ラブラシス機界編

8話・機械戦争

「よぉーう」
 軽い挨拶で部屋に入ってきた人物を、最初は皆今ここにいないブロイかゲラスだと思っていた。だが、振り返って顔を見ると一様に息を飲む。
「こ、これは閣下!」
 セオドア=マクレナン少佐、バティスラマ軍統括。この前線基地で一番偉い人物である。
「閣下はやめてくれ、ガラじゃねえよ。それより聞いたぜ、パニラマクアが面白いことになってんのをここで観察してるんだってな」
 そもそもこの偵察は手の空いた技術者が暇潰し半分で始めたことだ。パニラマクア要塞が変質していた事は報告したが、交戦にちょっかいを出した辺りからは状況をもっと良く見定めなければならないという口実の元、余計なことをしまくっている言い訳やごまかし方を模索するための時間稼ぎ中であり報告はしていない。
「え、ええ。まあ今は落ち着いてて変わったことはないんですがね」
 幸い変わったことは既に起こりきっており、その上でならば今の所はその通りだ。それに画面に映っているのはパニラマクアから少し離れたところを映した映像、バルキリーたちに改造されてしまった偵察ステーションやそれから技術を奪って変容した要塞の様子は映っていない。それに要塞が映っても元々の姿を知らなければ変化したとは思うまい。同じように偵察ステーションが映り込んでも、それが偵察ステーションだとは思われないだろう。
「機械同士で争ってるって?」
 セオドアの持っている情報もそこで止まっている。
「ええ、そうです。ほら、レジナントの要塞核がバルキリーとかいう変わり種の機兵になってたじゃないですか」
「ああ、そうだな」
 話を合わせるセオドア。話を合わせるというのは、セオドアは確かにその辺の報告は受けているが、あまり興味もないしこの辺の情報が必要になる頃には書記官がしっかりと資料にまとめてくれるだろうと聞き流していたのだ。よって今の話もそういえばそんな話を聞いたような気がするといった程度の認識なのである。しかし、向こうが当然のように言っているのだから当然そうなのだろうと判断しそのように返事をしたのだ。今の状況を隠したい者達と、今の状況をよく把握していないことを隠したい者。本人達も知らぬ微妙な駆け引きだ。
「どうやらパニラマクアじゃその要塞核がクーデターを起こしたみたいで、増殖して要塞を乗っ取っちまったんです。で、機軍はそれを取り返そうと……ま、多分ですが」
「連中の事情なんか何だっていいが、機軍がいて余所の奴とやり合ってんなら、横から一発かましてやるチャンスだと思ってな」
 セオドアはセオドアで、機軍にちょっかいを出してやる気満々のようである。この調子ならば自分たちのやったこともある程度不問に付されるのではないか。そんな思いで少し気を緩ませる偵察班クルー達。
「ですが、一個向こうのアレッサすら攻める目処が立ってませんぜ。なのにいくつも向こうのパニラマクアなんて」
「なにも大々的に攻め込んでやることはねえ。こっちがアレッサに大規模攻撃を仕掛けられない状況なのはあちらさんも分かってるだろうし、大した見張りもいねえだろ。パニラマクアで分断されてる状況だけにあっちの増援も来られねえし、横をこっそり抜けるのなら訳もねえ。兵器一個くらいならパニラマクアまで運べるだろ」
 これまでにそんなことが出来るような状況など起こったこともないし、出来たとして効率も悪く大した意味もないのでまずやることなどないが、大きな輸送艦に兵器一つだけを積んで軽くし、補給艦を同行させれば遠距離の輸送も可能だろう。
「そんなわけでよ。あっちがどんな様子か見に来たのさ」

 と言うセオドアに現在の状況が説明された。機軍の優勢で小競り合いが終わったところで、次の動きがないか見張っているところだと。小競り合いの詳細、特に自分たちがちょっかいを出したとか偵察ステーションを乗っ取られたとかそんなことはもちろん割愛だ。パニラマクア要塞の様子も映像で確認。バルキリーがプロペラで飛んでいたりソーラーパネルが置かれていたりするのは、言われなければ変だと思われないと信じる。
