ラブラシス機界編

6話・有害か無害か

 翌朝。ブロイはまずバルキリーの電源を入れた。しばらくすると、昨日のようにミニチュアが動き出し、何事もなかったように作業を始めた。ある意味一安心だ。それでいて、ある意味で安心できない。この先どうなることやらだ。
 誰か暇な人がいれば見張らせることも出来るのだが、なにぶん今はリカルドたちでさえ忙しい。任された以上、自分で何とかするしかないだろう。バルキリーを監視するカメラの映像を携帯端末から見られるように機材をセットする。最悪これが喰われるかも知れないが、喰われたらすぐに分かるのでそれはそれで見張りの役目を十分果たしていると言えよう。
 カメラをセットしている間にも、昨日製造中だった新しいミニチュアバルキリーが完成したらしい。思った以上に大きな機体で、親指の第一関節くらいはある。虫ならそこそこ大きい部類に入るサイズだ。これが次世代の破片の回収係になり、昨日まで回収に当たっていた機体が解体に当たっている。そして、昨日解体していた米粒大は消え失せていた。世代交代が進んでいるようだ。
 作業効率も飛躍的に向上しており、見ている側から元バルキリーのボディがぼろぼろと崩し落とされ、それが速やかに回収されていく。このペースならこのボディはもう一日持つかどうかだ。時間稼ぎにならなるかと思い、取り外されて近くに置かれていたバルキリーの背中だった板切れをバルキリーの側に置いた。
 この後、周りにある機材なんかを食い始めないかが心配だ。どこかに隔離しておかないと危ないかも知れない。が、今はそんな暇はない。リカルドたちの訓練の様子も見に行かねばならないからだ。
 しかし、対策は考えてあった。適当に調達したスクラップを作業台の端に転がしておく。これで、他の機材に手を出そうとするまでの時間は稼げる。ただ、単純に餌が増えてバルキリーの増殖が早まるだけのような気がしないでもない。その点には目を瞑り、ブロイはラボを後にした。
 たった一日ながら、リカルドとラナはそれなりには上達したらしい。特に、リカルドはセンスもいい。いいオペレータになれるかも知れない。慣れないことをやらされてついていけなくなっていないかを見に来たのだが、全くの杞憂であった。
 ラナは人並み、ガドックだけは飲み込みがいまいちだが、ドワーフという種族の性質もあってのことだ。ドワーフは大概、時間をかけないと物事を覚えられない。その代わり、体が操作を覚えさえすれば間違いなく優秀なオペレータになる。だからドワーフは大概オペレータを務めることになるのだ。飲み込みの悪さゆえ、晩成型になるのは仕方ない。即戦力としては期待できないが、後々確実に力をつけてくるはずだ。結局、ガドックも人並みであろう。これなら心配はいらないし、今後こまめに見に来る必要もなさそうだ。一つ、心配事が消えた。

 そんな野暮用を済ませたら次は偵察機のオペレーティング。暇を持て余していたから誘われたはずだが、すっかり忙しくなったし、だからといって打ち切れるほど暇潰しとして済ませられない状況になっている。遊んで暮らしていたレジナントでの生活が懐かしい。もっとも、あの時はバカンスと呼ぶにはいささか窮屈すぎる生活ではあった。得体の知れない機械にウィルスを仕込むべく頑張っていたニュイベルはともかく、それを見ているしかないブロイには極めて退屈な日々だった。あれよりは忙しい方がマシだ。まあ、それにも限度はある。今くらいがちょうどいい。
 パニラマクアの奇妙な要塞を更に観察すべく、より偵察設備の増強機材を運搬することになった。昨日と同じコースでパニラマクアを目指す。夜のうちにレジナントの先にまでは運んであり、出発後も昨日と違いリレーポイントは設置する必要がない。その分も含めて幾分早く到着するだろう。ただ、それでもすぐにパニラマクアに到着するわけではない。それまで、現状の偵察機で偵察を行う。新しい偵察機材輸送の安全も確認しなければならない。そのために輸送コースもあらかじめ偵察する必要がある。
