ラブラシス機界編

2話・機械と信仰

 リカルドたちが連れてこられた外郭3と呼ばれる場所は薄汚い町だった。廃材を組み合わせたような粗末な建物。それも無理のないことだった。
 この世界では人間と機械が延々と戦い続けている。機械の軍団はそのまま機軍と呼ばれ、その戦いはいつから始まったのかさえ記録が失われているほどだ。戦いのきっかけももはや真実かどうかはわからないが、この世界ができた時にはすでに人と機械が対立していたと伝えられている。機械は人が生み出した物であるはずだが、この世界には人間が機械を持ってやってきたという事のようだ。なんにせよ、目の前の敵をどうにかすることが重要であり、昔の話などに興味を持つ暇はない。
 現在、資源の多くを機械たちが占有している。人間は機械たちから資源を奪い取るしかない。そうやって手に入れた資源は真っ先に武装に回される。建材に回ってくるのは余り物か廃材ばかりだ。
 それに、町は度々機械の襲撃により破壊される。避難のためのシェルター以外の設備はすぐに破壊されてしまうのだ。そもそも、この町は居住のための町というより、前線基地に近い。住環境など二の次だ。
 物置小屋に隔離されて生きて来たリカルドたちにとってバラック暮らしは慣れっこだが、バラックかどうか以前に、昨日まで伝聞でしかその存在を知らなかった世界に放り出された不安の方が大きかった。
 三人は空いていた小屋に連れて行かれた。仲間と何を話していいのかも分からずに押し黙っていると、ブロイがやって来た。
「よう。どうだ、娑婆の空気はよ。管理されたあの中の空気よりまずいのが困りもんだがな。……経緯の説明って言うのか?そういう小難しいことはニュイベルに任せて、俺はお前らの様子を見に来たんだ。小難しい話を順序だてて話すのはどうも苦手でよ。まあ、あいつは説明するのが好きで得意ではあるんだが、言葉が堅苦しくて聞いてる方が疲れちまうんだよなぁ。まあ、分かるに奴はあいつの話の方がいいんだ」
 そう言いながらブロイは手近な箱の上に腰掛けた。
「お前らはあそこじゃイレギュラーって扱いだったが、こっちでもお前らはしばらく監視下におかれるだろう。変な病気を持ってないとも限らないし、逆にこっちじゃ当たり前すぎて病気にもならないような物に感染して病気になるかもしれん。そんなわけで、明日からはメディカルセンター暮らしだそうだ」
「そこでは何をすればいいんだ」
 不安げにリカルドが聞く。
「なあに、黙って言われた通りにしてりゃ全部済むさ。それよりお前らがいた町……のような場所、と言っておくか。あそこも調査されるんだが、あそこの見取り図のようなものが欲しいんだ。何せ俺達ゃずっと物置小屋に隠れてたからな。民家なんかはいい、主要な施設の場所をかいてくれ」
 そう言われても何が主要なのか決めかねる。思いついた施設を挙げてはブロイに判断を仰いだ。
「ところで、ブロイがさっきから飲んでいるのはなに?変な臭いがする」
 ラナが顔をしかめながら言った。
「ああ、こいつは酒だ。お前らも飲むか?」
「私は遠慮しておくわ」
 かぶりを振るラナ。ブロイが差し出したグラスをリカルドが受け取った。ビンが傾けられ、液体がグラスに注ぎ込まれていく。
 リカルドは臭いを嗅ぎ、恐る恐るグラスの中身を口に流し込む。
「うわ。何だこれ。だめだ」
「ははは。まあ、初めての奴が飲むにはちっと強すぎる酒だ、無理もねぇ。ガドック、ドワーフのお前なら気に入るかもしれんぞ」
「ドワーフ?何のことだ?」
「しらんのか?お前みたいな頭でっかちなチビはドワーフっていう種族だ。リカルドやラナみたいな人間とはいくらかの違いがある」
「ラナも俺とは随分姿が違うようだが、これも種族が違うのか?」
 ブロイはリカルドの言葉に少し考え込んだ。
「もしかして、男女の性差のことを言っているのか?」
「何だ、それは」
「お前は男でラナは女。それは分かってるよな?」
 リカルドとラナはそろってかぶりを振る。
