ラブラシス機界編

10.戦いの裏で

 今見るべきなのはパニラマクア要塞そのものなのだが、それを見て方針を決めるのは偉い人である。下っ端はその方針に唯々諾々と従うのみ。たまに興味本位で眺めるくらいのことはするがそのくらいで十分であろう。下っ端には下っ端のすべきことがそれぞれあるのだ。

 時は少し遡り、ミサイルの発射、さらには偵察基地の移動に加えブロイも急な引っ越しまで決まりそれらの準備が一斉に進んでいる最中のことである。
「折角来たんだ、手伝って欲しいことがある」
 ニュイベルが言った。
「おいおい、散々手伝わせておいてまだやることあるのかよ」
 苦笑混じりにブロイが返した。一日遊びに来ただけのつもりが次から次へと仕事を押しつけられる。そもそも、セオドアが新たな方針を決めたことで、このあとバティスラマに帰ったら荷物をまとめて引っ越しの準備をしてとんぼ返りになる。手伝いならその後でもいい気もするが、話を聞いてみるとそんなに大変そうでもないので手伝ってやることにした。
 レールウェイで機材も運び込まれてきたことだ。要塞核・大型バルキリー、その内部を調査する。
 先にレジナントに入っていた調査隊によって既に大雑把な調査は行われた。現在の状況だが、まず要塞中央最上層である町は天井が取っ払われている。そして町の中心部である神殿と『大いなる故郷』の下を床にドリルで穴をあけ、ファイバースコープを差し込んで中を調べた結果『大いなる故郷』の下にコアらしきものを発見した。中が異常な構造であったが、幸い同じように異常な構造を持つバルキリーが先に調べられていたのですぐに同種と判断された。
 だからこそバルキリーを見つけてきた一人であるニュイベルのチームが呼び寄せられたのだ。小さなバルキリーを調べることを諦めたところに、巨大バルキリーを調べるために呼ばれたのでニュイベルの機嫌は最悪になっていた。これはブロイの仕事だろと愚痴りながらも、暇だったこともあり粛々と作業を進めた。おかげで早々にプロセッサを探り当てられたのである。
 それはプログラム技術士のニュイベルたちにとっては一番のお宝。最初からそれを狙っていたし、それしか狙っていない。最優先でプロセッサを引きずり出した。ここでの調査研究はできずとも、サンプルがあればあとは設備の整ったところに行くだけだ。
 その後もプロセッサに掛かりきりであり、ほかが手に着いてない。ぶっちゃけニュイベルたちには無関係なのでやってやる義理すらないが、無事でこちらの手に落ちたのが初めての要塞核調査に専門家はおらず、他の専門家は専門分野に優先すべき事項がある。中央の研究者はこの発見の価値が分からない軍のお偉いさんによる侃々諤々の議論が終わるまで動くこともできまい。一番近くにいるニュイベルらが調べるべきである。
 一応今ニュイベルたちが掛かりきりのプロセッサも要塞核の一部なので役目は果たしているのだが、他がからっきしというのもいかがなものか。だがしかし、ざっとみた感じ要塞核は大きなバルキリーであり、調べたところで目新しい発見はなさそうであり、平たくいえば面倒である。そんなわけでやりたいことを優先している状態なのである。
 しかし、この近くにオイルの泉もあるはずであり、それは早めに見つけておかないといつまでもバティスラマのオイルを使い続けることになる。それはバティスラマの負担も大きいしこちらで使える量も限られてしまう。オイルポンプ設置には準備も必要なのですぐに見つけても即座には使えないが、準備を早めに始めるためにも場所くらいは確定させる必要がある。
 ブロイが来たのは渡りに船。手伝わせない手などあろうか。

 先程配電ユニットを設置したばかりの『偉大なる故郷』に調査ベースを機材の残りと共に移動する。貰った部品を食べてるうちにエネルギーが少なくなり充電中だったバルキリーも機材と一緒に連れて来られた。
