ラブラシス機界編

9話・人類参戦

「なあ、このミサイルって何のために撃つんだ?」
 今更のような気はするが、クルーは相棒に問いかけた。
 ここはレジナントとアレッサの中間地点となる荒野だ。昨日急な指令を受けて長距離ミサイル発射の準備を進めていた。ミサイルの準備ができ次第この発射地点に向けて出発し、到着するや速やかに設営に入っている。
 奇妙な指令である。標的はまだ戦闘を始めていないアレッサどころかそこからも二つも先の要塞であるパニラマクア。しかも、要塞から少し外れた何もない原野なのだ。その辺りで機軍と不明の戦力が激突しようとしていることを知っているのはごく一部の人間だけ。秘密にしているという一面もあるが、それよりは知らせるような時間的余裕がなかったというのも大きい。説明より迅速な行動を求めた結果と言えよう。
 ミサイル自体も破壊力重視とは思えない内蔵物だった。もしかして不法投棄が目的かとさえ思うほど。しかしたとえゴミでも機軍に渡せば戦力の増強に使われるので、これをミサイルとして飛ばすだけの目的はあって然るべきだ。
 ミサイルを撃つ事情は知らないが詮索くらいはしてみる。移動中の機軍大集団を狙うのであれば、発射タイミングや標的の位置に合わせた微調整の指示がリアルタイムで入ってくるはずだが、その様子もない。発射も準備ができ次第である。それは明らかに移動しない構造物を標的にしているときの状況である。しかし、荒野のど真ん中と言う構造物を作るには不自然な場所。しかも、そんなところに作られた構造物をわざわざ攻撃しようとする理由と言い、なぜそんな場所にある構造物に気付いたのかも謎である。
 結論を出すには十分に考えた。
「知らんわ。まあいいんじゃね、撃てって言うんだし、撃ちゃあよ」
 十分考えた結果、考えるだけ無駄だという結論に至った次第である。
「だな。どうせ命令には従うんだしな」
 その命令を出した自分たちのトップがある意味いい加減な男だという事は彼らは分かっていない。だが、末端である彼らにも少なからずその影響はあるのだ。結果が出れば、考えるまでもなく理由は見えるだろう。それでいいじゃないか。
 斯くて、深く考えもせずミサイルは発射されたのである。

 パニラマクア外れに置かれた機軍前線基地の動きは慌ただしい。パニラマクアから十分な距離を取った上で密かに準備を進めてきたが、存在に気付かれ攻撃を受けたのだ。襲撃は撃退したが、場所が知られただけでも手痛い。なにせ機軍はプラズマセルを抱えている。些細な刺激でも弾けて爆発してしまう不安定な高エネルギーの塊。そこに攻撃を受ければ一溜まりもないのだ。
 密やかにエネルギーを充填し、十分蓄えられたところでビーム砲の一斉攻撃で片を付けるつもりだったが、こうなると悠長なことはしていられない。今蓄えている分を速やかに放出し撤収する作戦に切り替えた。
 このエネルギー量を使い切ったところで恐らくパニラマクア要塞の3割くらいが破壊される程度だろうが、巧く穴を穿ちそこにコアがあれば機軍の勝利となるだろう。
 もっとも、コアなどと言う物があればの話である。機軍にとっても暴走したパニラマクアの状況は不明なのだ。人間がバルキリーと呼んでいる機体がどのように動くのか予想はできない。自己複製までして戦力を増強し要塞を占拠するなどと言うことはもちろん、そもそも機軍に敵対してくることからして想定の範囲外なのである。
 ただし。要塞を動き回っている小型の機体には普段は人間たちが要塞核と呼んでいる物の本来の記憶容量がまるで確保できないことは明らかなので、要塞内に十分なサイズの核があることは推測できる。だがそれも確実ではない。最悪、小さな複製機体にデータを分割していれば単独のコアが必要なくなるかも知れない。要塞内にコアがあったとして、それが一つとも限らない。小型バルキリーが量産できるなら、大型の要塞核だって複製できて当然なのだから。