「お前ら……。まあ、何年か生きたら皆殺しにされるだけの連中に生殖に関わる知識なんか不要だろうが……。その様子だと異性に恋愛感情を抱く本能さえもないんだろうな。ああ、そういえば異性かどうかも見分けられないんか。人としてはかなり未完成だな、お前たちは」
 そんな話をしている裏で、ガドックはちびちびと酒を飲んでいる。ドワーフの血のせいか、ブロイの見立てどおりそこそこにいける口だ。しかし、所詮は酒に慣れぬ体。あっさりと酔い潰れてしまった。
 環境の変化と不安で眠れないリカルドとラナに、ブロイは夜通しいろいろ話を聞かせた。朝が近くなったころ、二人もやっと眠くなってきた。二人が寝入ったのを見計らい、ブロイはグラスの酒を飲み干し、椅子に座ったまま眠りに落ちて行った。

 翌朝。酔いつぶれて早々に寝入ったガドック以外は、夜更かしして話し込んだため、朝食の時間に叩き起こされても眠くてたまらない。そのガドックも爽快な朝とは行かないようだ。原因不明の頭痛とめまいに襲われている。
「お前のは単なる二日酔いだ」
 そう言うブロイも、久々の酒に二日酔い気味だと言う。リカルドとラナはやはりあんなもの飲まなくて正解だったと思った。
 起こしに来たゲラスは、調子悪そうなブロイのその理由を聞いて、帰ってくるなり酒盛りとはお前らしいと快活に笑ったが、その笑い声が頭に響く。この人物はガドックと同様に小さな体だ。
 その日の午後、連絡を受けた医療センターからリカルドたちを迎えに飛行機がやって来た。
「検査のために体に針くらいは刺されるが、大したことをされるって訳じゃない。気楽に行け」
 ブロイはそう言いながら3人を送り出した。
 3人を迎えに来たスタッフは、感染に備えて防護服を身につけている。とても異様な姿にリカルド達は戸惑った。
「とりあえず、俺達は数ヶ月こいつらと暮らしていたが、妙な病気は貰わなかった。そんなに神経質にならなくても大丈夫だろうよ」
 ブロイの言葉にスタッフは軽く頷いた。
「外部の人間と接触しても大きな病気にならないところを見ると、多少の抵抗力もあるようだしな。密閉された場所で過ごしてきたならそっちの方が心配だったが……まあ、細かく検査させて貰うよ」
 検査のデータなどは逐一ここに報告されることになっている。
 医療センターの機が飛び立つと、入れ替わるようにバティスラマの援軍部隊が到着した。バティスラマはこの近辺では最も大きな人間たちの要塞であり、都市である。ここ、外郭3などはバティスラマを守るための前線基地だ。5番まで扇状に並んでいる。外郭3はその中でもレジナントとの直線状、そして中央に位置するもっと大きな基地であり、防衛の要所だ。要塞にとっても、そして人類全体にとってもである。なお、医療センターはバティスラマよりもずっと遠いカルムティアと言う都市にある。バティスラマにも病院はあるが、戦闘による負傷者の治療で手いっぱい。特殊な検査機器とそんなことに時間を使える医者はそこまで行かないと無いのである。
 機械たちはいつ進攻してくるか分からない。この基地はその進攻を感知したり、不穏な動きを見つけたら速やかにバティスラマの司令部に伝える前哨の役目も持っている。
 この体制を敷いて50年近く経つ。かつて前線の要塞だったレジナントの陥落が濃厚になった時に、慣例に従ってこれらの前線基地が設営され、バティスラマが要塞化されたのだ。その後は善戦したためレジナント陥落までにはそれから約20年掛かり、その間にかなり堅固な防衛網を築くことが出来た。そしてかつてバティスラマが受け持っていた兵器製造などを引き継いだ都市・ベギヌスプリナより戦力の補充を受けながら戦い続けた結果、レジナントの機軍が疲弊してきたのだ。
 機軍の要塞はよく蜂の巣に喩えられる。近付けば、刺される。要塞周辺には防衛と進攻の準備を兼ねて機械兵が待機している。近付けばその戦力が全力で迎撃に当たり、十分な戦力が集まればこちらに攻め込んでくるわけだ。それを要塞に接近するような挑発行為で誘いだしたり遠方からの攻撃で数を減らして時間稼ぎするのがセオリーになっている。
 要塞の兵器製造能力は高くない。補充される機兵の多くが機軍の本拠地であるラブラシスで製造されていると考えられる。つまり、各地に補充される機兵は一ヶ所で集中的に作られており、どこかへの補充に注力すれば他がおろそかにならざるを得ない。
