ラブラシス機界編

3話・バルキリー

 ブロイの案内により調査隊は町を取り囲む壁に沿って一周したが、外部に通じる通路などはなかった 死体回収のための大きな機械が隠されていた場所はあったが、いずれもさほど奥行きはない。これらの機械が製造され搬送されてきたり、故障時に修復を行うために輸送経路がありそうだが、見つかってはいない。普段は封鎖されカムフラージュまでされている。この町の住民に、この町以外の場所の存在を徹底的に隠しているのだ。
 この町で殺戮を行った機械も見つかった。その姿は蛇を思わせるものだった。うねる長い胴体、そしてその頭部には怒りに満ちた、それでいて不敵に笑う女の顔。骨のような腕の先に血のこびりついた細長い刃が取り付けられている。見るからに気味の悪い、悍ましい姿の機械だ。これもデザインなど無いに等しいと思っていた機械にしては驚くべきものだ。
 暴走して目の前の壁にエネルギーが尽きるまで切りつけ続けたらしく、壁に無数の傷がある。
「ジェノサイドのさなかにウィルスによる暴走が起きたのなら、ジェノサイドを逃れた人間がいるかもしれないぞ。まだ時間も経っていないし、いれば生きているはず」
「探してみよう。だが、人手がほしいな」
 隠れられる場所は開けた公園にはほとんど無い。すっかり静かになった今でも、生存者が外を彷徨っていたりはしない。まだ生存者がいるとすれば居住区に籠っているのだろうが、部屋を一つずつ覗いていくのはかなり骨が折れる。
「なぁに、全ての部屋を回ることはないだろ。見ろ、人が殺された部屋は中から引きずられた血の跡が死体の山に続いている。それが無い部屋は使われてないか、留守だったか、中の奴が生きてるかってことにならないか?」
「既に殺戮が行われた部屋に隠れている可能性は?」
「それもない訳じゃないがな。わざわざ血のぶちまけられた部屋に隠れたがる奴もいないだろ。敵の裏をかこうなんて考えは、何不自由なく気楽に生きてきたここの連中にはないだろうしな」
 試しに手近な部屋をいくつか覗いてみた。いずれも血の跡が中に続いており、それを辿って行くと部屋の一番奥に行き着く。細長い部屋を血の跡が縦断している有り様だ。これでは犠牲者の出た部屋に潜もうとすれば、その血の上に立たされることになる。よほどの精神力が無ければ耐えられるものではない。
 それを踏まえ、改めて血の跡のない部屋を手分けして見て回ったが、結局生存者は見つからなかった。
「ブロイ。ジェノサイドの起こったときのことをよく教えてくれ。ジェノサイドの最中にウィルスが発動したにしちゃ生存者がいないのにもほどがある」
「始まったのがいつかは知らねぇ。俺達ゃあ朝飯の分け前が来るまで寝てんのさ。リカルドらが朝飯をもらいに行ったら様子が変だって知らされてな。見に行ったらおっ始まってたぜ。そんで慌てて戻ってウィルスを発動させたのよ」
「ウィルスの発動はジェノサイドの真っ最中ってことだな」
「いいや、そうでもなかったんだ。発動させるトリガーを発信したのはその通りなんだが、そのレスポンスが返ってくるまでに結構待たされた。ニュイベルの説明小一時間聞かされたぜ。発動したのはその後だ」
 ウィルスと言うくらいだ、それは感染によって広まっていく。そして、発動のトリガーもその感染経路を伝って広まっていくようにできていた。そして、最後に感染した、まだ他に感染させていないウィルスに行きつくとレスポンス信号が発信される。そのレスポンス信号がある程度の数確認されるか、発信が停滞……つまりもうこれ以上広がっていないことが確認出来たら発動する。
「ジェノサイド真っ最中を目撃して、慌てて戻ってトリガー発信。しばらく待たされて発動……か。そりゃまあ、終わってるだろうな、いくら何でも。なんでそんなに時間がかかったんだよ」
「それなんだがな。ま、平たく言っちまえば思った以上に感染が広がってたってことさ。何せ要塞全体にまで広がってたんだからな」
 それだけ広がるという事は、感染の連鎖が順調に伸びていたという事。末端すなわち連鎖の行き詰った場所に中々辿り着かないのも納得だ。そして、そんな疎らな枝葉からちまちまとレスポンスが返ってくる。発動するだけのレスポンスは中々溜まらず、停滞もせず。発動に時間がかかったのは現状と発動システムの相性問題としか言いようがない。
