を集めるために取り急ぎグラクーを鎮圧することにしたのだろう。悠長に資源をかき集めている場合ではないと言うことだ。グラクーを鎮圧し、敵の戦力は今パニラマクアに集結しているものと思われる。散らかっている残骸をかき集める邪魔をするものもいない。グラクーでも大急ぎで資源の回収、戦力の回復を進めているという。
 パニラマクアと機軍が勝手に揉めている今はまさに防御を固めるチャンスだ。機軍にとってこの状況は実質孤立しているパニラマクアの反乱に腰を据えて対処するための時間稼ぎかも知れない。しかし、たとえ敵の思惑通りでも、戦力の回復は今とれる最良の行動であるのは確かだ。
 機軍の思い通りに事を運ばせないためには、こちらが機軍の想定以上のペースで戦力を蓄えること。そして、後はパニラマクアが機軍そして我々の想定以上にがんばってくれることを祈るだけだ。またちょっかいを出すのもありかも知れない。しかしそれはブロイのような下っ端が決められることではない。偉い人にお任せだ。
 使う目処の立たない作業機械はどんどんと増えていく。これらを動かせる時が来れば要塞の解体などあっという間に終わりそうだ。

 ぎりぎりまで作業場でプロセッサに挟まる余計な装置の取り外し作業を続けたのち、ニュイベルたちは中央に向かって出発した。ニュイベルが連れて行ったチームは中央に連れて行っても恥ずかしくない厳選されたメンバーだ。もちろんその顔ぶれがここから居なくなるのは痛手だが、その分あちらで頑張って早めに帰って来てくれることを祈ろう。帰ってきたらこき使うのが今から楽しみだ。
 荷物のメインであるプロセッサもだいぶコンパクトになったが、それでもまだ一人で抱えて運ぶのは無理なサイズだった。そしてその塊は全体の3分の1くらいがいまだに機軍の読み取り装置で占められている。3分の2しか撤去できなかったという事ではない。読み取り装置が嵩張るのでわずかに残った分でも3分の2ものサイズになるのだ。
 移動の船内でも読み取り装置の撤去が続けられるだろう。撤去された読み取り装置は中央の研究者へのお土産くらいにはなるだろうが、それもまあ何個かあれば十分。残りは確実にただのゴミだ。資源ゴミなのがせめてもの救いなのだが、うっすらとだが中央の資源ゴミは処理しきれていないという話も聞いているので不用品でしかないだろう。荷物として降ろすのも億劫なので出来れば全部こちらで取り外してしまいたかった。
 生産系施設の乏しいバティスラマでもこういう資源ゴミの処理は難しい。処理施設の整った近くの町に運ぶのが慣例だが、最近はここの事情が変わってきている。ちょっとくらいの量なら処理してくれる、頼もしい仲間がいるのだ。
 と言うわけで、飛び去ったニュイベルたちが最後のひと踏ん張りで取り外し片付けもせずに立つ鳥跡を濁しまくりで散らかされたゴミは、輸送するには中途半端な量という事もあってバルキリーにお任せという事になった。散らばっているのを片付けてくれるだけではなく、分解処理までおいしそうにこなしてくれるのでこういう時にはとても助かるのだ。
 そのせいで育ったり増えたりするが、もう今更だと割り切ることにした。近頃ではバルキリーの子分と言うか子供たちがレジナントの解体作業まで手伝っている。渋ってなかなか増えない中央からの機器援助よりよっぽど手軽で確実なのだ。バレたらヤバい気はするのだが、援助を渋る中央が悪いに決まっている。素直にホイホイ貸し出してくれればバルキリーをこき使う必要などなかったのだから。
 ついでに、この後始末をバルキリーがやっていることはニュイベル達も知らない。
 そして輸送機の中でもごみを出し続けていたニュイベルたちだが、流石は残り僅かと言うところまで頑張っていた甲斐もあり、早々に作業は完遂された。そして気付く、やれることが何もなくなったことに。休暇と言えば聞こえはいいが、本当にやることがない。船内での頑張りは少し無駄だったようである。あまりにも到着が待ち遠しかった。

「さあてと。それじゃあ俺はのんびりするかね」