 遠い地グラクーを巡る攻防の激化もあってこちらに回される機軍の戦力が減っていたこともあるのだろう。言ってみれば機械はそちらに力を入れてレジナントを見捨てたのかもしれない。バティスラマもこの好機を見逃さなかった。一気に攻撃を仕掛けていた最中だったのだ。
 ようやく機兵は一掃できたが、その要塞に備えられた防衛システムは堅固で、近付くのも一苦労と言った有り様だった。かつてレジナントの中の人間の町に落とされたブロイたちの乗った機も、防衛システムを偵察するために飛ばされたものだった。無人偵察機は何度か飛ばしていたが、無人偵察機ではできることに限度がある。次の補充までの時間もあまりない。そのため、有人偵察に踏み切ったのだが、その間に防衛兵器の配置が変更されおり、不意打ちを食らったのだ。
 その後の戦況は聞いた限りでは一進一退、最近は少しこちらが押され気味になっていたらしい。
 そんな中、突然レジナントが沈黙。不審に思い様子を見に来たところにブロイたちが出て来たという訳だ。

 バティスラマの将校からブロイとニュイベルに呼び出しがかかった。用件については見当が付く。二人はさっさと顔を出しておくことにした。
 バティスラマ駐留軍の指揮官はセオドア=マクレナン少佐である。音楽を愛する人物で、執務室には武器や軍服とともに楽器が飾られている。音楽を愛するとは言っても、穏やかな音楽ではない。バリバリのハードロックであり、壁に掛かっているのもエレキギターである。軍服が壁に掛けられている通り、普段は軍服など着ていないのでおおよそ軍人には見えない。おかげで話しかけやすいような、むしろ話しかけにくいような。そんな風体である。
「あんたらかい、たった二人でレジナントを沈黙させたというのは」
 戦地で無数の銃弾が掠めたかのようなジーンズを穿いた足を机の上に投げ出したままセオドアは問いかけてきた。
「それはこのニュイベル一人の功績と言っていいでしょう」
 ブロイが言ったことは確かに事実だが、これはある意味、説明責任を丸投げする発言でもあった。
「ウィルスを使いシステムを沈黙させたそうだな」
 セオドアはブロイの思惑どおり話をニュイベルに振った。
「はい。ベースはルナティックですが多少改造を加えてあります」
 ルナティックとは、この辺りでは二年ほど前に発見されたウィルスだ。そもそもは世界の反対側の戦場となっているグラクーで見つかっている。その当初は得体の知れないウィルスを迂闊に触って蔓延しても困ると中央政府は現地でウィルスを弄り回すことを固く禁じていたが、それは遠くグラクーでのこと、通達はバティスラマには届いていない。正確に言うならば、伝達はされていたが広く知れ渡っていなかったのだ。
 2年前。バティスラマ外郭4に攻め込んで来た攻撃機械の一機がどういう訳か明後日の方を攻撃し続け、そのままエネルギーが枯渇し停止した。それを回収し解析した結果、その制御プログラムの中にプログラムを書き換えるコードと、それにより書き換えられた痕跡が見つかった。そのコードがルナティックだった。そのウィルスを元に自己複製機能や潜伏能力を高め、時限・遠隔発動機能を組み込んだ物がニュイベルの使ったウィルスだ。
 ニュイベルたちが倉庫の地下に身を潜めている間、倉庫地下にあった制御端末にニュイベルの端末を接続して、そこからシステムのハッキングを行っていたのだ。まさか内部からハッキングが行われるとは想定していなかったらしく、要塞は中からのアクセスにはほとんど無防備であった。内部の解析も、ウィルスを忍び込ませるのも容易く行えた。自己複製能力を持たせたウィルスを制御端末に仕込みさえすれば、あとはデータに紛れてウィルスが勝手に蔓延していくのだ。
 そう言った説明をニュイベルは饒舌に語って見せた。普段は割と物静かだが、こう言う時のニュイベルはいつもこうだ。ブロイは立ってるだけでいい。
「俺は技術者じゃないからその辺はよくわからないが、一服盛って要塞のおつむをイカレさせたってことだろ。そのために特攻ぶちかますたぁ、見上げた度胸だぜ」
