ラブラシス機界編

5話・変異

 長きにわたる戦いでラザフス要塞は防衛設備の大部分を破壊され丸裸にされていた。その上でもさらにグラクーは万全の体制を整えラザフスに攻撃を仕掛けた。要塞としての機能が停止し自爆したとしても、残された残骸を回収し占領拠点を築かねばならない。速やかにその段階に移ることも視野に入れ、作業のための人員もグラクーに集まっていた。
 だがその時、遠くから空を埋め尽くすほどの機械の援軍が駆けつけてきたのである。今までに見たことのない規模の軍勢だった。
 機軍攻撃機の雲霞から、ビーム砲の雨が降り注いだ。それは壊れかけたラザフス要塞諸共、要塞を攻略中だったグラクーの攻撃機を破壊し尽くした。
 人間の軍勢も、戦闘は全て遠隔操作で行っている。今回の襲撃で死者は出ていない。だが、被害はあまりにも甚大だ。
 グラクーはもとより、その近隣から可能な限りの攻撃機を集めてラザフス攻撃に臨んだのだ。それが全滅させられた。限りある資源がごっそりと敵に渡ったことになる。グラクーは攻撃の手を一気に失ったのだ。更に言えば攻撃機の戦力はそのまま防衛に回すこともできる。攻撃ができなくなったという事は、防衛も覚束なくなったことを示す。
 奪還したラザフスを敵の攻撃から防衛するための砲台などがグラクーに集められていたので、それを使えばある程度は防衛できるだろう。だが、総攻撃中の攻撃機を忽ちの内に全滅させるだけの戦力だ。それが攻め込んできては時間稼ぎにすらならない。
 平たく言えば、勝利を確信していた状態から一転し、壊滅秒読みという状態に入ったということだ。更に言えば、大量の攻撃機のスクラップという資源がほぼ機軍に奪われたと言える状態になっている。これから、防衛のためにも反撃のためにも速やかに兵器を増産する必要がある。しかし、十分な数を揃えるには時間も掛かればそのために資源の調達もまた問題になる。壊滅した攻撃機の資源は諦めざるを得なず、代わりにどこかから資源を確保してこないといけない。だが、先の総攻撃にその大部分を割いたため、ここから更に資源を捻り出すには町を一つ丸ごと一つ解体して回収するくらいの覚悟が必要になる。
 しかし、恐らく敵もこのままグラクーに攻め入ることはない。戦いで使ったエネルギーの補充をする必要があるからだ。とは言え、ラザフスが陥落した訳ではないので補給は壊れたラザフスでも行える。修復作業と並行であってもエネルギーの補充にはそう時間は掛からないだろう。そのため防衛については迅速な決断が必要だが、その短い時間の間に防衛に十分な装備を用意できるとは思いにくい。恐らくはグラクーを捨ててその隣のミフェンロを要塞化するのではないだろうか。
 などと、反対側での戦略について考える余裕はバティスラマにもありはしない。敵軍にそれだけの兵力があったとなれば、いつそれがこちらを攻撃してくるか分からない。ここでも武装を強化しておく必要がある。
 こちら側では今の所幸いなことに、機軍戦力はレジナントの向こうの要塞アレッサにも見られない。防衛を固める時間はありそうだ。それに、レジナントは資源の山だ。無傷でこちらの手に落ちた核部分は研究対象として貴重だが、中心核の溶解から免れる構造のために、既に調査の前例が多々ある外側の武装部分はそれほど重要ではない。搬送コストはとんでもないとはいえ、すぐにでも解体して資材に回せる。現に解体作業が進んでいるところだ。
 それに、レジナントの要塞は暴走の果てに機能停止しただけで、要塞そのものの物理的ダメージは殆ど無い。機軍が戻ってきて要塞核を入れ替えでもすれば、そのまま復活してしまう恐れすらある。特に、要塞核の近くにあるオイル採掘装置周りは早めに解体して使えないようにしないと、もしもの時にはまずいことになる。
 バティスラマには作業を急ぐためより多くの人員が集結し始めた。殆どが要塞の解体作業のために集まった人員だ。