 小型偵察機を起動させる。これも昨日一機壊されているので補充を行うそうだ。周囲に機軍の姿は無し。調査するなら今のうちだ。飛行を開始、要塞のバルキリーに見つからないように周囲を旋回しながらデータを集める。
 要塞は昨日見たときよりも成長していた。中央の不気味なバルキリーの集合体が更に盛り上がっている。まるでパンケーキが膨らんだかのようだ。おかげで、高く飛ばなくても中央の奇妙な盛り上がりがはっきりと見て取れる。這い回るバルキリーの数も増えている。昨日撃退した機軍攻撃機の破片を材料に増殖したのだろう。
 これを見ると、放置しているこちらのバルキリーの様子が気になる。が、今は手が離せない。ブロイは携帯端末で監視カメラの映像を呼び出すが、別段大きな変化なしである。……見た感じでは。
 偵察映像に目を戻す。よく見ると、周囲の要塞壁面部分をバルキリーが切り崩して食らっている。これも新しいバルキリーの材料にする気だろうか。こちらは変化はあったが取り立てて動きはなさそうだ。とりあえず、機材輸送の安全は確認できた。なんだか、パニラマクアの有り様はこっちのバルキリーの行く末を示していそうな気がしてならない。
 ラザフスから撤退した機軍の戦力といい、まるで無防備なこちら寄りの要塞群といい、この機軍の沈黙は不気味だ。ラザフスから撤退した機兵たちは今、ラブラシス周辺だろう。これからグラクーに止めを刺しに戻るのか、それとも増員しこちらに攻めてくるのか。予断を許さない。
 偵察設備の増強が完了すれば、パニラマクアから先の様子も偵察することが出来るかも知れない。少なくとも、パニラマクア要塞の細かいデータは取れるようになる。もっとも、それまでに機軍が攻めてこなければ、だが……。

 夜になり、レジナントの要塞を調査していたニュイベルたちからも報告があった。興味深い事実が次々と見つかっているそうだ。
 解体が進むレジナントの要塞の、その外壁部分の防衛設備を制御するユニットからもウィルスが見つかっている。それがニュイベルのばらまいたものであれば何の問題もない。しかし見つかったウィルスは、そのニュイベルがばらまいたウィルスの原型である『ルナティック』をベースにしているのは確かなのだが、かなり構成が違っているようである。ニュイベルのばらまいたものを改造したのかどうかも判別できないそうだ。
 一方、ニュイベルがばらまいたウィルスは町を中心とした極めて狭い範囲でしか発見されなかった。外側のブロックは、町や核を含む内側のブロックとは構造的に隔てられているようで外には広がっていかず、しかも処理能力の高い要塞核にウィルスがすぐに見つかってしまったようだ。
 ただ、そこからが奇妙なのだ。ウィルスを発見した要塞核は、ウィルスの駆除は行わず、それどころかより悪質な破壊を行うものに改造して辺りにばらまいたのである。これらは要塞核周辺から見つかっている。
「そんなことをしたら、自分がぶっ壊れるだろ」
 ブロイは呻くが。
『そうでもないぜ。何せ、あのウィルスはまともな機械にしか感染しない。要塞核は構造がとことん異質だ、感染なんかしないさ』
 ニュイベルはそう言い切ったが、明確な根拠はない。周りの機械と要塞核は見た目も構造も全然違うが、内部のプロトコルが同じであればウィルスは発症するはずだ。だが、要塞核の行動もまたニュイベルの考えを裏付けるものだ。自分に効果が無いウィルスならば、いくらばらまいても自分はなんともない。
 とにかく、今の所少なくとも3つのタイプのウィルスが発見されていることになる。ニュイベルが撒いた物、それの改良あるいは改悪版、そして、由来不明の物。こうして見ると、レジナントはウィルスまみれである。そしてそうなると、更に一つの可能性が出て来る。
『お前の言い分じゃないが、どうやら不良はそっちのちっこいバルキリーだけじゃなかったようだな。この要塞の核も相当ないたずらっ子だ。些かタチが悪すぎるがな』
 少なくとも、改悪版をばらまいた犯人は要塞核以外に思いつかないのである。
