Hot-blooded inspector Asuka

Episode 7-『Return back』

第4話 新たなる戦い

 ストーンの次なる一手を掴んで、一夜が明けた。飛鳥刑事は結局謎でも何でもなかった選挙事務所のことを森中警視に話してみた。
「選挙、か。確かに近々市長選があるな」
 現市長が任期満了を迎え、高齢もあって現役引退の意志を示しているという。そのため、こ度の選挙の戦局は見えない。かと言って、この選挙が注目されているわけでもない。この町は全体的に裕福だ。市政に注目するほど不満を持っている人もいないし、自分のことくらいは自分の財力でなんとでもできる人が大半。心にゆとりがありすぎて政治などに関心もないのだ。
 飛鳥刑事も数年前は安月給のボロアパート暮らしだったが、今や借家とは言えマイホーム暮らしだ。昇進もできず薄給のままの佐々木刑事も見事なジゴロぶりで金にも女にも困っていない。佐々木刑事が昇進できないのは、そのおかげでハングリー精神に欠けるのが大きいのだが。
 このような偏った例でなくても生活に困っている人は少ない。生活が困窮したら、ろくでもないが泥棒や強請屋にでもなればどうにかなるし、そのうち臭い飯と仕事にもありつける。そもそも、この町は裕福な人が多いせいもあって庶民向けの安物は多くない。生活が苦しいなら、まずは近隣の町に引っ越すのが先決だろう。
 ここはそんな町だ。市長が誰になっても暮らしが大きく変わるわけでもない。まして、選挙に勝つような人が変な人であるはずがないと信じている。自分が関わらなくともそれなりの市長が選ばれる。市長選もどこ吹く風と言った感じで多くの人が興味も持たないまま終わるだろう。投票率も低そうだ。
「ストーンが本気になればこんな選挙に勝つくらいさほど難しいことではないだろうね」
 森中警視の言う通りだ。そうなれば、この町の裏社会などではなく町そのものにかなりの影響力が持てる。例の地下道の入り口も市の所有になっている場所が多い。それらが丸ごと連中に戻るに等しい。
 法に触れることをしているわけではない。うまくいってもただ選挙に出てそれに勝ったと言うだけ。警察が手出しできる理由など何もない。
 かなり大胆かつ確実な方法。まさかこんな方法があったとは。果たして、警察にはこの手段に立ち向かう方法はあるのだろうか……?

 さらに翌日。こそ泥を取り押さえたという通報を受けて出動した飛鳥刑事と佐々木刑事が刑事課に戻ってくると、森中警視が机の上を片付けていた。
「おやっさん、何やってんすか。掃除っすか。おやっさんが机片付けたら俺の立場がないっすよ」
 森中警視が片付けなくても立場などない佐々木刑事が言う。
「ああ、今辞表を提出したところでな。それで片付けてるんだよ」
「はあ、そっすか。……って、えええええええええええ!」
 さらっと言ったのでさらっと聞き逃がしそうになった。
「連中がまた湧いてきたのに何でっすか!これは……あれだ。女の家にまで行ってシャワーだけ浴びて帰るようなもんですぜ」
 何でそういう喩えが出てくるのか。
「相手は我々のやり方では手が出せない場所にいる。今のままでは指をくわえて見ているしかできない。同じフィールドに立たねばならん」
「……どういうことっすか」
「そうだな……。君がシャワーを浴びて部屋に戻ったら、彼女が鞭と蝋燭を手に待ちかまえていたらどうするかね」
「そりゃあ……全力で逃げますけど」
 森中警視はかぶりを振った。
「君に足りないのは男気か、それとも愛か……」
「いや俺そんな趣味ねえっす」
「つまり足りないのは愛か。相手の全てを受け入れられる深い愛を知るべきだよ、うん。かく言う私もそういう相手に恵まれず独り身だがね、わははは」
「あの兵器コレクションを見て平気でいられる女は確かにおいそれたぁ居ねえっすけど」
「ま、それはともかくだ。そう言う時には進んで相手の足を舐めに行くくらいでないとな。相手と同じフィールドに立つことができなければ、その女はモノにできないだろう」
「俺にはそう言う趣味ないっす」
「……君。もしその彼女がピチピチの美女で胸ボーンウェストきゅっの尻ドーンで……の具合も一級品、しかも金持ちの娘だったらどうするね?」
「う。それはその……。そっすねぇ」
