ラブラシス機界編

11.転機

 引っ越して何日も経っていないが、ブロイはバティスラマに戻ってきた。いや、今の戻るべき場所はレジナントであり、バティスラマにはやってきたというべきだろう。
 バルキリーも連れてきた。レジナントに置いておいてもいいのだが、押し付けるとニュイベルがうるさいし今のところあちらでもバルキリーに出番はない。ギリュッカ辺りなら面倒を見てくれるかもしれないが、ブロイはそれほど親しくもないので頼みにくいしニュイベルからは彼女はバルキリーを甘やかすと聞いている。見ていない間にさらに巨大化されても困るので連れてくることにしたのだ。
 まずはイレギュラー三人組の様子を見に行く。
 習うより慣れよのドワーフカリキュラムのガドックは、理論もそこそこに実践に移るべく現場に投入される。実にいいタイミングでブロイがやってきた。ブロイが帰り際に連れて行くことになった。
 リカルドとラナは、そろそろ作業機械のオペレーティングくらいは問題なく行えるようになる。そうなるとすぐにでも現場に駆り出されるだろう。今ここに必要とされているのは戦闘員より作業員だ。
 今まで基本操作の練習をしていたシミュレータが、戦闘マシンのシミュレーションに切り替わっている。基本的な操作事態は変わらないが、武器の使用やレーダーの確認など、すべき事は格段に増える。作業機械も戦闘用機械と操作は変わらない。数が足りないときは戦闘用の機械で作業することもざらだ。
 オペレーションと言っても、戦闘マシンはほとんどの動作がフルオートだ。視界上に認識された敵機のうち、攻撃対象を選択すれば、照準を合わせて移動先まで予測し、射撃を行うところまで自動的に行われる。オペレータの主な役目は戦地まで戦闘マシンを移動させ、どの敵機を狙うかを指示するくらいだ。
 リカルドもラナも戦闘をまったく知らない。一体自分がなんのために訓練をしているのか、何を訓練しているのかさえはっきりとは理解していない。ただ、教えられたことを理解し、その通りに実践している。それだけだ。
 本来なら、もっと幼い頃から受けるような訓練だ。一緒に訓練を受けている訓練生は皆リカルドたちより五歳は若い。訓練を始めるのが遅いと身につくのが遅くなるものだが、二人は特にそのようなこともなく小さな子供たち同様飲み込みがよかった。それどころかほかの子供たちより一足先に訓練を終えられそうだとのこと。年相応の能力と言うには成長が急すぎる。指導係は機械に育てられていた人間だからこそ、何らかの方法で高い能力を植え付けられているのだろうと考えているようだ。
 しかし、二人にとっては今受けている訓練では、新たな知識や能力を身につけている感覚ではなかった。
 訓練に際し指導されたことを、二人はすでになんとなく知っていた。新たな知識として蓄えられていくのではなく、思い出されていく感じなのだ。
 機械のオペレーティングも、体が覚えていた。どのように動かしたいのかを頭で考えると、自然に体が動いている。そして、考えたとおりに機械が動いていた。自覚こそないが、まるで彼らは経験者のようだった。
 しかし、誰もそのことに気付けなかった。指導者たちは特殊な才能だと思い、本人たちはこれが普通で何ら不思議なことはないと思っている。それが普通ではないと彼らが気付くのは、もう少し後のことだ。
 ガドックもまた似たようなもので、いくらドワーフカリキュラムとは言え早いなとブロイも思っていたのである。いつも通り、細かいことは気にしないだけで。