 謎が増えたとは言え、調査の結果が芳しいのでニュイベルも上機嫌だ。だが、残念ながらこの男に上機嫌は似合わない。気味が悪く感じる。
「いや、待て。パニラマクアのこともあるからな。バルキリーみたいな形をした奴は他の機械と仲が悪いのかも知れん」
 ニュイベルはパニラマクアのことをまだ詳しくは知らなかった。ブロイは派手な同士討ちのことを教えてやる。
『ほう、そりゃあ妙な話だ。機械が敵と味方を間違えるなんて事はないぞ。俺たちがいくら敵に似せた機械を送り込んでもすぐにバレるくらいだ』
「ああ、奇妙だ。挙げ句、共食いまでしだすしなぁ。あの要塞もどこかからウィルスでも仕込まれたのかね」
 そうは言うが、ブロイもその可能性は低いと思う。ウィルスは機能停止を招く物であり、ウィルスを改造してばらまくような異常行動を引き起こさせる類いの物ではないのだ。
『そもそも、あのルナティックってのからしてどこから来たのか不明だもんな。てめえで使っといて何だが、なんかきな臭いぜ』
 要塞核になっているバルキリーは未だほとんどが謎に包まれた機械であり、それを狙い撃ちして異常動作を起こさせるウィルスなど誰にも作れないはずだ。ましてや、それを前線からいくつも要塞を越えた場所にある奥地の要塞に感染させるなど、そんな事が出来る人物がいるという話は聞いたことがないし、いるとも思えない。
「その辺はよ、要塞の核を詳しく調べりゃなんか分かるだろ。任せたぜ」
 面倒そうなのでブロイは丸投げした。ニュイベルとしても、任されてもどうしようもない。つまりは誰もどうしようもないと言うことだ。今のところは、幸運が答えを運んできてくれることを祈ることしかできないだろう。
 ニュイベルは話を変える。
『そっちのバルキリーはどんな様子だ?』
「相変わらずだな。そろそろ周りの機材を溶かしかねねぇ。そうなる前にどこかに隔離しておかないとな」
『しかし、わざわざ自分を解体してまで何をする気なのかね』
「大穴開けられて本体が剥き出しなのを何とかしたいんだろう。あれが乙女だって言うんなら、丸裸みたいな物だからな。……今のうちは無力とは言え、奴の最終的な目的が分からないと流石に怖いな。本当に、機軍と敵対しててくれればいいんだがよ、近付くものは全部敵だと認識してることも考えられるしなぁ。俺に対する舐めきった反応も、勝てないうちは手を出さないって言う方針かも知れないし」
『どうやら、本当に俺たちが頑張って連中のことを解き明かさないとどうしようも無さそうだな……。それで、機軍の方はどうなっている?ここに攻めてくる様子はないか』
「まだまだだ。パニラマクアを素通りできると想定しても、休憩を挟みながらだしここまではあと10日はかかるさ。しかし、パニラマクアよりこっちからは本当に何もいなくなってるんだな。見張りさえいねぇぞ。今ならアレッサも攻められたんだが……」
 今、無防備になっているアレッサを攻撃できない理由。ラザフスで失った戦力を補充するためにこちらの戦力を削られたと言うこともあるが、それ以上に問題になること。それは、ラザフスを襲った敵の大群がそのままグラクーに攻めてこなかった理由と同じである。エネルギー補給の問題があるのだ。
 今のレジナントのオイルの泉は、人間たちには使えない要塞という覆いがすっぽりと被さっている状態だ。ここで補給を行うことは出来ない。要塞を撤去し終わっても、オイルの泉を汲み上げる装置の設置が中央から装置と技術者が来ないと出来ない。バティスラマからレジナントを飛び越えてアレッサを攻めるのは効率が悪すぎる。まずはレジナントを解体し、補給基地くらいは設営しないとアレッサを攻められたものではない。向こうもそれを分かっての上でのこの無防備ぶりなのだろう。だからこそ大手を振るって偵察も出来るのだが。
 もう夜も遅い。お互い忙しい一日だった。愚痴を言い合う暇があるならとっとと寝るに限る。ブロイは通信を切った。

