Episode 6-『Stone in underground』第3話 ある愛の行方
飛鳥刑事は佐々木刑事とともに、他の刑事や警官よりも一足先にゴルフ場をあとにして社員証にある会社に出向いた。
『柴岡商事』という、ゴルフ場からそう遠い場所ではない、中心街から少し離れた通りにある小さな会社だった。
森中警視が藪の中から拾い上げたものと同じ制服を着た女子社員が見受けられる。
社員証には営業部と書かれていた。営業部に行き、話を聞く事にした。
佐々木刑事はOLの一人を捕まえて話し込み始めた。放っておく事にした。
「すみません。警察の者ですが、中村幸恵さんについてお話を聞きたいのですが」
そう言うと、営業部第1営業課の課長は驚いたようだ。
「あ、あの子が何かをしたんですか」
「いえ。……本日はお見えになっていませんよね」
「ええ。二人揃って休んでて、連絡も取れないんですがね」
「二人……というのは?」
「同じ営業の田沢君ですよ。もう、堂々と付き合ってましたから、二人でどこかにしけ込んでるんじゃないかと。困ったもんです。……もしかして、何かあったのでは」
連絡が取れなくなった人物について、刑事が聞きに来るという事がどんなことなのか、部長も大体見当がついたようだ。
「ええ。何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いんです。二人は、その……昨夜ある場所で会っていたらしいという事は判明しています。どうやら、そこで事件に巻き込まれたのではないかと」
「なんですって」
さすがに課長も驚いた。自分の課から二人も事件に巻き込まれたらしい人物が出れば当然ではあるが。
「二人は昨日は出社していたんですね?」
「ええ。二人で残業してましたよ。中村君の方は早々にタイムカードを押して、一緒にいただけのようですが」
そこに、OLに声をかけていた佐々木刑事がやってくる。
「飛鳥、どうやらあの服の持ち主のお相手もここにいたらしいぜ」
「その話は聞いてます」
「あら、そう?じゃ、これはどうだ。二人は残業して会社でいちゃついてから現場に向かった……」
「それも聞いてます」
「なんだよ。じゃあ、その彼氏が乗ってた車が飛鳥が見たのと同じような黒いセダンだったってのは……」
「あ。その話はまだ聞いてないです」
佐々木刑事は得意げな顔をした。
「二人ともこの営業課じゃ指折りの美女美男子で、お似合いのカップルだったそうだ。それに、二人ともちょっと変態だったみたいだな。まあ、わざわざ野外にやりに行くくらいだからな……」
女子社員は見ず知らずの刑事相手に、実に余計な事をぶちまけている。美男美女のお似合いのカップルと称えながらも、その嫉妬心が二人を貶めるような発言に結びついているのだ。
「今日二人が来てないのは駆け落ちじゃないかって話だぜ」
「……それを信じた訳じゃないですよね」
「まあ、流石にそれはないな。野外プレイのあと、消え失せてるんだからな」
ここで聞ける話はそんなに多くはなさそうだ。とりあえず、あのカップルが同僚同士だったと言う事と、二人揃って連絡が付かなくなっているという事。この重要な事が分かっただけでも十分だろう。
飛鳥刑事は部長に中村幸恵と田沢勝夫の住所を聞いて柴岡商事をあとにした。
次に、女の家を調べるか、男の家を調べるか。
飛鳥刑事が気になるのは、やはり車の事である。車は田沢の物だった。ならば、田沢の家に行けばあの車が田沢の所有物かどうかが分かるようなものがあるかも知れない。
田沢の自宅は会社に近いアパートだった。飛鳥刑事が住んでいるアパートよりはいくらかマシではあるが、安普請の狭苦しいアパートだ。なるほど、これではあまり彼女を呼びたくはない。ホテルに通う金がないのならば、その辺でと言う事になるのかも知れない。
アパートの大家に話を聞く。すぐに例の車が田沢の物である事が確認できた。大家は部屋と一緒に駐車場も貸している。そして、田沢の車のナンバーがちゃんと記録されていたのだ。それは、飛鳥刑事がメモを取っていた番号と一致した。
