Hot-blooded inspector Asuka

Episode 7-『Return back』

第10話 宇宙皇帝の最期

 夕方。今日も仕事帰りに小百合と大貴を迎えに行く。森中候補選挙事務所という名を借りた主婦の集会所に。……それにしても、なぜこんなことになってしまったのか。最初の頃はおっちゃんもいたはずだ。
 森中候補の支持層の中核は警察官だ。基本的にはこんな時間に選挙事務所に屯できるほど暇ではない。あくまでも基本的にはであって、血生臭い事件の少ない平和なこの町ではいくらかは警察の仕事も楽なのだが、税金をもらって働く身である以上、暇でもそれを表に出せば税金泥棒と市民に罵られることは避けられないのだ。警察官上がりの森中候補にとって、マイナスとなる事もまた不可避であろう。現在の交通課のように署内でひっそりと暇を持て余すしかない。そして此処に顔を出すほどのメンバーは、そんな警察官の中でも窃盗事件などを扱う飛鳥刑事ら二係刑事が中心だ。本当に忙しい。そんな忙しい旦那にほったらかされた有閑マダムがここに集まったのだ。
 そんな姦しい状況に加え、とどめになったのが大貴の存在だった。人一倍落ち着きのない大貴が事務所内で暴れ回り、落ち着けない。一発雷でも落としてやればしばらくは大人しくなるが、そうすると子供をいじめるなとマダム衆が黙っていない。
 そういうマダム衆も自分に気に入らないことがあれば拳骨や平手打ちが容赦なく飛ぶのだが、彼女たちにとってヒエラルキーは自分たち、子供たち、昼間からこんなところにいる男たちという順番になっている。だから自分たちはひっぱたいてもよい、むしろ悪ガキを戒めるのは大切な躾なのだ。昼間からこんなところにいる男たちも戒められて自由を探す旅に出たようだ。そして今に至る。
 戒めたマダムたちもこの時間になると夕食の支度のためにほとんどが一足先に帰っており、残っていたのは小百合と大貴、聖良の三人だけだった。
 大貴は相変わらず、にこにこしながら大人しく座っているだけの聖良を救い出すための孤独な戦いを繰り広げていた。今日の敵は魔女の小百合。こいつは強敵だ。いずれ飛鳥刑事もお小遣いのために戦わねばならなくなるだろう。だが、それは遠い未来の話。今は昇進の時にちょっと上げてもらった分で満足だ。
「あのこと教えちゃおうかなぁー。聖良ちゃんに教えちゃおうかなぁー」
「ひ、卑怯だっ!」
 その小百合魔女との戦いは、魔女の精神攻撃もあって手が出せない有様のようだ。ひどい母親だ。
「大丈夫ですわ!何を聞いても誰にも話さずお墓まで持っていきます!だから……私のことはかまわずやっちゃってくださいな!」
 悲壮な覚悟のような科白だが、この場合かまわずやっちゃって痛手を受けるのは聖良ではなく大貴だと思われる。聖良も実は、あのこととやらをしゃべらせる方向に誘導しているのではないかと勘ぐりたくなる。そして、聞き出したことは墓に入るときまで忘れる気はないというのか。
 いかんな、と心の中で呟く飛鳥刑事。いくら人を疑うのが仕事とはいえ、聖良ちゃんを疑うのはいかがなものか。こんな愛らしく純真な幼女がそんなに腹黒いわけがないのだ。
 取り返すべきものと、守るべきもの。その板挟みで葛藤していた大貴だが、父親の迎えという助け船が来たことを知り、あっさりと魔女と現状から逃亡した。
「ちょっとー。聖良ちゃんの覚悟を無駄にするつもりぃ?だめよ、女の子に恥をかかせちゃあ」
 息子を詰る母親。そもそも、この場合一方的に恥をかくのは大貴の方だろう。
「あすかくんが男になる瞬間が見られると思いましたのに」
 聖良は聖良で変に煽り立てるが、大貴の決意は揺らがない。
「帰ろう。早く帰ろう」