 また朝が来た。折角囚われていた要塞から抜け出して帰ってきたのに、寝る前に毎回通信とは言えニュイベルと話しているのでは要塞にいた頃と何ら変わりはしない。それどころか、その頃におやすみの挨拶くらいは交わしていたラナすら近くにいないのだ。何と色気のない生活になってしまったことか。
 そして、更に寂しい現実。バティスラマから、多くの女性が研究や作業のためレジナントに乗り込んでいる。この辺りはすっかり男だらけになった。別に、レジナントが女だらけになっているわけではない。余所から来た手伝いの作業員が男だらけで彼らを優先的にレジナント送りにしたので、バティスラマに男が取り残されたのだ。
 のそのそと起き出したブロイの今日のスケジュールは、昨日とほぼ同じである。手始めに、ボディは跡形もなくなり、囮として設置したスクラップに手を出し始めたバルキリーの電源を入れに行く。電源を入れる前に鉄の枠で囲うことにした。この囲いまで溶かし始めればもう時間稼ぎにしかならないが、時間稼ぎが出来れば十分だと思うことにする。
 電源を入れると、昨日のようにミニチュアのバルキリーが順番に出てくる。ミニチュアと言っても一番大きいリーダー格らしき個体はだいぶ大きく育っている。今や拳大にまでなっていた。囲いが少ししょぼすぎる気がする。こんな囲い、乗り越えるどころか踏み倒されそうだ。いや、むしろこれも餌にされるか。だが、バルキリーは餌のスクラップが優先で囲いから逃げようとするそぶりは今の所見せていない。問題はそのスクラップがどのくらい時間を稼いでくれるかだが……。あまり、長くは無さそうだ。
 放って置いたらえらいことになりそうなバルキリーと対照的にもう放っておいても良さそうなイレギュラー3人組の様子も、ブロイは律儀に見に行った。そして、やっぱり見に来る必要はなかったなぁと思うくらいにオペレーティングの腕前を着実に伸ばしている。
 頭よりも体で技術を覚えるドワーフのガドックはまだまだ操作の仕方をど忘れすることが多いようだが、リカルドとラナは一足先に適性試験を受けられるほどの熟練度になった。もっとも、この短期間でこれだけ操縦を身につけたのだから、適性試験の結果は分かり切っている。
 ガドックの方は気長に訓練を続けることにし、それと並行してレジナントから運ばれてくる資材の手作業による処理を手伝わせることにした。ドワーフであるガドックに向いた力仕事だ。
 現在、レジナントとバティスラマを結ぶレールを敷設中である。これが完成すればローコストで大量の資源なり機材なりを運搬できるようになるが、今はまだ空輸か荒れ果てた荒野をタイヤやキャタピラで横断するしかない。だからこれでもまだまだ運び込まれる量は少ないと言える。レジナントの全てをここに持ってくるわけではないが、最終的にはあの要塞丸ごと一つがスクラップになるはずだ。それを考えれば、ここに積まれたスクラップなど、物のうちにも入らないだろう。
 この、小山でさえも。
 まだ序の口とは言え、資源の乏しい外郭が活動の中心だったブロイとしては、今までに見たことのない量のスクラップだ。これだけあれば、新しい外郭が半分くらい作れそうである。
 その選り分けを多少手伝いはしたが、すぐにうんざりした。これは、ねばり強い性質を持つドワーフでなければ心が折れる。……などと、退屈以外に対しては堪え性のないブロイは思う。幸いなことに、偵察がこの後にあるため、この作業を長いこと手伝わずに済む。時間に余裕も持たせて偵察を手伝いに向かうことにした。

 余裕をもって踏み込んだ遠方偵察作戦本部は、余裕など皆無の状況だった。
 本部などと名前はついているが適当な空き部屋を占拠しているだけのその場所では、他に用事もあってのんびりと顔を出しているブロイら以外のメンバー、その中でも特に際立って暇な連中は早い時間から作業を始めている。偵察機の動作確認や周囲の安全確認など、とっとと済ませておきたいようなことをとっとと済ませてくれるわけである。騒いでいるのはそんな連中で、まだ準備真っ最中のはず。多少早めに準備が片付いたとしても今日のメインはパニラマクアのその先、永久要塞バルナンドスの偵察である。まだその前のパニラマクア巡りも終わってはいないはず。ならば、パニラマクアに何かがあったか。