 しかし解体されて出た資源の大半はグラクーのために使われる。直接グラクーに運ばれて行く訳ではない。グラクーはとりあえず応急的な対策として、近隣の町から必要な資源をかき集めている。それにより近隣の町から不足した資源をその近隣の町からかき集める。言わば資源のバケツリレーだ。その波はやがてバティスラマの近くにまで来る。そこに資源を補充する訳だ。しかしバティスラマはバティスラマでさらなる防衛の強化が求められている。直接資源を割くことができない。レジナントを解体してひり出すしかない。
 俄に慌ただしくなってきた。

 暇だったブロイにも招集がかかった。偵察機を飛ばしてほしいとのことだ。暇よりはいくらかマシだが、何とも張り合いのない仕事だ。
 偵察先はレジナントより3つも先の要塞だ。そんな遠くまで飛ぶ偵察機は今までに飛ばしたことがない。そもそも、今までは必要がなかった。レジナントがどうなっているのか、あるいは精々その先の要塞アレッサに敵が集結していないか分かっていれば十分だったためだ。
 今のところ、レジナントはほぼ完全に沈黙しているし、レジナントを越えて攻撃することはないと踏んでのことだろう、アレッサからは戦力が撤退していることが確認されている。今思えばラザフス防衛のために戦力を集めていたのかもしれない。ウィルスを使った番狂わせさえなければ、戦力を消耗し続けていたバティスラマにはレジナントの要塞の防衛システム単独すら打ち破る戦力はなかった。そこを見越してレジナントやアレッサから戦力を引き揚げ、ラザフスに回したということも有り得る。
 とにかく、3つ先の要塞まで戦力がいなければ、まとまった敵襲は当面はない。それに、敵がいないうちに滅多にみられないものをみてしまおうという腹もある。
 偵察機は既にアレッサ付近にまで輸送されている。実質飛ぶのは要塞二つ分だ。発見を避けるためアレッサを大きく回る必要があるため、飛ばなければならない距離は少し長いが、要塞に接近するまではなんて事ないフライトだ。
 偵察機が飛び立った。遠く左前方にアレッサが見える。そしてそれはすぐに真横になり、左後方となった。
 しばらくは何もない荒野が続く。右側には果てしなく山脈が連なっているのが見えた。
 この先はまだ彼らが見たことのない土地。かつてレジナントの町が落とされ機軍の要塞になって以来、偵察機が入るのも初めてだ。距離も離れてきていて偵察機の発信器では電波が届かなくなる。直接ここにまで届くような強い信号を発するには大量のエネルギーを消耗するし、そんな強い信号を発していると敵に気付かれる恐れもある。そこでリレーポイントを設置する訳だ。
 偵察機もここに届く程度の信号を送れば済むし、こちらからの操作もリレーポイントを介して確実に偵察機に届く。これは一度配置すればソーラーでエネルギーを自給するので、壊れるまでしばらく使える。
 リレーポイントの配置も完了し、いよいよ未知の要塞の偵察が始まった。最初の目標はバラフォルテ。百年以上前に機軍に占領された町だ。
 レーダーが要塞の姿を捕らえた。距離が少しずつ縮まる。カメラの映像でもそれらしい姿が確認できる。思ったよりもこぢんまりとした要塞だった。アレッサはかなり大きな要塞だ。それに比べ、このバラフォルテは成長途上と言われるレジナントと同じくらいの規模でしかない。
 恐らく、アレッサに資源を集めるためにバラフォルテの資源を大幅に削ったためだろう。巨大要塞アレッサもレジナントの成長とともに縮小している。ゆくゆくはレジナントがアレッサのような巨大要塞になっていこうとしていたのだろう。
 見たところ、この町にも戦力は見当たらない。さらにその先を目指すことにした。
 ここは既に見たことのない領域ではあるが、どこに目指すべき次の要塞があるのかはおおよその見当はつく。それは、要塞が間違いなくオイルの泉の上に作られるからだ。
 ずっと右側に見えていた山脈の向こう、この世界の中心にはオイルの海が広がっているとされる。黒い煤煙の雲の下に広がる無尽蔵のエネルギーの源、岩山の杯になみなみと湛えられたオイル。機軍との争いが始まる前、そのオイルの海を利用するためのパイプラインが建造された。岩山に穴を開け、長いトンネルが掘られた。長い年月が経ち、パイプラインはすでに腐食し跡形もなく、人間はそのことさえも忘れてしまったが、人間たちが開けた穴からは今でもオイルが溢れ続けている。その吹き出し口がオイルの泉だ。