「それにね。そう言う性質を持っている女性はその逆の一面も併せ持っているものだ。少しずつ、そちらの面を引き出していけば、ゆくゆくは下僕に……」
「それはそれで悪くないっすね」
「その未来のために多少の痛みは耐える価値があるだろう」
「そっすね」
「黙って聞いてりゃ何の話してるんです、あんたら」
 今更ながら飛鳥刑事がツッコミを入れた。森中警視が辞表を出したという事実で固まっていた飛鳥刑事のツッコミが遅れた。
「そう言えば何の話をしていたのかな。……そうそう、相手と同じフィールドに立つという話だったな。警察という立場で手を出せない場所に相手がいる以上、太刀打ちできる場所に立とうと思ってね。そのためには警官……公務員という地位が邪魔になったというわけだ」
 公務員は立候補することができない。立候補するには辞職しなければならない。
「ストーンに立ち向かうために、まさに全てを投げ出す選択ですね!私たちは森中警視のこの犠牲を忘れません!」
 涙ながらに言う飛鳥刑事。
「まるで命を差し出すみたいな言い方だねえ。そんな大事じゃないよ」
「しかし……警視ともなれば勤めあげればさぞかしがっぽりと退職金が!」
 飛鳥刑事の感動のポイントは、その退職金を棒に振る覚悟に向いていた。
「私はね。退職金なんて惜しくはないのだよ。……もらったところで戦車1台も買えやしない」
「いや。なんで戦車に換算するんですか。っていうか戦車ってそんなに高いんですか!?森中警視、ガレージにだいぶ隠し持ってましたよね?」
「ああ、あれは一応私のモノじゃないんだよ」
「は?」
「考えてごらん。一公務員の給料であんなモノは買えないさ。あれはうちに住み込みの家政婦の私物でね。私もたまたま趣味が合ったから貸してもらっているだけだよ」
「家政婦……ああ、あの」
 森中警視の屋敷におじゃますると、マシンガン型の散水ノズルで庭に水をまいてたり、戦車型の掃除機をかけてたりする武装家政婦に襲撃される。
「ええと。……家政婦の給料で戦車って買えますかね」
「買えないね。でも、彼女は副業の方でちょっと大儲けしててね。副業の稼ぎで買っているのだよ。私の屋敷に置いてある以上、名目上は私の物だと言うことにしてあるがね。趣味の面はもちろん、屋敷の維持費も食費やらなにやらも、その彼女の副業の収入から出ていてね。……そんなわけだから、私の給料や退職金が消し飛んだところで蚊に血を吸われた程度のものだよ。はっはっは」
 こちらとしては僅かな安値を求めて妻が敵地に決死の潜入までかけているのに、腹の立つ話だ。
「警視としては失う物もないんでしょうけど。俺たちとしては警視のおかげで面倒なことを考えずに体さえ動かしてりゃなんとかなってた訳っすから……。警視が居なくなるとどうなることやらっすよ」
 佐々木刑事が口を挟んできた。
「おっと。私だって苦渋の決断だよ。何の問題もないのは金銭面だけでね」
 それが何より腹立たしいのだが。
「私も刑事という仕事には誇りも愛着もあるからね。市街地で堂々と発砲できる立場を失うのは大変な痛手だよ」
「あの。もしかしてそれが警視が警官を志した動機なんですか」
「その一つではあるね。いや、私もね。順調に昇進してしまい現場から遠ざかる羽目になっていたが、現場に飛ばされることになって密かにほくそ笑んだものだよ」
 あまりにも不純すぎる動機だった。佐々木刑事も刑事ドラマブームに肖りモテたくて刑事になったことがすっかりバレまくっているが、まだそっちの理由の方が可愛げがある。
「君たちなら私が居なくなった後を任せても大丈夫だろう。君たちはもう私の全てを受け継いでいる。もう私から君たちに教えることは何もない」
「ええと、俺たち警視に教わったことってそんなにありましたっけ」
 佐々木刑事が冷静に言う。
「うむ、それはだな。日々何気なくこなしてきた仕事の中で自ずと身に付いているはずだよ。……あれは確か塚原卜伝と宮本武蔵の話だったかな。日々雑用ばかり命じられているのでいい加減剣術を教えてくれと言うが、その日々の雑用が剣術の基本的な動きになっていた……そんな話がある」
 飛鳥刑事には思い当たることがあった。
「あ。それってカンフーの映画じゃないですかね。ベストキッドって言う。息子を連れて見に行きましたよ」