「どうした、なんかヤバいもんでも見つけたか」
「ああ、そうだ。パニラマクアに恐らく機軍が集結しているんだ」
「な、なんだってぇ!?」
 彼らの慌てふためく姿を見た時点で予想はできていたが、実際に聞くとやはり驚きを禁じ得なかった。
 機軍の到来に気付いたのは昨日パニラマクアに運び込んだ新しい機材の動作確認も含めての準備作業中だった。その中には広範囲をカバーできるレーダーもあり、そのレーダーがパニラマクアの更に向こう、バルナンドス方面に存在する何かを検出したのだ。
 レーダーの検出範囲ギリギリにいくつかの光点が見える。パニラマクア北東の平野。炎の海からの煤煙を含んだ風を背に、要塞に向かう位置だ。この距離で検出できるのはよほど巨大な個体か、さもなくばかなりの大集団という事になる。バルナンドスとは方角が少し違うし、距離が近すぎるので要塞そのものを検出したとは思いにくい。既にその方面に偵察機を飛ばしているところだ。じきにそちらの様子も分かるだろう。
「まさか本当にこっちに来るとはなぁ……。どうする?」
 確かにこの事態を想定し防衛を強化しているところではあった。だが、これほどまでの大軍勢が一気に押し寄せて来るというのは想定を超えている。そもそも、ラザフス攻撃隊を襲った敵戦力がこちらに来るにはまだ時間がかかるはず。と言うことは、それとは別にこれだけの戦力がいたと言うことだろうか。
「こいつらがここに来るまでにはまだ時間があるだろう。それまでに守りを固めてトンズラだな」
 ティスカルダムの発言にゲラスは頷いたが。
「いや、待て。そもそも今のパニラマクアの要塞は挙動がおかしい。どうなるかわからねぇぞ。攻めたいのはそっちなんじゃないのか」
 ブロイはそう言うと、待機中の偵察機を要塞に向けて発進させた。
「同士討ちしてたんだっけ?ニュイベルが撒いたっていうウィルスがうつって暴走してんのかねぇ」
「あんなところまでこんなに早くいかねえだろ……。それに、暴走してるにしちゃあやけにまともに動いてるし」
 などと後ろで言い合っているうちにもすぐそばのパニラマクアは視界に入ってきた。一晩のうちに更にその姿を変えている。大きさは変化していないが、目立つのは全体から飛び出している十本近くにのぼる棘。先端は尖ってはおらず、きらりと光る。レンズのようである。これは遠くを見るための望遠鏡か、さもなくば……レーザー砲。
「ほれ見ろ、要塞の方も臨戦態勢だぜ。こいつは潰し合ってくれる」
 あの棘がレーザー砲でなく望遠鏡だとしても、それで見なければならないものがあるという事。あの要塞がまだ機軍とよろしくやっているなら機兵を侍らせて見張り役にしてやればよい。ああして手ずから監視するなると、やはりその相手は機軍ではないかということになる。
 そしてもう一つ。あの要塞には今、敵の襲来を知る手段があの望遠鏡による目視のみかも知れないということだ。だとしたら、望遠鏡では到底見えないようなところに集結している機軍の存在を知らせてやった方がいい。
「偵察機を使って教えてやるってのはどうだい。機軍の集団の方向から近付いてさ」
 そのゲラスのアイディアを採用することにした。だが。
「プロペラの機兵なんていねえよな……。バレないか?」
 機軍にも飛行タイプの機兵はもちろん存在する。しかし、ジェットエンジンで高速飛行する飛行機兵はもちろん、浮遊機兵と呼ばれる低速・ホバリング型も動力は気球か下向きのジェットでありプロペラではない。どうも効率は良くとも小回りが利かずバランスを崩すと立て直しにくいプロペラは使いたがらないようだ。そもそもプロペラまで使って燃料を節約しなくてもよいのだろう。
「あー……。うん、そん時はそん時だ」
 所詮はドワーフの浅知恵であった。まあ、もう採用しちゃったんだしそもそも他に使えるものなどない。強行する。