  要塞も人間の都市もエネルギーが必要不可欠だ。人間が機械の要塞を奪うこと、機械が人間の都市を奪うこと。それは膨大な要塞や町を形作る資源とともに、エネルギーの源であるオイルの泉を奪うことでもある。要塞の名前はかつてそこにあった、機械に奪われた都市の名前なのだ。

 次の要塞パニラマクアが近づいてきた。
 東からの風が煤煙を含んでいる。この東には、炎の海が広がっている。炎の海は表面にオイルが広がり、その炎が常に燃え続けている場所だ。この先、人間は酷い煤煙のために近づけない。もっとも、煤煙が無くとも、機械に占領されたこの土地にはそうそう踏み込むことなど出来はしないだろう。
 この要塞もレジナントと同程度のスケールだ。どうやら巨大化するのは最前線の要塞のみで、あとはこの位の規模で安定するのかも知れない。
 要塞の周囲をなにかが飛び回っているのが見える。機兵達だ。バルーンタイプの典型的な哨戒機で、機動力はないがレーダーに引っかかりにくく見つけにくい。要塞から少し離れたところを取り巻くように飛び回っている。見たところ数は多くないが、慎重に近寄らなければならない。
 偵察機の本体は一旦地面におろし、そこから小型偵察機を飛ばすことにした。偵察機にはこの拳大の小型の偵察機が数機搭載されている。
 映像が小型偵察機のものに切り替わる。映像が小型偵察機の性能相応の若干不鮮明なものになった。サブモニタに切り替わった偵察機本体空の映像には、小型偵察機のプロペラが回り始める姿が映った。
 小型偵察機は哨戒機の隙間を縫って要塞に近付く。思ったよりも遙かに哨戒機は疎らだ。接近する物に対する警戒に当たっているわけではないのかも知れない。
 そして、到達した要塞の壁面に沿って上昇、要塞の上面が映し出される。その奇妙な姿に思わず目を疑った。他の要塞同様、周囲は円筒形の外壁に覆われている。だが、その天井を突き破って奇妙な物体が姿を見せていた。
 歪な半円状のドームに見える。その表面には小さな突起がいくつもあり、そこにカメラなどがあるらしく、忙しなく蠢いている。百の目を持つ怪物のようにも見えた。
 その、百ある目のうち一つが小型偵察機に気付いた。強い光が映し出され、同時に通信が途絶えた。ビーム砲で撃たれたようだ。
 ブロイは舌打ちし、次の小型偵察機を飛ばそうとした。だが、その手が止まる。
 偵察機本機から見える光景に大きな動きがあったのだ。
 要塞の周りを飛んでいた哨戒機が一斉にビーム砲を放つ。あの小さな偵察機にそこまでしなくても、と思うブロイだが、そうではなかったようだ。ビームの多くは要塞を直撃し、要塞がそれに対して反撃を始めたのだ。
 瞬く間に激しい戦いとなった。周りを取り囲んでいた哨戒機は、瞬く間に撃ち落とされていく。一体何が起こっているのか。
 程なく、要塞を取り囲んでいた敵機は見あたらなくなった。
 ブロイは訳が分からないまま、再び小型偵察機を飛ばす。先程まで哨戒機が飛び回っていた辺りなら発見されないだろう。哨戒機もいなくなったので、堂々と高いところを飛んでも多分大丈夫だ。
 相変わらず、獲物を探すように無数の『目』が蠢いている。気味の悪い要塞だ。
 哨戒機の砲撃を受け、最初の小型偵察機を撃ち落とした砲台の辺りは大きく損傷している。だが、巨大な『怪物』にとっては、ちょっとしたかすり傷でしかない。よく見ると、その傷口付近になにかが動いている。
 中型のロボットがその損傷を修復しているようだ。その修復しているロボットに見覚えがある。多少見た目は異なるが、滑らかなひょうたん型のボディ。バルキリーのようだ。レジナントで見つかったものとは違う独自の進化を遂げているらしい。