 要塞の外にある解析村から要塞内に入る。しかし、目的地も要塞の最奥ながら青空の下だ。天井とついでに『偉大なる故郷』付近の建物数棟が取り払われ、輸送機が着陸できる程度のスペースが作られていた。しかし、要塞核の巨大バルキリーを丸ごと運ぶのは断念したし、運び出すプロセッサの塊も無駄な部分を取り除けば大分嵩が減る。挙句プロセッサは余所にこっそり運び出すのを優先し細切れ状態で運ぶことになった。輸送機の出番はなくなり、努力も無駄になったわけである。明るくて作業がしやすくなったのが救いだ。
 明るくなった町の跡地には、ソーラーパネルが配置されている。今はもう給電ケーブルが来たので必要ではなくなったが、補助電源にはなってくれるだろう。むしろいつまでもバティスラマからの給電に頼っていられないのでいっそのこと使う当てのなくなった着陸スペースをソーラーパネルで埋め尽くしてやるといいのかも知れない。
 『大いなる故郷』に向けて進むさなかバルキリーはたびたび足を止めてきょろきょろしている。そう言えば、バルキリーにとってこの要塞は本当に『故郷』なのだ。ただ、再構成されたこの小さいのがそれを覚えているかどうかは分からない。
 新たな調査ベースに到着したが、状況はあまりいいとは言えないかも知れない。チームの人数から見ればちょっと手狭と言うのもあるが、それに加えてスペースのど真ん中に下の要塞核に繋がる穴が開いているのだ。この穴も塞いで別な出入り口を作るべきだろう。出来れば要塞核の横に新しい出入り口を作りたいが、少なくとも部屋の床のど真ん中からずらせれば文句は言うまい。
 要塞核とその外側は、何本かのパイプで繋がっているだけで基本的に壁で隔てられており境界が明確だ。それ以前にその壁の内と外で景色がまるで違う。外側は明らかに普通の機械、内側は巨大バルキリーの生物じみた構造。
 それらを元に要塞核の範囲については確認済みである。いくつか開けた穴からファイバースコープを差し込んだときに壁あるいは殻に囲まれた空間の形状をざっとマッピングしてある。結構大きな空間である。
 空間といっても中は結構みっちりと詰まっていた。過去形である。今はもう詰まっていた中身の多くが引きずり出されてまさに空間になっている。取り出された大部分がワイヤ分岐点の瘤のようなプロセッサであり、さらにはそのプロセッサユニットの間に挟まっていた黒い箱・モニタリングユニットである。
 それらの隙間を網羅するように細いチューブが張り巡らされていた。チューブ内は用途不明の水――おそらく冷却水だろう――で満たされていた。プロセッサを取り出すのにもの凄く邪魔であった。適当にぶった切っていいと判断してからも、適当にぶった切るのすら大変だった。プロセッサのためでなければニュイベルたちはこの苦行を絶対に投げ出していただろう。
 その頑張りのおかげで今の要塞核内には人が入って動けるくらいのスペースができている。プロセッサを引きずり出すために開けた穴も、もう少し広げれば人が出入りできる。問題点があるとすれば、今なら落ちても足が填まるくらいでしかない穴が人が落ちる穴になるという事か。足元には気をつけよう。というか出入りしないときは鉄板で蓋をしておくのが無難だ。そして、穴を広げるのではなくど真ん中ではないあまり邪魔にならない所に新しい穴を掘るべきだったのだ。
 今内部に残っているのはほとんどがエネルギーユニットらしき白い塊だ。再利用の方法も判らないし、調査用のサンプル分以外はぞんざいに扱ってもよさげだ。ブロイが飼っているバルキリーをより長く活動できるように取り込ませて増強させたいそうなので、くれてやることに同意した。本来ニュイベルにその決定権などないはずだが、セオドアに確認しても適当に許可されそうなのでニュイベルも適当である。
 雑に切り分けたエネルギーユニットをブロイがバルキリーに投げると、急いで飛びつき早速取り込み始めた。餌をもらって喜ぶ犬のようである。