 訓練を終えたリカルドとラナは、二人よりも大分若い他の訓練生と別れて自分たちの宿舎に向かっていた。彼らは技師チームのブロイが預かっているため、宿舎も訓練生の寮ではなく技師チームの宿舎を間借りしている。
 そして、引っ越したばかりのブロイの部屋だが新たな利用者がいるわけでもない。ブロイは今夜、物が無くなり殺風景になってはいるが使い慣れたその部屋で泊まりだ。ガドックの他にもレジナントに移ることになる技術者を案内することになったらしく、数日ぶりの顔合わせあるいは飲み会を兼ねて打ち合わせに行っている。
 宿舎までは少し距離が遠いが、乗り物を使うほどではない。二人で肩を並べ、しかし特に言葉を交わすでもなく歩いていく。
 二人は技師の宿舎の入り口で呼び止められた。同じ宿舎を使うので顔くらいは知っている人物だ。
「よう、あんたらブロイに預かられてる連中だよな?こいつ、ブロイの持ち物だろ。ブロイが帰ってくるまでこいつを預かっててくれないかな」
 そう言い、部屋の隅に座り込んできょろきょろしているバルキリーを顎で指した。町中をうろうろしているところを付近の住人が拾ってここまで連れてきたそうだ。部屋で待機したまま放置されていたが、暇なので部屋を脱走。その後部屋に戻ろうとしたのはいいが、いつもブロイについて出入りしていたため一人で部屋のロックを開けることが出来ず、途方に暮れて町中を彷徨っていたのだ。おとなしくその場で待つことは落ち着きのないバルキリーには出来なかったらしい。
 幸いこれまでにもブロイが連れ回しているのを散々目撃されていたし、ブロイが遊びに来ているのを知ってる人もいればブロイがレジナントに引っ越していたことを知らない人もおり、バルキリーがいることに疑問を持った人も少ない。そしてバルキリー自体も何ならいろいろ話題にもなっていたので割と知られており、うろついていてもあまり騒ぎになったりはしなかった。それでも明らかに迷子っぽいので、同じ宿舎を使っていた彼に押し付けられたそうである。宿舎の管理人に押し付けたかったが、生憎所用で留守だった。ちょうどブロイか管理人が来るのを待っていたところなのだ。
「なんかよぅ、見えるところにいると落ち着かないし、かといって見えないところに置いておくと何をするか分からないし。とりあえずさ、俺の見えないところで見張っててくれると助かる」
 男はそう言って二人にバルキリーを押しつけた。今ブロイの部屋にかかっているロックは開け方さえ知っていれば誰でも開けられる簡易ロックだが、ブロイの部屋に置いていくとまた逃げそうだし、だから今の人も律儀に預かっていたのだろう。
 ブロイの部屋に連れて行っても、目を離さなければいいのだ。ブロイの部屋で主の帰りを待つことにした。

 何もないブロイの部屋は殺風景なだが、リカルドの部屋も同じようなものである。一方ラナは部屋にいろいろ飾り始めていた。ここにいないガドックの部屋だが、散らかっている。はたから見ると同じように感情に乏しく見える三人だが、早くも個性が出てき始めていた。
「ねえ。この子、昔どこかで見たことない?」
 バルキリーを見つめながらラナが言う。サイズや装備などは変わっているがレジナントの町を脱出するときに見かけた機械なのは言うまでもないし、こっちに来てからブロイと一緒にいるところもたまに見かけた。しかし、そのたびに何かもやもやしたものを感じていたのだ。
「え?……うーん、どうだろう。昔のことはあまりよく覚えてないよ」
 昔と言っても、彼らの記憶には4年以上前のことはない。彼らの間で昔と言うと、レジナントの町で過ごしていた頃のこと。あるいは、それ以前――。
「気のせいかな……」
 ラナも確証があって言った訳ではないようだ。
 リカルドは記憶を辿る。空から落ちてきたブロイ達をかくまっていた日々。その前、街の人たちに隔離されて3人で過ごした日々。地下にラナが追いやられてきた日。ガドックと共に地下に押し込まれた日。……それより前のことはあまりよく思い出せない。あの狭い町を出てからいろいろなことがありすぎ、あの町では何もなさ過ぎた。昔のことなど、思い出そうとすることもなかったのである。
 ふと、リカルドの脳裏にある光景が思い浮かぶ。どこかの街で、機械と戦う光景。
 こんな光景、知らない。
 リカルドは特に気にもしなかった。その時は、まだ。
 暫く経ってやっとブロイが帰ってきた。宴会だけではなくレジナントに移住するメンバーの準備も手伝っていたらしい。
「遊びに行くといつもこき使われるな。あっちにいたほうが楽だったんじゃないか」
 そんなことをぼやくブロイと別れ、リカルドとラナは自室に帰っていった。

 モニタ越しに見えるのはどこかの町だ。バティスラマに雰囲気は似ているが、より荒れ果てている。その町に見覚えはない。いや、本当に見覚えはないのだろうか。知っているような気がする。
 町にはところどころに火の手が上がり、時折爆発や閃光も見える。空にも地面にも何かの影が蠢いていた。
「もう、ここはだめだな」
 誰かが言った。その誰かに見覚えはない。いや、本当に見覚えはないのだろうか。知っているような気がする。
「いい捨て駒さ。増援部隊が到着するまでの時間稼ぎにはなる。十分だろう」
 誰かが言った。いや、誰かではない。自分……だろうか。しかしこの声にも覚えがない。いや、本当に覚えはないのだろうか。知っているような気がする。
「敵さんは元気だな。第6陣、接近を捕捉……だ」
「ここへの到着までは?」
「見りゃ分かるだろ」
「……だな。聞いただけだ。こちらの戦力は?」
「そんなの、聞くまでもないだろ」
「……だな。口癖みたいなもんだ、聞き流してくれ」
「遊軍の到着は、ここが潰されてから暫くってところだな」
「だろうな。何もかも、今更聞くまでもねえ。……それじゃあ、準備に取りかかろうか。俺たちの人生の終わりを派手に彩る祭りの……よぉ」