 よく見ると、要塞周辺にも要塞からかなりの数のバルキリーが這い出してきている。どうやら撃ち落とした哨戒機を回収しているようだ。ビームで分解し、小さな破片にして収納している。哨戒機を切り刻んで貪り食っているように見える。
 よく見ると、『怪物』そのものも数多のバルキリーで構成されているようだ。目のように見える部分はバルキリーの頭部で、ひょうたん型の胴体がびっしりと敷き詰められている。要塞は成長するとこのような形態になると言うことなのだろうか。
 だが、腑に落ちない。それはもちろん、先程の同士討ちだ。一体何が起こっていたのだろう。小型偵察機を発見した要塞が、偵察機を攻撃した。そこまでは間違いない。そして、それに反応するかのように哨戒機が攻撃。今となっては偵察機を狙ったとは思えない。哨戒機が要塞を攻撃し、要塞はそれに反撃した。そう解釈すべきだ。
 パニラマクアで何が起こっているのか、もう少し調べてみる必要がある。

 訳の分からないことばかりだ。
 レジナントの要塞も、パニラマクアの奇妙な要塞も、グラクーの戦況も。
 次から次へと現れる訳の分からないことに、手近な訳の分からない代物、レジナントから回収したバルキリーのことは皆すっかり忘れていた。
 バルキリー調査グループのまとめ役だったニュイベルは、レジナントの調査を最優先するために駆り出され、ブロイも偵察にかかりきりだった。
 得体の知れない要塞を更に丹念に偵察したあと、ブロイはふと思い出し、ラボのバルキリーの様子を見に行った。
 そこには誰もいなかった。ここの研究者が一人残らずレジナントに駆り出されたのはブロイが偵察のため呼び出されてからだ。ただ、誰もいないラボを見てその事情を推し量るのは難しいことではなかった。何せ、バルキリーは調べようがないと結論が出され、ニュイベルらのすることがなくなったところ。暇人は何かに駆り出されるのが今の状況だ。
 薄暗いラボにバルキリーがポツンと置かれ、外部電源ユニットの通電ランプが薄闇の中に浮かび上がっている。部屋の明かりを点けてもバルキリーは反応しない。これ本当に動いてるのかねぇ、などと思いながら覗き込み、ブロイは驚く。
 背中が取り外されて中身が剥き出しのボディの底部分に、小さな虫食い穴のようなものがたくさん空いていた。そして、その犯人らしい小指の先ほどの虫が何匹か這い回っている。
 何だこいつは、と思いながらつまみ上げようとしたが、触れた途端にその熱さに手を引っ込めた。虫も驚いたように逃げ出し、バルキリーの制御装置の中に隠れた。
 これが何かは見当はつくが、念のためサーモグラフィで確認してみると、やはり虫ならあり得ないかなりの熱を持っていた。虫ではない。小型のロボットだ。
 ブロイは慌ててニュイベルに連絡をいれた。
『なんだ?今手を放せないんだが』
「バルキリーの様子が変なんだ」
『……ああっ、電源切り忘れた!ピクリもしないから、電源入ってたことも忘れてた!』
 ニュイベルの大声に、ブロイは通信機を耳から遠ざけた。
「それどころじゃないぞ、バルキリーが食われてる」
『ななななんだそれは』
 電源の切り忘れに気付いたところで追い打ちをかけるように妙なことを言われ混乱するニュイベル。再びの大声を警戒していたブロイだが、今度のニュイベルは絶句したようだ。
「とりあえず状況を送るぞ」
 ブロイはニュイベルにバルキリー内部の映像を送った。虫のような物はロボットらしいと伝える。それを受けてニュイベルがボソッと言う。
『これは……バルキリーのミニチュアか』
「え、そうか?」
『一目で分かるような特徴的な形をしてるだろ』
 肉眼で見たブロイにはただの潰れた楕円形にしか見えなかったが、カメラの拡大映像を見てみると、確かに特徴的なくびれがあった。
 この小さな「虫」がバルキリーだと分かったとき、一つの光景がブロイの脳裏に蘇る。先程偵察したパニラマクアでの一幕だ。撃ち落とされた哨戒機の残骸を貪り食うように回収するバルキリー。それと同じことをしているのではないだろうか