 要塞の映像を見せるにも、偵察機は機軍が接近する様子が攻めてくる様子がないか見張るため、夜の間に“なぜか”増えていた分を含め出払っている。パニラマクアの様子は昨日の映像で見せた。もちろんその時点で要塞はすでに偵察機の技術を取り込み済みだ。その辺に気付かれて何か言われないかドキドキである。そしてセオドアは、一言。
「変なの」
 とだけ言った。それ以上の感想はなさそうだ。
 セオドアは現在の偵察映像に目を向けた。パニラマクアは遙か東にあり、こちらでは沈みかけている太陽があちらでは沈みきって画面はすでに薄暗い。
「ん?何だ今の」
 セオドアが何かに気付いた。一同画面を覗き込む。真っ暗な画面に時折星のような光が瞬いている。星にしては明るすぎ、数も多く密集しており地平線に横一列に並んでいる。
「機軍じゃねえか!?」
 クルー達は色めき立つ。その間も偵察機は、そして映る範囲は動き続けて光はスクロールアウトしていく。
「おい、カメラを戻せ、今のところに固定……いや、光の方に近付けろ!」
 まくし立てるセオドアに一同顔を見合わせた。今の映像を送ってきたのはパニラマクアのバルキリーが勝手に増やした偵察機、勝手に動くしこちらからの操作は受け付けない。
 こんな時、適当な言い訳を涼しい顔ででっち上げてくれるブロイは今ここにいない。自分たちがやるしかないのだ。
「これ、完全自動式なんで直接操作できないんですよ。今動かせる奴を向かわせます!」
 監視カメラじゃあるまいし、完全自動式の偵察機などあるものか。言い訳が苦しすぎる。
「そうかい。なる早で頼むぜ」
 しかし、通じればよいのである。セオドアはセオドアで細かいことはどうでもいい。出任せの適当な報告がまかり通るのも道理である。
 操作可能な偵察機が急行し、光を捉えるまでにいくらか時間を要した。光はそれだけ遠かったのだ。辺りが薄闇ながら闇に包まれたからこそ見えた光であり、闇の中の光でなければ見えない距離である。
 更に近付けどもその光の正体は見えてこない。それでも光源の数や光の質などは見えてきた。明るさはまちまちの微かに揺らぐ矩形の固定された光、その数は50を超す。
「なるほどな、こいつはプラズマセルだ」
 見ただけでそう判断できるセオドアほどでなくても、聞いた知識ならクルー達にだってある。
「そいつは確か……エネルギーを溜めておく入れ物でしたっけか」
 溜めておくのは名前の通りプラズマであるが、エネルギーを取り出すために溜めておくのだから概ね合っていると言えよう。電磁フィールドを使っているので維持するためにも多くのエネルギーを消費し、長時間維持するには向いていないので、使われるのは一度に大量のエネルギーを必要とする攻撃の為がほとんどだ。たとえば、大口径ビーム砲。それがこの数。
「機軍め、ビーム砲の一斉射撃で一気に片を付けようって腹か!」
「またパニラマクアのバルキリーに教えてやらないと」
 セオドアは特に反応しなかったが、今の一言で彼らが前の襲撃の時に何らかの方法で要塞にそれを知らせたことくらいは察した。察したが、特に何とも思わなかった。そして、クルー達も自分たちがうっかり核心的なヒントを与えたことに気付かない。つまり、何も起こらなかった。何事もなく、クルー達の話し合いは続く。
「いや待て。今度は機軍の待ち受けるところに乗り込むんだろう?また油断してくれてりゃいいが、そうでなきゃ返り討ちだ」
「それに、遠そうだもんなぁ」
 迎撃のためのエネルギーは十分ある。一方バルキリーはそこにたどり着くまでに多くのエネルギーを消耗するし、輸送機などを使えばその分にリソースが回され戦力が削られる。
「エネルギーの塊が近くにある機軍は何の心配もないが、バルキリーじゃあそこの光に辿り着くかも分からねえぜ。そんで、往復出来なきゃ戦力使い捨てでじり貧だろ」