「でもよ、俺らが外に出た時にはまだ、そこいら中から悲鳴や呻きごえが聞こえてたぜ?」
「発狂した機械のモーター音でも聞き間違えたんじゃないのか?」
「んなわけねえ。ありゃあ間違いなく人の声だった」
 ブロイ達はジェノサイドの中心地である公園の側を通ったのだ。真っ先にジェノサイドが始まり、そしてそこから多くの人が逃げ出した場所。機械たちは逃げた人を追ったか、あるいは待ち受けたはずだ。そして、街中でのジェノサイドも遅れて始まる。広場であれだけ生きた人間の声がしたのだ。町に逃れた者たちにはまだその手の及んでいない者も居たのではないか。
 だが、そんな期待に水を差す指摘があった。死体をじっくりと見ていた調査員が立ち上がり言う。
「この死体を見てみろ。どれも酷いめった刺しだ。それでいて心臓や頭は無傷だぜ。これなら死ぬまでに時間がかかる」
 そんな物、見てみろと言われてみたところで見たくなどないのだが。とにかく、致命傷は受けても即死ではないという事だ。呻き声くらいならいくらでもあげられる。ブロイ達が聞いたのは死につつあったが止めを刺されず、悶え苦しんでいた住人の呻きだったのだろう。
 考えれば胸糞悪い話だ。そもそも、ただ機械に人が殺されると言うだけも気分のいい話ではない。
「しかしまあ、何だってそんなことを。まるで楽しみながら殺しているみたいだ」
「楽しむ?連中にそんな感情がある訳無いだろ。まあ、効率ばかりを優先してる機械にしちゃ、ここまで何のためにやってるのか分からないものも珍しい。そもそもなんでここで人間を育てているのか、それからして謎だしな」
「そういうややこしいことは頭を使うのが専門の連中に任せておこうぜ。まあ、連中は今頃さっきの戦乙女とやらの体を弄り回しているころだろう。死体の山の前で、死体の臭いを嗅がされてばかりじゃ気が滅入っちまう。今日のところは引き上げよう」
 まずはこの死体を片付ける作業から始めなければならないだろう。しばらくは気の滅入る仕事が続きそうだ。
「しかし、要塞全体がイカレてよく無事で帰ってこられたもんだな」
「ああ。開閉もしなきゃ明かりさえないんだしな」
 ブロイはこの後に例の変な機械が壁に穴を開けてくれたおかげだと続けようとしたのだが。
「そうじゃねえ。要塞の完全沈黙なんて、自爆一直線コースだろうがよ」
「あ」
 そう言えば、そうである。すっかり忘れていたが、撃破された要塞は内部に蓄えたエネルギーの制御を失い、大爆発を起こす。要塞に爆発しようという意思があるのかどうかはわからないが、見た目から自爆と呼ばれている現象だ。機兵で当たり前に起こることであり、サイズが大きな要塞であっても例外ではない。その自爆のために大概要塞は大部分が吹っ飛ぶ。今回、要塞がほぼ原形のまま残ったことが注目される理由にも繋がっている。
 ウィルス・ルナティックにより機能停止した機兵が自爆せずに回収されることも多いが、それはあくまでエネルギー切れを起こすまで暴走し続けた結果だ。今回のような場合は要塞に残されたエネルギーで爆発が起こってもおかしくない状況だったのだ。
「ラッキーだったぜ」
 と、そんな一言でブロイは片付けたのだが。
「これから俺たちまで巻き込んで爆発するんだったら、ちっともラッキーじゃあねえがな」
 ごもっともである。
「……エネルギー反応は調べてあるんだろ?」
「まさか。どうして?どうやって?」
 要塞の電源機能は完全に停止している。そして、爆発は起こっていない。エネルギーユニットは停止し、エネルギーは残っていないと考えるのが自然だ。そして、そもそも幾重もの壁などに阻まれた要塞最深部にあるエネルギーユニットのエネルギー反応など、どう調べるというのか。今までにそんなことをする必要性が生じたことがないので、そんな手段もないのだ。
「……帰るか?」
「……ああ。もう十分だろう」
 帰りたいという気持ちが、もう十分過ぎるほどに高まったのだった。

 来た道を引き返す調査隊。以前ここから脱出するときに苦労して乗り越えた段差には、調査委が居住区を調べているうちに調査チームが敷設した階段があった。立ち止まることもなくあっさりと乗り越えられる。