「……姪っ子と一緒に見た映画がそんなタイトルだったかもしれん。とにかく、剣術も拳法も、刑事も何気ない日々の積み重ねが力に、だな、その」
 どうやら、最後だと思って言ってみたかったことをとりあえず言ってみただけのようだ。
「職業は変わるが、市民の平和な生活のために尽くすという立場は変わらん。これからも共に市民を守っていこうではないか。わっはっは」
 まだ辞表を出して立候補できる立場になっただけなのだが、すでに市長になったかのようなつもりでいるらしい。
「しかし……選挙、勝てるんですか?ぽっと出の候補じゃまず票がとれないんじゃ……」
「その点は心配いらんよ。特に戦前からの古い住人は森中という名前だけで票を入れるくらいだ。何せ、我が家は名家なものでね」
 森中家が名士であることは何度か聞いている。かつてはこの一帯のキリシタンを束ねていたとか。その権力と威光がいかほどの物か、この町には戦後にやってきた、そもそも生まれさえも戦後の飛鳥刑事や佐々木刑事には分からない。ともあれ、ある程度の固定票は確保できるようだ。
 しかし、問題は市民の大多数を占める新しい住民だ。豊かな町に仕事を求めてやってきた者、お洒落な町並みに惹かれてやってきた者。大きな町らしく、余所からやってきて住み着く者は絶えない。
 そう言った市民は市政への関心も薄く、多くが浮動票にすらならずに棄権者になるだろう。だが、何かの弾みでそれがストーンの立てた候補者に流れてしまうことも考えられる。むしろ、何かしらそのための手口を講じてくると見て間違いない。
 浮動票の獲得。それが大きな課題となる。

 何にせよ、警察官である飛鳥刑事に出来ることは何もない。せいぜい最後の最後に一票を投じること、後は何かの奇跡でも起きてストーンの擁立候補を公職選挙法違反でしょっぴけやしないかと期待するくらいだ。
 一方、昭良と深森探偵は独自に調査を続けた。警察と違い事件など起こらなくても動き回れる。そして、いしいいわお候補の人となりを調べあげて飛鳥刑事に報告してきた。その内容たるや、報告書を入れた封筒を見ただけで飛鳥刑事がめまいを起こすほどだった。
「ええと。これ、なんて読むんです」
 最初に飛鳥刑事が口にしたのはこの人ことだった。
「ですからいしいいわおですよ。いしいいわおちょうさほうこくしょと書いてあります」
 調査報告書の方に問題はない。問題は名前だ。これでいしいと読むのか。日本語の、特に人名の難しさを思い知ることになる。
 封筒にはこう書かれていた。
「甃井五輪男調査報告書」
 いわおは読める。五十里、五十嵐、五十路のいだ。わとおも問題ない。
 一番問題あるのは甃だ。はっきり言って、こんな字は初めて見た。秋に瓦だから覚えるのは難しくないが、初見で誰が読めるというのだ。
 深森探偵は報告書にまとめられた内容から要点を掻い摘んで話してくれた。飛鳥刑事はそれを上の空で聞いていた。
 この字面を見る限り、ストーンが使う偽名に必ず使われる石の字がどこにも存在しない。いしという発音はあるのでそれが目印になる可能性はあるが、そのようなケースがほかにあったのかどうか。
 もしかしたらとんだ勇み足で森中警視を退職させてしまったのではないか。
 気は重いが、この名前のことを森中警視に報告しなければ。

 いや、すでに警視ではない。いまは森中候補だ。報告のために訪れたのは署ではなく、森中ひでお選挙事務所だ。
 事務所奥に鎮座しているのはこの町で知る人ぞ知るキリストだるまだ。隠れ里時代によく使われたものであり、手足がないので磔にならないことで縁起がよいとされているのだが、飛鳥刑事から見ればこれこそ得体の知れない謎の偶像だ。飛鳥刑事に限らず、こんな変わっただるま知っているのは古くからの市民にも多くはないだろう。
 そのたった一つのだるまのために異様な雰囲気になっている空間に待っていたのは、何とも普通の主婦の集団だった。
 小百合と聖美。そしてそれぞれの友人数名。急ごしらえの事務所は主婦の茶飲み話の場となっていた。飛鳥刑事は声をかける。
「小百合。森中警……いや、森中候補は?」
「手続きとか準備で駆けずり回ってるわよ。何か用?伝言なら聞いておくけど」