証拠は十分に揃った。ここで一旦、無線で森中警視に連絡を取る事にした。
『何か分かったかね?』
飛鳥刑事は今までに調べた事を大まかに警視に伝えた。
『素晴らしい成果だな、飛鳥君。では、もう一度あのゴルフ場にとんぼ返りだ。君たちもすぐに来てくれ』
あの車が行方不明になったカップルの物であるとなれば、あの車が置いてあった自動車整備解体工場に詳しい話を聞かなければならない。思っていたよりも早く、追撃の機会が訪れたのだ。
ゴルフ場をあとにし、中心街に向かって進んでいたパトカーは、突然Uターンしてゴルフ場に戻り始めた。
警官達は皆驚いたが、誰よりも驚いたのは言うまでもなく伊沢刑事だった。
引き上げると思ったのに、なぜ引き返しているのか。
とにかく、最悪のタイミングと言える。恐らく、警察が来たことを受けてこれからあの施設からの撤退が始まるだろう。その最中に鉢合わせでもしたら。
聖華市内の主要施設を結んでいる地下通路は、この町外れに新たに作られた施設には繋がっていない。地下通路はもともと聖華市の地下に作られていたものを整備し直して利用している。元は江戸時代に手掘りで掘られたものだけに、それほど広い範囲には及んでおらず、こんな町外れにまでは伸びていない。
それに、ゴルフ場地下に造られたのは聖華市での拠点となる重要な施設だ。末端の施設から地下通路を通って芋づる式に見つけられては困る。だからこそ、こんな辺鄙な場所に造ったのだ。
地下通路で繋がっていないということは、外部からの侵入経路も少ないということだが、外部への脱出経路も少ないということでもある。入り口を固められれば出口はない。
そして、数少ない出入り口は、使えば確実に目に付く。もし、脱出して来たエージェントの姿が見られでもしたら一巻の終わりだ。伊沢刑事は固唾を飲んでパトカーの行く先を見据えた。
パトカーの群れはゴルフ場の入り口を通り過ぎ、その少し先にある自動車工場の駐車場に雪崩れ込んだ。
伊沢刑事は首を捻る。こっちに用なのか?まだ何か聞くことがあるのか?こんなパトカーの大群をUターンさせてまで聞くようなことが……?
他のパトカーは引き返すと言われ、それに従っていただけ。事情を詳しく知っているのは先頭のパトカーに乗っていた森中警視だけだ。そして、伊沢刑事を始めとした警官たちは、降りた先で初めて引き返した理由を知る事になる。
戻ってきたパトカーに驚いた工場長が出て来た。森中警視はその工場長に言う。
「今朝から二人の人物の行方が分からなくなっていましてね。その二人に繋がる痕跡がここに残されていたので、詳しく調べさせてもらいますよ」
「な、何のことですか?」
なんの事か分からずに言っているわけではない。だが、なぜそれがバレたのかは分からない。バレるはずなど無いのに。
「そこに停まっている車ですよ。その車の持ち主がその恋人と共に連絡がつかないんです。ただの駆け落ちのようにも思えます、不審な点が多いのですよ」
森中警視はそれらをあげつらう。工場のフェンスそばに落ちていた制服などの遺留品、そして今も目の前に停まっている、行方不明になった田沢の車。
ゴルフ場にカップルの遺留品があったなどとは知らなかった。知っていれば、当然回収している。昨夜、カップルはクラブハウス前で見つかり、捕らえられた。その前にどこにいたかなどわかりもしないし、ここに来た時は上着を着ていたなどと言う事も知りようがない。
「まず、なぜこの車がここに停まっているのか。その説明をお願いしますよ」
もちろん、連れ去った後の証拠隠滅である。この後、この車はさも頼まれたかのように正規の手続きを踏んだ後、スクラップにされることになっていた。ここはそのための工場なのだから。
もちろん、そんなことを言えるはずもない。苦しい言い訳をしなければならない。
「この近くでその服も見つかったんでしょう?それなら、うちの駐車場に停めてコースに入ったんでしょう。近道でうからねぇ」