 リカルドは目を覚ました。
 そうか、これはいつもの、確か……。
 夢。
 そうだ、ブロイに教えられた。夢と呼ばれているものだ。
 今までにも何度か見たことがある。まだ、あの狭い世界で神に祈りを捧げていた頃。死の存在を知らなかった頃。
 思えば、人は永遠にあの世界で生き続けるという狭い世界での常識に疑問を抱くきっかけになったのは、こんな夢のせいだったはずだ。その時見たのがどんな夢だったのかは思い出せない。さっき見た夢と同じだったのか、それとも。
 しかしその夢の直後必ず、知りもしない死に怯え、みんなが信じている永遠の平穏などと言う絵空事に吐き気までも感じた。
 その平穏な世界の空を突き破り降り注いだ炎の塊から這いだした、後に冗談混じりに悪魔と名乗った男たちに会ってからは、目まぐるしい日常と次々と知らされる真実にそんな夢からも遠ざかっていた。思えば、昨晩ラナと話して過去を思い出そうとしたときに脳裏に浮かんだ光景も夢と酷似していた。久々に夢を見たのは過去を思うだそうと記憶を辿ったのがきっかけなのかもしれない。
 夢。それは得体の知れない現象だった。
 見たことのない、想像もつかない世界が夢の中には広がっていた。あまりにも現実味のない世界だと思った。しかしその一方で、その夢から覚めると今自分たちがいる世界の方がよほど現実ではないような気がしたものだ。
 今の今まで、そんな夢のことなどすっかり忘れていた。こうして改めて考えてみると、この夢は今自分たちがいるこの本当の世界のことだったのはないだろうか。
 リカルドはこの世界のことを知っていたのではないか。また、その思いを強くした。

「おはよう、リカルド」
「ああ、ラナ。おはよう」
 部屋の外からラナが声をかけてきた。リカルドの準備は整っている。あとはラナが先に声を掛けてある寝坊助のガドックが出てくるのを待ち、食堂に行く。ガドックは今日からレジナントで実践訓練を兼ねた手伝いに駆り出されるため、リカルドとラナも行くことになる数日後まで暫しのお別れになる。
 まだガドックは出てきそうにないが、物音はするので二度寝はしていないようだ。
 リカルドはふと言った。
「ラナ。最近、夢って見てる?」
「夢?……そう言えば、最近見てないな」
「俺は今日、久しぶりに見たよ。いつもみたいな夢だった。……よく夢を見ていた頃は分からなかったけど、あの夢ってこの世界のことを見てたんじゃないかな」
「……よく思い出せないけど……そうなのかもしれない。私、どんな夢見てたっけ……」
 ラナは思いだそうとするがよく思い出せない。自分たちの住んでいた世界の常識と乖離しすぎた夢は、その内容を覚えるどころか理解することすらできなかった。理解できないものを覚えることなどできない。
 なぜ、この世界の夢を見るのか。そもそも、あの夢は本当にこの世界なのか。
 リカルドだって、今日見た夢のことを理解できたわけではない。もっとこの世界のことを知らなければ、あの夢を理解はできないだろう。あの夢の意味が分かったとき、新しい何かが分かるかもしれない。