「直接話した方がいいから……。すぐ来るか?それなら待つけど」
「夕方まで来ないんじゃないの?来たら署にでも電話入れる?」
「俺も他の仕事があるからなぁ。夕方にまた来るよ」
 その頃には手続きなども粗方片付き、ますます言い出しにくくなっていることだろう。
 飛鳥刑事が立ち去ると、事務所からはすぐに姦しい話し声が聞こえてきた。
 そして、飛鳥刑事が覆面パトカーに戻ると警察無線が喧しく事件発生を告げていた。

 ここしばらくはろくでもない日が続いている。
 警察が暇なのはいいことだ。町がそれだけ平和だと言うことなのだから。当然、警察が忙しいのはろくでもないと言うことになる。
 今日もまた、ろくでもない日だった。特に窃盗事件が増加している。ストーンが暗躍し始めた結果だろう。
 飛鳥刑事が帰途についたのは日もとっぷりと暮れてからだった。
 事務所は一段と賑やかになっていた。まるでたちの悪い酔っぱらいと脳天気なホステスが騒ぐキャバクラのようだ。
「お。ちょっとトシはいってるけど女がいっぱい」
 一緒に顔を出しにきた佐々木刑事はそっちに反応した。
「あいにく人妻ばかりだがな」
「いいや、ヒモになるなら旦那の財布を握ってるような人妻の方がいい」
 こんな佐々木刑事だが、小百合に手を出すことはないだろう。基本的に好みではないそうだ。いくらでもチャンスがあった独身時代に手を出そうとしなかったのがいい証拠だ。それに、親しい友人知人の女にも手は出さないと決めているようだ。得る物よりも何かあったときに失う物が多すぎることは経験上分かっているという。経験しちゃってるのなら間違いないだろう。飛鳥刑事も女をとっかえひっかえ出来るような器用な性格ではないので、反面教師として参考にすることもない。
 事務所には森中候補に加え、昭良や他数名の男性が増え、中で繰り広げられていた茶飲み話はいつの間にか酒盛りになっていた。森中候補も酒が入ってご機嫌になっている。話しやすいような、この状態で怒ったら危険なような。
 どうなるにせよ、覚悟を決めるしかない。飛鳥刑事は深森探偵が調べあげたことを報告した。そして、飛鳥刑事はおずおずと切り出す。
「……と。そういうことが分かったんですけどね。……その、どうしますかね。その……もしも、いしい候補がストーンと無関係で、全て勇み足だった場合は」
 森中候補は特に考えるでもなく言う。
「その時は、手段を選ばず票を集めようとする手強いライバル候補もいないと言うことだね。それならば私が市長として君臨することを阻む者はいないと言うことだ。もらったも同然じゃないかね飛鳥君。わは。わははははは」
 森中候補は屈託なく朗らかに笑う。
「はあ。そうですね」
 どうやら刑事を辞めたことに未練はもはやまるでなく、極めて前向きに市長選に臨んでいるようだ。ひとまず、飛鳥刑事の早合点を責められることはなさそうではある。
 何も問題は無いようなので、小百合と、幼稚園から小百合が連れてきた大貴を連れて自宅に帰ることにした。
「アスカJr.、またあしたあいましょう」
 聖良がそう言い手を振った。大貴も手を振り返す。
「おい息子。おまえ、アスカJr.なんて呼ばれてるのか」
 飛鳥刑事は車を発進させながら大貴に尋ねた。
「事務所に大亀さんがいてダイキでかぶってて、こういう呼び方になってるのよ」
 答えたのは小百合だった。何にせよ、父親ありきの呼び方に飛鳥刑事は気をよくする。
「いつか俺を越えてアスカJr.なんて呼ばれない立派な大人になれよ。わははは」
「あらぁ。この子はあなたの子であると同時にあたしの子なのよ?あなたなんかすぐ追い越しちゃうわよ」
 それはむしろどんくさいおっちょこちょいの遺伝子を受け継がないかという不安要素なのだが。
 小百合の父親は森中警視さえも一目置いていた名捜査官だ。ストーンを壊滅寸前まで追いつめたが一歩及ばず、ストーンの手に掛かってしまった。生憎、そんな優秀な捜査官としての資質を小百合は受け継ぐことが出来なかったようではある。
 ストーンによる報復は今なお終わっていない。娘の小百合に対する報復は、生きたまま苦しめ続けること。小百合が飛鳥刑事の前に姿を現したのも、苦痛を増大させる穏やかで幸せな一時を体験させるためだった。連中がどのようなシナリオで小百合の平穏に幕を引かせるつもりだったのかは分からないが、こうして小百合の平穏に包まれた日々は続いている。