「残念ながら、昨夜はこの車がゴルフ場の駐車場に停まっているのが目撃されているんです。もうじき、目撃した刑事本人が到着するでしょう」
激しく動揺する工場長。疚しいところがなければここまでの動揺はできない。
「それじゃ、その二人をどうにかした誰かが動かしてここに置いたんでしょう。ゴルフ場は現在使われていませんが、工場やここの駐車場はごらんの通り使われてますし、車が置かれていても不自然じゃありません。うちの駐車場にはスクラップ待ちの車がとっかえひっかえで停まってますから、現に今まで不思議に思ったりはしませんでしたし」
この話のほとんどは事実を語っている。ただ、自分がその当事者であるということだけは認めない、無関係な第三者によるものだという主張。
この主張には一応、筋は通っている。ただ、今の動揺ぶりがこの件に無関係ではないことを物語っていた。動揺しているうちにつついて、またボロを出させてやろう。森中警視はさらに質問をする。
「犯人はこの工場に置いておけば車を処分してくれると考えたのでしょうかね」
「かも知れませんな。まあ、うちだってちゃんと頼まれた車以外を解体したりはしませんが」
これも嘘ではない。この車は組織に頼まれ、解体予定だった。それだけだ。
「この駐車場は、夜間出入りできないように封鎖したりしないんですか?」
「え。一応しますが……鎖を渡すだけですから、すぐに通れる様にできますよ」
「今朝、おたくがここに来たとき、鎖はありましたか?」
「ええ、いつも通り」
「その時、この車があったことには気付きましたか」
「いえ。いつも整備やスクラップ待ちの車があるのでなんとも」
「そうですか……」
森中警視は考える。このままでは埒が明きそうもない。少し話題を変えてみるか。
「工場長はこの隣のゴルフ場が……その、野外プレイのメッカとまで呼ばれるような場所になっていたのはご存じでしたか」
野外プレイの所だけ少し声のトーンを落とす森中警視。
「え、ええ、まあ」
お陰でストーンとしても夜中にうろうろする輩が増えて困っているのだ。皮肉なことに、闇に紛れられるはずの夜より、昼間の方が人目がない有り様だ。もっとも、夜はこの工場にある出入り口を使えば問題ない。工場の方が人気がないのだから。
「やはり、良くカップルが来ますか」
「ええ。たまに忘れ物やゴミがありますから。脱いで行ったものとかね」
「直接その姿を見たことはないんですか」
「ホテルじゃあるまいし、みんな夜のうちに帰りますからねぇ。たまに明るいうちからコースを歩いている人達もいますけどね」
「じゃあ、脱ぎ散らかした服を着忘れて置いて行くのも別に珍しくないわけですか」
「ええ、割と」
これも本当だ。冬場はマフラーなどが、夏場は涼しいので一枚上に羽織っていたものを、体が温まったお陰で忘れて行くこともある。だからこの位の忘れ物はめずらしくないということにしようと思っているのだが、既にこの持ち主が行方不明なのが分かっているのだからこの主張は無意味だ。
「しかし、社員証入りのジャケットまで置いて行くことはなかなかないでしょうがね」
この言葉で、持ち主の身元は判明しており、行方不明になっている事が分かっている事を思い出す。
「短気な男ですから、無理やり引っ張って行ったとか……」
この男はどうでもいい話になるときが緩むらしい。それとも、行方不明になっている事を思い出して殊更に動揺していたのか。
「短気な男でしたか」
「い、いやいや。推測というか仮定ですよ」
今の言い振りは、推測でも仮定でもない。はっきりとあの男は短気だったと断言するような言い方だ。
「推測だったとして、なぜ短気だと?」
森中警視の追い込みが始まった。
「ほら、普通ジャケットなんて置いて行かないでしょ。気付きますよ。短気だから、ジャケットなんか着るのは後回しにしろとでも言ったのでは?」
「着るのを後回しにしてどこに行く気だったんでしょうね?戻ってくる気だったんでしょうかね?」