 ゲート付近には既に、ニュイベルらも、バルキリーと呼ばれた戦闘機械の姿も無かった。機材の揃った船に持ち去った後のようだ。
 船に戻ると案の定簡易作業スペースで作業が行われていた。バルキリーのボディに穴を開けて内部を調査するようだ。
「よう、いい所に。パスだ」
 ブロイの顔を見るなりニュイベルが機材を作業ごと丸投げしてきた。ニュイベルはこういった機械いじりの作業は専門外。多少なら技術を持ってはいるが、専門家に任せた方がいいのは当然と言わんばかりだ。ブロイとて吝かではないので交代する。
 調査でまずすべき事はエネルギーユニットを切り離すことだ。エネルギーユニットの取り外しを行うのにはいくつか意味がある。
 まず制御ユニットの側なので単純に邪魔だと言うこと。
 この手の機械は外部との接続ポイントを減らすためなのか構造をシンプルにするためか、エネルギーユニットへのエネルギー補充ならびに外部との直接通信のための接続は同一の端子を使用しているため、自ずと制御ユニットとエネルギーユニットは近い場所に配置されている。機械を撃破しエネルギーユニットがメルトダウンしたとき、ほぼ例外なく制御ユニットが巻き込まれているのもそのせいだ。もちろん、このメルトダウンに敢えて制御ユニットを巻き込ませ、解析させないと言う目的もあるのだろうが。
 そして、このエネルギーユニットは高いエネルギーを蓄えられる優れたものだが、その分制御が難しく、制御不能に陥ればすぐにそのメルトダウンを起こす。こうしてエネルギー切れを起こしていてもテストのためにエネルギーを供給すればその一部はエネルギーユニットに流れ込み熱を発生させたり爆発してしまうこともある。そんなエネルギーユニットを内蔵させたままでは扱いにくくてかなわない。それがもう一つの理由だ。
 だが、その作業が思いの外難航していた。普通なら効率などを考えてか、機体の裏側に虫の腹のような装甲の甘い部分があるのだが、バルキリーはボディの全面が継ぎ目無く滑らかになっている。それどころか、エネルギー供給のための端子がどこにあるのかさえ分からないのだ。エネルギーユニットの位置さえ特定できない。
 ただこねくり回して見ているだけでは仕方がないので、中の重要な部分を傷つけないように注意しながらボディに穴を開けることにしたということだ。今はまさにその場所をどこにしようかと場所を探っているところだった。
 外部から大まかな内部の様子を探ってみたところ、中は空洞が多そうだ。ボディの中深くにまとまった構造体があるらしい。どの部分が何のユニットなのかまでは、外部からは探りようがない。それは実際に穴を開けてみるしかない。ボディに接する場所には重要なものはなさそうだ。
 位置を決め、レーザーピックをボディに突き立てた。レーザーがボディに穴を開けていく。単一の金属を焼き切っているときとは違う臭いがする。いつもと違う、なんとなく嫌な感じだ。さらにそこで予想外の事が起きた。ボディから水が染み出してきたのだ。
「何だこれ」
「多分冷却水だろうが……珍しい構造だな」
 ひとまず、中の水を抜いてから作業することにする。これまでの事で、今までの常識が通用する相手でないことははっきりした。いつになく慎重に作業を進める。
 ボディには親指が入れられる程度の穴が開いた。そこからファイバースコープを差し込む。オペレータがモニターゴーグルを装着し電源を入れると、ゴーグルにファイバースコープの捉えた映像が映し出された。その映像は近くにあるモニタにも映し出される。
「なんだこれは……」
 それは、およそ機械の内部とは思えない光景だった。
 外側の装甲部分と内部の構造体をつなぐように針金のような細い金属棒が乱雑に渡されている。そして、その内部の構造体は無数の白い泡状のパーツが組み合わされたような、奇怪極まりない姿だ。
「何だこれは。融けてるんじゃないのか?」
 それは確かに、形のあった機械のパーツが熱で融け、泡立ちそのまま固まったかのようだった。だが。
「融けているならこの細い棒が真っ先に融け落ちて外れるはずだ。この棒はまるでこの泡のようなものから生えてるように見える。新しいタイプの機械だし、構造も一新したんじゃないのか」
「一新し過ぎだろう。まるで生き物の体の中でも見てるみたいだ」