 ストーンもまだ諦めたわけではないだろう。この町に戻ってくれば間違いなく小百合も狙うはずだ。幸せな日々が長ければ、それを壊されたときの絶望は大きい。まして今は子供までいる。向こうにとっても、今はチャンスと言えるだろう。
 ストーンにとって小百合が何であろうが、飛鳥刑事にとって小百合は妻であり、大貴は息子だ。ストーンが新たなシナリオを用意して近付こうが、それを演じさせてやるつもりはない。
 森中警視は森中候補となり、ストーンと今までと違う戦い方をするべく立ち上がった。今までは森中警視の兵隊としてストーンに立ち向かってきた飛鳥刑事も、これからは新しい戦いを強いられる。
 これまで采配を振ってきた指揮官はもういない。これからは自分の力で戦わなければならない。苦しい戦いになるだろう。だが、勝たねばならない。この町のため、家族のため。そして、自分自身のためにも。

 その前の余興にしておくには些か激しすぎる戦いが、今夜も繰り広げられることになった。
 このところ立て続けに起こっていた宝飾店襲撃事件が今夜も起こったのだ。今夜賊に入られた宝飾店は今までの事件の話を聞いて、そろそろうちも狙われるのではないかと警戒し、店番を置いていた。すると、店の入り口の当たりで物音がし始めた。見てみると7人組の窃盗団が入り口のシャッターをカッターで切断しようとしているところで、慌てて通報してきたという。
 通報を受けた警察は、警官たちを密かに送り込んだ。窃盗団はこれから店内に入り込み仕事を始めるところだ。獲物に気を取られている隙にこっそりと取り囲み、一網打尽にしようと言う作戦だ。
 連絡を受けた飛鳥刑事も急ぎ現場に駆けつけた。
 その少し後、佐々木刑事の車も到着する。車から降りてきた佐々木刑事は真っ先にベルトを締めなおした。シャツの裾ははみ出したままだ。
「庸二、今夜もかよ。ったく、俺よりトシだってのにお盛んだな」
「人聞きが悪いな。今日はちゃんと終わって一眠りしてたところだぜ」
 正直、大差はない。 
「で、中は?」
「俺たちの獲物は一匹残らずこの籠の中だ。裏口も封鎖済み。後はおびき出すなり突っ込むなりしてとっ捕まえるだけだぜ」
「ふぅん。袋の鼠か、楽な仕事だな。とっとと片づけようか」
 警官がそこに口を挟む。
「通報者がまだ店内に残っている模様です!」
「え。まだ逃げてないのか」
「通報者は二階の事務所部分にいます。犯人たちのいる一階店舗を突っ切らないと店外に出られません」
「そっちはそっちで袋の鼠か」
「見つかったら人質に取られて厄介なことになるな」
 その時、店内から犯人グループが姿を現した。
「この人質を殺されたくなかったら道を開けろぉ!」
 恐れていた、というか今その可能性を知って恐れたことがあっさりと起こってしまったようだ。羽交い締めにされた従業員の首筋に刃物を突きつけている。
「いやあああああ!助けてええええ!」
 木綿を引き裂くような甲高いとも野太いとも言い切れない悲鳴を上げる従業員の中年男性。
「ありゃあ……。こりゃ、どうしようかねえ」
 困った顔で頭をかく飛鳥刑事。
「なあ、飛鳥。森中のおやっさんは俺たちに言ってたよな?俺たちゃあの人の全てを受け継いでるってな。俺さ、考えてみたのよ。俺があの人から何を受け継いだか」
 そう言いながら佐々木刑事は車のトランクを開けた。
「俺はな、こいつを受け継いだぜ」
 取り出したのはマシンガンだった。佐々木刑事は犯人グループに向かって言う。
「おとなしく投降しやがれ!でなきゃこいつをぶっ放すぞ!」
 犯人グループは戸惑った。だが、気を取り直して言う。
「こ、こ、こちらには人質がいるんだぞ!人質を殺されたいか!」
「なぁにが人質だ!そいつがおまえ等の仲間の一人だってことぐれぇ、わーってんだよぉ!」
 これにはさすがに驚いて目を見開いた。犯人たちも、人質本人も、そして飛鳥刑事も。
「まとめて蜂の巣にしてやんぜ?オラオラア!!」
 佐々木刑事は予告通りマシンガンをぶっ放した。銃口は火を噴き、ズドドドドとけたたましい音が空気を震わす。犯人たちの足元では弾が跳ね返る音がした。