「本当にペットみたいだな……。行動が生き物じみてやがる」
 アーゼムが呆れたように呟いた。
 さらに掘り進めていくとオイル臭いパイプを見つけた。精製済みのオイルが流れていたようだが、もちろん今は流れが止まっている。人間が使っているオイルとは質は違うが利用はできそうなので、大した量ではないが貰っておく。そして、オイルが抜かれたパイプを調査ロボットが通り抜け、オイル精製ユニットに到達する。
 その先にオイルポンプもあるのだろうが精製ユニットが邪魔だ。しかしサンプルとして貴重なので壊せない。この辺は本格的な調査が行えるまで放置するしかない。位置が特定できただけで上々だ。今日の調査はこんなところで十分であろう。

 翌日。ブロイは引っ越し準備のためにバティスラマに一度戻る。次からはバティスラマは行く場所になるのだ。
「ってなわけで、置いてきたからバルキリーの世話は任せたぞ」
「は!?俺かよ!いやいや連れて行けよ!」
 散歩のような出で立ちでフラフラと歩いていた出発間際のブロイを見つけ、見送りがてらステーションについてきたニュイベルは、そこでとんでもない物を丸投げされ泡を食う。丸投げされたが現物は手元にないので叩き返すわけにもいかない。
「引っ越し手伝いじゃあいつに出来ることなさそうだし。こっちでも充電できるから置いてっていいかなってさ」
「よくねえよ!何かあったときの責任は誰がとるんだよ!」
「それは俺がとるから安心しろ。そもそも責任をとるような事態は起こらないと胸を張って断言する。なんかあったらそん時ゃそん時だ」
「断言できてねーよ!って行くな!帰ってこい!おいー!」
 ニュイベルがゴネても発車は待ってくれない。いや、発車の合図を人間が出している以上ある程度は空気を読んで待ってくれるのだが、今回は空気を読んで発車したのだった。

 ニュイベルが要塞核に戻るとバルキリーが確かにいた。アーゼムにエネルギーユニットをもらってかじり付いているところだった。
「餌はやっといたぜ」
「別にやらなくていいとは思うんだけどな……。これ以上育っても困るし」
「ああ、これ食わないと動かなくなるわけじゃないのか」
「エネルギーは充電用のソケットがあるだろ。そもそもこのエネルギーユニットはもうスッカラカンだし、食わせても増えるのはエネルギーの最大量だろうぜ」
「それもそうか。……じゃあ、プロセッサを食えば頭が良くなる?」
「恐ろしいことを考えるな。こいつが知恵を付けたら何を始めるかわからないんだぞ」
「ははは、大丈夫だ。そもそもプロセッサは大事な研究資料だ、くれてはやれねえよ。こっちのゴミならともかくな」
 アーゼムは機軍向けにデータの吸い出しと翻訳を行う装置をつまみ上げる。この装置もありふれた機軍式のプロセッサで構成されている。しかも肝心のプログラムは揮発性メモリに入っていたのでもうきれいさっぱり消えている。残しておいても無駄、サンプルが一つあればもう十分だ。
「この間は機軍のプロセッサでも食ってたしなぁ……。特にメモリだと増やしたいんじゃないか?どうよ?」
 ニュイベルがバルキリーに問いかけると、大きく2回頷いた。
「驚いた。話が通じるのか」
「ああ、見ての通りな……。このまま知恵を付けると思うと怖いだろ?ああわかったわかった、質問に答えたご褒美にこれはくれてやるから」
 足下にじゃれついてくるバルキリーに翻訳装置を投げるニュイベル。バルキリーは飛びつくと、手に持って口元で切り分け出す。
「なんかもう行動が成長し始めてるし……」
 少なくともニュイベルは手を使う姿は始めて見た。これまでは何かを喰うときは頭を近付けて犬のように喰っていたはずだ。
「って言うか、今更だけどどうやって食ってんだ?」