「よぉーう」
 ガドックを含む新たにレジナントに向かう作業員を引き連れてレールウェイのステーションにやってきたブロイを仁王立ちで待ち受ける者がいた。
「おや、閣下。あちらに御用ですかい。まさかわざわざ見送りに?」
「閣下はよせっての」
 部下である隊員たちとは肩肘張らない関係性を作りたい、セオドアはそう思っている。特に、戦闘が遠のいた今は。
「だって呼びやすいじゃないですか」
 まあ、肩肘張った態度には到底見えないが。
「そりゃあまあ、そうなんだけどよぉ……。あっちに用ってわけじゃないが、あっちにいる奴にはちょっと用がある。見送りっちゃ見送りかな?あと、そいつの顔も一度見ておこうと思ってな」
 バルキリーの方に目を向けた。
「なるほど、おやっさんからもらった資料通りだしパニラマクアで見たのにそっくりだな。……で、用ってのは一つ、言付けを頼まれてほしいんだわ。今こいつの親玉をあのメガネが調べてるんだろ」
「ええ、調べてるって言うか運び出すのにちまちま作業してますな。面倒な作業だからブチ切れそうになってますわ」
「おー、おっかねえ。で、こいつは特殊だからどうせこの辺の機材じゃ調査も何もできてないよな?」
「ですね」
 レジナントの機材もだいぶ強化されてはいるのだが、そもそもバティスラマにある機材が貧弱なのだ。戦闘関係の兵器や機材は最新鋭が支給されるが、他は壊されてもいいような型落ちしか回ってこない。
「そんなわけで、あっちにいる俺の知り合いが手配して中央のいろいろ揃った研究所を使わせてくれるって言うから、頑張って来いよと伝えてやってくれ」
「頑張って来いよってことは、あいつら中央送りってことですか」
「そういう事だな。別に俺があいつを飛ばしたかったってわけじゃあねえんだぜ」
 そういうわけだったようである。
「まあ、頼まれてもいいんですが、伝えるなら閣下からの方がいいんじゃ……」
「えー?怖いじゃん」
 何をすれば下っ端なのにどちらかというと強面寄りのトップからここまでビビられるのか。
「それとここからは大事なことなんだが、あっちで受け入れてくれるおやっさん、ヘンデンビルって言うんだがな……まあなんだ、俺とつるんでるような人なんでな。行く時には色々バレないようにこっそりと出発することになる。その辺の手引きはおやっさんの方でやってくれるみたいだから、まあそれまでの準備もこれまで通り、こそっとな」
 結構な極秘ミッションらしい。それでも連絡を人任せにしたりと適当なのが不安だ。
「伝えたぜ?じゃあな!連中の出発が決まったら見送りくらいには行ってやるしそのついでにあっちでゆっくりもしたいから日程を教えてくれよな」
 ニュイベル本人に日程の連絡をさせたら怒られるだろうか……。ちょっと試してみたい気に駆られるが、面倒くさいことになりそうなのでそれはやめておこう。

 ブロイの案内で新たな作業員がレジナントにやってきた。
 喫緊の課題として提案されたのは居住スペースの確保である。どうせやらされるなら、まだ仕事の割り当てられていない作業員が多数いる今のうちにブロイ自ら提起し一人でも多く巻き込もうという腹積もりである。
 今ある掘っ建て小屋の隣に建造する。今の人数と機材ではできあがるのはやっぱり掘っ建て小屋だが、最初のよりは大きくて立派な掘っ建て小屋になるだろう。それを増やしてさらに人を呼び寄せればまともな家に住める日も近いはず。
 本当は町の居住区を再利用できれば手っ取り早いのだが、本当に最低限のスペースしかない狭さが問題だ。そしてそれ以上の大問題なのがあまりと言えばおそらく定期的に何度も虐殺が繰り返されてきたというあまりの事故物件ぶりである。物理的な問題ではないが精神的に大問題過ぎて問題外であった。
 新たな住居の建材確保にはバルキリーも一役買った。手っ取り早く調達できる鋼板は要塞の壁である。バルキリーのレーザーならその切り出しを手伝える。
「意外と使えるな、そいつ。もっとたくさんいりゃあいいのに」
 ゲラスの言葉にブロイは声を落として言い返す。
「滅多なことを言うもんじゃないぜ?最初に拾ってきたバルキリーを分解して再構築する作業の時、ゴマくらいのバルキリーがわらわら蠢いてたんだ。増える気になりゃ増えられるんだぜ?」
 そして、バルキリーだって要望にはちゃんと応えるのである。翌日、鋼板切断専用のちびバルキリー数体が追加された。
「言わんこっちゃない」
「確かに言わんこっちゃないし、言ってみるもんだ」
 いろいろ不安にはなるが、作業がさらに捗ったのは間違いないのだった。