 そんなあらゆる可能性もパニラマクア要塞を跡形なく消し飛ばせば問題はなかった。多数のプラズマセルが準備されていたことからそのつもりだったことが窺える。しかし、戦局が動いたことでそれが潰された。機軍としては、現在の蓄積エネルギー量で最も確実にパニラマクア要塞にダメージを与えられる道を選んだ。一つかどうか、あるかどうかもわからないコアではなく、確実にその位置にある致命的な設備を狙うのだ。
 移動不可のオイルの泉に設置されている、オイルポンプとそれに併設されたエネルギー供給装置。そこを破壊してしまえばパニラマクア要塞はいずれ活動を停止する。
 しかしそれでパニラマクア要塞を完全に沈黙させられる可能性は低い。そこら中に無数動き回っている小型の機体は個別にエネルギーを保持し活動している。大本が絶てたところでこのエネルギーが尽きるまでは動ける。その間にオイルポンプなどを復元されればいずれは元通りだ。
 それでも時間稼ぎにはなるのでその間に体勢を立て直せばよい。エネルギー供給設備が再建できなければバルキリーたちはそれで詰みだ。その可能性も十分にあるだろう。機軍に戦力が残っていればエネルギー供給の止まったパニラマクア要塞を叩けるし、最低でもエネルギー供給設備の再建を妨害して時間を引き延ばせる。今回は制圧を諦めるにしても次に繋げられるだろう。
 まだ使う予定がなかった巨大な砲台がどんどん組み立てられ、ビーム砲による攻撃の準備が進んでいく。

 機軍そしてパニラマクアバルキリー軍、両軍とも敵に向けて前進を始めた。バルキリーたちは機軍を撃退ないし砲撃を阻止させるべく。機軍はそれを阻止しパニラマクア要塞に砲撃すべく。
 機軍にとって、今の戦力は使い捨てて構わない些細なものである。ここですべてを出し尽くし壊滅させられたとして、機軍からみれば痛手にさえまるで至らない。
 パニラマクアにとってもここが本拠地である以上、決定的なダメージさえ受けなければ多少の被害はリカバリー可能だ。ここを守り切れなければ終わりとなるので、全力で機軍に立ち向かうのみ。
 機軍の戦力は後続が続々と到着しているが、秘密裏に構築していた拠点が発見されて交戦状態になったのはついさっきのこと、隣接するバラフォルテやバルナンドスからの本格的な増援が進発するにはもう少し時間が掛かるはず。それまでは継続的に送り込まれているエネルギー運搬部隊のサポートで付いてきている戦力しか増えない。機動力のある飛行戦力がそこに加わってくるだろうが、それにもタイムラグはあるだろうしすぐに用意できる程度の戦力なら撃退可能だろう。
 機軍は敵対しているバルキリーたちに発見される危険性は無視していたらしい。それもそうだろう、人間の送り込んだ偵察機を真似てプロペラを手に入れるまでは地べたを這い回るしかなかったバルキリーたちが、彼方の丘陵の陰に築いた前線基地を見つけられる道理などなかった。見つけたとしてもビーム砲の発射までに対処もできなかったのではないだろうか。いくつもの偶然により介入した人間と、意外と柔軟かつ貪欲に知識を得て活用する暴走要塞の強かさが生み出した、恐らく誰にも予測できていない状況なのである。
 そのバルキリーは個々の戦力は心許ないが数は多い。物量で押し返す戦い方だ。機軍の弾薬切れを誘発できれば勝ちなのだろう。しかし機軍もそう甘くはない。巨大なビーム砲が最初の丘の天辺に到着すると、そのまま飛行機兵に吊り上げられた。これならあまり移動せずに砲撃できる。バルキリーの移動速度では全速力でもそれまでにこの砲台にはたどり着けない。
 砲台の微調整とエネルギー充填が終わりビームの照射が始まった。極太のビームが空間を引き裂いてパニラマクア要塞に突き刺さった。距離が遠くしかも宙吊りになっているので軌道が安定しないが、それを補って余りある大火力。むしろその僅かなブレのせいでビームによるダメージが広範囲になっている印象だ。鉄の外壁が瞬く間に熔解する。
 ビームの行き先は正確に要塞中心のオイル採掘機構に向かっていた。数枚の分厚い鉄の壁とその隙間の配線やパイプなどを貫く必要があるが、このビーム砲なら容易いことだろう。