 どうやら口元からレーザーが出てそれでパーツを切断しているようだ。攻撃手段を持っていないと思っていたがこのレーザーは十分攻撃手段に使える代物に見える。それに気付いたニュイベルは、これまで大人しかったこととパニラマクアで似たような機械が機軍に対抗していたことで多少油断していたが、気を引き締めたほうがいいかもと思う。
 一方アーゼムが考えた事は違った。
「そうやってレーザーで切れるならこの箱の取り外しを手伝って……いや、もったいねえな。そんなもう人の手でできるようになった作業じゃなくてこの小さなボディを活かせる狭い所の作業とか……。それこそプロセッサの取り出しの時にこいつがいりゃあ……」
 すでに便利に使う気満々だ。今は人手が足りず、猫の手でも得体の知れない機械の手でも借りたいのである。結局狭い所の作業が思いつかなかったので、要塞核跡に残されたエネルギーユニット・通称白玉の取り出し作業をさせることになった。

 バルキリーが、意外なのか思った通りなのか素直に言いつけ通り作業をしているそのそばで、ニュイベル達は自分の作業に取りかかる。不要なモニタリングユニットを除去してプロセッサだけを繋ぎ直す作業をちまちまと続けてきたが、今は方針が変わったのでまずはどこかに運び出すことを優先させている。
 このモニタリングユニットと目される黒い大小の箱型ユニットは、いかにも機械らしいシンプルな代物だった。そのおかげで解析もしやすく、正体も残して置くほどの物でないこともすぐに分かったのである。
 しかし、構造や役割が判ったところでその存在理由までははっきりしなかった。何せ、どうやらプロセッサの内容を吸い出して変換し保存していたらしいからだ。すぐ隣にその元になった物があるにも関わらず。なぜそんな面倒な構造になっていたのかは謎だった。そもそも、最初から普通の方式でデータを保持していれば何の苦労もないのだ。
 しかしパニラマクアの一件があったことでその理由も朧気に見えた。データを丸写しにしておくことで、この機軍にとっても異質で従順ならざる機械を監視でもしていたのだろう。いつしか誰かがレジナントにあった町を人間の檻と表現していたが、要塞核にとってもこの要塞は檻だったのだろうか。そこまでして要塞の中に巨大バルキリーを設置している理由が全く判らない。そっちの方が謎になりそうだ。
 とにかくこのモニタリングユニットを取り外してプロセッサを繋ぎ直すわけだが、回路的に繋ぎ直すわけではない。物理的に切断した連結線一本にケーブル何本分が詰まっていたのかさえも判らないのだから、元通り繋ぐのはさすがに無理だ。そもそもモニタリングユニットの黒い箱のあっちとこっちで線の数が同じという保証もない。モニタリングユニットのあっちとこっちを扱いやすい樹脂のワイヤーでどう繋がっていたかが判りやすく仮連結してある。
 一連の作業はモニタリングユニットの両側のケーブルを切断し、樹脂ワイヤーにその両側のプロセッサを結いつける。これだけでもまあまあ面倒だがこれだけではない。
 柔軟性の欠片もなく不揃いでかさばるモニタリングユニット付きの元の塊よりコンパクトにしているので、そのサイズの差を埋めるべく一回は仮に紐で繋ぐプロセスもある。何ならこれが一番面倒だ。総合的にかなり面倒である。これがプロセッサだから投げ出さずに続けて来られたようなものだ。
 その作業は中断するのも一苦労となっていた。紐は普通に細い紐だし、仮連結なのですぐに外せる。動かすことなど想定すらしていなかったので、このまま動かすと紐が外れたり絡まったり、どこかに引っ掛けて切れたりしそうだ。
 プロセッサユニットは要塞核から取り出すときに人の頭ほどのサイズの塊に切り分けられている。それを一人一個ずつ担当していたので、その塊一個分の作業は終わらせて細い紐を排除するのが優先される。
 切り分けられた塊は、そのままであればカチカチの塊なので隣り合わせに置けば繋がる場所が分かりやすいのだが、コンパクトにしてしまったものとはやはり紐で仮に繋いで連結させていた。紐は使えないのでタグをつけることになったが、それもなかなかの手間であった。どうにか作業を終えた時には全員疲労困憊であり、ニュイベルに至ってはイライラで鬼のような顔になっていた。