 機材が貧弱なここでの要塞核プロセッサの解析は断念されたが、他の部分の構造の研究くらいはできる。さらには機能の制限はあっても活動はできる機体のサンプルまで配布されたので研究は捗っている模様。
 要塞核、ブロイたちが見つけたバルキリー――今はほとんど原型が残っていない――、そしてそこから再発生したやりたい放題しているバルキリー。それぞれ似通っているが差異も多い。特に装甲と言うか、表面がだいぶ変わっている。要塞核と当初のバルキリーは正に装甲と言うべき強靭な殻に覆われていたが、今のバルキリーは表面が結構柔らかく、指で押すとへこむくらいだ。防御を捨てて成長性向上や軽量化を図っているものと思われる。
 しかし基本構造は大きく変化しておらず、表面がナノマシンの集合体なのは同じだ。そのナノマシンの機能も解明されており、各種センサーで外界の状況を感知しているほか、表面に傷がついたときには自動修復もできるようになっているようだ。
 これは機能性こそ高く状況に応じて性質まで変えられる優秀な構造に見えるが、その実無駄が多い。特に生産性などは最悪と言っていい。何せそんな小さな構造を万単位億単位で製造することになるのだ。装甲など普通そうするように型取りして単一素材で作った方が早いに決まっている。
 バルキリーは基本的にパーツとなるナノマシンを体内にある製造所で作成しているし、各部位に運搬するのもミニチュアバルキリーだ。この方式では大きなパーツを扱いにくいのも仕方ないのだが、根本的に効率が悪いのはいかんともしがたい。それでも一応メリットはある。修復も成長も大した準備もなく迅速に開始でき、他の活動をしながらですらそれができるのだ。
 細部だけでなく、全体的な構造も不可思議だ。ブロイたちが発見した当初ついていた足は切り落とされて早い段階に研究に回されていたが、その足というのも効率の面から見ればおかしな選択だった。そもそも足を使った駆動方法というのはキャタピラすら動きを阻むような起伏の多い地形、岩場や段差の多い要害などで力を発揮する。バルキリーが発見された要塞の中では車輪で十分。バルキリーが閉じ込められていた範囲であれば、ますます車輪で十分だ。足にするにしても安定性や機動性を高めるために数をもっと多くすることが多い。4本は少なすぎる。
 そして当時は強力なビーム砲を搭載していたが、人間程度のサイズしか無いうえ4本しか足のないバルキリーにはやや大きすぎる代物だった。安定性のある車輪やキャタピラならようやく釣り合う。こんなものを背負っていては戦闘の能力は決して高くないだろう。戦闘に特化した形式でないことは間違いない。
 というか、そもそもビーム砲などを装備していたのは何のためなのかという話だ。要塞の中では戦う相手などいない。戦闘のために待機していたにしては見つかった場所が要塞に於いて奥まりすぎている。町にいた人間たちを殺戮するためならあのビーム砲は威力が過剰である。脆弱な人間を殺すためならあの5%の威力で十分だった。
 一体何ための形態なのか。バルキリーの最後の行動と結び付けて考えてみる。要塞のより中心から、ビーム砲で壁をぶち抜きながら突き進み、その途中で力尽きたバルキリー。抵抗も何もしない狙いやすい壁を、機動力を捨ててまで搭載した強力なビーム砲で破る。雑に開けられた足場の悪い穴を潜り抜け、その先の外に広がる岩だらけの荒れ地を四本の足で歩く。
 それはまるで脱走のための形態。
 ブロイたちは無意味にしか見えない壁への攻撃を続けるバルキリーを見て、周囲で狂っていた他の機械同様ウィルスによって暴走していると判断した。しかし今となってはバルキリーにあのウィルスが効かないことが分かっている。
 つまり、ブロイたちが見かけたあのバルキリーは、別に暴走などしていなかったのだ。与えられた目的を果たすべく、そのための行動を起こしていたことになる。要塞がバルキリーを閉じ込める檻であると仮定すればもちろんその目的は脱走であろう。エネルギーさえ十分にあれば目的は果たされていたかもしれないが、僅かに足りていなかった。
 しかし、結果としてはそれが幸いしたと言える。ブロイたちが要塞から這い出すには十分だったし、バルキリーがそのまま外に出ても人間に見つかって容赦なく破壊されていた。ブロイたちが脱出し、エネルギー切れのバルキリーが出口付近で回収される。バルキリーが要塞の外に出るには最善のシナリオと言えるだろう。
 たまたまそうなったのか、そこまで計算ずくだったのかは知る由もない。むしろブロイたちを逃がすのが主目的だったと考えてもいいくらいだ。ただし、そう考えるならブロイたちが運よくバルキリーに遭遇したからよかったものの、そうでなければ最悪町からさえ抜けられず力尽きかねない。ブロイたちを逃がすのが目的ならまずはブロイたちを町の外に案内するところから始めていたはずだ。そうしない以上、ブロイたちとの遭遇は偶然なのだろう。逃げられる場所がそこしかないのだから遭遇は必至だったが、バルキリーは自分以外の脱出者など予想していなかったと考えたほうがいい。
 その時の目的はそうだったとして、現在のバルキリーは一体何を目的としているのだろう。体を作り直し成長しながら、人間の作業を手伝ったり研究にも協力的だ。しかし、バルキリーにとってその行動に何の得があるのか。ご褒美の餌と言う得はあるし、友好的にしていれば人間から攻撃されることもないだろう。
 そうやって力はつけているのだから、頃合いを見て武装し反旗を翻す恐れは十分ある。警戒は怠るべきではない。――のだが。
「何やってんだお前。おっぱいみたいな揉み方するなよ」
「そこまで柔らかくはないけどよ、このぷにぷに具合が癖になる……」
 研究用に配られたサンプルなら成長もしないし、警戒の必要もないのだ。警戒するのは本物に関わっている連中に任せておこう。