 そういって大きく伸びをしたのはセオドア統括である。当初ニュイベルのチームは一旦レジナントに飛ばした輸送機に荷物を積み込みそこから出発する予定だったが、ニュイベルたちの頑張りで一番の大荷物がバティスラマに簡単に運べたのでバティスラマでの見送りとなった。しかし、セオドアがレジナントに遊びに来るという予定は変更にならず、見送りと切り離されるだけにとどまったのだ。
「のんびりっつっても、寛げるような場所なんてありゃしませんぜ」
 ティスカルダムの言葉に快活に笑うセオドア。
「ただのんびりお昼寝するならこんなところまで来ねえさ。のんびり視察だよ」
 もちろん、その間もセオドアの頭は軍お偉方の誤魔化し方や目を盗んでやれそうなことを考え倒すことになるのでフル回転なのだが。
 そして、見送りがなくなって来なくなったと思ったセオドアがひょっこり現れたことでレジナント各地がバタバタすることになるのだった。

 案の定レジナントでの作業にリカルドやラナまで駆り出されるそうだ。みんなの認識ではこの三人はブロイの子分と言う感じになっているのでその辺も加味されブロイの預かりとして呼び出されることになった。出迎えに行くのももちろんブロイの役目だ。おかげで大手を振るってサボれる――リカルドらの出迎えを仕事だと認識しなければ。
 リカルドとラナはまだ不慣れとは言え、オペレーションは出来る。簡単な作業なら出来るし、逆にその程度の作業にベテランの手を煩わせる余裕はない。まだオペレーティングを習得しきていないガドックでも、ちょっとした手伝いくらいなら出来る。そもそも、教官役の作業員も駆り出されてレジナントでの作業に当たるのだから、バティスラマに残る意味などない。実地訓練の場所がレジナントになったようなものだ。
 レジナントへの移動はのんびりと陸路での移動だ。人員の移動ごときに空輸便を割けないのだろう。それでも荒れ野をバギーで走る必要はない。バティスラマとレジナントの間には続々と鉄道が敷設されている。すでに3本の路線が開通しているが、その隣にはその3倍近い本数の路線が敷設されている。本格的に要塞の解体が始まると、これでも足りないくらいだろう。
 バティスラマの外郭基地にはすべての基地を合わせても高々数十人だけが残り、後はレジナントに移動することになったらしい。防衛施設群に至っては自動防衛システムに任せきりのもぬけの殻になる。駅にはたくさんの作業員が列車を待っていた。基本荷物を運ぶ方が多い鉄道なので、客車などない。折り畳みの椅子を置いて座ることになるが、今日はそれさえも足りていない。貴重な椅子はもっと繊細な連中に譲り、ブロイたちは座れそうな荷物の上に腰掛けた。
 輸送車両の外は果てしなく荒野が広がっている。長い歴史の中で資源という資源が掘り尽くされ、利用価値のない砂礫だけが残った大地。雨が降っても土には草を育むだけの地力すらない。ましてや数十年戦火が大地を焼いてきたので草の種も焼き尽くされている。前線地帯が移動し静穏になれば周囲からうっすらと草が広がってくるのだが、それも当分先だろう。
 非戦闘地域ならソーラーユニットや農業プラント設備で埋め尽くされる平原も、今はまだ荒れたまま捨て置かれている。これから前線が移動すればここの景色も変わるはずだ。
 日も沈みかけた頃、退屈な風景の向こうに砂塵に霞むレジナントが見えた。ようやくあそこから抜け出したというのに、またしてもみんな揃ってあの要塞に籠もることになろうとは。いや、ニュイベルだけは一足先に要塞をおさらばしていたのだったか。
 この要塞のことを考える度に、抜け出した日の悲惨な大虐殺のことを思い出す。ブロイたちが隠れ家から這いだした時には既に全てが終わっていた。腐った骸を目にしたのは後日のこと。長いこと隠れ住んだ町だが、何分隠れていたのでリカルドら以外のそこの住民を見たのはその時が初めてだった。生憎、何の思い入れもない。
 それでも人が死んでいるのを見るのは嫌なものだった。それも普通ならば未来ある若者、少年少女ばかりである。あんなことがあった場所で作業すると思うと胸糞が悪くなる。できればあの町から離れた場所の作業を割り当てて欲しいものだ。