「非常ベルが鳴ったのに驚いて様子を見に行ったのでしょう」
「先程も言いましたね。非常ベルが鳴ったと。……あなたはなぜそれを知っているのですか?」
「あっ。その、事務で残業していた社員が聞いてまして」
「夜の十時ごろまで残業ですか。……その人に詳しく話を聞いてみたいですな」
ボロが新たなボロを呼び、どんどん追いつめられていくのを工場長は感じ取っていた。
「きょ、今日は休みなんです」
「では、昨日の夜非常ベルが鳴った話はいつ聞いたのですか」
「それはその、今朝の、休みをとるという連絡のときに……」
「連絡のついでに、そんな世間話は普通しませんよねぇ」
だんだんぐだぐだになってきた。そろそろ止めを刺してやろうか。
「何か隠してますね、工場長。ちょっと調べさせてもらってよろしいですか。……もし、断るというのなら礼状をとって後日徹底捜索を行うことになりますが」
まさにピンチとしか言いようがなかった。
伊沢刑事は合図を送る。今回は断れ、と。時間稼ぎをし、その間にここを捨ててとんずらするのだ。
「今日はちょっと。後日、いくらでも調べていただいて結構です」
合図通り、工場長は捜査を先延ばしにした。
「ほう。では、そうさせていただきますかね」
刑事たちは引き上げて行く。ほっとできる状況ではないが、とりあえずはほっとした。
そこに飛鳥刑事と佐々木刑事の乗った車がやってきた。
「どうなりました?」
車を降りた飛鳥刑事が聞く。
「後日、徹底調査することになったよ。今日はいったん引き上げだ」
佐々木刑事はせっかく来たのにと言いたげな顔をした。
その夜。
夜のゴルフ場の林を歩く人影があった。
飛鳥刑事と小百合だ。
森中警視はまた今夜も二人にゴルフ場に行くように頼んだのだ。何か、おかしな動きがないか見張れと言うことだ。
昨日のことがある。小百合は嫌なら行かなくてもいいと言われたが、小百合としても一人でアパートにいる事の方が怖かった。
昨日のように駐車場から離れた場所に車を停め、ゴルフ場まで歩いて行く。駐車場に車を停めると、誰かがいるということが分かりやすい。向こうも警戒するだろう。
幸い、他のカップルがいる様子はない。駐車場はガランとしている。
林を伝って工場もクラブハウスも見える場所に身を潜めた。
「怖くないか?」
飛鳥刑事は小百合に問いかけた。
「うん。平気」
小百合は異動前に連れ去られていた間、ここの近くに捕らえられていた。そして、ここでかなり怖い体験をしているらしい。それが何なのかはっきり思い出せないのは、催眠術で思い出せないように暗示を掛けられているからなのだが、昨日のことで暗示は解けかかっている。
一体小百合がここで何を体験したのか。小百合は、自分の中にあるパンドラの箱が開くことに対する恐怖と共に、それが開かれたときに明らかになる事実が、ストーンを砕くための楔になるのではないかという期待も抱いていた。だからこそ、不安と恐怖に抗いながら、記憶を紐解く鍵がありそうなこの場所に再び赴く決意を固めたのだ。
昨日同様、ゴルフ場は静まり返っていた。昨日、向かいの薮で声を上げていたカップルがいないだけだ。あのカップルはここにいないだけでない。居そうな場所にはどこにもいないのだ。その二人の行方も気になるところではある。
そして、もちろんこの地下に埋もれた秘密とは。
何事もないような風の音と虫の声が辺りを包んでいた。
今夜は、昨日のようにちょっと調べて帰ってくるのではない。何か動きがあるか、朝がくるまで見張らねばならない。それに備えて二人は早めに仕事を切り上げ一眠りして来た。昨夜は二人とも良く眠れていない。おかげで横になるだけで眠気が押し寄せて来た。
二人が到着するまでの間、自動車工場には警官がいた。工場内の捜査は令状を取ってということで話は付いたが、車についての捜査はすぐにでもしなければならない。ついさっきまで鑑識課員などを加えて警官があの車を取り囲んでいた。