「しかし、聖良ちゃんを一人で残しておくわけにもいかんぞ。また預かるか?」
 その場合、せっかく逃げられた戦いと葛藤が再開されることになるのだろうが。
「それには及ばんよ」
 そのとき、聞きなれた声がした。振り返ると今日の選挙活動を終えた森中候補が戻ってきたところだった。
「今日の出迎えはたったの四人か。何とも寂れた選挙事務所だ」
 森中候補は事務所を見渡して言う。
 この時間までうだうだと時間を潰して森中候補を出迎え労えるような暇な支持者はとっくの昔にマダムに追い出され、残った支持者のマダム達は夕餉の支度のために一足お先に帰ってしまった。残っている小百合も昼間のうちにスーパーの買い物だけは済ませていたようだ。事務所の冷蔵庫に入れておいた腐りやすいものを取り出して袋に詰め出した。
「候補者が対立候補の娘を預かるって言うのも妙なシチュエーションですよねぇ。人質みたいだ」
 飛鳥刑事は心に浮かんだ言葉をそこはかとなく口にした。そして、森中候補もノリはいい。
「わはははははは。出馬を辞退せよ、さもなくば娘の命はない!みたいな?」
 誘拐犯的に娘を返してほしければ……と言う感じではなくまず殺害をちらつかせるゲリラのように過激な喩えなのは森中候補の持ち味か。
「まあ。悪党が現れましたわ。助けてあすかくーん」
 プリンセス……と言う扱いなのかどうかは分からないが聖良の期待に応えて大貴が飛び出していく。だが必殺のダイキックはゲリラの首領に届くことはなかった。
「ほらほら、ママとの勝負がまだついてないわよ」
 大貴の前に再び立ちふさがった魔女。魔女はゲリラの手先だったようだ。魔女に足を捕まれ、そのまま持ち上げられる大貴。
「じゃあ、帰りましょうか。友貴さん、大貴のことお願いね」
 魔女の手先になって大貴をパスされる飛鳥刑事。と言うことは、自分はゲリラの末端か。
「おじさま。私もだっこしてほしいですわ」
 飛鳥刑事にだっこされる大貴が羨ましくなったのか森中候補におねだりする聖良。どうせだっこするなら我が子ながらきかん坊で可愛げのない大貴よりは聖良の方がよく、少し羨ましくなる飛鳥刑事。
「ところでけ……候補」
 危うく警視と呼びそうになる飛鳥刑事。
「森中でいいよ。あるいはおやっさんとか……軍曹とか」
 いくつかの候補の中から、最もしっくりくるものを選ぶ。
「では、軍曹。深森の奴ですがね、ああ見えて結構人気を集めているようなんですよ。……いいんですかね」
「いいんじゃないか。市長選で私を脅かすことはないさ。むしろこれでいいところまで行けるようなら、次の市議戦を薦めてみようかと思っている」
 市議くらいなら割と現実的といえよう。それだけに、あのツッパリ親父がいよいよこの市で実権を握ってしまいそうで恐ろしい。
「まあ、心配はいらんよ。私のこの市での支持は盤石だ。私が立候補した時点でほとんどの候補が今回は諦めるくらいだからね。あのいしいいわおとか言う候補も諦めたと思うよ」
「ストーンの息がかかった候補なら砂島の方ですがね……。それに、連中はこれで諦めたりはしないでしょう。むしろ意地になって何か仕掛けてきそうですがね」
「なあに、格の違いを見せつけてやるさ。わは。わはははははは、ふっはっはっはっは」
 のんきに笑う森中候補だが、飛鳥刑事はこの時何かこう嫌なものを感じ取っていた。

 飛鳥刑事が感じ取っていた嫌な感じは、近い未来の漠然とした不吉な予感の類などではなかった。
 大貴と聖良が手を振り合い、飛鳥一家が選挙事務所を後にする姿を、敵が遠巻きに窺っていたのだ。
 
 その翌日。飛鳥刑事にとっては久々にさわやかな朝だ。理由は明確である。夜にローズマリーが現れなかった。そんな穏やかな夜の後はすっきり快眠でさわやかなのだ。