 リカルドたちに割り当てられた住居は、ブロイがここを離れている間に急造された掘立小屋だった。バルキリーの子分たちの働きで良い建材が得られるようになったおかげで、同じ掘立小屋でもブロイの仮住まいよりいくらか上等に見える。自分もこっちに住みたいと思うが、どちらにせよ掘立小屋。もう少し待てばまともな住居を作る余裕もできてくるのではないだろうか。気長に待った方が得だ。
 リカルドたちの案内を終えて退屈そうにうろついていると、良く見知った顔を見つけた。そして、声をかけたが運の尽き。早速手伝いを要求されてしまうのだった。

「で、何を手伝うんだ」
「知らん」
「おい」
 ゲラスも人手が要ると言われただけで、何に人手が要るのかまではまだ聞いてなかったそうである。とは言えゲラスに出来るようなことならブロイにだって余裕で出来るという事で声を掛けてみたようだ。
 連れて行かれた場所は要塞のど真ん中、町の最奥。せっかくこの場所から一番離れた所に寝床を確保したのに、作業場が選りにもよってここになるとは。せめてもの救いなのはその場所が、今は洗い流されていても血に塗れていた町でも、未だに子供たちの骸が残る人間養殖所でもなく、『大いなる故郷』とその下の中身の抜かれた要塞核だったことだ。最近までニュイベルたちが籠っていた場所に、今度はブロイたちが籠るのだ。
 しかし、やることはまるで違う。町の各所や要塞核からは多くの配管が出ており、その配管の調査を行っているそうだ。町から出ている配管は住人の生活に関する上下水道などが大部分だろうし後回しになっているが、要塞核の近くを調べればオイル関係の設備の場所が分かるかも知れない。
 要塞核のエネルギーは電力なのでオイル関係を直接探るには不向きではあるのだが、むしろオイルに関係のないパイプがこれだけあるなら、それらを辿って浮かび上がる空間にオイル関係の何かがある可能性が高い。あるいは電力の供給源を見つけてもその発電設備がオイルを使うので、オイルの泉の割り出しに繋がるだろう。
 そもそも、現在見えていない構造が少しでも分かれば解体作業もしやすい、と言うか取り掛かることができるようになる。現状では迂闊なことをして重要なものを傷つけないようにと何もできずにいるのだ。なんでもいいから進展させたい、そんな調査だった。
 要塞中枢部分からはいくつものパイプが伸びている。そのうちいくつかは通路と呼べる代物だったが、当然ながら人間が通る事などまったく考慮された様子が無く、左右どころか上下にまで曲がりくねり伸びているようだ。メンテナンスを行うロボットの通り道だ。
 辛うじて入れるし身動きも何とかなるものの、この狭く複雑な通路を人間が探索するのは無理がある。ロボットの道らしく探索ロボットを偵察に出す事になった。壁は鉄製、マグネットホイールで自在に動ける。
 物資輸送などに使われていたらしきパイプは幾重にも分岐し、それぞれが複雑に繋がりあっている。まるで制御ユニットのあるこの空間を心臓にした、血管のように張り巡らされていた。
 所々で機軍の運搬マシンらしいものが道を塞いでいる。ウィルスで暴走したのか、ウィルスの影響は免れても要塞の機能停止でエネルギーを絶たれたか。どんな結末を迎えたのかは分からないが、今はもう動けないことに変わりはない。資料としても貴重だがひとまず邪魔なので撤去だ。
 運搬マシンが運んでいたものは多岐にわたる。要塞の拡張や機兵の製造に使う金属から、町の住人たちの食糧と思しきものまで。要塞の最期の瞬間は町の住人は皆殺しにされていたので本当に食糧だったのかは怪しいが。いや、新たに町に現れる子供たちのために食糧を用意していたと信じよう。住人の体の一部とか言う怖いことは考えたくない。循環させて利用されるたんぱく源とかそんなことは絶対に考えてはいけないのだ。
 調査なのかパイプ内の掃除なのか分からなくなってきたが、パイプのマッピングは着実に進行している。そして、期待通りこれらのパイプが避けるように迂回している一帯を発見した。そこにオイルやエネルギー関係の施設があるはずだ。
 今日の所はそれが分かれば十分なのだ。まだまだ今日調べたパイプが繋がっている先に何があるのかなど調べることはあるが、急がない。こんがらがるパイプのマッピングで頭も大概こんがらがってきているので、今日はこれでお開きになった。