「お言葉ですがね。こっちだって好き好んで特攻かましたわけじゃあありませんで。こそこそ嗅ぎまわってたら、見つかって叩き落とされた結果、突っ込んじまった次第で」
 あまり話を大きくされて度胸を買った任務などを押し付けられても困る。ブロイは訂正した。
「そうだったっけ。そうだったかも知れないな。まあとにかく、結果が大事さ」
 見た目通り、大雑把な性格である。そして、その大雑把さは既に大いに発揮されていたようだ。
「そのウィルスなんだがな。中央の方から下手に弄るなと通達が出てたみたいでな。お叱りが来てたぜ」
「え。そうなんですか」
 何も知らなかったニュイベルは勝ち誇ってたのが一転して戸惑う。
「まあ、さっきも言った通り結果の方が大事さ。中央は適当にあしらっておいたぜ。どうせあいつら、面倒くさがってこっちまで来ることなんかありゃしないんだしな」
 通達も適当に処理したセオドアは、その結果起きたことも適当に処理したのである。そして、レジナント要塞を陥落させたという結果だけが残り、細かいことはひとまず流されることになった。

 その頃、レジナントの調査の準備も着々と進められていた。
 昨日の沈黙からレジナントが復活する様子もなく、異常を察した機械たちが余所から調べに来る様子もない。レジナントよりひとつ向こうの要塞アレッサに集結していた敵兵力もなぜか後退に転じ数を減らしている。今が好機だ。
 レジナントに潜入し、占拠が可能であるなら占拠する。要塞も機兵と同様に最後には自爆してしまうため、詳しい調査などが行えたことがない。レジナントで調査が行えるようなら快挙となるだろう。
 バティスラマの調査隊からの要請を受け、ブロイとニュイベルがレジナントの案内を引き受けることになっていた。ちょうどセオドアがニュイベルの長話に辟易し始めた頃に、調査の準備が整ったという報告がもたらされた。セオドアはブロイと益々舌の滑りのよいニュイベルを喜んで調査に送り出したのだ。
 案内と言っても、彼らの潜伏先から外までの道程は、闇の中を小さな明かりひとつで駆け抜けてきたので、よく憶えていないし、そもそも迷うほど複雑だった覚えは無い。町の中も、潜伏中は町外れのボロ小屋から出ることも無かった。殺戮が行われた後駆け抜けただけでうろ覚えだ。町中の案内なら、元住民のリカルド達の方が適任だったろう。ブロイは役に立てるほどの案内ができるかどうかは分からないとあらかじめ言っておいた。
 調査隊の輸送機に同乗し、レジナントへと向かう。ブロイらが脱出した場所がどこだったのかさえ記憶があやふやだったが、幸いというべきか、外部に通じる場所はブロイらが出てきた場所ただ一箇所のみだった。闇雲に逃げ回ってもそうやすやすと脱出はできなかっただろう。ましてやその出口に通じる場所が分かりにくい場所だった。リカルドらが手引きしてくれなければ脱出は不可能だった。
 破られた壁の穴からレジナントに侵入する。あのビーム砲を積んだロボットが暴走していた通路。ロボットは最後に見たときと同じ場所に、ほぼそのままの姿で固まっていた。
「ゲートキーパーか?これはバルキリーの様だな」
 調査団の一人がボソッと言う。ブロイは思わず聞き返す。
「バルキリー?」
「ああ、あんたらは知らないだろうな。グラクーの方でここ一ヶ月くらいの間に見かけるようになった特殊な機兵だ」
 この世界は、世界の中心にある人も機械も近づくことの出来ない領域・オイルの海を取り囲むように環状に大地が広がっている。そして、その大地を東西に分けて人と機械が領土を奪い合っている。機械と人の領域の北側の境界がバティスラマとレジナント、そして、南側の境界がグラクーとラザフス。グラクーが人間側の最前線の町だ。
「特殊ねえ。普通のとどこか違うのか?」
 まじまじとバルキリーと呼ばれる機械を見回しながら、ニュイベルが興味津々で尋ねる。
「ああ。今までのとの一番の大きな違いは、こいつは進化していくんだ。今までの機械は大概何かに特化した性能を持っていただろ。ミサイル迎撃用の奴がいたり、空襲専門の奴がいたり。そしてそれに対処する作戦を取り入れるとさらにその裏をかく別な機械が出てきた」