 ここ最近のローズマリーのやり方は方々に囮をばらまいて注意を逸らすやり方。それにより町中をパトカーが駆け回ることになる。追っているのはローズマリーとは言え、パトカーが走り回っていてはおちおち盗みになど入れるはずもなく、普通の泥棒も引っ込んでいたところ。おかげでこの驚くほど静かな夜があったのだ。
 しかし、ローズマリーも引き下がったわけではない。ちゃんと仕事もしていた。ただ、盗まれた側がその事実に気付いてないだけだ。その現場から無くなったものはコピー用紙といくらかのインクくらい。
 ローズマリーが盗み出したのは書類の束。それも、コピー機で取った写しだ。選挙管理事務所から、催眠を掛けた事務所の事務員総動員で取らせた名簿のコピーを持ち去ったのだ。持ち出したのは投票所の入場確認帳過去数回分。もちろん、ローズマリーがこんなものを使うはずがない。ストーンに頼まれたものだ。ストーンがこれをどう使うのかはローズマリーの関知するところではない。とにかく、これをどうにか使ってあの冴えない擁立候補を勝たせようと言うことだろう。
 ローズマリーも何度か砂島候補を見かけたことがあるが、確かに見た目が誠実そうで、見るからにペテン師かチンピラぞろいのストーンの中では安心できる人物だ。だが、言ってしまえばそれだけ。人の上に立つ人物というオーラがまるでない。スナイデル物流の社長という立場ではあるが、ストーンの中ではぺーぺーで上にこき使われる身である。オーラなどあるわけない。その点では深森候補の方がカリスマ性で圧勝だ。森中候補に勝ち市長の座を勝ち取るという目標どころか色物候補でしかない深森候補にまで負ける無様さでは、本人のみならずストーンそのものが立ち直れない痛手を心に受けかねない。
 正直なところ、実力だけで戦ってはどんなに頑張っても良からず悪からずの地味なところで印象にすら残らず終わるだけだろう。勝てずともいい思い出を残すためにも、ストーンの総力を挙げて工作を行うしかないのだ。
 そして、ストーンにとってお客様であるはずのローズマリーとて、動員せざるを得ない。ローズマリーもこの町でまた散々な目に遭わされた。この町には一矢報いねば気が収まらない。ローズマリーの決意は固く、そのためにもストーンへの協力は吝かではなかった。
 事務員にコピーを取らせる仕事の次は、コピーを取った名簿を根気強く見比べる仕事だった。
 ローズマリーは先ほどの決意を揺るがせ、この場から逃げ出して小さな町で平凡な盗みを働きたい衝動に駆られ始めた。

 今この町で深森といえば深森候補のことだが、ローズマリーにとってはもう一人気に入らない深森がいた。深森探偵だ。
 怪盗との対決で名を馳せようと意気込んでいた深森探偵だが、連夜現れていたローズマリーは対決が始まったと思ったところでなりを潜めた。まだほんの一晩だが、気合いの入っていた深森探偵には著しい肩すかしだ。
 小人閑居して不善を為す。深森探偵も大人物ではないので、暇だとろくなことをしないのである。
 ローズマリーの行方が分からないのなら、森中候補に対抗しようとしているストーンの刺客について探りを入れてみよう。そう思い立ち、スナイデル物流について調べ始めていた。
 ストーンの息がかかっているとはいえ、表向きは普通の企業だ。石川グループのデパートなどに商品を運び込んだりする平凡な運輸会社になっている。もちろん、その表向きの仕事とは別に盗品や密輸品も運ぶ裏の顔がある。しかし、そのことは社員でも大部分が知らないことだ。
 何かしらスキャンダルでも掴めればおいしいところだが、表向きは実に優良企業だった。警察だってストーンと石川グループの関係に気づいている。石川グループの系列企業に少しでもかゆいところがあれば、警察がそこを骨がむき出しになるくらい徹底的にかきむしりほじくり出すことだろう。その点、日ごろから慎重だ。
