夢幻伝説タカマガハラFanFicショートストーリー
夢の世界

 あの高天原での冒険が、遠い過去のような、まだつい昨日のような、そんな小学六年生の二学期頃。

「つまんねー。つまんねえぇぇぇ」
 休み時間、那智が机に突っ伏しながら何か喚いている。
「何だよ、まだ遊び足りないのか」
 颯太が声をかける。那智は顔だけ上げて颯太を見上げた。
「ちげーよ、馬鹿。俺、お前らシモジモと違ってブルジョアじゃん?でもさー、いくら金が自由に使えても虚しいって言うか?」
「あっそう。それじゃ今度は倹約生活でもしてくれ」
 白けた顔でどこかに行こうとした颯太のベルトをむんずと掴む那智。
「ちげーって。何で俺さー、男に生まれてきたんだろうって事よ。こっちでも高天原みたいに女で生まれて来てりゃさ、普段からいい服着て、化粧もバッチリで……あ、でもすっぴんでもチョーイケてるけど」
 言いたいことと話がずれたのでかぶりを振って話を軽くリセットする。
「とにかくさ。せっかく金あるのに使い道ねぇー」
 わざわざ訂正してもしなくても、どっちにせよ馬鹿らしい話だ。付き合って損した。そもそも、那智の戯言に付き合って、そう思わなかったことは今までにない。そう思いながらも話に付き合ってしまう颯太。
「それならこっちでだっていい服着られるだろ。化粧はともかく」
「男のおしゃれなんてたかが知れてるじゃんか。金かけてもホストみたいになるか、高いだけで安物と見た目大差ないスーツに落ち着くかどっちかだろ。まして子供じゃなー」
「そう言えば那智っていつもそんなこと言ってる割に女装はしないな」
 那智はがばっと体を起こした。
「ばっ、馬鹿言うんじゃねー!いくら女物の服を着ようが化粧をしようが中身が完全に男なんだよ!そりゃ、泰造なんかみたいに男以外のなんでもないようなのに比べりゃ、中性的な甘いマスクだけどさ、所詮男と女の間にある壁ってもんは越えられないって実感したさ……」
「ああ、その口ぶりだと一応試してはみたんだな……」
 うっかり口走ったことで図星を突かれ、真っ赤になって颯太に掴みかかる那智だが、返す言葉もない。
「高天原に帰りてー」
 誤魔化すようにそういいながら椅子に座る那智。
「あっ、でもさ」
「ん?」
 話を変えようと必死に話題を考えていた那智だが、結局言いたくなったのは今の話題の続きだった。
「あっちもいいことばっかりじゃないよな。あっちじゃ俺もすっごい貧乏でさ。着るものと化粧品を買ったらもうほとんど金が無くて、一日一食とかやったよな。まあ、ダイエットにはなるんだけど、ウェストばかりか胸までやせてさ。……自分のブラジャーに詰め物しなきゃならないときの気持ちちなんて、お前にはわかんねーだろーな」
「わ、わかるかそんなもん!」
 大きさを思い浮かべながら胸の前で手を動かす那智を見、いろいろリアルな想像をしてしまい、真っ赤になりながら颯太が喚いた。
「そもそも、優先順位おかしいだろ、それ……」
「しょうがねーだろ!俺、あっちでも頭わりーし、愛想もよくねーし。取り柄は歌と踊りと美貌くらいでさ。歌姫にせよ踊り子にせよ美貌は武器になるだろ?だから美貌はしっかりと磨いておかなきゃな……って聞いてる?」
「はいはい、美貌美貌」