 話を聞いているニュイベルとブロイは頷く。人間と機械の長年に渡る膠着した争いは、一進一退のいたちごっこの繰り返しだった。
「だがな、こいつらはやっつけられるとその攻撃に対処をする仲間を連れてくるんじゃ無くて、自分で対処を覚えてくるんだ。だから、次に出てきた時には同じ手が通じなくなっている」
「うーん。確かに今までにいた奴とは一味も二味も違う感じだってのは分かるが……それは厄介なのか?」
 そう訊き返すにはそれなりの理由もある。何せ、今までの機軍との戦いがほぼそれと同じなのだ。故に、返答もこうだ。
「さあ?結局やってることは今までと同じだからな。やり口の違う奴がとっかえひっかえで来るのか、同じ奴がやり口を変えて来るのかって違いだよな。……おっとそうそう、こいつには革新的な点がもう一つあったっけ」
 なにかを思い出したように付け加える調査員。
「何だ?」
「分からないか?このくねくねとしたなまめかしいフォルムだよ」
 言われてみれば、ブロイがみてもこの曲線的形状の機械は珍しいものだと思う。敵の生み出す機械のデザインはいずれも無骨で直線的、曲線が入るとすれば球形や円形ばかりだった。無駄を省き、生産性と機能性のみを追求した結果だ。
 それに比べ、今目の前に蹲る機械は何の必然性も感じさせないデザインだ。半球状の真ん中を絞ったような瓢箪型。四本の足がそれぞれの膨らみから二本ずつ出ており、前方とおぼしき膨らみにビーム砲やセンサー類らしいものが集中的に取り付けられた“頭”がある。
 これと同じような歩行式の戦闘機械を幾度となく見てきたが、その形状はいずれも四角形の本体の角から足が出たものか、球形、半球形、円盤状などに足がついた無骨な物。真上から見ればどれも似たり寄ったりに見えるだろう。
 それに比べれば、この形はまるで……。
「やけに色っぽい形だろ?この腰の辺りのくびれなんか特に。ついに機械共も色気の必要性に気づいてきたか?」
「ははは。この調子で機械共が色っぽくなったら女戦闘スタッフが嫉妬心で張り切るな」
 とってもどうでもいい話だった。だが色気というワードに食いついたか、今まで黙っていたブロイが口を挟んできた。
「とにかくよ。この女っぽい姿形から、戦乙女(バルキリー)ってあだ名がついたのさ」
「なあに、向こうが色気作戦で来るなら、ドワーフをけしかけりゃいい」
「そしたら連中は髭を生やして対抗して来るだろうよ」
「すると人間にはふられるぜ」
 そんなジョークを言い合うブロイらをよそにニュイベルはバルキリーを四方から眺め回している。
「何を熱心に見てんだ、このむっつりスケベ」
 ブロイらのジョークは続いていた。
「馬鹿な冗談に付き合ってられるか。最新の戦闘機械が解析可能な状態で転がってるんだ。興味が湧かない訳がないだろ」
「それもそうだな。それじゃ、俺たちは先に行ってるぞ。お前はそいつとよろしくやっててくれ」
 技術系の調査員数名とニュイベルを残し、ブロイを含む調査隊はさらに奥へと向かった。

 通路を進むにつれ、だんだん吐き気のするような悪臭が漂ってきた。この先には町に送り出されて行くはずだった子供たちの夥しい数の死体があるのだ。
 ブロイはその辺の事情を説明し、覚悟して先に進めと調査隊員に伝える。
 壁に開けられた穴から『偉大なる故郷』の深部に踏み込んだ。
 左右の水槽には、濁り始めた溶液の中に漂う、青ざめた子供たちの骸があった。足元がべとついている。水槽から漏れた溶液が固まりかかっているのだ。一気に駆け抜けてしまいたいが、足元が悪すぎる。
 ブロイらが脱出するために機械を止めたせいで失われた命だと考えると陰鬱な気分になるが、放っておいても機械たちに殺される運命だった。こうして何も知らないまま意識を持つ事なくこの世から消えてしまった方がよかったのか、それともこれから向かう町の住人のように、短いながらも人らしい生き方をしてから最後を迎えた方が幸せだったのか。