 こんな時、とてもいいストレス解消法があるのである。
「おらあああ!クソがああああああ!」
 叫びながら、白玉の一つをひっつかんで壁に叩きつける。パリンと小気味のいい音がして砕け散るのだ。ちょっとだがスカッとする。どうせ使い道もないのだ、役に立ったのだからいいではないか。
「ちょっと。折角この子が取ってきたのに……可哀そう」
 ペット扱いになっているバルキリーに、ギリュッカは優しい。バルキリーは砕けた白玉をせっせとかき集めていた。そして、片付ける……体内に取り込んで。ニュイベルは自分がバルキリーに餌を与えていた事に気付いた。しかし、食うなとも言えない。何せ、もうバルキリーに食わせるくらいしか使い道がないのだ。むしろ、希少なサンプルを八つ当たりで破壊した証拠を隠滅してくれてありがたいまである。
 そもそも、昨日の時点ではすぐにエネルギー切れになって充電していたはずだが、今日は大分動作継続できている。あの白玉を取り込んだことで確かにエネルギーの最大値が伸びている模様。というか、それどころではないことに気付く。
 要塞核から運び出された白玉の塊に混じって、別な白玉が存在していたのだ。見た目としてはほぼ他の白玉と同じなのだが、他の白玉がそこらへんに転がっているのに対してそれらは電源ユニットに接続されていた。充電中であり、バルキリーは自分のエネルギーが減ってきたらこの白玉に換装して行動を継続できる。使用可能な電池なのである。いちいち充電しに戻る必要はなく、電池交換だけで済むようになったのだ。
「おいおい、いつの間にこんなの作ったんだよ!」
 ニュイベルは見落としていた。バルキリーが作業のために使っていたレーザーは本来素材を取り込むために使うレーザーであることを。作業しつつ、つまみ食いするくらい訳ないのだ。
「なあ、これって工具に繋げられるようにならないのかな」
「だから便利に使おうとするなって」
 結果から言えば問題なくそれもでき、使い道のなかった白玉が携帯用電源として活用されることになる。継続使用時間がやや短めなのと使っていると生温かいのが見た目と相まって気持ち悪いのが難点であるくらいなのだ。
 ニュイベルによって粉砕された白玉は、結果としては新たな白玉となって甦った。リサイクル可能なこれが果たして希少なサンプルだったのかも疑わしくなった次第である。

「今日からレジナントに引っ越してあっちでの活動がメインになる。お別れにはなるがお前ら、俺がいなくてもやれるだろ?まあお別れったって暇になったり用があったりすればこっちに来るし、それより先にお前らがあっちに行くことになりそうだけどよ」
 ブロイに問いかけられたイレギュラー三人組は首肯した。
 基礎訓練を終えたリカルドとラナは適性試験を難なくパスし、他のオペレータ候補生に混じって本格的な戦闘訓練に入っている。当面戦闘が起こることはなさそうだし、解体などの作業の方が即座に需要がある。だが、長年の慣例を急に変えるのも難しいし、不測の事態というのもあるので今まで通りにやっている。
 ガドックはまだ基礎訓練を継続中である。基礎をたたき込むのに時間がかかるドワーフ向けスケジュールだ。頭ではなかなか覚えないので反復練習で体の方に叩き込むのだ。体が操作を覚えれば人間にすぐ追いつき、追い越していくだろう。
 人間とドワーフでは能力に大きな差がある。知能は人間が秀でているが、手先はドワーフの方が器用で力強い。設計図を人間が書き、ドワーフが組み立てる。ドワーフが実験を行い、その結果を基に人間が理論を組み立てていく。