「お前真面目に聞いてないだろ……。まあ、とにかくそんなわけで、給料と別にまかないもしっかり出る神王宮の給仕の仕事を始めたんだけどさ。いやー、結果から言えば失敗だったよな。水仕事で手は荒れるし、月読は性格きっついし。最初は給料も悪くないし、月読様に気に入ってもらえば出世街道まっしぐらで人生薔薇色かもー、なんて思ったけど、まるっきり興味もしめさねー。この世には娘の伽耶様以外、女は居ないと思ってるんじゃないかと思いたくなるほどだったね。他の連中も忙しくて給仕の女中なんか見てないの。まあそもそも、あそこで色恋沙汰って雰囲気出せないけどさ。あそこで働いてる間が一番女捨ててたなー。早いとこ抜け出せてよかったよ。月読怖くてやめるにやめられなかったしなー。下手なこと言ったら殺されそうでさ」
「大変だったんだなぁ……」
「そう、大変だったよ。こっちじゃそんな苦労しなくてもいいんだけど……あっちの俺にとっちゃ、こっちの俺も夢のような存在だったよ。金なんてあまってるんだもんな。問題は俺が男だってだけで。……世の中うまくいかないよな」
 那智の話を聞きながら、颯太も思わず頷いてしまう。
「あー、それ、俺も思ったなぁ。高天原の俺は結姫や隆臣に出会うまで、見聞を広めるための旅に出ていたんだ。何もない辺境で育ったから、学ぶ機会が少なくてね。でもこっちみたいに学校に通わなきゃいけない訳じゃないから、自由に旅が出来て、思うように見聞を広めることが出来た。旅は大変だったけどね。終末伝説については、ほとんどの資料が一般人の目に触れることのない場所にあるから、調べるのが特に大変だった。自由な高天原がいいか、自由はないけど図書館やテレビ、ネットでいくらでも情報が得られるこっちがいいか、悩むところだ」
「なんかインテリひけらかしてるみたいでムカつく悩み方だなぁ」
 今度は那智が白けた顔をしている。
「それだけじゃないぞ。高天原の俺はとても目がよかった。メガネなんかかけなくても地平線の向こうまで見えるくらいにな。でもさ、実際に幽霊とか見ることも多くてな……。こっちの世界でもそう言う話は嫌いだけど、まだ実際に見たことがないのが救いだよ」
「見えるのか?」
「見えるよ。だから神官になって追い払える力を身につけたんだよ。でも、おかげで追い払ってくれといわれて幽霊がいっぱいいるところに連れて行かれたり……。だから除霊サービスはすぐに辞めた。そんで幽霊の少ない田舎に帰ったんだ」
「自業自得じゃん」
 笑いながらいう那智に反論できない颯太。
「なーに、二人とも。なんの話?」
 そこに声をかけてきたのは結姫だった。
 以前となにも変わらないように見える結姫だが、隆臣が転校してから時折寂しそうな顔を見せるようになった。これをチャンスとばかりに俺がそばにいてやるよと言ってやりたい颯太だが、踏ん切りがつかない。
 颯太と那智は二人が今話していた、高天原と中ツ国の自分が、お互いの世界に憧れて止まないという話をした。
「結姫はそう言うこと無いの?」
「バカ那智、結姫は……」
 慌てて颯太が那智の言葉を遮る。遅いが。
 結姫はあの時、肉体ごと高天原と中ツ国をを行き来していた唯一の人間。だから、あちらの世界の結姫もこちらの世界の結姫も同じ人物だ。
 ただ、そんな結姫にも高天原の『自分』が存在していた。その『自分』と結姫は対面し、今は元に戻ったが融合もした。
「あたし、高天原じゃ『樹』だったからねー」
「あっ、そう言えばそうだ」
 那智は頭を押さえる。一応、結姫の口からその辺の話は聞いていた。
「でもねあたしも、ほんの短い間だったけど、あっちの自分と一つになっていた間に、あっちのあたしと記憶や気持ちを共有することが出来たから、気持ちは分かるよ。……天上界でたった一本の樹だったあたしは、夢に出て来るたくさんの友達に囲まれて、自由に駆け回れる夢の中の『結姫』にとても憧れてたなぁ」
 そんな結姫に憧れていた一本の樹。さすがにこれは羨ましいとは思わないだろう。颯太も那智もそう思っていたのだが。