 だが、人間の本性というのは気が緩んだところで出るもの。あっさりと気が緩むのは何といっても酒の席。深森探偵は入念な調査の末に砂島候補が通いつめていた店を突き止めた。
 そして、調査のための潜入に同行しないかと飛鳥刑事と佐々木刑事に声をかけてきたのだ。深森探偵の口にした店名を聞いて、佐々木刑事はピンときた。
「行ったことはないが、もちろん情報は押さえてあるぜ」
 何がもちろんなのだろう。
「女の子の質はいまいちだが、値段もそれ相応で悪くはないって話だ。敢えて行くならもっといい店もあるが……。近くにあって通いつめるってんならいい店だろうな」
 押さえてある情報も、自分が行くかどうかの判断基準にするためとしか思えない情報だった。そして、行くか行かないかという話だが。
「捜査のためとは言え、必要な捜査じゃないしなぁ。それに、自腹……ですよねぇ。私は遠慮しておきますよ。女房に締めあげられますからね」
 潜入は佐々木刑事に任せて飛鳥刑事はパスした。
「家庭持ちは大変だねえ」
「全くですな。そう自分に言い聞かせて納得しないと何と妬ましいことか」
 深森探偵の独身の僻み。そしておそらく佐々木刑事はそう思っていない。認識の差が出ている。
「ローズマリーが沸いたら俺たちも即座に駆けつけるからな」
 佐々木刑事は言うが。
「酒飲んでパトカーに乗る気かよ。いいからおとなしく酒飲んでろ」
「大丈夫だって。女の子のいる店では酒を飲むより女の子とのコミュニケーション重視さ」
 それは、分かる気がする。
 深森探偵からそのお店のマッチを渡された。ローズマリーが現れたらそこに書いてある番号に連絡しろということだが、こんなマッチを持っているのを小百合に見つかったら締めあげられてシメられるのは必至だ。番号だけメモしてマッチは返した。

 夕方。怪盗が出ないと仕事がこんなに楽になるのかと思いながら定時に帰り支度を始める飛鳥刑事。
 佐々木刑事は探偵とキャバクラに潜入捜査だ。どうやらどこかの会社員ということにするつもりのようだ。深森探偵が部長で佐々木刑事が平社員ということになるらしい。妥当といえば妥当か。しかし、こんな胡散臭い平社員がいるだろうか。
 どちらもスーツ姿だが、少なくとも佐々木刑事は会社員には見えない。まだ深森探偵は怪しげな山高帽を脱いで黙っていれば社史編纂室の窓際部長という風情があるのだが、佐々木刑事はスーツを着てても髪型や立ち振る舞いのせいでちんぴらか詐欺師だ。
 しかし、このような胡散臭い風体でも働ける業種はいくらでもあるのだ。深森探偵が佐々木刑事の風体にぴったりの仮の職種を提示する。どうやら雑誌の編集者ということになりそうだ。雑誌の編集者に対して何と失礼な話だろう。
 そっちはそっちで勝手にやっててもらうとして、飛鳥刑事にはやらねばならないことがある。妻と息子の迎えだ。その前に、深森候補の様子も見ておくことにした。まだ演説や町回りの真っ最中ならまた聖良を預かることも考えなければならない。
 深森候補がバイクで走り回っていたりすると厄介だが、夕方はいつも選挙事務所前で演説をしているらしい。
 事務所の様子を見に行くと、とんでもなかった。事務所前の空き地は芋の子を洗うような混雑。この町にはこんなに不良がいたのかと驚く飛鳥刑事だが、よく見るとそういうわけではないようだ。最初の頃は不良ばかりが集まっていた空き地だが、だんだん普通の学生や若者も増えてきていた。人生に迷いや悩みを抱える若者が、若者の間では有名人であることもあって道しるべとして深森候補の生き様に辿り着いたようだ。