 ロボットがパイプラインを調査している間、自分たちは町を調査することにした。町だって貴重な研究対象ではあるのだが、研究するより先に一旦撤去できるものは撤去してしまいたい。
 折角人が住めるように整備された貴重な空間だ。それと同時に惨劇の舞台である。それもそれが何度も繰り返されているはずなのだ。幽霊がどうこうなどと非科学的なことを言い出す者が居るかどうかでいえば、居るのだ。そうでなくても見知らぬ人の血で汚れていた壁や床や天井に囲まれて寝泊まりなどしたい者はまずいない。場所は同じでもせめて血を吸った床や壁くらい新品に取り替えたいのだ。研究など一度解体して移設してからいくらでもできる。
 さらに酷い場所もある。町の下に隠されていた人間養殖所には胸の悪くなる臭いが漂っている。ここも片付け、中の子供達も弔ってやりたい。リカルド達の弟妹に当たる子供達なのだから。
 人間養殖所は結構広大な施設である。ブロイたちの記憶でも町にいた人間は50人程度だった。だいたい10歳くらいから最年長で二十歳手前までを町で過ごしている。その町にいない10歳くらいまでを養殖所で育てられるわけである。
 育てられ方は年齢によってそれぞれだ。明らかに小さなカプセルは赤ん坊、というか胎児向けだろう。その後は巨大な水槽に移され何列かに並んだ状態で育てられる。大きさはまちまちであり、成長度によって並んでいるわけでもなさそうだ。
 町に補充されるくらいの年齢になると再びカプセルに移される。全身にチューブやコードが取り付けられている。これまで動かしてこなかった肉体を電気で強制的に動かして鍛えたりする為だと思われた。外に出すための最終調整だ。
 鍛えられたおかげなのだろうか……一部のカプセルは内部から破壊されていた。そうやって外に出た子供もいたようだが、無防備な裸体には自分の割ったカプセルの破片すら凶器だ。床には血の足跡も残されている。
 そしてここは一切光の入り込まない場所であり、歩き回るのもままならなかっただろう。それでも声を頼りに寄り集まれた者たちも居たようだが、そこからが手詰まりだ。そのまま身を寄せ合ったまま力尽きていた。
 今でこそ調査に使った灯りが設置されたままになっているが、ハンドライト一つでここに乗り込んだ調査員は相当な恐怖を味わったものである。滅多に人など来ないのに貴重な照明機材が常設になっているのもそのせいである。次にここを訪れる何者かにもこの恐怖を共有して欲しいという思いよりも、次に来るのも自分達だった時の負担を軽減する事を優先させたのだ。
 この場所もカプセルなどを撤去すれば結構な広さの空間を確保できる。しかし使いたいスペースとはとても言えない。見えているだけでも相当な数の死体である。明らかに町の住人の比ではない。そして嫌な事実に気付く。町にいた人数とここで育成されている人数が全く釣り合わないのだ。町に住める人間はここで育てられたうちの半分にも満たないようだ。選別されて間引かれでもしているのだろう。であればこの場所での死者も見えている分より遙かに多い。これもまた町の比ではなさそうだ。
 せっかく無傷の要塞を奪い取るという稀な成果を得たが胸糞悪い事実ばかり明らかになっていくのはなぜだろうか。この空間も一旦全撤去でいいのではなかろうか。新品に入れ替えたところでこの場所というだけで気分はよくないが……資材置き場に位は使えるだろう。
 ポンプで水槽内に溜まった液体を汲み出し、それをタンクに詰めて外に運び出す。廃液はみるみる汲み出されていく。固形物――それが何であるかは明らかだが意識はしたくない――もどうにかしたいところだが、このままでは色々と扱いにくいので乾燥するまでひとまず放置せざるを得ない。後回しとか先送りとか、そういうことではないのだと強く主張したいところである。
 割れてないカプセルはそのまま運び出せば棺のように扱える。幸い液体は僅かにしか入っていない。穴でも開けておけば僅かに残った水も乾くだろう。