「バルキリーのコアは、手足をもがれて動けない自分の代わりに、このちっこいのに資源を回収させて自己修復しようとしているんじゃないか?」
『むう……。とにかく、そっちは気になるがこっちも忙しいんだ。数日は手が離せそうにない。危険が無さそうならそのまま観察していてくれ。ヤバそうなら電源を切ればいい』
「う、うむ。そうするか」
『じゃあ、そっちは頼むぞ』
 そのとき、今までピクリとも動かなかったバルキリーの頭部が突然動き、ブロイの方に向いた。
「うおっ、動いたっ!?」
『……何で切ろうとしているときにそういう気になることを!いいか、とにかくそっちは任せたからな!』
 通信は切れた。

 さて、どうしたものか。
 任されたのはいいとして、気になるのはさっきからこっちをじっと見ているバルキリーだ。
 パニラマクアの光景が再び蘇る。要塞表面を埋め尽くすバルキリーに見つかり撃たれた偵察機、そして要塞を取り囲んでいた哨戒機もそのバルキリーによって瞬時に壊滅した。
 このバルキリーには攻撃のための兵器は搭載されていないはずだ。そのため、いきなり撃ってくることはないだろうとは思うのだが、兵器をを隠し持ってたりはしないだろうか。そもそも、ボディに穴を開けているのは兵器を作る材料を調達しているのでは……。
 いつまでもビビってはいられない。ひとまずバルキリー内部を撮影する機材を設置する。ブロイの動きに合わせて頭部も動く。じっと見られているようで落ち着かないが、とりあえず攻撃する意志はないようなので、じっくりと内部で起こっていることを観察することにした。
 小さな機械は相変わらず動き回っている。
 ブロイの読み通り、この小さな機械はボディの一部を削ってはコアに持ち帰っているようだ。観察していると、複数いる小さなバルキリーはそれぞれ役割を与えられているらしい事が分かる。ボディを溶かして鉄屑の団子を作る個体と、その鉄屑を運ぶ個体に分かれて効率的に作業を行なっている。ちょこまかと出入りする姿は蟻のようだ。
 とりあえず、このペースならそうすぐには危険な状態になることもないだろう。ここはこのままにして、ここを離れて問題はないだろう。
 保証はできないが、何かあってもそのとき考えればいい。

 掃討戦のつもりで敵地ラザフスに乗り込んだが想定外の敵増援により掃討部隊は壊滅、本拠地も手痛いダメージを受けたグラクーの、最新の状況も伝わってきた。
 小規模ながらも機軍の更なる攻撃があり、外郭基地がダメージを受けている。今度はさすがに人的被害も出たという。陣頭で掃討部隊を率いていたグラクー部隊統括のカントナック中佐が防衛部隊の立て直しのために外郭に留まっており、数十名の兵士や整備工などと共に戦死した。グラクーの士気に大きく響きそうではあるが、人数だけを全兵力からみれば小さな被害であり、マテリアルさえ確保できればどうにか持ちこたえられるとの見通しだ。
 一方の機軍はラザフスに留っている。現在、中央政府軍や近隣都市からの増援部隊が防衛に当たってはいるが、数も心許ないしいつまでも援軍として留まるわけにもいかない。グラクーへの侵攻がいつになるのかは分からないが、それまでにグラクーの自己防衛力をできるだけ高めなければならない。
 とは言え、ラザフス攻撃中の兵器をごっそり奪ったことで敵の戦力もかなり増加することが予想できる。戦いが長引けば陥落させられる危険性は高くなる。グラクー部隊の取るべき戦略は、防衛を固めつつその防衛の戦力を攻撃にも回すことを考え、出来れば先手を打つという所になりそうだ。
 ただ、気になる点がある。予想に反してラザフスの敵戦力が減少に転じているらしいのだ。確かに、グラクーは無力化されたので攻め落とすにしても反撃を待ち受けるにもそれほどの戦力は要らないと判断されたのかも知れない。舐められているのは気にくわないが、グラクー部隊にとって悪いことではあるまい。