 機軍は小さな要塞を築いたようなものだ。ただでさえ籠城は有利。籠城したまま敵本陣を攻撃できるとなると攻めるにも守るにも厳しい相手となる。バルキリー側もパニラマクアとこことの間に新たな拠点を構築すれば対抗できようが、今からでは手遅れだし、そもそも拠点を増やすために削れる資源があるかも怪しい。
 と言うか。本来ならば偵察任務すら門外漢であるはずの作業機械オペレータあるいは工員であるクルーたちが、戦闘についてやいのやいの言い合っても何にもならない。まして、今は後ろに司令官が控えているのだ。戦いのことはセオドアに任せるに限るのである。
「あんたらはプラズマセルが使われた実例を知ってるかい」
 セオドアの問いかけに、クルー達は一様にかぶりを振った。
「いいや、話に聞いたことがあるくらいですな」
「あっしゃ名前も初耳で」
 そう、そもそもこの程度の知識量でしかないのだ。しかし、それもこれについてはやむを得ない。
「だろうねえ。こいつは諸事情って奴で滅多にお目にかかれる代物じゃあない。ぶっちゃけ言うと、都市がもう制圧されて新しい要塞にされる寸前ってところでしか確認されてないのさ」
「するってぇと……地ならし作業とか建築作業とかですかね」
「その通り。平たく言えばもう片がついて戦闘がなくなってからって事だ。その諸事情ってのは、このプラズマセルが電磁フィールドで作られるからでね」
「ああ、バリアでプラズマを閉じ込めてるんですな、ありゃあ」
 その言葉通り、電磁フィールドはバリアに使われることが多い。バリアと言っても効果は限定的で、ビーム砲を減退させたり小さな実弾を熔解させるくらいしかできないが、プラズマ攻撃に対しては割と高い防御力を持っている。その電磁フィールドで高いエネルギーを持つプラズマを囲めば利用しやすい状態で閉じ込めておけると言うわけだ。
「じゃあ、その電磁フィールドを妨害してやると、どうなるだろうな」
 電磁フィールドは位相が逆で十分な強さの電磁波を照射されたり、あるいは手を突っ込んだだけでも──その手は消し炭になるが──フィールドは大きく揺らぐことになる。ただの雨や砂嵐ですら大敵となるほどだ。バリアとして使うにも条件が合わないと厳しい。よって補助的な手段として使われることが殆どだ。
 そんな電磁フィールドに囲まれたプラズマセルの電磁フィールドを乱すとどうなるか。別に難しい知識を持ち出す必要はない。パンパンの風船に針を刺すと言っているのと同じだ。
「ドーン!ですな」
「そう、ドーンだ。つつかれただけで弾けちまう。そんなもの、実弾もビームも飛び交う戦場に置いといたら的にされなくてもすぐに花火になっちまう。だから、敵がいなくなってからしか出てこねえのさ」
「それを戦闘中に使ってるってことは……どういうことだ?」
 バーディックは肝心の結論を仲間に丸投げした。
「あれだろ、バレないかバレてもちょっかい出されないと高を括ってんだよ」
「そういやあ……パニラマクアの戦力はレンジの長い兵器、持ってなさそうだもんなぁ」
 前回の小競り合いで使った兵器でもっともレンジが長かったのはビーム砲だった。近〜中距離なら精細大威力の優秀な兵器だが距離による減退が激しくエネルギー効率も落ちていく。やはり先の戦闘でパニラマクアが使っていたミサイルはまだまだ飛距離を伸ばすこともできそうだが、前回の戦闘で飛距離の長いミサイルを使わなかった時点で長距離を飛ばす技術かミサイルの軌道を制御する技術が無いのだと思われる。
 更に言えば前回機軍の襲来を発見し知らせたのは人間の偵察機だ。本来なら迎撃さえも出来なかっただろう。人間からの入れ知恵がなければ遠方の偵察能力も高くなさそうである。機軍側はその辺の、バルキリー達のスペックをある程度把握していたのかも知れない。
 セオドアは言う。