これは、ある意味この地下にいると思われるストーン関係者への牽制だった。迂闊に動けば近くにいる警官に見つかりかねないと警戒させておく。そして、警官は引き上げ、油断させる。その出方を飛鳥刑事と小百合がひそかに見張ろうという訳だ。
これは実質張り込みだ。飛鳥刑事の相棒としては刑事が来るのが筋なのだが、事が事だ。ストーンが絡んでいる、いや、ストーンそのものに迫る捜査になる。
ストーンの関係者は警察内にも多数潜入している。それが誰かは分からないが、警察がストーンに対して動き出せばそう言った潜入者から情報が流れ、逃げられたり攪乱されたりするだろう。動きをストーン関係者に捕まれれば厄介だ。ストーン関係で森中警視が今のところ信頼できるのは飛鳥刑事と佐々木刑事、そして小百合くらい。そして、佐々木刑事は今夜ここに来ることを拒んだ。野外プレイのメッカに男同士で来たくないということだった。必然的にこの組み合わせとなった。
ここがそういう場所だと分かると、こうして二人でいるのはむしろなんとなく気まずい。
「大丈夫?怖くない?」
「うん、平気」
さっきと同じやり取りをする二人。
飛鳥刑事は男同士の張り込みは慣れているが、こういうのは慣れていない。
しばらく押し黙っていた二人だが、小百合が口を開いた。
「あの。何かその、こうしていると……」
言葉を切った小百合の、次の言葉をそわそわしながら待つ飛鳥刑事。
「ちょっと……刑事みたいですよね」
「え」
続きの言葉は飛鳥刑事が想像していたのとは少し違っていた。そわそわし損だ。
飛鳥刑事は間違いなく刑事だが、小百合は警備課の制服警官。こうして刑事のようなことをするのは初めてだ。
「小百合も刑事になりたかったの?」
「うん。結局なれませんでしたけどね」
「何で刑事に?ドラマの影響とか?」
「それがその。良く覚えてないというか……。あたし、催眠掛けられちゃってるじゃないですか。だから警備課に来る前のことさっぱり思い出せないんですよ。何か、気が付いたら警備課で警官やってた、みたいな」
「そ、そうなの?」
そんな話は初めて聞いた。
「よく警官の仕事できたなぁ。何にも知らないままやってたんだろ?」
「いや、仕事の事はなぜか分かるんですよね。体が覚えているって言うか。やっぱり催眠掛けられる前もこの仕事やってたんじゃないかなぁ」
「そうなんだ」
「刑事になりたいってのも、ずっと思ってたんだと思います。だから、警察官になったんじゃないかな、って」
小百合の催眠が解ければそういうことも思い出すのかもしれない。
「ちょっとだけ、ストーンに感謝してたりするんですよね。ストーンに攫われたりしたお陰でこうして刑事に混じって仕事ができるじゃないですか」
「感謝しちゃだめだよ……。この間も攫われたところじゃないか」
小百合はまだ、あのオケラ屋での一件は宇宙人の仕業だと思っているようだ。だが、ローズマリーや謎の地下通路など、ストーンに結びつく事柄が多い。そんなことを言うと、小百合はストーンは宇宙人などと言い出しそうだが。
「ほんと、何を見たのか思い出せればいいんですけど。でも、思い出しても大したことなかったらがっかりだなぁ……」
そう言うと、また小百合は黙り込んだ。
むしろ、大したことない方がいい。飛鳥刑事はそう思う。そんなに大切なことを見ているのならストーンがこうして小百合をいつまで生かしておくだろう。
そもそも、今までにも何度もチャンスはあったのに、なぜそのたびこうして小百合を帰して来ているのか。わざわざ、記憶をいじってまで。何か、もっと大きな秘密が小百合にはあるのではないか。飛鳥刑事の脳裏に漠然とそんな考えが浮かび始めた。
二人は押し黙り、また静寂が訪れた。だが、静寂はまたしてもすぐに打ち破れる。打ち破ったのでは飛鳥刑事でも小百合でもなかった。
トナミメンテナンスの方からいくつかの人影がやって来た。多くはない。3人。作業着を着た男たちだ。工場で働いている工員だと思えば怪しいところはない。だが、時間は夜7時を回っている。今まで工場が動いていた様子はなかった。さらに、工場に明かりさえ灯っていなかった。この状況で人が出てくるのは不自然だ。