 戦闘に於いても役割が違う。この世界での戦いは戦闘機械を遠隔操作で動かす。その操作の技術と諸般の戦闘センスは人間よりドワーフの方が上だ。しかし、ドワーフは頭よりも先に体が動く特性もあり、スタンドプレーに走りやすい。そのため、一般的に集団戦は人間が担当し、ドワーフは遊撃手になる。
 極めて特殊な環境で育ったリカルド、ラナ、ガドックの三人だが、こう言った種族の特性は何ら変わっていないようだ。
 戦闘訓練のメニューが終了してもすぐに実戦に投入されるわけではない。訓練しつつ作業の手伝いをしながら経験を積むことになる。今あるだいたいの作業はレジナント、人手も足りてないのでリカルド達が送り込まれてくるのも遠くはないだろう。
 心配はいらなさそうなのでブロイは最後の用事を済ませる。既に手配の終わっている私物や愛用の工具以外の別枠の荷物だ。
 元々バルキリーの本体だったもの。電源ケーブルは最初にこちらに繋がれてからそのままで、充電ステーションとして継続利用されているらしき、食べ残しかと思っていたらいつの間にか寝床のような感じに整備されているそれ。
 レジナントでもバルキリーに直接電源ケーブルをつなげば充電できるが、折角頑張って整備したこの寝床も持って行ってやろうというのだ。バルキリーだっていつもの枕で寝たいだろう。それ以上にこんなものをこっちに置いといても邪魔でしかない。
 どういう扱いの荷物にするかが悩ましい。ブロイの私物では無いし機材でもないだろう。資料と言うのも何か違う気がする。研究者でもないブロイが資料など使うわけがないのだ。結局、私物として扱うことにした。バルキリーの私物なのは間違いないからである。手続きで誰の私物かを明示する必要もないし、私物は私物だ。
 バティスラマでの用事はこれで片付いた。パニラマクアの様子もセオドアが進めているミサイルも、レジナントに置いてきたバルキリーも気になる。
 バルキリーが寂しがってるかも知れないなぁ。などと思いながらブロイはそそくさとレジナントに戻って行った。

 その頃バルキリーはモテモテであった。話を聞きつけた研究者に取り囲まれていたのである。バルキリー自体珍しいし、要塞核のミニチュアに近い代物だと判明している。調べたくなるに決まっていた。
 貴重な動く機体であり、しかも別に飼い主もいる。分解などできるわけがなく、眺めたり精々なでたりつついたりくらいしかできない。それでも研究者は取り囲んで離れようとしなかった。
 ニュイベルは後はこの人たちに任せておこうとバルキリーをほったらかして宿泊場所に帰った。それは失敗だったと翌朝になって気付くが、徹夜で見張っているわけにもいかず他に選択肢もなかっただろう。これは不可避の事態だったのだ。まあ、研究者たちにはお帰り頂きニュイベルの部屋にバルキリーを連れて帰るというのがその事態を避けるベストな選択だったのだろうが、ニュイベル的には全くベストとは程遠いのでやむを得なかったのだ。
 朝、『大いなる故郷』に顔を出すと、バルキリーが一回り大きくなっていた。アーゼムを真似て研究者たちが勝手に餌を与えていたのだ。充電ケーブルも繋ぎっぱなしなので動力の心配もない。夜通し食いまくっていた。
 その割にはサイズが育っていないのだが、それは研究したいのにお預けを食らっていた研究者たちの不満を聞いたバルキリーが簡易版のミニチュアを作ってばらまいたからだった。最低限の研究資料になる程度だが、当座はこれで十分。研究者たちも満足して帰って行ったのだ。
 ニュイベルが顔を出した時点ではまだミニチュアをもらえていない研究者が数人待っていた。作り出されたミニチュアが、充電されていれば適当に歩き回る程度で成長も増殖もしないのを知ってニュイベルもちょっと安心だ。まあ、このバルキリーはその気になれば成長も増殖もできることは思い知ったが。
 そして程なく、ブロイが戻ってきた。ニュイベルはバルキリーをさっさと押し付けて人心地である。ブロイはバルキリーがちょっと大きくなっているような気がしたようだが、気のせいだと割り切ったようである。ブロイがそれでいいならニュイベルもそれでよかった。