 しかしそれは何の対策もされていなければの話なのだった。機軍が遙か遠方に陣取り、高エネルギーのプラズマセルを大量に用意している時点でビームによる長距離の砲撃を狙っているのは明らかだった。対策をしないわけがないのだ。
 バルキリー達に乗っ取られその大部分が無意味になった要塞の設備は、バルキリー達が自己複製する材料にすべく食い荒らされ、要塞内はがらんどうになっていた。機軍の狙いがビームによる砲撃だと察した時点でバルキリー達はその要塞内に土砂を詰め込んでいたのである。
 使える資源はすべて小型バルキリー製造に回してしまい、余っている素材などなかった故の苦肉の策ではあった。しかしながら鉄に比べて土砂を構成する石は熔解しにくい。ビームで石壁を貫くのは鉄壁より困難である。それに加えてこれは固い壁ではない。砂利は部分的に熔解しても上から崩れてきて穿った穴を埋めてしまうだろう。
 苦肉の策ながら、最適の対策を執れていたのだ。そこに加え、長距離故のビームの拡散と軌道のブレがある。この精度では、砂利の防壁を貫けない。そしてダメ押しの対策まであったのだ。
 プラズマセル丸々一つ分のエネルギーを使い切り、ビームの照射は中断された。すさまじい煙が上がっているが、その実態はバルキリーたちが冷却のために浴びせている水が蒸発した湯気であり、要塞へのダメージは軽微。機軍もそれに気付く。ごり押しは通じない。
 機軍がここから逆転する可能性も有りはする。しかしそれは長期戦に持ち込み援軍を待つかバルキリー達の失策に賭ける必要がある。機械は奇跡を信じたりしない。撤退しないのであれば採る作戦は持久戦である。機軍は作戦を切り替えた。取り巻きのバルキリーを殲滅する作戦である。少量のエネルギーで確実に戦力を削れる。基本に忠実な戦い方。
 しかしそれはこの状況下では究極の下策であった。機軍はなぜパニラマクアの勢力が自分たちの陣営を発見できたのかを疑問に思うべきだった。
 この戦いはもはや機軍とパニラマクアのバルキリーだけの戦いではない。人間たちも暗躍し、既に行動を起こしている。機械は奇跡を信じたりしないし、奇跡的な不運を考慮したりもしないのだ。その奇跡的な不運が起こっている。機軍がそれに気付くには、今日最大の想定外事態が起こるまで待たねばならない。
 もし全力でビーム砲による攻撃を続けていればミサイル到達までにエネルギーを使い切り、ミサイルのダメージは限定的だっただろう。もっともその場合はそのあとにバルキリーたちに為すすべなく蹂躙されることになる。砂利の壁を貫通するにはエネルギーが足りない。もっと至近距離から砲撃できれば可能性はあったが、妨害を受ける危険性も跳ね上がるし、そもそもプラズマセルの移動は容易ではない。一旦空にして本体だけを移動し、エネルギーを貯蔵しなおす必要がある。その間にバルキリーたちに押し返されるのは目に見えているし、ミサイルも到達する。ミサイルさえ飛んできていなければ、持久戦は有効だった。それゆえの選択だったのだろう。
 機軍は人間とバルキリー達に居場所を知られた時点で詰んでいたのだ。

 そして機軍は気付いた。パニラマクアとはまるで違う方角から飛来する飛翔体に。
 速やかに飛行機兵が撃墜に向かう。機銃の一斉射撃で空中でミサイルは爆発した。パニラアマクアと交戦状態になり警戒を強めていたおかげで早期に発見できたのは機軍にとって僥倖と言えたかも知れない。
 ただし、着弾は阻止できたという点においてはと言うだけのことでである。これが燃料や爆薬の詰まった普通のミサイルなら着弾を阻止したことで無効化に成功していたところだが、今回は違う。爆発はミサイルのサイズの割に小さく、散らばった破片はミサイルのサイズの割に多かった。ミサイルの中にはスクラップなどのゴミも詰められていたのだ。着弾するより先に空中で爆発させて細かい破片をばらまくのが目的であった。
 こういった破片がプラズマセルに直撃する可能性は高くはない。そして予定よりも高高度で撃墜したことで破片は広範囲に疎らに飛び散ることとなった。直撃の確率はそれによりさらに低下する。しかし数が多ければ一個くらいは当たる。地面にぶつかれば土砂を跳ね上げつつバウンドもする。機兵に当たっても爆発させたり部品をいくつか弾き飛ばす。直撃などしなくても、影響さえ与えられればいいのだ。こうして一つでもプラズマセルが弾ければそこから誘爆していく。