「俺はパニラマクアに立て籠もってる連中の戦力は分からねえし、実際に手出しが不可能かはどうだっていいんだ。少なくとも機軍は何もできないと思って油断してるってこった。それなら、俺たちがつつくチャンスだぜ」
 だが問題になるのはその方法だ。ミサイルでも要塞を一つ飛び越えられるものが作られている程度。一つ向こうの要塞に集まっている敵を叩いたり、前線の隣の都市から要塞に援護射撃するために使われるのだ。それをレジナントに持っていっても、アレッサを飛び越えてバラフォルテに届くだけ。パニラマクアにも届かないし、狙う場所はその向こうなのだ。
「届くところから撃ちゃあいいんだろ。バラフォルテの近くまで持って行けば十分だ。兵器をパニラマクアに持っていってぶっ放すつもりだったが、パニラマクアのちょっと先に届かせればいいならずっと楽だぜ。燃料をたっぷり積んだ輸送機を同行させりゃあ補給なしで往復できんだろ?」
 だろ?と言われても、やったことがないので誰もイエスと言えない。まあ、行けるんじゃないかなぁ、とは思う。少なくとも、偵察機はすんなりとパニラマクアに行けたのだ。偵察機と違い輸送機の集団は少し目立つが、ルートの安全さえ確保できれば不可能では無いはず。
「できそうですが、そんなの、許可出るんですかい」
 であれば、それが最大の関門になりそうである。だが。
「俺が許可を取ったりすると思ってたのかい」
 日頃のセオドアを知っていれば思うはずがないが、日頃を知らなければそうではない。
「しかし、バレませんか」
 許可を取ったりすると思ってたのかい、などとは言ってみたセオドアだが、彼らの言動から思っていなかったことは明らか。つまりセオドアのやり口を知らないと言うことだ。手を明かしておかねばならない。
「許可を取るも何も、そもそも中央でパニラマクアのことを知ってるのはほんの一握りで、その中に軍のお偉いさんはいねえ。俺と連んでるような碌でなしばっかりさ」
 情報を精査するまで報告は見合わせていたという名目で上層部には黙っているのだ。実に都合のいいことに、バティスラマがこれまで押され気味だったレジナント要塞が突然謎の陥落をしたかと思えば、反対側であと一歩というところまで押し込んでいたグラクーが形勢逆転で半壊にまで追い込まれ、中央司令部はてんやわんやである。その状況、聞かれないことを報告しない理由としては十分だ。セオドアの日頃の態度からしてそれが露骨に口実でも、文句を言うのが精々だろう。それに、それもバレた時の話。バレなきゃ問題ないのである。
「許可取るときに余計なことを喋らねえとならねえし、そもそもいくつも向こうの要塞で何が起こってるかなんて連中にゃ知りようがねえ。こっそりやってしらばっくれてりゃいいのさ」
 大将のこの言葉は彼らの心に響いた。何せ、彼らもこっそり偵察機を使って要塞の戦力を機軍にけしかけ、挙げ句偵察機に使われていた技術を盗まれたりステーションを乗っ取られたりしているのだ。しらばっくれてていいんだ、ってなもんである。

 何にせよ。ミサイルを運ぶのは輸送艦のクルーだし、手配するのもぶっ放すのも専門のクルー。急に戦闘がなくなって暇になり雑用に回された専門家たちである。今ここに集まっているのは同じく手は空いているがマシンオペレーター。積み込みの手伝いくらいはさせられるかもしれないが、それ以上は関わりようのない面々である。そっちはそっちで勝手にやってもらうまでである。
 と。ティスカルダムの携帯端末に通信が入った。
「なんだブロイか。どうした、寝坊か?」
「確かブロイってのはレジナントのサバイバーだよな。あの適当そうな、さらっと碌でもないことやらかしそうな……」
 セオドアは近くに居たクルーに問いかける。
「へい、その通りで。ああいやその、別に大したことをしてるわけじゃあ」
 一緒に碌でもないことをやらかしてる身としてはそういうことにしておきたいところだが、セオドアにはどうでもいい。