 まるでロックスターのライブのように演説と若者のテンションは絶好調。これがあとどのくらい続くのか。いつ終わりそうか。広場のどこかにいる聖美に聞いてみることにした。
 聖美の姿を見つけるには見つけたが、こちらはこちらで暇ではなさそうだ。聖美の前には女の子が行列を作り、一対一でなにか話している。深森候補の集会は参加者が幅広くなったおかげで近寄り難い雰囲気が解消されたが、飛鳥刑事にはこの女子の一団の方が不良集団よりも近寄り難い。
 女子の後ろにおっさんがいれば目立つ。聖美が飛鳥刑事に気づいた。
「この子との話が終わるまで待っててもらえます?すぐに終わりますから」
 女同士の話のすぐ終わるはあてにならない。期待せずに待つことにした。
 待つこと数分。女性たちにとっては言葉通りすぐ終わった部類なのだろうか。少なくとも、待つ仕事の多い飛鳥刑事にとっては待った部類に入らない時間だった。聖美は飛鳥刑事の方に駆け寄ってきた。
「聖良のことですよね。今日も迎えに行くのは遅くなると思いますわ。森中さんが面倒見てくださることになってるので、森中さんがみえるまでは一緒にいていただけます?」
「はあ、そうですか。しかし、軍曹に女の子の面倒なんて見られるんですかね」
「軍曹……?」
 首を傾げる聖美。言葉の意味は分からなくてもとりあえず森中候補のことだというのは話の流れで理解して気にせず話を進める。
「森中さん、姪っ子がよく連れられてくるから女の子の扱いにも慣れたそうです。ただ、聖良とはちょっとタイプが違うみたいですけど」
 どんなタイプなんだろうか。聖良と違う感じを想像する。大人しい聖良と対照的に活発なタイプ。人懐っこい聖良と対照的に内気なタイプ。
「姪っ子のタイプがどんなのかまでは知りませんが、聖良ちゃんの方が扱いやすいでしょう。うちのはやんちゃで手ばかり掛かってまあ……」
「でも、昭良さんは大貴ちゃんみたいな分かりやすい子の方が気楽で羨ましいって言ってますわ。聖良も本音を表に出さない子ですから……。何か言い出せない思いを抱えたままいつか爆発させやしないかと心配しているみたいで。……あらやだ、私ったらあの子たちをほったらかして長話を。戻らなきゃ」
 あの子たちとは行列を作って待っている女の子たちのことだ。
「何を話してるんです」
「恋の悩みとか、将来のこととか……。人生相談ですわね」
 聖美は聖美で悩みや迷いを抱える若者たちの力になろうとしているようだ。こういう地道な活動も確実に票に繋がっていくのだろう。……本当に善戦しちゃったらどうしよう。いや、ここにいるのはまだ投票権を持たない者たち。多分、脅威にはならない。
 とにかく、小百合と大貴を迎えに行こう。

 今日も森中候補の選挙事務所にいる有権者は小百合だけだった。子供二人はもちろん数に入っていない。飛鳥刑事が毎度ここにくる時間が遅すぎるというのもあるが、先ほど立ち寄った深森候補の集会場の盛況ぶりと比べるとこれで大丈夫なのかという思いを募らせざるを得ない。まあ、あの盛況も有権者はそれほど多くはないが。
 大貴はいつも通りの遊びに興じていた。今日の敵はここにいるもう一人の大人、この人物も先ほどのカウントには入っていない。有権者である以前に候補者だからだ。
 さすがにこれまでに数々の凶悪犯とも渡り合ってきただけのことはある。悪役を演じるにも格が違う。聖良姫を……どういう設定なのかは分からないのでお姫様扱いでいいのかは分からないが、とにかく聖良を片腕でお姫様だっこで抱え、その喉元に光線銃を突きつけている。攻撃すれば人質の命はない、そんな状況だ。
「私のことなど気にしないで!覚悟はできていますわ!」
「しかし、姫が死んでは世界が!」