 プラズマセルの爆発は一ヶ所から広がるのではなく、複数の爆発が同時に発生しそこから中央に向けて収束するように連鎖していった。ミサイルによって損壊したものが多数あったということだ。それも、広範囲にわたって。
 最初の爆発から1分と経過せず機軍の前線基地は光と炎となり、消え去った。残されたのは最前列で戦闘を繰り広げていた機兵のみ。
 機軍にとっては守るべきものも勝利に繋げられる手段も失ったということだ。大規模な増援が来るのはまだ先のはず。それまでここで粘るのは得策ではない。
 残された道は精々資源を奪われないようにスクラップを回収できるだけして速やかに撤収するだけである。もっとも、爆発に巻き込まれずに済んだ輸送型機兵は多くはない。無事なものは大多数が前線でバルキリーたちと衝突している戦闘型であり、戦闘を避けて拠点に籠っていたものから爆発に巻き込まれているのだから仕方がない。
 よって最善手は即刻戦闘を切り上げて戦闘タイプの機兵で可能な限りスクラップを回収。そのうえで輸送タイプの機兵にできるだけ遠くまで運ばせる。そこで増援として向かってきている戦力にバトンタッチすればいい。無論それも楽な道ではない。逃げ損ねればその分敵に資源を奪われることになる。殿として追撃してくるバルキリーを押し返す、すなわち確実に生贄になる戦闘型機兵と運搬を補助する機兵のバランスも考えなければならないだろう。
 機軍はバルキリー軍団を牽制しつつ後退を始めた。一方バルキリーたちは一斉に突撃を始める。機軍は数を減らしながら退却し、そうして僅かに増えた分も含めてバルキリーたちがスクラップを奪っていった。見事に一方的な展開であった。
 結果的にはミサイルによる介入などなくてもパニラマクア要塞の防衛は成し得た。しかし誰もその事実を知る由などないし、ミサイルによってこの一方的な状況が招かれたのも確かである。
 偵察機の映像で中継を楽しんでいた人間たちもこの結果は拍手喝采ものであった。正直、ノリと勢いだけで行動に移してしまったので各方面にバレていないかが気掛かりである。ミサイルを撃ったのが人間だと機軍にバレていないかもそうであるし、軍上層部に今回のことがバレてないかも心配だ。まあ、気付かない方がどうかしていると言えよう。たぶんバレる。セオドアとしてはその時の言い訳を考え始めなければならないだろう。まずは何も知らずにミサイルを撃ちに行ったクルーやまだ何も知らない連中への説明が先だ。余興は終わり、そのツケを払う時が来る。
 それがいつかは分からないが、すぐにではない。今日は爽快な気分のままさっさと寝るに限るのだ。

 翌日。昨夜の激闘の結果が白日の下に晒されている。
 機軍はもはや地面に散らばる破片のみになっていた。その破片もすでに相当量が持ち去られており、残った分にもバルキリーが取り付いて運び去る算段をつけている。
 プロペラを持つ機体も見受けられるが直接運搬には関わっていないようだ。思えば昨日の戦闘でもプロペラを持つ機体はあまり前線に投入されていなかった。元々偵察機のものをまねただけのプロペラなので大してパワーが出ないのだろう。
 パニラマクア要塞の土手っ腹には大穴が開けられたはずだが、今や穴は塞がりそれどころか要塞全体が一回り大きくなっているように見える。要塞外壁のそこかしこに取り付いているバルキリーのせいでそう見えるだけかも知れないが、素材はあるのだから現に肥大化していてもおかしくない。
 パニラマクア要塞がビーム砲を防ぐために砂利の防壁を使いそれが功を奏したことは昨日の映像を解析して判明していた。ビーム砲で焼かれている映像から推測され、そこから遡った映像にプラズマセルに気付いたバルキリーたちが要塞内に砂利を運び込む姿があったために裏付けられた形だ。武器も石なら防御にまで砂利を使っているのは何とも涙ぐましいが、この手は案外有効なようでこちらも取り入れるのも悪くないかとも思えてしまう。こちらも偵察機の技術を真似られているのでお返しとしてあちらから取り入れられるものは取り入れなければ割に合わないだろう。