「何だ、来ねえと思ったらレジナントに行ってるのか。んあ?面白いことって……」
 セオドアはティスカルダムに向かって代われと指でサインを送った。
「まあそりゃあいろいろあったけどよ。まあなんだ……話してみな、今代わるから」
 いきなり通話口に現れたセオドアにブロイは面食らったようだが、滞りなく会話は続いている。セオドアは機軍がエネルギーを溜めてること、そこに目掛けてミサイルをぶっ放そうと目論んでることをさらっと伝え。
「ミサイルのことはこれからささっと煮詰めていくとして、そっちの……レジナントの方はどうなってる?」
『私ゃ一日遊びに来てるだけで詳しくないんですがねぇ……こっちに居着いてるニュイベルなら詳しいと思いますが』
「そいつぁあのメガネのサバイバーだよな?俺ぁそいつは苦手でよ。ざっとでいいからあんたが答えてくれ。確か、鉄道は開通してるんだよな?」
 ニュイベルは何をやらかしてセオドアにそう思わせたのか。その辺は気になるがひとまず置いておくとして。
『ですな。そのおかげで今日はこっちに遊びに来てるんで』
「人が住める環境も整ってるんだろ。いやさ、この覗き部屋をそっちに移したいんだよね」
 せめて偵察基地と言って欲しいところだ。それよりもこれはどういうことか。勝手なことをしすぎたからトカゲのしっぽ切りをするつもりか。
「そういうことは軍の設備でやってると、こそこそしててもバレやすいからな。解体作業の現場に紛れ込ませておけばバレにくくなんだろ。まだオイルも汲めねえところでそんな事してるなんてお偉方も思わねえだろうし。こそこそするには最高の場所だと思わねえか?こそこそしながら、機材をしこたま増やして派手にやれるようになるぜ。特に解体のために加工関係の機材はガンガン増やせるんだ。そいつで機材を自己調達できるようにすれば兵器工場だって作れちまうぜ」
 切り離したいのはトカゲのしっぽではなくプラナリアらしい。切り離された後、育つがまま増えるままにするつもりだ。やりたい放題である。
「どうせ要塞の核とかももう調べてんだろ?上の方は絶対に手を出すなとか言ってたけど。ああ、今のは聞かなかったことにしてくれよ、これから辞令を出すことになってるんだ」
『えっ。早く言ってくださいよ、もう外に運び出してじっくり調べる準備をする段階ですよ』
「そいつはナイスだ。運び出したら辞令を出すことにしよう。運び出しちまったものはもうどうしようもないからな」
『う。ううーん。しかし、それはそれで簡単じゃないんですよねえ。一旦バラバラにして小さく組み直して運び出すことになってて、今その作業の真っ最中でして』
「バラバラ!?サイコーじゃないか、バラバラのまま運び出せば誰もそれが要塞の核だなんて思わねえぜ?バラバラのまま運び出して組立は目立たないところでこっそりやるようにプランを切り替えておいてくれよ。辞令を出す前に、ちゃちゃっと片付けておいてくれ。何ならそっちの手はずが整うまで辞令を出すのを遅らせてもいい」
 ここに居合わせた者達は、セオドアのやり口というものをとくと理解したのである。

 その直後から、目まぐるしい展開となる。休みを利用して遊びに来ていたはずのブロイは、そのままレジナントに居座ることになった。
 大急ぎで要塞核を取り除いたら、その空洞を爆破する。そうして証拠隠滅したら軍の上層部には要塞の核は融けてて調べようがありませんでしたと報告するそうである。無茶なアイディアに思えるが、今の所中央のお偉方はレジナントを外側から切り崩していて中には入れていないと思っているらしい。何せ、セオドアは子細をちゃんと報告していないのだ。それこそ、ブロイとニュイベルが中からレジナントを崩壊させたという大本の話さえ。
「上の方は上の方で色々あるんだよ」
 セオドアはそうとだけ言った。実の所、セオドアは自分のところに転がり込んできたほぼ無傷の要塞というお宝を気に食わない中央政府軍にかっ攫われるのが気に入らなかったのだ。なので情報を隠し、調べられることは調べてしまう腹づもりである。