 やはり姫だったようだ。それにしても、世界の命運を握る重要なヒロインほど自覚のない無謀な言動で自らを窮地に追い込みたがるのはなぜなのか。その方が話が盛り上がるから……それ以外に納得のいく理由を知りたいものだ。
「我が下僕どもを打ち破りここにたどり着いたことはさすがだと誉めてやろう。しかしそれまでだ。世界は所詮我が手に落ちるさだめなのだ。ふはははははは」
 ありがちな悪役のセリフだが、政界を志す人物が言うと重みが違う。
「どうだ、私と手を組まないか?そうすれば世界の半分をくれてやろう」
 人気のファミコンゲームのラスボスがそんな科白を吐いてプレイヤーを唆すそうだ。後はそいつを叩きのめすだけという局面でさすがにそんな口車に乗ったりはしないだろう。乗るとすれば、ラスボスと組んで世界を征服したところでラスボスを倒し、世界を独占しようと言う魂胆の時か。
 正義感の強い大貴はさすがにそんな二心を抱くこともなく誘いを迷いもなく突っぱねた。よい子だと誉めるべきか、もっと賢く強かな生きかたを教えるべきか。今はまだ、まっすぐ素直に育てた方がいいだろう。小さい頃からねじ曲げて育ってるのは盆栽だけで十分だ。
「ならば死ぬがいいっ」
 戦いが始まったようだ。帰るのはこの勝負がついてからになるか。折角なのでお茶でもいただくことにする。
「まずはそこの老いぼれから血祭りに上げてやる。かかってくるがいい!」
 飛鳥刑事を指さし森中候補は言う。どうやら巻き込まれたようだ。どうせこれが終わるまですることもないのだ、つきあってやってもいいか。
「師匠!やっちゃってください!」
 何のかは分からないが、師匠という設定になったようだ。
「我が愛する人の仇、取らせてもらう!」
 丸めた新聞を構えながらノリで適当なことを言う飛鳥刑事。
「あらやだ、殺さないでよー」
 くつろいでお茶をすすりながら口を挟む愛する人。
「この物語の設定だって。おまえは昨日こいつにやっつけられてただろ」
「それじゃ、私に操られて魔女として二人の前に立ちふさがったということにしよう」
 ぽんと手を叩きながら提案する森中候補。
「じゃあさ、あたしって森中さんに操られて大貴に殺されたってこと?この場合、友貴さんにとってあたしの仇って大貴と森中さんのどっちってことになるのかしらね」
「そりゃまあ、軍曹じゃないか」
 適当な発言が元で無駄にドラマチックな物語になった。
「それなら、私はお二人の娘ってことにするといいのかもしれませんわね」
 聖良がさらにややこしくしようとする。
「何でもいいから皇帝やっつけようよー」
 大貴がごねだした。確かにとっととやっつければ早く帰れるのでそれも吝かではではない。というか、皇帝だったことを初めて知ったが。
「皇帝だったのか」
「そうだよ。宇宙皇帝ヒデオサンダー」
 皇帝の割には人質を取るようなせせこましいまねをしていることは気にしてはいけないのだろう。
「へえ。皇帝秀雄さん、お命頂戴しますよ」
「……これはな、アレキサンダーをモチーフにした名前なんだよ」
 己の過ちに気付く飛鳥刑事。しかし何だっていいのだ、倒しさえすれば。
「食らえヒデオサンダー!脳天唐竹割りっ!」
 丸めた新聞を上段に構える飛鳥刑事。
「と見せかけて円月殺法」
 新聞を横に振りおろしてわき腹を狙う卑劣な飛鳥刑事。
「ふはははは、その程度の攻撃、見切れぬと思ったか!」
 大人二人が子供の遊びだと言うことも忘れて本気だ。
「人質を取って有利になったと思ったか?逆だぞ、自由に動けまい!」
 森中候補……皇帝ヒデオサンダーの背後に回る飛鳥刑事。
「貴様っ!人質が……貴様の娘がどうなってもいいのか!」
「どうにかする前に命を絶つっ」