 偵察機の技術といえば、一目でわかるプロペラももちろんそうではあるのだがもう一つ疑わしいものがある。最初にバルキリーたちを見つけた時の彼らの通信手段、長い糸電話のようだった有線通信をいつの間にか見かけなくなっている。恐らく、電波による通信も習得しているのではないだろうか。思えば偵察機がプラズマセルを捕捉してからの行動の迅速さ、交戦時の連携ぶり。それらは電波なしでは難しいのではないだろうか。
 そう考えるとミサイル以前に偵察機を送り込んだ時点でバルキリーたちにかなり利する行動だったようである。これがなければ石を投げるばかりの原始的な戦い方しかできなかったバルキリーたちに勝ち目はなかったのではないだろうか。感謝して欲しいものである。
 そもそも。感謝云々をいう前にそもそもバルキリーたちの立場がどうなのかが重要になってくるだろう。機軍とは敵対しているのは明らかだが、敵の敵ということで人間たちとも手を取り合えるのか。そもそもが戦局が機軍に傾いたときに現れて人間を掃討する殺戮兵器なのだ。ノリと勢いでバルキリーたちに加勢してしまったが、本当にこれでよかったのだろうか。
 しかし、パニラマクアのバルキリーがその死神と呼ばれている殺戮兵器と同じ物なのかもはっきりしない。何せ殺戮兵器であるバルキリーが投石によって殺戮を行っていたなどと言う話は聞かないからだ。
 いずれにせよ投石しかできないなら敵に回してもそれほど恐ろしくはないのではないだろうか。とはいえ鹵獲した兵器を真似する能力がある以上、油断はできないが。敵に回らず手を取り合える存在であることを祈るしかないだろう。

 その可能性を探るうえで、こちらで様子を見ているレジナント要塞で拾ったバルキリーの重要性が高まった。今のところ大人しいが、この状態が続くのか、それともある程度力をつけたところで殺意を剥き出しにするのか。
 思えば機軍とパニラマクア要塞の争いにミサイルの介入と、突発的に大きなイベントが起こりバルキリーの様子を見るのを忘れていた。しかも山ほど餌を置いた状態だったはず。やばいことになっているかも知れない。
 とりあえず、部屋の中で大人しくしてはいるようだ。周囲が破壊されているようなこともないし、妙な物音も聞こえない。
 室内に入るとバルキリーはなかなかの大きさになっていた。これはヤバいな、と素直に思うブロイ。
 入ってきたブロイに反応するようにバルキリーが動き始めた。ゆらりと身を起こし、立ち上がる。四つん這いからさらに身を起こして二本足に。……一回りは大きくなったが昨日とさほどサイズが変わっていない。なかなかの大きさに見えたうちの下半分は、ステーションと言うか充電器と言うかあるいはベッドとでも言うのか、本体とは別の据え置きパーツのような感じだった。
 バルキリーはブロイに向き直り、飛びかからんばかりの勢いで走り出し……転んだ。
「お前は何をやっているんだ」
 思わずツッコんでしまうブロイであった。
 結局。今のところバルキリーに敵意は見受けられない。そして、立って歩くのはやめて這い蹲りながら四足歩行でついてくることにしたようである。

 今日は忙しくなりそうだ。これまでこそっとやっていた色々なことがセオドア公認になったのである。軍公認ではないのは注意が必要だ。セオドア黙認と言った方が正確かも知れない。
 それにより、パニラマクア偵察の拠点がレジナントに新設されることになる。機材もより大掛かりな物が運び込まれてくることになっており、監視体制も強化される。
 要塞の調査も本格的になる。もちろんセオドア公認なので軍上層部には内緒だ。それらの機材も併せて昼前には輸送機の第一便が来ることになっていた。