 今しがた抜いたばかりの水が乾ききっておらずぬらぬらとした光沢を放っているのも生き物じみた感じを出している。
 オペレータは手に装着したグラブコントローラで、ファイバースコープをさらに機械の奥へと進めた。
 頭部に向けてファイバースコープの先端が進んで行く。細い棒と泡状の構造体のエリアを抜け、広い空洞に出た。中央の構造体を形作っている泡状のパーツと同種のものが、外壁のところどころに数本の短い棒でへばり付いている。こうなっていればいかにも機械の部品らしい。
 構造体に沿って進む。頭部につながる太いパイプが見えた。頭部にはカメラやセンサーが密集している。そこで集められたデータは制御ユニットに送られるはずだ。
 だが、そのパイプは泡状の構造体の中にまで潜り込み、制御装置を見て取ることができない。
「何がなんだか。こいつはお手上げだなぁ」
 結局、エネルギーユニットがどれなのかも分かりはしない。
 機材のそろったラボで詳しい調査をすることにして、バルキリーの体内の探検は続行することにした。もう、ただの暇つぶしだ。
 頭部へのパイプを回り込み、ボディの腹側に回り込む。と言っても、見えるものにこれといって大きな変化はない。変わっている点と言えば底の方に水らしい液体が溜まっていることだけか。冷却用の水だろう。
 やはり中央にある構造体が重要なのだろう。この中に全てが詰まっていそうだ。だが、これを調べるとなると、構造体そのものを切り刻まなければならなそうだ。出来れば破壊は最小限に押さえたいのだが。
 泡状のパーツで隙間なく覆われた構造体だが、そのパーツに隙間が見つかった。スコープが辛うじて通れる程度の小さな穴だ。
 穴の中にスコープの先端を滑り込ませる。穴の奥には空間が広がっている。泡状のパーツから無数の棒が伸びている。それは外側の数倍の数と密度で、ファイバースコープはその隙間を通り抜けることは出来ない。
 だが、その無数の針の先にはいかにも機械というものが存在していた。制御装置のようだ。
 やはりメルトダウンが起きていた訳ではなかったようだ。技術者陣は沸き立つ。
 だが、この得体の知れない機械には解明しなければならないことがあまりにも多すぎる。今までの知識だけでこの機械についてどれほど解析出来るのか。
 バルキリーの核だろうと思われる部位が無事だったことで見えた光。だが、その目に見える光は宇宙の星のように遠いものかも知れなかった。

 調査隊は外郭3に帰り着いた。そんな彼らを出迎えたクルーから一報が舞い込む。
「グラクーがラザフスへの攻撃を始めたらしいぞ」
 長きにわたる戦いの末、人間領土の南端たる遠き地グラクーの人間達は機械の要塞ラザフスを丸裸にした。そして、丸裸となったラザフスに最終決戦を仕掛けるべく、着々と準備を整えていたのだ。
 ラザフスにも、レジナントのように人間がいるのかも知れない。それを救出する戦いが出来ればいいのだが、今の段階ではそんなことを考える余裕はない。要塞の構造はどれも同じではない。人間がいるのか、いればどこにいるのか、そこに辿り着くための道は。どれも手探りだ。手探りしているうちに反撃でやられかねない。何も考えず、叩きつぶすことしか今は出来そうにない。そもそも、そんなことを伝え、作戦を変えさせるだけの時間など無いだろう。
 とにかく、バティスラマがレジナントを沈黙させた中、グラクーがラザフスも撃破できれば、両面で勝利という快挙となる。ラザフスの戦いには、人間の持つ兵力の大部分を割き、万全の態勢で臨んでいる弱った相手に負けるはずがない。
 この勢いで機械の勢力を一気に削りたいところだ。

 ニュイベルらはバティスラマでバルキリーの詳細な調査を行うという。しかしあれほどの変わり種、バティスラマ程度の機材で対応できるかは不安だ。こちらでできることをしたら中央に丸投げすることになりそうだ。
 同じ頃、ブロイの元にリカルドたちの検査の第一報が届いていた。バティスラマの医療スタッフから連絡を受けた医師の元にブロイが呼ばれる。見つけたのが彼らだけに、保護者扱いである。