 一方パニラマクアの偵察は、暫くの間通信技師のバーディックを中心に最低限の人数で継続することにし、他のメカニックなどはレジナント要塞核の解体に駆り出された。自分の荷物を取りつつ彼らを案内すべくブロイは一度バティスラマに帰還し、すぐにとんぼ返りとなった。
 そしてその頃、ミサイルと燃料を積んだ輸送艦の準備も整い、彼らにとって未知の大地に向けて発進した。

 ブロイがレジナントに引っ越しして最初の仕事はパニラマクアの新しい監視基地の設営だった。通信装置とモニターを部屋に置いただけの極めて簡素な基地だが、仮設営なのでこれで充分だ。この方がバレにくいとも言える。
 仮設営ながら、元の偵察基地で出来なかったことが出来るようになっている。ローカルネットでの動画の配信だ。映像は作戦本部くらいが見られれば十分だったこれまでの偵察基地と違い、むしろ軍からは見られないようにしなければならない。ローカルネットでこそこそと見られるようにとの配慮だ。
 そして、こちらの準備が済んだことで元の偵察拠点で監視を続けていたバーディックも本格的な機材と一緒にここにやってくることになる。
 準備が終わるのを待っていたのは彼だけではない。バラフォルテ付近に設営されたミサイル発射ベースも動き出した。標的の位置を正確に知るために偵察機から送られるデータが必要だ。それに加えて、バティスラマ並びにレジナントで偵察映像を気軽に見られるチャンネルを開設し、ミサイル攻撃を生中継する事になっている。ローカル配信局が開設されたことでその準備が整ったのだ。中央にバレないかいよいよ不安だが、バティスラマの人間はもちろん、近隣から応援に来ている作業員なども中央に告げ口するようなことはあるまい。安全なところから指図するだけの中央司令部など誰しも嫌いなのである。
 ミサイルの発射予定は今夜である。最後の準備を整える時間であり、こちらは夜陰に紛れそして標的となるプラズマセルの光は闇に浮かび上がる夜を待つのだ。ついでに言えば、中継映像を見る事になる作業員達も昼間は仕事だ。手が空いてから、みんなで酒でも呑みながら見られる。その続きが作戦成功で祝杯になるか失敗で自棄酒になるかは運次第。
 ブロイはようやく本来の目的だったニュイベルの手伝いに戻れる。しかし、戻ってきてみればほとんどやることは残っていなかった。ブロイの代わりに手伝っていた面々がとても良い仕事をしたのだ。
 まず、機軍がすぐに攻めてくることはないと分かったことで訓練を急ぐ必要がなくなったリカルド達。ドワーフ故に手先が器用なガドックが先輩ドワーフのゲラスとコンビを組み、細かい手作業を受け持った。制御装置組み直しのための目印付けはリカルドとラナが手伝った。セオドアの指示通り、完全には組み直さず運び出しやすいようにそしていざというときには隠しやすいように両手の上に乗る程度の塊に分けてある。
 そして、意外な戦力となったのがバルキリーであった。網の目状の制御装置塊には工具も奥まで入りにくく、これまでは外側から少しずつ切り離していくしかなかったのだが、小型のバルキリーなら狭い隙間から塊の奥に滑り込むことが出来る。そうやってブロック単位での切り出しが可能になった。取り出されたブロックをみんなで囲んで作業すれば更に作業効率は高まるのだった。
 そして、作業の優先順位を制御装置塊の縮小より取り出しに傾け、余計な装置も残したまま一旦繋ぎ直すことにしたため、ブロイが再び加わった頃には8割方作業が終了していた。この調子ならミサイル発射までに制御装置は取り出せそうである。
 人数も多いおかげで運び出すのも手分けすれば一度で済む。そして仕上げにもバルキリーの出番だ。壁面を適当に食い散らかせば爆発でも起きて溶け落ちたように見えるだろう。ここは任せてそろそろ花火のお時間だ。