 輸送機は予想より早い時間にやってきた。一回あたりの輸送量を減らす代わりに便数を増やすことで重要な機材が中心の初回を早めに到着させられる。その上、一回あたりのコストを押さえる運び方でもある。つまり、逆に言えば回数は増えるのでその分の手間とコストがかかることになる。それだけ多くの機材を運び込むつもりであるとも言えよう。機材を早く届けたいという気遣いよりは機材を山ほど運び込むのが目的だろう。
 機材の受け取りにはブロイを含むマシンオペレーターに加え、機材を使う人間であるニュイベルも同行していた。自分たちが使う機材を確認するため、と言う名目の暇潰しである。暇潰しが必要なほどニュイベルも暇ではないが、新しい機材が届けば作業効率が跳ね上がることになる。機材一新前に午前中一杯掛けた作業が一時間で終わるなんてこともあるかも知れない。急いでいる仕事は特にないのだ。機材を入れ替えてから作業をした方が得である。
 ニュイベルは成長したバルキリーを見て目を剥いていた。確かに、この姿だけでも一回りくらいは確実に大きくなっているのだ。これであの台座みたいなパーツを見たらどうなるやらだ。バティスラマから送られてくる機材からしてブロイもこの様子だと当分こっちに留まることになりそうな気がするので、あのでかい台座を運ぶことを考えずに済むのは助かるが、それも今のところの話だ。
 そうこうしているうちに輸送機がやってきた。機材よりも先に降りてきたのは見覚えのある人物である。
「よぉーう」
 気軽な挨拶と共にタラップを降りてきた人物とニュイベルの視線が交錯し、二人揃って微妙な表情になった。
 降りてきたのはセオドア=マクレナンその人である。予想していないセオドアの登場に一同の表情が固まるのは当然だったが、そのセオドアの表情を固めるというのはニュイベルも相当である。よほど苦手意識を持たれているようだ。何をしたやらだ。
「か、閣下!?今日はその、どういった用向きでしょうか」
 代表者が語り掛けるとセオドアはいつも通りの飄々とした顔に戻り答える。
「俺も一度くらいは現地を視察しておかねえとよ。好き勝手やられちゃたまんねえしな」
 好き勝手やらせてる人物が何かをぬかしているようである。しかしこうして顔を出したという事は、現場が勝手にやったことだと逃げずに責任を持つ気が少しくらいはあるという事でもある。言い換えれば、何かあった時に責任は俺が取る――あるいはごまかす――だから思う存分やれという事なのだろう。
「それによ、例のパニラマクアの結果って奴もよーく見ておきてえからな」
 特等席でそれを見るのも目的のようである。パニラマクアでは今、スクラップを巡る機軍とバルキリー軍団の熱い泥仕合が始まっているとの連絡を受けている。注目するほどの展開は起こらなさそうなので軽く流して連絡されただけだ。その後の連絡がないのも想定通り特に変わったことが起こっていないことを示している。
 そうなると、監視室の設営が終わるまでセオドアにはちょっと待ってもらい、本格的な機材による最初の映像を楽しんでもらうのが良さそうである。見所のない映像を出すのに急ぐことはないのだ。
「じゃあ、それまであちこち見学……じゃねえ、視察することにしようかね。終わった戦いに興味はなかったが、この様子だと当面この辺りじゃ戦闘は起こらなさそうだし、そうなるとここの乗っ取りが俺の仕事になりそうだしな」
 そうは言ってもセオドアはバティスラマから指示を出すだけ、どころか任せきりで報告を受けてそれを聞き流すだけになりそうな気はするが。セオドアはガチガチの士官なので戦い以外の分野は苦手なのだ。
「では、準備を整えておきます。それまでの案内は……」
 積み荷の受け取りと運搬、そして機材の設営。皆それぞれの仕事をしに来ている。セオドアをあまり待たせてはいけないのでのんびり作業をしていられず、忙しくなるだろう。ここに暇な人間などいないのだ。ただ一人を除いて。
「おい、メガネ。閣下の案内を頼むぜ」
 そのただ一人であるニュイベルがセオドアの案内を押し付けられたのであった。名誉ある仕事ではあるがその300倍くらい面倒である。そして、セオドアとしてもその人選には少し文句をつけたいところだが消去法なので文句は言えないのだった。予告もなしに勝手に来た自分が悪いのだ。一方ニュイベルは上官を前にして堂々と文句を言ってのけた。