 ただ、言えるのはリカルドらの様なケースもあるということだ。生きて機械の檻から抜け出すという道。今後、戦い方が変わるかも知れない。彼らを救い出す事を視野に入れた戦い方。もっとも、それが彼らにとって幸せかどうかは分からないし、そもそも、勝ち方を選べるほどの余裕があるとも思いにくいのだが……。
 理由は分からないが、何故か要塞の中に人間がいる。そのことは以前より知られていた。奪回した町の中から見覚えの無い人間の死体が大量に見つかることがしばしばあったのだ。その事から、機械が占領した町の住人を捕らえて繁殖させているらしいことは分かってきていた。ただ、何のためなのかが全く分からない。
 兵士として育てているわけではなさそうだ。人間の敵兵を見たことはないし、十数年かけて育てないといけない割には機械に比べて脆く、弱い。機兵を製造する方が早い。人間を効率よく殲滅するための疫病を生み出すための実験台との説もあったが、それならとっくにそのような生物兵器を完成させてばらまいていてもおかしくない。
 機械の町の中で何が行われているのかを実際に目にしたのはブロイらが初めてだった。ブロイらが殺戮が行われることを予見していた理由も、リカルドたちから町のことをつぶさに聞き、十数年前にはこの町に誰も居ない瞬間があったことを推測してジェノサイドのあった可能性に気付いた程度だ。そんな中、少しずつ増えていく町の人口が居住スペースの限界に達しつつあったため、その時が迫っているのではないかと警戒をしていたら案の定だったのだ。知っていたわけではない。
 しかし、長年かけて育て、程なく皆殺しにすると言う事を繰り返しているのなら、それが一体何のためなのか。それが問題になってくる。謎は深まるばかりだ。

 『偉大なる故郷』を抜けて、町に到着した。
 ブロイが驚いたのは町の暗さだった。町に出て、パッと視界が開けるかと思っていたのだ。だが、そこはこれまで通ってきた通路と相も変わらず深い闇の中だった。
 考えてみれば当然だった。ここは要塞の中、普通に天井が存在する。町で物置小屋に潜伏している間、その窓から見上げていた空は天井のパネルに映し出された映像だったのだ。思えば中途半端な再現である。その空はいつも晴れ渡っていた。当然、雨など降ったことが無い。ブロイたちは基本的に地下に潜んでいた。たまに日に当たりに上がってくるくらいだ。元々雨の少ない地方なので、さほど違和感を抱いてはいなかった。
 何故そんな中途半端な空をわざわざ作ったのか。……考えるまでもないだろうか。空も見えない狭い空間に閉じ込められていれば気も滅入るし、たまには日にもあたらないと体調を崩す。住民の心身の健康のために作られた空なのだろう。
 腐った血の臭いで溢れる町の一角に出る。辺りは闇に閉ざされていた。よく見えない状況で臭いだけするのは非常に居心地が悪い。見ないほうがいい光景が広がっていることを覚悟しつつ照明器具をかざすと、辺りの様子が照らし出された。
 まだ辺りに転がったままの死体には蛆も湧かず、ただ腐臭だけを放っている。暴走し暴れ回っていた死体回収機も今は力尽きて沈黙している。
「くそう。どうせ間に合ってねえんなら、奴らを止めるのはお掃除が終わってからにしてもらえばよかったぜ」
 毒づくブロイだが、いまさら言っても詮無いことだ。
「結構大きな町だったようだな」
 調査員が感嘆の声を漏らした。
「ああ、しかも何不自由なく暮らしてやがったぜ。俺たちよりもいい暮らしさ」
「どうせならこっちに生まれたかったか?」
「最後にゃ殺される運命の機械の飼い犬なんてぞっとしねえ。まあ、何も知らずにそれで育ちゃ気にもならねぇんだろうがよ」
 この暗さ、この広さ。調査を行うならば光源の確保が必要になるだろう。照明器具を設置するより、天井をぶち抜いて明り取りの穴を開けたほうが早そうだ。そうすれば、ここに籠った嫌な臭いも抜けていくだろう。
 ブロイらの乗っていた偵察機は、要塞を警備する機械に撃ち落とされ、この天井を突き破って町に墜ちた。天井の厚さはその程度という事だ。ところで、ほとぼりが冷めるまで数日隠れてからその空を見上げたときにはその痕跡は跡形もなく、何もない青空だった。修復されたのだろう。だが、修復されるまでは空に穴が開いているという不思議な状態だったはず。それを見た住人たちが何らかの疑問を抱いていたかもしれない。