 犯人たちは怯むどころかパニックに陥った。その隙に人質は逃げ出す。袋小路の店内には逃げ込まず、かと言って警察の居るほうにも逃げず、とにかく誰も居ない方に這っていく。
 警官たちはこのチャンスを逃さない。一斉に犯人たちに飛びかかり取り押さえた。
 這い蹲りながら逃げる人質にも警官が駆け寄る。警官に両腕を押さえられた人質はまた木綿を引き裂くような悲鳴を上げたが、その警官が「人質を保護しました」と叫ぶと、全身の力が抜けた。
 事件は無事解決したようだ。それにしても。
「なんて物を受け継いだんだよ」
 飛鳥刑事は佐々木刑事に言う。
「これか?安心しろ、よくできたおもちゃだ」
 佐々木刑事はマシンガンを掲げてそう言った。確かに、それを派手にぶっ放したときも火薬の臭いはしなかった。
 マシンガンにはスピーカー、銃口にはフラッシュライトが取り付けられており、引き金を引くとけたたましい音とマズルフラッシュさながらの光が出る。さらに、弾も出る。ただしBB弾だ。単三乾電池4本で動くという。確かによくできたおもちゃだった。
 装備はこれだけではない。
「警官隊の皆さーん。悪いんだけどこの弾探してくれねぇ?全部で18発ぶっ放したみたい」
 発射数のカウンターも装備している。残弾数の把握はもちろん、弾の再利用ならびに証拠隠滅までバッチリだ。
「飛鳥だってこのくらいの物は受け継いでるだろ?」
「受け継いでないよ、こんなマシンガンは」
 でも倉庫を探せばパーティー・祝砲用のバズーカーが何本か見つかるはずだ。眠らせて置いても仕方ないし、こけおどしのためにでもとっとと使ってしまった方がいいのだろうか。
 こけおどしと言えば、佐々木刑事のやり方は一見めちゃくちゃに思える。だがこれも、ああ見えて考えられていた。
 相手の不意をついてマシンガンを出して驚かせ、相手の出方を見る。犯人グループは一見強気な態度を見せた。だが、明らかな動揺も見せていた。この程度でビビるような犯人に、おいそれと人質に傷を付けるような根性などない。それほどの覚悟をさせるには、じっくり時間をかけて追い込まないとならないくらいだ。
 そんな犯人グループの強気は、警察は撃つことは出来ない、人質が居るから撃つことはできないという前提のもとだ。
 佐々木刑事はまずその前提の一つを打ち砕いた。仲間の一人を人質に見せているだけ、まとめて蜂の巣にしてやる。この言葉で人質には何の効果もないと思い知ることになった。
 その言葉で大きく動揺した犯人たちに更なる追い打ちをかけた。容赦なく威嚇射撃を行ったことだ。撃つわけがないと言うもう一つの前提も崩れた。しかも、自分たちの横で弾が何かに当たっている音が聞こえた。弾が本当に出ている。
 相手が警察ならばそんなことはあり得ないのだが、犯人たちはもう一人残らず射殺されかねないと思った。そもそも、マシンガンなど持ち出した時点で相手が警察であることを疑うかもしれない。少なくとも、人質を取っていた犯人にはそこまで考えられる冷静さなどすでに無かった。
 日頃から鍛えているだけに、佐々木刑事はこういう駆け引きは得意だった。もちろん、日頃その駆け引きを鍛えているその相手は女性たちなのだが。
 そして、一番その駆け引きに惑わされる羽目になったのは人質となった従業員だった。あまりの混乱ぶりで頭の中が真っ白になってしまったようだ。その後の事情聴取で、従業員は人質として店外に引き出された辺りから警官に保護されるくらいの間に何が起こったのかをぜんぜん覚えていなかった。
 犯人グループは警察がマシンガンを乱射したと主張したが、現場にはそのような痕跡もないし、人質からもそのような証言はなかったので、もっとましな嘘をつけと一笑に付されてしまった。
 警察としても犯人の話を真面目に聞いてやる暇など無かった。何せ、こんな事件が毎日のように起こるのだ。

 市長選への関与はグレーなままだったが、ストーンの暗躍とその影響は露骨なまでになってきた。
 派手な盗難事件が相次ぎ、治安悪化が顕著になる中、ついに市長選の告示日を迎えた。
 投票日まで飛鳥刑事にはあまり関係のない激戦の火蓋は、今まさに切られたのだ。

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