「人を視力矯正器具で呼ぶんじゃねえよこのクソマユゲ」
 セオドアの相手が面倒だとかそんなことよりもそっちの方が重要なのであった。
「てめえこそ顔のパーツで呼ぶな!クソメガネ!」
「マユゲマユゲマユゲー!」
「あー。お前らの仲がいいのは分かったから。じゃあ、案内よろしくな、メガネ」
 低レベルの揉め事を見ているうちに周りに人がいなくなっていたのでセオドアは観念したのだった。
「ニュイベルです、良しなに」
「あ、うん。知ってた」
 その直後にニュイベルが見せた何とも言えない表情を見て、セオドアは"やっぱりこいつ苦手だわ"と言う思いを新たにしたのだった。

 パニラマクア監視室の設営が思いの外早く終わった。時間潰しの視察は終わり、ニュイベルの長い説明をもう聞かなくていいのだ。スタッフの努力を心から褒めたい気持ちでセオドアは監視室に入ってくる。案内は改めて、落ち着いて案内してもらえる人に頼むことにしたい。
 モニターにパニラマクア要塞の様子が映し出されている。ビーム砲で開けられた穴もすっかり塞がり、すっかり静穏だ。パニラマクア要塞の形がどんどん歪な生物めいた形になってきているが、気にしたら負けだと思う。
 夜通しずっと続いていたスクラップの奪い合いの小競り合いもそろそろ佳境である。残りのスクラップが少なくなってきているのだ。
 小競り合いはバルキリーの方が不利だった。元々、敵がいないうちに資源をかき集めようと送り込まれた集団らしく、運搬用の機体が中心で戦闘向けの機体は多くなかったようだ。
 最初はパラパラと到着する機軍の戦力を追い払っていた。しかし、機軍も馬鹿ではない。続々と進発していた戦力を一部途中に留め、大きな集団を形成して襲撃したようだ。それで数を減らしたバルキリー軍団は撤退を始めているが、追撃され次々と撃破されている。その間にも機軍には続々と増援が到着し、次々とスクラップを運び去っている。
 しかし、バルキリーにも援軍が到着した。パニラマクア方面より羽虫の大群のような雲が近付いてくる。その雲が機軍がスクラップを回収している上空に達すると、ビームの雨が降り注いだ。威力は小さいが、命中精度のおかげで確実に敵を減らしている。
 近付いてきたことでその雲を構成する機体の姿が見えるようになった。プロペラのついた小さな機体だ。その小ささ故に蓄えられるエネルギーも多くないのだろう。一発だけビーム砲を撃ったらおしまい、飛び続けるエネルギーすら残らないようでそのまま地面に降りて歩いて引き返していく。昨日の投石攻撃といい、バルキリーたちの戦い方が何ともせせこましいのはどういうことなのだろうか。
 せせこましい攻撃ではあっても数は揃っている。バルキリー達は敵を押し返した。敵は後退し、バルキリーたちはスクラップの山をめざし次々と地面に降りていく。敵の深追いはしないようだ。深追いできるほどのエネルギーは積んでいないのだろう。エネルギーの補給を受ければまた飛べるし攻撃もできるらしい。地面に降り立ったプロペラ付きバルキリーたちが空に睨みを利かせ、その間にスクラップの回収を再開した。
「お、機軍の負けだなこりゃ」
「そう思うでしょう?でも、そのうちさっき逃げ帰った機軍の集団がでかい塊になって戻ってくると思いますよ?」
 つまりは、似たようなことをずっと繰り返してきていたのだ。ただ、その戦闘の規模がだんだん大きくなってきているだけ。スクラップの奪い合いの戦いで新たなスクラップが生み出され、それをまた奪い合う。それでも確実にスクラップが減っているのは両者ともに比較的被害が少なく抑えられているからだ。
 もうそろそろこの不毛な戦いも終わるだろう。戦いが終わったところで、どっちが勝ったのかは極めて分かりにくいからこそ不毛なのだ。重要なのは先の戦いで機軍が何もできないまま散り、少なからず資源を奪われたこと。今行われているのは奪われる量が多いか少ないかを決める戦いでしかない。
 小競り合いの内容よりも今見るべきなのは、パニラマクア要塞そのものなのだ。