飛鳥刑事と小百合はより深く茂みに埋もれて身を隠し、男たちの出方を見守る。
男たちは辺りを探り始めた。誰か居ないか探っているらしい。しかし、駐車場に車がなかったことからどうせ誰もいないだろうと踏み、茂みを念入りに調べることはしなかった。息を潜めた二人の側を、何事もなかったように通り過ぎていく。
一通り調べ終わると、男たちは一度集まった。バンカーの辺りだ。
無線機でほかの仲間と連絡を取っているようだ。距離は遠いが、風に乗ってかすかに声が聞こえる。
飛鳥刑事も無線機を取り出し、森中警視に連絡を取った。
「動きがありました。現在工員風の男三名が不審な動きをしています!」
森中警視は逐一状況を伝えるようにといい、無線を切った。
辺りには誰もいない。079は確認が済んだことを遠くで待機する仲間に伝えた。
ほどなく、騒々しい音を轟かせながらトレーラーがゴルフ場に入って来た。石川グループ傘下の引っ越し社のマークが入っている。
その姿を確認し、今度は地下で待機する仲間に伝える。バンカーの地下から低い地鳴りのような音がし始めた。
バンカーの砂が盛り上がり、その中から斜めになったカマボコ型の物が現れた。普段は砂の中に埋まっている、地下への入り口だ。
カマボコの先端、鉄の扉で塞がれた地下へと続くトンネルが開く。
トレーラーから何人もの人間が降りて来た。皆ストーンの下級エージェントだ。
通路の下の方には運び出す荷物が積み上げられている。重要な資料のファイルなどから優先的に運び出されていく。
その時、無線機に連絡が入る。連絡を受け、079は号令を出した。
「一度作業を中断だ!警察がこちらの動きを嗅ぎ付けて動き出したらしい。どうやら近くで野良犬が見張っているらしい。捜し出せ!」
野良犬はまだ薮の中に身を潜めていた。今度は探す人数も多い。逃げるに逃げられずに茂みの中で息を潜めていた二つの人影を捜し出すのはたやすかった。
「こいつら、昼間来た刑事だ。それに……」
トナミメンテナンスの工場長を表の顔としてもつエージェントが二人の顔を懐中電灯で照らした。女の方の顔は写真で見たことがあった。ストーンの古参の人間なら知らない者はいないだろう。自分も話には聞いたことがある。
その時、遠くからパトカーのサイレンが近づいて来た。
「時間がないな。こいつらは地下に連れて行け」
大人数を前に抵抗もできないまま、二人は地下に連れ去られて行く。
そして多くのストーンエージェントといくらかの荷物を載せたトレーラーは桜丘市方面へと走り去って行った。
残りのエージェントもトンネルから地下に入り、入り口は振動音とともに砂の中に戻って行く。
パトカーが駆けつけたころ、何もない静かなゴルフ場だけがそこにあった。
飛鳥刑事と小百合はバンカーの地下から現れた通路を通り、ストーンの地下施設へと連れ込まれた。両脇を固められたまま、緩やかなスロープを降りて行く。
スロープを降り切ったところでエージェントの一人がスイッチを操作すると、ゆっくりとスロープが下向きに動き始めた。こうやってまた砂の中に埋もれて行くらしい。近くには荷物が山のように積み上げられている。運び出されようとしていた荷物だ。
二人はそのまま、手近な部屋に押し込まれた。
部屋の外で話し声がする。
「大急ぎで各ブロックを封鎖しろ。しばらくは閉じこもるしかないだろう」
バタバタと足音が遠ざかって行く。
飛鳥刑事はドアを開けてみようとしたが、やはり開かない。ドアのこちら側には取っ手すらなく、小さな鉄格子の窓がついた扉だ。もともと人を閉じ込める目的で作られた部屋らしい。
飛鳥刑事はほかの出口はないか部屋の中を見渡してみたが、換気口一つない、何もない部屋だ。
「くそっ」
どんと扉を一度蹴り、飛鳥刑事はその場に座り込んだ。
「あたしたち、どうなっちゃうのかな」
沈んだ声で小百合が言う。