 そろそろブロイの荷物も届いていていい頃合いか。
 問い合わせてみると、ちょうど届いたところのようだ。係から荷物を渡された。
「ところで、このでかい荷物はどうするんだ?出来ればあんたの部屋に置いといてほしいもんだが……、そうすると寝る場所がなくなっちまうぞ」
 係はそういい、バルキリーの“寝床”をコンコンと指で叩いた。
「隣の部屋が空いてたし、ひとまずそこでいいんじゃないか」
「今のところはそれでいいんだろうが、これからあっちから人がいっぱい来るんだろ?そのころまでには置き場所決めておいてくれよな」
「それよりこんな狭くてぼろい掘立小屋じゃなくてちゃんとした住居準備してくれよ」
 そう言ってから、それは俺の仕事になるんだろうなと気付くブロイである。
 ミサイルの準備が進む中、ブロイはレジナントに監視基地の新設、ニュイベルたちのチームは要塞核の運びだし。プロセッサももちろんだが、白玉どころか外壁もバルキリーが切断してくれるので運び出しがはかどる。最後に、適当な爆弾で壁に焼き目をつけて出来上がりである。これで、要塞核は自爆したので調査不能でしたと上を誤魔化して勝手に調査を進める準備が整った。上もいろいろあるらしいので、下っ端は気にしない。
 自分の作業も大忙しだが、風雲急を告げるパニラマクアの様子も気がかりである。映像配信で気軽に見られるようになっているのが困りものであり、手が空くとついつい見てしまうのだ。そうこうしているうちに忘れられているものがある。バルキリーだ。
 ブロイは寝床を自室の隣の部屋に設置した後はほとんど構っていない。ニュイベルたちの手伝いがあって朝が来るとすぐにそちらに行くので面倒はニュイベルが見てくれていると信じている。ニュイベルたちは忙しさで、手伝いと言うか自分のやるべきことをやるため勝手にやってきて終わったら帰っていくバルキリーを気に留める余裕がなくなっていた。ブロイが戻ってきているので細かい面倒はブロイが見ているはずだと思っている。特に要塞核の切り出しが終わってからは、ブロイの隣の部屋に引きこもるバルキリーを完全に誰も見ていない状態だったのだ。
 切り出された要塞核は研究者などに配られたが、資料はミニチュアバルキリーでも足りているし、まして外壁あるいは殻など調べることもあまりない。プロセッサの黒い箱も多すぎるし今のところバルキリーだけがリサイクルできる白玉も無理して使うほどでもない。大量に余り、邪魔なので小さい欠片はブロイに押し付けられた。ブロイはそれをバルキリーにパスする。バルキリーがゴミ箱代わりに使われていた。
 ミサイルがパニラマクアに撃ち込まれ、パニラマクアは沈静化してブロイにも余裕ができた。そこでバルキリーを最近見ていないことに気付いた次第である。
 バティスラマに戻っている間に一回り大きくなったことに気付かなかったブロイでも、はっきりとわかるくらい大きくなっていた。だが、それよりも大きくなっていたのが寝床の方である。一瞬寝床が大きくなったから大きく見えるのかと思ったが、寝床から出てもでかかった。むしろでかい寝床に収まってた方が小さく見えていたくらいである。
 用が無くなり大人しくしている間、集められたごみをひたすら食べて寝て、育っていたようだ。主に育ったのはなぜか本体ではなく寝床の方だったが。
 久しぶりのブロイ訪問に二本足で歩こうとして失敗したバルキリーを連れ回して歩いていると、パニラマクア監視強化の機材と共にセオドアが視察にやってきた。ニュイベルが案内役を押し付けられていく。ブロイはその間に運び込まれた機材の設営だ。
 それが済むと、少し暇になった。
 ここにいるとまた新しい野暮用を押し付けられそうである。暇なうちに、さらに暇そうなバティスラマに一度遊びに行ってみるか、などと画策し始めるブロイだった。