 問題になるのは、撤退した敵戦力がどこへ行くのか。暴走しているパニラマクア要塞は機軍と敵対していそうな雰囲気なので、そうであるならその鎮圧に向かうことも考えられる。だが、最悪ならその戦力がレジナントやバティスラマを襲うかも知れないわけだ。パニラマクアを制圧してからこちらに押し寄せてくるのもろくでもない展開だが、パニラマクア攻撃前の景気づけにこちらを潰してからなどと言う事もありえなくはない。
 これまでに機軍の戦力が最前線の都市を迂回し背後に抜けたことはないが、それは人間の都市の場合である。最前線になっている都市は前哨でもある外郭を扇形に配置しており、迂回するからにはそれごと迂回することになるため移動距離が長くなる。また、都市間の最短距離となる直線は人間の手で道路などのライフラインのために整地され、戦いで道路が寸断されていようと周囲の岩場を抜けるよりは効率よく移動できる。逆に迂回しようとすると整地が及んでいない険しい地形を通ることになり、タイヤどころかキャタピラでも行軍は困難となる。空路でその距離を行けばエネルギーの消耗が激しく、のろのろと陸路を行けば都市防衛軍のいい的だ。迂回するメリットなどないのである。
 一方、暴走したパニラマクアは要塞一個分の土地を占有しているにすぎない。要塞が備えている武器がどれほどの射程を持っているのかは分からないが、さすがに平野部全域をカバーするほどの武力があるとは思えない。ならば機軍は近場の平地をいくらでも素通りできよう。アレッサ、バラフォルテがまだ健在である以上、パニラマクアさえ越えれば進軍に何ら問題はない。油断は一切できないのだ。
 ただでさえバタバタしていたバティスラマの防衛軍はさらに慌ただしくなった。

 リカルドたちもいずれなどと言わずに早めに戦闘オペレーション適性検査を受けなければならなくなった。
 もちろん、予備知識さえもない今の状態では適性以前の問題である。ブロイの指導で基礎訓練を行なう事になった。こう見えて、何だかんだ言ってもブロイは歴戦のマシンオペレーター。教えるべき知識には問題ない。何だかんだというのは例えば長らくレジナントに閉じ込められていてマシンオペレーティングにはブランクがあることとか、元来の性格がとてもいい加減でそもそも人に物を教えるのに向いているのかどうかと言うことなどである。しかし、リカルドらと既に打ち解けていてしかも暇と来ているのだから、利用しない手はないといった所でこの人事であった。
 訓練場では他の新人オペレータもまともな教官の下で普通に訓練を行なっている。彼らに混じっての訓練が始まった。
 まずはシミュレータを使っての訓練だ。通常なら学校で小さな子供のうちに必須科目として体験している基礎的なマシンオペレーティングだが、彼らにはそこから叩き込まねばならない。一から丁寧に教え込んでいると学校の先生にでもなった気分になるブロイ。リカルド達も若いだけにか飲み込みは悪くなかった。むしろ、ちっこいガキンチョよりずっと覚えがいい。ただ、子供向けのシミュレータの席は華奢とは言え男のリカルドにはちょっと狭そうである。
 まだまだ下手くそだが半月かけて覚える基礎は一日と経たず身に付いたようだ。あとは慣れ、体が操作を覚えるだろう。初めての体験と言うこともあり、興味深げに操作に熱中している。この調子で練習していればすぐに簡単な作業くらいは手伝えるようになるはずだ。
 すぐに一日が終わり、初日の練習を切り上げた。リカルド達は明日も丸一日練習。どうせ、彼らには他に用事はない。一方、ブロイはやることだらけだ。ちょっと前まで暇だったことが嘘のように忙しい。とは言え、用事はそれぞれ大したものではない。まずは帰る前に一度バルキリーの様子を見に行く。何をしでかすか分からないという点では本物のガキンチョより厄介な代物だ。
 ボディは一日で更に穴だらけになり、むしろ網目状のボディの残骸と言った方がいいくらいになっている。虫のようなミニバルキリーが親の残骸にとどめを刺そうとしている所だ。その中に他のものより一回り大きなミニチュアバルキリーが混じっていることに気付いた。この大きさになれば、バルキリーらしい形をしているのが肉眼でもはっきりと見て取れる。そもそも、小さい方も昨日見たよりはいくらか大きくなっている気がする。ごま粒程から、米粒ほどに。