 ガラスカプセルなので中の死体が丸見えなのがちょっと問題だ。せめて色を塗るか布でも巻いて中が見えないようにしてやった方が、取り外したり運んだりする作業員のためになるのではないだろうか。
 と言うことを思いついたのだが、別に自分たちがやりたいわけではない。提案だけは出しておいたが、やろうとする人は誰も現れないのであった。

 調査を行った感想としては、まだまだしばらく町外れのバラック暮らしが続くかな、と言ったところであった。何も知らない奴を半ば騙して町の跡に住まわせてもいいがバレた時が怖い。自分達があの辺りを避けているといろいろ感づかれてバレそうでもある。そんなリスクを犯す必要は全くない。
 後は町の調査だ。ここでの生活や構造などについて既にいろいろと調べられている。今回の調査はリサイクル関連、壁などの素材を調べたり構造的に取り外しやすいかどうかを調べる。つまりは取り壊す準備だ。
 民家の調度品なども、血に汚れていないそのまま使えそうなものは回収して再利用される。
 多くの人が自宅の奥に追い込まれ最期を迎えている。家の中は極めて質素で、私物はほとんど無い寝るためだけの空間である。昼間は皆公園で仲間と遊んだり、作業をしたり例の偶像に祈りを捧げたりして時を過ごしてきたのだろう。寝る前に読書すらしない、気楽で退屈な人生だ。もっとも、それに飽きるほど長い人生ではない。幼少期を水槽の中で眠ったまま過ごしている分、人として生きた時は更に短い。
 部屋にあった物に思いが染みついて云々などと言う非科学的なことを言うにしても、いかにも支給品の画一的で簡素なデザインなので個人の思い入れというものも特にあるまい。
 壁は町の外壁ですら要塞の外壁と比べるとかなり薄い。反抗心など皆無のこの町の住人では、破壊兵器による攻撃どころか工具でのいたずらすらほとんど心配ないはずだ。この壁でも厳重に過ぎるほどだろう。
 壁の外はパイプだらけだ。パイプは現在調査中だが、裏方ロボットの通路になっていたパイプならとっとと撤去してもいい。しかし、妙な液体の詰まったパイプを傷つけると面倒になりそうだ。見極められるまでは放置が無難だろう。
 パイプの調査で一つ判明したのは、要塞核の近くが機兵の製造工場であることだ。そのための資材の多くは要塞外周の倉庫に蓄えられているので効率は余りよくなさそうだが、重要施設を中心にして外側に倉庫などを増設しているようなので仕方ないのだろう。
 その倉庫を真っ先に漁りたいのだが、外側から進入するには壁が分厚すぎ、内側からはパイプの壁が厚い。これまで通り外壁を剥いでいくのがもっとも大量の資源を得られそうだ。
 しかし、外壁は堅いので取り急ぎ町の壁を剥ぐ。この方針で決定だ。町は当面作業員以外立ち入り禁止になる。できれば入りたくないのだから良いことである。

 今日は体は疲れないが精神的にいろいろと来る日だった。この滅入った気分が吹き飛ぶようないいことは何かないかとブロイは方々に顔を出す。
 そう都合よくいい話などあるわけもなく。パニラマクアもグラクー戦線も目立った動きは無し。ニュイベルの空の旅も代り映えのない荒野ばかりの景色で退屈そうだった。とりあえず、ゆく先々で今日あったことの愚痴をぶちまけて嫌がる反応を楽しませてもらう。思い出すだけでも気が滅入るが、人の嫌がる反応でだいぶお釣りが来る。嫌な性格である。
 セオドアとも出くわして泡を食ったが、上司への報告と言う体でこってりと愚痴をこぼさせてもらった。訊いてる相手が責任者となれば、対策に動き出すきっかけにもなるかも知れないのだ。これは有意義な愚痴、陳情と言ってもいいのだ。まあ、「それじゃあそこはしばらく様子見で」と保留の決定が出てしまったが、むしろこれで上のお墨付きで堂々と放置できるだろう。
 最後にリカルドたちの様子を見る。流石にリカルドたちと一緒に過ごしてきた住人たちやその光景となるはずだった仲間の成れの果ての話を彼らにするほど無神経ではない。
 無神経ではないが、一応近々始まるだろう町の解体を手伝う気があるかどうかは確認してみた。彼らが生まれ育った町。多くの友もそこで過ごし、そして死んだ。その町が壊されるのは確定事項だ。それを見届けるか、自分たちの手で取り壊すか。それとも関わりたくないか。彼らの意思に任せたい。