 要塞を大回りで迂回して偵察機を機軍集団がいる方角に移動させ、そこから要塞に接近させる。バルキリーが気付いた。一機、こちらに近付いてくる。すぐに攻撃されるかと思ったが、そんな様子はなくただこちらをじっと注視しているようだ。
「このまま機軍陣営の方に飛ばして誘導しよう」
 自分で言ったとおりに操作するブロイ。注視していたバルキリーが追いかけてきたが、すぐに後ろから追いかけてきた別の個体に交代した。一回り大きく、4本の足の先端にそれぞれ車輪がついている。機動力が高そうだ。攻撃はせず、後を付ける気満々とみていいだろう。
 車輪で動きやすい平坦な場所を選んでバルキリーを誘導する。機軍は都市同士を結ぶ街道と都市周辺の平地いわゆるフラットサークルから外れた丘陵地帯に潜んでいる。車輪で行くには厳しい場所だが、地形が険しくなればタイヤを引っ込めて足で動けるようで、ペースこそ落ちたもののちゃんとついてきた。時折ピヒョフーンと言う感じの形容しがたい音を鳴らしている。機軍がその音に引き付けられないか不安ではあるが、距離もあるしむしろ寄ってきてくれた方がバルキリーがその姿を確認するのも早くなって良いのかもしれない。
「なあ。そろそろこっちのエネルギーが切れそうなんだが」
 確かに、機軍の陣地を偵察している機体のバッテリーは現在位置に到達するために使った分と同量を示す赤ゲージの先に僅かな黄色ゲージを残すのみになっている。もう少しで自動帰還モードに入るし、できることなら多少の寄り道ができるくらいのエネルギーは残しておきたい。
「しょうがねえ、エスコートはここで終わりだ。お先に行かせてもらうぜ」
 画面の向こうの上それでも遠巻きなバルキリーに一声かけ、ブロイは偵察機を先に進めた。
 やがて前方に機軍の陣営が見えてくる。まだ機軍は沈黙していた。びっしりと規則正しく地面に並んでいる。体が痒くなる様な光景だ。かなり遠巻きではあるが、大集団であるだけに遠くからでも大雑把な様子くらいは判る。そして、あちらからはこの小さな偵察機など見えはするまい。
「うげえ……。これ、こっちに来て欲しくないなぁ」
 分かってはいたが、改めてみるとやはりとんでもない数であった。
「グラクーみたいになっちまうもんなぁ……。じゃこっちのは引き上げるぜ」
「おうよ」
 言葉通り、これまで機軍の陣営を偵察していた機体は帰還するべく飛び立った。
 誘導してきたバルキリーはちゃんと真っ直ぐに機軍陣営に向かってくれているようだ。見つからないように一旦迂回する。このまま何事も無く帰還するかと思われたのだが。
「ん?なんだこれ」
 真っ先に口にしたのはゲラスだったが、それが画面に映った瞬間に誰もがそれに気付いただろう。パニラマクアから機軍の陣営に向かって一筋のラインが見えたのだ。
 攻め入るバルキリーの軍団、には見えない。地平線に近い所だと辛うじて線に見えるが、あまりに数が少なく疎ら過ぎた。しかし、バルキリーらしいのは近付いてみると確認できた。一機一機がさらに細いラインで結ばれていることも。
「これは……ケーブルか」
「拠点でも増設するのかね」
「それにしては前に出過ぎているしケーブルも細すぎないか?これをベースに少しずつ構築するにも時間はないし」
 推測するのは勝手だが、考えてわかるものでもあるまい。恐らくこのラインは機軍陣営付近まで伸びている。交代した偵察機で見たほうが早い。それに偵察機のバッテリーにはのんびり観察する余裕もない。その証拠に、警告表示とともに自動帰還モードに入ってしまった。基地に直行するモードであり、こうなるともう一切操作はできない。
 交代した偵察機は機軍陣営付近に到着。こちらは特に変化はないようだ。……いや。ひとつ巨大な影が動いている。あれは機軍の移動式補給ステーション、通称『子守亀』が折りたたまれた姿であり、まさに亀のような姿をしている。陣営から離れていく動きからして、補給は終わったという事か。
 そして、程なく機軍が移動を開始した。一方、偵察機を追跡してきたバルキリーも着実にこちらに近付いてきている。
 遭遇まで、あと僅か。