 いつの間にか、役割分担も出来ているようだ。小さなバルキリーがボディを切り崩して下に落とし、一回り大きな物がそれを回収して運んでいく。昨日見たミニバルキリー達は自分で切り出した分は自分で持ち帰りさながら蟻のようであったが、分業できるようになったのでそこらの普通の蟻よりは進んだと言えるだろう。
 そして、そのおかげもあってだろう、解体作業のペースも著しく上がっている。今目を離したら、解体は終わって次のフェーズに進んでしまいそうだ。しかし、そもそもその次のフェーズはなんなのだろう。なんとなく、更なる獲物を求めて動き回り、そこいらにある物を手当たり次第食べ始めそうな気がする。
 そもそも、その食べたものはどこに行っているのか。結構な割合でその答えは目の前で動いているとは思うのだが、この調子で増え続けるつもりなのだろうか。それとも、取り込んで大きくなろうというのか。そもそも、どこでどうやって新しい機体を作っているのか。
 中を覗いてみるのはどうだろうか。マシンオペレータのブロイなら、偵察機を操作するのは訳のないことだ。超小型の探索マシーンを引っ張り出し、制御装置に潜り込ませてみることにした。このことでバルキリーを怒らせなければいいが。そして、それで怒りそうなのはバルキリーだけでもあるまい。一人で見たと知られるとバルキリーのことを知っている方々の知人達が怒りそうなので、一応この様子も記録することにする。まったく、ある意味ながら気を遣う作業だ。そんな気を遣う、と言うか気を遣っての準備を済ませ、探索機を制御装置内に送り込んだ。
 一見機械らしい機械の姿をしていたバルキリーの制御装置も、中は得体の知れない構造だった。小さな空間があり、その奥に露骨に怪しい穴がある。中では無数の触手のようなものが動いていた。産毛のように細かいが、無数のロボットアームだ。ダンゴムシの腹をみているようで少し気持ち悪い。そして、そのロボットアームは一つの個体を取り囲んでいる。ミニチュアのバルキリー、作りかけの代物だ。やはり、内部で作り出していたようだ。この作業スペース自体は結構な広さがあり、その気になれば結構な大物をひり出してきそうである。残念ながら、ズームされた映像では大きさの感覚は掴めないが、今作られているものもそこそこの大きさに見える。
 寝ている間にやたらと成長されないように、電源を切ってから自室に帰ることにした。電源を切るとバルキリーのミニチュアが慌てて制御装置の中に引っ込んでいった。明日、電源を入れ直したときにちゃんと動いてくれるかどうかはちょっと不安ではある。
 そして寝る前にニュイベルにも状況は伝えておいた。一応映像も送ってある。
 ニュイベルの方も当分帰っては来られないようだ。敵が迫って引き上げざるを得なくならない限り、出来るだけレジナントに留まることになるのではないかとのことだ。このままレジナントへの第一弾移住者と言うことになるかも知れない。もっとも、ブロイだって作業が本格化すれば徴収されてそのまま移住することになるかも知れないので人ごとではない。
 大虐殺があった町で寝るのは流石に気味が悪いので、寝心地の悪い輸送機の簡易寝台で寝る羽目になったと不満を漏らしている。技術者とは言えあの面子では、寝心地のいいベッドを自前で作るというような芸当は望めないだろう。こちらで拵えて差し入れてやると喜びそうだ。もっとも、そんな余裕は誰にもない。そして、辛うじて余裕があるかも知れないブロイにしてみても、男相手にそんなプレゼントをしてやる気など毛頭ないのである。
 あちらに手伝いに行った女達のためになら拵えてやってもいい。懸念すべき事は……その女達が男達にそう言った物を回してしまうことだ。
 まあ、作ってから懸念すればいいや。そもそも、他に懸念すべき事は山ほどあるのだ。そして何より。今は懸念するより寝る方が先である。作ってもいないベッドのことを気にするより、目の前のベッドに潜り込むことこそ最優先なのだ。