「ぐはああああああああああ!」
 聖良がお決まりの私など気にせず云々という科白を言い終わるのを待たずに背後から斬りつけられ、ヒデオサンダーは倒れた。
「待てええええぇぇ!主人公を差し置いて倒すなぁ!」
「私のことは気にせずにとは言いましたけど……科白くらいは言わせてほしいですわ」
 飛鳥刑事の大人げなさに子供二人から非難轟々だ。
「大丈夫だよ、実はヒデオサンダーは第三形態まであるのだ」
 上着を脱いで変身しつつよみがえる秀雄さん。
 飛鳥刑事は思う。第三形態まであるということは、あと2回倒さなければならないと言うことだ。割と、つきあいきれない。
 復活したヒデオサンダーと適当に戦ったところで飛鳥刑事は死ぬことにした。
「ぐあー、やられたぁー」
「し、ししょおおおおおお!」
 飛鳥刑事の脳裏に、走馬燈のように師匠が死傷という言葉が浮かんで消えた。
「そういえばどういう名前の主人公だったのか分からんが……とにかく我が弟子よ!こいつに俺の最後の力を込めた、こいつでヒデオサンダーを倒してくれ」
 適当にポケットを探ると手錠が入っていた。手錠を大貴に渡す飛鳥刑事。息子ならきっと、ヒデオサンダーの身柄を確保してくれることだろう。さあ、死んだ自分は安心して小百合と茶でも飲むことにしようか。
「こいつの力で俺はヒデオサンダーを倒すっ!」
 飛鳥刑事の意表を突いて自分の腕に手錠を装着する大貴。どうやらパワーアップの腕輪と言うことになったようだ。まあ、好きなように使えばいいだろう。
「食らえ!スーパーダイキック!」
「ぐおおおおお!」
 形見を腕に装着したのに攻撃は蹴りだった。全身が強くなったということにしておこう。
 ヒデオサンダー第二形態も倒れた。残すは最終形態のみ。ヒデオサンダーはシャツも脱ぎ捨てた。後ろを向いて眼鏡を外し、頭をくしゃくしゃとやって髪を乱す。
「この姿を見て生きて帰った者はおらぬぞ。さあ、悪夢の始まりだ!」
 つい最近まで現役の警官だった鍛えられた肉体、体に残されたいくつも古傷、そして凶悪犯たちを射すくめてきた眼光。その迫力に大貴は本気で逃げ出した。
「こらっ!女の子を置いて逃げない!」
 死んだはずの魔女による冥府よりの呪縛で逃げることさえ叶わない大貴。半泣きでヒデオサンダーと対峙する。しかし、腰が引けている。今夜は本当に悪夢を見そうだ。
「聖良ちゃんも一緒に戦ってあげて」
 ヒデオサンダー最終形態は飛鳥刑事が持っていた新聞の筒を先ほどまで聖良を抱えていた手に持っている。聖良は解放されているのだ。
「私がですか?どうすればいいのでしょう」
「適当に魔法っぽい感じで攻撃しちゃえばいいのよ」
「やってみますわ。えーい、マハリクマハリタライオンタマリンっ!」
 呪文とともに可愛いポーズをとる聖良。
「ぐほおおおぉぉぉっ!」
 効いたようだ。
「どうした、宇宙刑事(デカ)プリンススーパーファイナル大貴グレート!このままでは姫が私にトドメを刺してしまうぞ!」
 それは確かに、あまりといえばあまりにも格好悪い。これだけ名前を盛っていればますますだ。
「う。うおおおおお!」
 勇気を出して恐ろしいヒデオサンダーに突撃する何とか大貴グレート。面倒だ、やっぱり大貴でいい。
 人質を解放し、上着もシャツも脱ぎ捨てた最終形態は実に軽快な動きだ。子供の攻撃など受け止めるまでもなくかわしてしまう。大人げなさも最終形態だ。
「大貴、一人で勝てる敵じゃないぞ。聖良ちゃんの攻撃でひるんだところを狙うんだ」
「おうっ!」
 飛鳥刑事は師匠として冥府よりアドバイスする。このままではいつまでも飯が食えない。
「行きますわ!ラミパスラミレスサロンパス!」
「うげええええぇ!」