「想像していた通り、病気に対する抵抗力はちゃんとしているみたいだ。素っ裸にして調べてみたら胸の辺りに小さなソケットが取り付けられていてな。話を聞いてみたら病気になった時はそこにプラグを差し込んでおくと治ると言っていた。そこから投薬でも行っていたんだろう。ワクチンなんかも、そこから体内に投入されていたようだな」
 一緒に送られてきた画像がスクリーンに映し出される。
「胸に穴が開いてるのか。何か嫌な話だな」
 ブロイは顔をしかめた。
「もっと嫌な話があるぜ。外部から見て一番目につく、肉体をいじられた痕跡だ。……生殖器が丸ごと切除されていた。男も、女もな」
「なんだと」
 それは、切除された痕跡すら残らないほどのかなり早い段階で切除されたらしい。おそらくはまだ人としての形ができあがる前、胎児の姿の頃だろう。まるで、そこに何もないのが当たり前であるかのように癒合していたそうだ。
「一応、男や女としての特徴が現れていたのは、例の胸の穴からそれぞれの性別に応じてホルモンも投入されていたんだろう。何から何まで、なんのためなのかはまったく解らないがな」
 彼らの存在の謎が解ける頃には、全ての謎が明らかになっているのだろうか。もっとも、その足がかりさえ見つかってはいない。なんにせよ、レジナントのさらなる調査が必要だ。
 今まで数千年に渡り、まったく何も解らないままただ戦い続けていた相手。その敵について、ようやく掴みかけた情報だ。勝利への鍵となる事を信じて、解析を続けなければならない。

 バティスラマではもう一つの情報の塊であるバルキリーの調査も本格的に始まった。
 解析が始まるなり、大きな発見があった。その体の大部分が無数の微細なナノマシンで構成されている事が判明したのだ。それは、まるで生物の体が細胞で構成されているのと同じような構造だった。装甲部分を焼き切った時に妙な臭いがしたのも、切った物がただの装甲ではなく、ナノマシンを含む装甲だったためだった。ナノマシンの構造についてまではまだ調査が行われていない。
 内部で大量に発見された泡状の構造体が構成素材からそれが充電池の類であることが分かったのだが、始めて見る形状だし、そもそも機軍が充電式の電池を抱えていたことなどなかった。。
 通常、一つの機械には一つのエネルギーユニットが搭載され、そこから機械全体にエネルギーを供給している。だが、バルキリーは小さなエネルギーユニットがごく一部のエリアをカバーしており、それが無数にある。いわば、たくさんの電池を抱え込んでいるようなものだ。無駄が多く効率も悪いだろう。不可思議な構造だった。
 脚部などの可動部分も奇妙な構造だった。この手の歩行タイプであれば、多くは関節部分にモーターなどがあり、それで関節を動かして駆動するのだが、バルキリーの場合は帯状のナノマシン集合体が外部から関節を引っ張って動かす。筋肉の構造に極めて近い。
 試しにその筋肉状の構造物を取り出しエネルギーを与えてみると、予想通りに伸縮する動きを見せた。
 細胞状の構成、筋肉を模したような駆動法。まるで、機械が生物を真似ているかのように思えた。
「もしかして、機械が人間を養っていたのは機械で出来た人間を作り出すためじゃないのか?そのためのモデルとして使っていたんだ」
 技術者の一人が思いつきで言う。ニュイベルは冷めた一言を返した。
「……そうだろうか?そもそも、いったい何のために機械で人間を模した物を作らなければならないんだ」
 確かに、なんの意味もなさそうな行為だ。
「もしかしたら。こいつが完成して機械の人間が生まれた時、本物の人間はなんの必要もなくなって、心おきなく滅ぼせるって言う事なんじゃないか?」
「馬鹿な。機械の人間など機械にとってなんの意味があるんだ?それに、形状だけを真似たものなら、もういくらでも作れるだろう」
 確かにその通りだ。実際、機械の軍団が偵察兵として人間と見た目がまったく変わらないロボットを送り込んでくる事も珍しくはない。見た目だけなら人間と変わらないロボットを作り出す事くらい、すでにお手の物である。むしろ、あそこまで精巧なロボットを生み出せる理由が、機械の内部で人間を養っていたためだとすれば納得もいく。研究材料はいくらでもいるのだから。
 それに、内部で育てている無力化された人間がいるのなら、自由にならない反抗的な外の人間など敢えて生かしておく理由などあるのか。
 考えれば考えるほど解らない事ばかり、それはここでも同じだった。