 ニュイベルは明日中央に向けて出発する。だが、プロセッサの塊からデータ吸出し装置を取り外す作業が終わっていない。移動の船内で出来る作業ではあるので大きな問題ではないが、吸出し装置を一つでも減らしておかないと嵩張る。
 多少面倒だが、作業自体は単純で誰でも手伝える。なので手伝える者は一斉に手伝って一気に作業を進めてしまうことになった。先延ばしにして船の中に持ち込むと手伝ってくれる人はいなくなる。最後のチャンスと言えるのだ。
 ブロイもゲラスとガドック、他におまけも連れて参加だ。作業機械の実践訓練をしなければならないガドックに小手先の作業を手伝わせるのはどうかと思うが、一日くらいサボっても大丈夫だろう。
「よーし、お前も手伝え」
 ブロイに言われて素直に手伝い始めたのは、ブロイの連れてきたおまけであるバルキリーだ。
「手伝えるのかよ」
 ニュイベルは不審がるが、蓋を開けてみればちゃんと手伝えた。バルキリーがレーザーで接続線を焼き切り、ガドックが繋ぎ直す。なまじ一人で全部をやるより効率は良いようだ。一人でやっている面々も、不慣れな上やる気も出ないニュイベルら解析チームよりブロイやゲラスのほうが手慣れている。
「こいつは今日中に終わるんじゃないか?」
「この程度の作業に何日もかけてるお前等の方がおかしいんだよ」
 ブロイの言いぐさに解析班のアスティアスは苦笑した。
「言ってくれるじゃないか。しかし確かにそうだな。もっと早く手伝ってもらえばよかった」
「こっちだって意外と忙しいんだぜ?」
「暇そうに見える自覚はあるんだな」
 それを笑い飛ばしつつ、いかに自分が忙しかったかを力説するブロイだが、忙しかったのが少し余裕ができたのでもうちょっと暇そうな余所に行ったら全然暇じゃなかったという、わざわざ忙しいところに乗り込んで言った迂闊さに気付かされる羽目になる。
「じっとしてた方がマシかよ」
 結局そういう結論に至るのだった。
 そうこうしている間にも、ガドックとバルキリーのコンビは一足早く自分の担当する分を終わらせた。せっかくなので、みんなが雑に扱っていて床に散乱しているデータ吸出し装置の黒箱を片付けさせた。拾い上げて箱に放り込むだけの簡単な作業である。最初から各個人の近くに箱を置いておけば不要になっただろう作業であった。
「お?いつの間にこいつ手なんか使うようになってたんだ」
 あまりにも自然に行っていたバルキリーの動作だったが、ブロイがそれに気付いた。
「なんだ?知らなかったのかよ。この間から手を使ってたぜ」
 ブロイが知らないことを知っていた優越感に浸るニュイベルだったが、”なんで飼い主も知らなかったことを俺が先に知らなきゃならないんだ”と思い直し虚しくなる。
「サイズ以外も順調に成長してるんだなぁ……どうなることやらだ」
 改めてブロイも先が思いやられてきたようである。それを思えば、これから中央に行くニュイベルはバルキリーに一喜一憂することもなくなるか。いや、どうなのだろう。ブロイが甘やかしているのを止められない立場にいるうちにとんでもないことになったりしないだろうか。
 まあ、思い悩んでも詮無いことだ。中央送りが上司命令である以上、責任はその上司にある。ニュイベルの役目は要塞核バルキリーのプロセッサの研究。別なバルキリーにかまけている場合ではない。