 準備を整えている間にもパニラマクア周辺で動きがあったようである。こちらが機軍の前哨基地を発見したことで、その偵察映像を傍受しているパニラマクアもその対策に動き始めていた。
 とは言えバルキリーたちにはパニラマクアから直接その前哨基地を攻撃する手段はない。守りを固め、攻め込むのみである。
 パニラマクアの周囲に土累が築かれ、攻撃部隊が編成された。侵攻が始まる。陸上部隊に続き、プロペラ機の航空部隊が出発。程なく機軍に発見され、交戦が開始された。
 機軍も一応はこの前哨基地が発見されて襲撃されるのを想定していたらしい。慌てることもなく撃退し、その後も何事もなかったように静穏を取り戻した。
 バルキリーの侵攻第2陣が程なく進発。数は先発隊より少し多いか。交戦が開始されるが、劣勢である。先発部隊で敵戦力を見極めて第2陣を送り込んだが目測を誤ったというところだろうか。
 前哨基地もパニラマクア要塞に対して反撃を始める。数は少ないがチャージが終了していたビーム砲が発射された。ビームは土累によりある程度防がれたものの一部は被弾し、土累も大きく損壊した。
 ところでパニラマクア要塞の前方に築かれたこの土累だが、付近の土が削られた様子はない。では、この土砂はどこから現れたのだろう。その答えがすぐに明らかになることとなる。
 劣勢だった第2陣が撤退を始めた。さらに戦力を増強しての第3陣に合流させるつもりだろうが、機軍とてそれを黙って許しはしない。殲滅すべく追撃する。何せパニラマクアが総攻撃を仕掛ければこの前哨基地はひとたまりもない。その戦力差故の潜伏遠隔攻撃だ。削れる戦力は削っておきたいだろう。
 撤退するバルキリーを追い、機軍の陣形は長く伸びた。その背後、追撃部隊と前哨基地の間に、突然バルキリーの一団が出現した。地面から染み出すような現れ方。それもそのはず、まさに地面の中から現れたのだ。
 地中にトンネルが掘られていて、そこを通って次々とバルキリーが現れている。土塁はそのトンネルのために掘り出された土を積み上げたものだった。
 機軍の追撃部隊は挟撃されている。とは言え、トンネルから現れたバルキリーの伏兵部隊も前哨基地との間で挟撃状態、乱戦だ。バルキリーの出方は伏兵で追撃部隊を踏みつぶし、残骸を回収しながらそのまま撤退。機軍はその背後から伏兵を攻める流れである。
 前哨基地から伏兵部隊に向けてビーム砲が放たれた。高威力のビーム砲は大地を穿ち、トンネルをも中にいたバルキリーごと分断する。地上にいたバルキリー達は壊滅状態だが、分断されたことで出口が増えたトンネルからは次々とバルキリーが現れて瞬く間に挟撃状態を再現した。
 機軍の追撃部隊は、それとまともに応戦しようとしない。これまでに発生した大量のスクラップを回収し逃げ帰るつもりのようだ。本拠地で迎え撃っているバルキリー達と違い、機軍はエネルギーも戦力も限られている。戦うより、スクラップを掠め取ってパニラマクアのリソースを削る方がダメージになると判断したのだ。一方、バルキリー達もこの状況なら戦うよりリソース確保を優先するらしい。戦闘というよりは物拾い大会になっている。
 結局、そのスクラップ拾い合戦は拮抗した。機軍は恐らくこれからも援軍が駆けつけるだろう。そうであればスクラップ拾い合戦が優勢でないと次の戦いでは不利になるだろうが、機軍がこれまでちまちまと溜めてきたエネルギーを使わせたのは成果と言えよう。
 むしろ、そのエネルギーを弾けさせようと動いていた人間達にとっては余計なことをしてくれたとも言えるが、いずれまた溜め込むだろうし、それを待たずとも今溜め込んでいる分だけでも弾ければ十分痛手になる。どちらであれミサイルが炸裂すれば機軍前哨基地は壊滅する。違いは爆発の派手さと残骸が残るか跡形もなくなるかの差くらい。
 乱戦は終了し、パニラマクアも貴軍の前哨基地も次に向けての準備に向けて動き、辺りには静寂が戻った。
 そして、次は人間達の横入りのターンだ。