 かつてない事態に、中央政府の指揮系統も混乱気味である。とにかく早急に中央政府軍の調査隊を派遣し、それまで余計なことはするなと通達が出された。セオドア司令官はそれを二つ返事で了承し、いつものように握りつぶした。いつもの事なので言っても無駄なことは中央政府軍としても分かっている。だからこそ混乱しているのである。
 このように自由奔放な人物が指揮官を務めているのは、そもそもその奔放ぶりを中央政府軍が持て余し、表面上栄転と言う形で前線に飛ばしたためである。バティスラマは数年以内に壊滅すると目されていた不利な戦場だった。だが、その数年を余裕で乗り切ったことで中央政府軍としても厚遇せざるを得ず、人望もより厚くなった。逆に手出しがしにくくなってしまったのだ。
 それを笠に着て近隣の都市から研究者がバティスラマに駆けつけてきた。
 ブロイらが気味の悪い思いをしながら死体を片づけたおかげで綺麗になったレジナントの町を、あとから来た調査隊が悠々と調査すると思うと、ブロイらはずいぶんと損な役回りを回されたような気がする。
 些か癪ではあるが、そんな調査隊を案内してやるのもブロイ達の役目だ。どちらにせよ、訳の分からない要塞のややこしい調査は専門家に任せておくに限る。それに、実質ここでの戦いは終わったので何もしないと暇である。
 人数も機材も日を追うごとに揃って来ているので調査はどんどん大掛かりになって行く。壁を焼き切り、その内部を調べることもできるようになった。ほぼ解体作業も込みである。
 やはり、気になるのは要塞の中枢だ。中枢というからには当然要塞の最深部、中心部分にそれはある。そして、位置的にレジナントの町は要塞の最深部に存在していた。『偉大なる故郷』は要塞核の真上である。
 建造中の基地はガードが堅い。迂闊に近寄れば、偵察機だろうが攻撃機だろうが撃ち落とされ、要塞建造のための資源として回収されてしまう。成長期の生き物の食欲旺盛さに似た部分がある。その周囲のガードぶりは、子を守る親さながらだ。これはもちろん要塞自体も守っているのだろうが、要塞の秘密も守っているのだろう。
 要塞は巨大だが、最初からこの大きさではない。人間の町を滅ぼしオイルの泉を奪うと、まずはその町の残骸やその町を占領した隣の要塞から運ばれた資材で中枢部分が築かれる。その大きさはちょっと大きめの家くらい。その後、隣から運ばれたり人間との戦いで略奪した資材で要塞は少しずつ成長していくのだ。
 中心から成長していく要塞。当然、中心に近い部分は早い段階に築かれた事になる。町が中枢の直上に位置するということは、中枢が作られてすぐに町が作られたということになる。つまり、それだけ機械たちにとって重要な施設なのだと考えられる。やはり、何のために存在しているのかはさっぱり分からないのだが。

 町にあった死体は粗方運びだし、簡単ながら墓地を造って埋葬を進めている。しかし、『偉大なる故郷』奥で“培養”されていた子供たちの死体にまでは手が回っていない。中からひどい臭いが漂って来る。水槽の中はすっかり濁っており、光もないせいで何も見えない。見えたら見えたで目を背けたくなるような有り様だろうから、それは幸いだろう。
 毎回ここを通るのも気が重いし気分も悪い。体調まで悪くなりかねない。町への出入りはかつてブロイたちの偵察機が突き破ったことで大した厚さではないことが証明されている天井に穴を開けてそこから行うようにし、培養場を通る通路は閉鎖してしまうそうだ。まさに臭いものに蓋だ。
 そして、ここから真下に進んでいけばそこは古代文明の巨大パイプライン跡、今なおオイルで満たされた井戸。その途中に要塞の核があるはずである。『偉大なる故郷』のホール床にレーザーソーで穴を開けて進んでいくことになった。
 分厚い床板。その下に絡み合うパイプやケーブル。それを掻き分けると次の底が見えた。穴を開けると嫌な臭いがする。その下は水が溜まっていた。臭い、そして水。作業に当たる人間のうち何人かはデジャヴュを感じる。
 水を抜きながらカメラを使って内部の様子を調べると、拳大の白い球体が犇めき合っているのが見えた。デジャヴュを感じた者たちは確信する。要塞の核、それは大型のバルキリーであると。