 大貴の攻撃より効いてそうだが、これだけの力を持っていながらなぜ大人しくヒデオサンダーに捕まっていたのだろう。
「今だ!食らえ、スーパーファイナルダイキックスペシャル!」
「ぐぎゃあああああああ!」
 どこら辺がスーパーでスペシャルなのかは分からないが、とにかくファイナルな攻撃が決まったらしい。ようやく帰れるか。
 だが。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
 なぜ終わらないのだろうか。ここは飛鳥刑事が土下座でもしないと終わらないと言うのか。
「倒すにはもっと揺るぎない愛のパワーが必要なのですわ!」
 聖良も気分が乗ってきたのか口出しを始めた。 
「あ、愛!?」
 露骨に逃げ腰になる大貴。バイオレンスに満ち満ちた男の遊びに愛を持ち込まれて戸惑っている。
「その腕輪で私と大貴くんをつなぐのです。そうすれば、愛でパワー千倍ですわ!」
「で、でも」
「大貴。女の子に恥をかかせちゃだめよ」
 にやにやしながらはやし立てる小百合。飛鳥刑事も協力して手錠の鍵を外してやった。
「腕は通さないで輪っかを持つんだ。危ないからな。そしてとっとと倒すんだ。腹も減ったからな」
「腕輪で腕をつないで手もつなぐのがよかったですわ」
「てっ……」
 耳まで真っ赤になる大貴。
「えーと。それをやると愛が暴走して世界が滅ぶからね」
 飛鳥刑事は適当なことを言ってお茶を濁すと小百合が口を挟んできた。
「世界を滅ぼすほどの愛ってのもいいわねー。アメリカの映画にありそう。ラストシーンでは滅びゆく世界をバックに二人がキスをしてたり?」
 その終わり方はハッピーエンドと言えるのだろうか。ひとまず滅亡を回避してから好きなだけよろしくやってくれればいいのだが。
「世界を滅ぼさないための戦いなんだから、愛のパワーも程々にな」
「はあい、ですわ」
 ちょっと残念そうだが、素直にそれに従う聖良。
「聖良ちゃんは大貴に気でもあるのか?」
 なんとなく小百合に聞いてみる。
「ないでしょ。聖良ちゃんみたいな子は好きな相手だと目も見られなくなるようなタイプだと思うの。多分だけどね」
「ああやって積極的に接してるうちは男としてみられてないか」
 などと話している間にも二人の『ラブラブチェーンボンバー』が炸裂し、ヒデオサンダーは倒れた。大貴のノリの悪さをついて愛が足りないなどとごねるかと思ったが、そこまで引き際は悪くなかった。
「おのれ、銀河刑事ギャラクシー大貴エクセレントめ!だがしかし!私が倒れたとしてもこの世界から悪が消える訳ではない!悪は誰の心にも潜んでいるのだ、いつか新たな悪しき者がお前の前に立ちふさがるだろう!ふは、ふはは、ふははははははは!ぐふっ」
 なんと堂に入った悪役ぶりだろうか。こんな姿を絶対に有権者には見せられない。それより、主人公の名前がさっき聞いたものと少し違った気がするのだが、気のせいだろうか。
 とにかく、悪は倒れ世界は救われた。これでうちに帰って飯が食える。それにしても最後に不吉な一言を吐いていたが、明日あたりは自分が悪役をやる羽目になるのだろうか。
 いいタイミングなのか悪いタイミングなのか、昭良と聖美もオツトメを終えて聖良を迎えにきた。オツトメとはもちろん選挙活動のことだ。遊んでいる子供たちにつきあっているうちに昭良たちの集会も終わった。腹も減るわけだ。
 ボサボサ頭に上半身裸で倒れている森中候補をみて二人は戸惑ったが、生きているので問題なしという結論に達したらしい。
 すっかり託児所と化している選挙事務所から大貴を引き取り、帰って飯を食うことにした。

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