 さらに町の奥へと向かう。居住施設らしきものを見つけた。その前には三人の死体が折り重なって倒れている。いずれも惨い殺され方だった。全身に小さいが深い傷が無数につけられていた。細長い針のようなもので執拗に突き刺されている。嬲り殺しだ。その様を想像すると気分が悪くなる。致命傷にはならない傷をいくつもつけられ、苦痛に悶え、呻きながらもすぐには死なない。
 何においても効率を優先する機械らしからぬ、無駄な殺し方だ。殺せばいいなら頭をレーザー砲で消し飛ばせば一瞬だろうに。そう思うブロイの頭にこんな考えがよぎった。
 このやり方は人間に苦痛を与えるにはそれなりに効率的な方法だな。
 だが、そうだとしても人間たちにわざわざ苦痛を与えて嬲り殺しにすることで何か機械たちにメリットがあるのだろうか。そもそも、何のためにここで人間が生かされいるのかが分からないが、それもこの事と関わりがあるのか。
 血溜まりからは、引きずられたような細く掠れた血の跡がある。血の跡は家の中から続いている。家は大きな多角形柱で、それぞれの面に扉があり、その多角形の対角線が壁となっている。集合住宅だ。家の扉は開け放たれ、部屋の中まで血の跡が続いていた。その跡を辿り、家の中に入る。
 中はやたらと奥行きはある。入り口すぐがリビング、奥が寝室になっている。奥に向かうほど先細りになっている。
 寝室奥の鋭角部分の狭苦しいスペースはとても無駄に思える。だが、部屋をいくつか調べるうちにその部屋の形にも意味があることが分かってきた。
 機械の殺戮者は外からやって来る。得体の知れぬものが入り口から入り込んでくれば、奥に逃げるしかない。先細りの部屋の奥に追い込まれ、逃げ場を失い捕らえられるのだ。そのことを示すように血の跡は一様に部屋の一番奥から続いていた。
 町の中にはこのような多角形の住宅が点在し、その隙間を埋めるように共用のトイレや浴場などの施設がある。
 円形の町の半分がこのような居住区で、居住区の先には公園がある。人々は目覚めると狭苦しい居住施設を出て公園に行く。最後の朝がそうだったように、そこで食事をもらう。定期的に体調を調べたりもするそうだ。今となっては、定時に一ヶ所に集まるこのシステムは、その時が来たらまとめて殺しやすいからだとしか思えない。
 リカルドたちが追いやられ、ブロイたちが潜んでいた物置小屋もこの広大な公園の一角にあった。公園の縁を取り囲む林の木陰にその小屋はある。そこの様子はあの時のまま何の変わりもない。暴れていた機械もこの辺りには来なかったのだ。まさか人が潜んでいるとは思ってもいなかったのだろう。リカルド達がここに閉じこめられていることを知らなかったのだろうか。
 公園をさらに調べてみると、公園の一番奥、そしてこの町の入り口だった『偉大なる故郷』のちょうど反対側に当たる町の一番奥に大きな施設を見つけた。
 その中はこの町の中でもっとも異質で奇妙な空間となっていた。
 円形のドームの一番奥には巨大な立像があった。人のような姿だが、背に翼を持ち、高く掲げられたその両腕の先は、手の代わりに人間の上半身がついていた。右手が女性で左手が男性だ。
 得体の知れぬ神の偶像だった。ここは神殿と言ったところか。調査員達も、この光景には首をひねる。
 人間達は機械との長きにわたる争いが続く中、信仰を捨てていた。この世に神などいない。ある物は目の前にある現実のみ。それが当たり前になっていた。
「ここの人間はこの訳の分からない神を崇めていたのか?」
「そのようだが……この町は機械が作った町だろ。機械はなぜ人間たちに神を崇めさせているんだ?自分たち機械を神として崇めさせるなら分かるが……」
「こんなところに閉じ込めるからこそ、心の拠り所を与える必要があったんじゃないのか?あるいは、単なる古代の名残なのか……」
 神の偶像、そして神殿とおぼしき建物。これはなんの意味を持つのだろうか。