 その答えは、三人とも解体を手伝いたいというものだった。
 彼らはイレギュラーとして排斥されていた立場だ。町の住人への思い入れは薄い。その死に心を痛めはしたが、それでもどこか他人事に感じる。だから彼らの痕跡を消してしまうことにも特に異論はない。ラナはまだ町の住人たちへの思い入れが強い方だったが、であればこそ死んでいった彼らのために何かしてやりたいという思いがあった。
 一方、仮初でも平穏を与えてくれた住み慣れた町にはそれなりに愛着もあった。壊されるのであれば自分達の手で、そんな思いもある。
 それに、その場所には新たな町が築かれる予定なのだ。その住人となるだろう元バティスラマ住人達から見てもリカルドたちはイレギュラーである。しかし多少は距離感があっても排斥まではせず受け入れてくれている。もともとあった町より、格段に満ち足りた生活ができることだろう。その手伝いができるのならば望むところであった。
 意思の確認ができたので、ブロイは解体作業の監督係にそのことを伝えて今日の業務を終了した。

 明けて翌日。今日からリカルドとラナもレジナントでの作業を手伝う。ガドックはもうちょっと操作を練習し体に覚えこませてからの参加になる。習うより慣れろ。リカルドやラナのように習っただけで慣れなくても動かせるわけではない。種族特性的なもので習っても頭で覚えられないのだから体で覚えるまで慣らすしかないのだ。ガドックは他の二人と比べて不甲斐なく思っているようだが、ドワーフはこんなものだというのがみんな分かっているので他の人は何とも思っていない。むしろドワーフにしては優秀だとまで思われている。あとは本人がそれを受け入れるのを待つしかない。
 解体作業の手伝いと言っても当面彼らの担当は機材や回収した資源の運搬などの誰でもできる仕事だ。本来なら自動制御の作業機械を配置してやらせるのだが、その作業機械の数が揃っていない。揃うまでの繋ぎのようなものではあるが、自動の作業機械が手配できる目処も立っていない。
 不測の事態で突然占領できてしまったレジナントより、想定外の急襲で甚大な被害を受けたグラクーを立て直すことを優先させるのは当然であり、中央に手配しておいた作業機械もキャンセルされてグラクーに回されていた。こうなると、もう作業機械をこちらで用意するしかない。
 近場で余ってたマニュアル作業機械をそれこそ動くのが不思議なポンコツまでかき集めてきた。ちなみにそのポンコツを修理するのがブロイの仕事である。ポンコツと粗大ゴミの判別もそこに含まれる。
 リカルドたちは監督係の指示に従って早速作業に取りかかる。手慣れた作業員たちの操る作業機械が居住施設の壁を少しずつ剥ぎ取っていく。投げ捨てられた廃材を拾い集めて運搬車に乗せるのがリカルドとラナの役目だ。
 正直なところ、こんな退屈で面白味もなにもない作業をやりたがる者は、ある程度の技術を持つオペレーターにはいない。だからこそ普段は自動制御の機械任せだ。
 しかし、単調な作業はまだオペレーティングに慣れていない訓練生に実践練習を兼ねてやらせるはちょうどいい。訓練生といっても、この程度の作業で致命的な失敗をやらかすほどのド素人でもない。適材適所だ。
 その住居に住んでいた人のことに思いを馳せる余裕のある暇な仕事――だったのは最初のうちだけだ。割と頑丈な外壁が取り外されるとそこからは次々と瓦礫が生み出されていく。
 学習能力の特に高い年代をとうに過ぎてから全く基礎知識のない状態で訓練を開始したリカルドとラナだが、オペレーションを順調に習得していた。この作業もそつなくこなしていく。監督係はこの二人にはもう少し難しい仕事を任せても大丈夫だと感じた。二人は解体作業の補助を命じられた。他の作業員と一緒に住居を解体していく。
 翌日には作業員も作業機械も追加され、一気に住居が取り壊された。運び出せる瓦礫の量には限りがあるが、別に瓦礫など積み上げておけばいい。先に壊しておいてあとは運搬車に積み込みを行う人員だけ残しておけばいい。作業の走り出しは順調だった。