「森中警視が俺たちがゴルフ場に来ていたことを知っているから、俺たちがあそこから連れ去られたって事にはすぐに気付いてくれるはずだ。ただ、この場所に気付いてくれるか……。ここまでこられるかどうか分からない。さっきのバンカーの通路は中から操作しないと出てこないと思う。他所の出入り口からの道も、今からあいつらが封鎖しようとしているみたいだ。その前に警視たちが踏み込んでくれればいいんだけど……」
それはつまり、スピード勝負ということだ。時が経てば経つほど望みは薄いということを示す。
そして、動きがないまま時間は無情にも刻一刻と流れて行った。
部屋を満たす青い光。
彼はこの部屋が好きだった。この部屋の主はストーン総裁だ。だが、多忙である総裁はこの基地には滅多に現れない。主が留守の間、許しを得てこの部屋を自由に使わせてもらっている。
彼は実質、ストーンの人間ではない。ゲストの一人だ。だが、彼はストーンに大きく貢献した。やりたいことをやらせ、そのための資金も出す。それだけでストーンに対する高い忠誠心も見せてくれた。ローズマリー同様にゲストの中でも特別待遇となっている。
ローズマリーと言えば、彼はローズマリーにとって師である。本名は神代と言うが、最近はこう呼ばれている。
「マーブル。ドクターマーブル。警察が近づいております」
エージェントの一人が部屋に入ってきた。
「……ほう。それで?」
「全区画を封鎖し、外部からの侵入経路を遮断します。遮断は既に概ね終了しており、後は用心のために電力の供給を停止します」
各区画を仕切る仕掛けは電力無しでは動作しない。電力の供給を停止すれば、封鎖されたブロックは力ずくでないと突破できない。
「なるほど。そうなるとしばらくこの機械は使えないな」
神代はその機械にちらと目をやる。電気椅子を思わせる椅子に女性が一人縛り付けられている。女性はゴーグルのようなものとヘッドフォンを着けられており、ゴーグルの中からは点滅する光が、ヘッドフォンからは妙な音が漏れている。
「警察を呼び寄せた人間を捕らえてあります。男の刑事と……“倉橋優香”です」
その名を聞き、神代は目を細めた。
「ほう?森中の差し金か?奴も粋なことをするな。で、どうするつもりだ?」
「それは……相手が倉橋とあっては我々には決めかねます。総裁にも連絡を取れる状況ではありませんし」
「つまり、私が決めろと言う訳か?」
ここにいるのはせいぜいナンバーズ、番号が割り振られた下級構成員ばかりだ。命令され、その通り動くだけの人形。命令の遂行のために為すべきことを考えはするが、命令にない事をするかどうかを判断する権限はない。
「分かった。考えておこう」
神代はそう言うと、女性が拘束されている機械のスイッチを切った。ヘッドフォンの音も、ゴーグルの光も停止する。
「残念ながら、これ以上は無理だそうだ」
神代は女に装着されたヘッドフォンとゴーグルを引きはがす。充血し、疲れ切った目が現れた。
この機械は催眠をかけるための機械だ。音と光による刺激で脳の働きを弱らせ、催眠による洗脳を容易くする。だが、この女は我が強く、なかなか思うように事が運ばなかったのだ。
「帰してくれるの?」
弱々しい声で女が言う。
「まさか。我々もここから出られないようだ。まだしばらくおつきあい願う事になる。そもそも、素直に催眠にかかってくれさえすれば帰してやる事も出来るのに、それを拒んでいるのはお前の方だ」
「……何が催眠よ、馬鹿馬鹿しい」
そう、催眠を信じない人間は催眠に掛かりにくい。それに加えて強情だ。おかげでとても手こずっている。
「やれやれ。お前の連れは容易く催眠に掛かったのに……。まあいい。今は私にも他にすべきことがある。……こいつもどこかに閉じこめておけ」
神代はエージェントに命じた。足元をふらつかせた女を引きずり、エージェントはどこかに連れ去っていった。
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