「あー、ちょっと羨ましいって思うことあるよ。だって、静かなところでなんのストレスもなく過ごせるなんて素敵じゃない」
 毎朝、うるさい弟たちが自分より先に起き出し、ギャーギャー喚く声で叩き起こされる。そんな日々に辟易していた結姫にとって、静かで穏やかな日々は憧れなのだ。
「結姫、もうそんな老後みたいな事を……」
「誰が老後よっ!」
 余計なことを言った那智のせいで颯太まで正座する羽目になった。

 次の休み時間。三人はさっきの話の流れで、泰造と圭麻の話も聞いてみることにした。
「あっちの俺?そりゃー羨ましいぜ」
 机の上に座ってふんぞり返りながら泰造が答える。
「あっちじゃ喧嘩が商売だからな。悪党相手なら誰も怒らねーし、そこに来て悪党はいっぱいいたしな。パラダイスだったぜ」
 そう言いながらうっとりする泰造。
「それに、あっちの俺の歳なら鳴女さんと釣り合うけどこっちの俺じゃお子様過ぎるし。まあ、どっちにせよ鳴女さんは……」
 さっきまでふんぞり返っていた机の上から落ちそうなほど脱力する泰造。その辺の事情も結姫から聞いていた。話を聞いてからはショックのあまり喧嘩が弱くなり、そのチャンスを狙って散々に負かされていた。もちろん立ち直ってからリベンジしたが。
「気を確かに持て、泰造。それよりあっちの泰造がこっちの泰造をどう思っていたかをまだ聞いてない」
 脱力しきった泰造を颯太と那智が二人がかりで起きあがらせた。
「そんな事よりとはなんだ!うーん。こっちの俺か。そりゃぁ……なぁ。食い物はたらふくあるし、飯はかーちゃんが作ってくれるし」
「食うことばかりだな」
 颯太は呆れる。
「もちろんそれだけじゃねーって。高天原の俺は自分で言うのもなんだけどすごく強くてほとんど敵なしだった。けど、こっちには俺より強い奴がごろごろいるぜ!ねーちゃんとか、とーちゃんとか、かーちゃんとか」
「家族ばっかりじゃんか。って言うか食うことと喧嘩だけかよ!」
 那智にまでツッコミを入れられた。
「しょうがねーだろ、俺にとって生きるってのは食うことと戦うことなんだから」
「野生だなぁ、お前って……」
 那智には信じられない生き方だ。結姫も苦笑いを浮かべるしかできない。
「で、圭麻は?」
 結姫が圭麻に話を振る。
「俺ももちろん、高天原の俺はこっちの俺に、こっちの俺はあっちの俺に憧れを持ってましたよ」
「ねえ、どんな?どんな?」
 嬉々としながら聞いた結姫だが。
「だって、高天原の俺ってゴミ捨て場のそばに住んでいたから、ゴミ拾い放題じゃないですか。家も一人暮らしでしたからどんなに集めてきても誰も文句言いませんし」
 結姫の笑顔が固まる。颯太は圭麻の家に泊まる時、寝場所を作るために片づけをさせられたことを思い出した。挙げ句、片付けろなんて言ってない、なんでゴミに埋もれて寝られないんだと言われ口論になったあの夜のことは一生忘れないかも知れない。
「こっちの世界はゴミがしっかり分別されてて、リサイクルの意識も高いのできれいでまだ使えるゴミが多いのが素敵です」
「ゴミだけか!」
 那智が突っ込む。
「圭麻ってゴミのことしか興味ないからなー。そのうち、ゴミからより分けた部品でロボット作って結婚しそうなんだけど」
「ああ、やりそうで怖いな……」
「まさか。そんなことできませんよ。高天原じゃあるまいし」
 言い合う那智と颯太に圭麻が口を挟む。
「あっちじゃ出来るのか!」
 ユニゾンでツッコミを入れる二人。
「勾玉があれば出来ますよ。ブルースカイブルー号を完成させたあとは人型ロボットの実験してましたからね。まだ試作も初期段階で、変な動きしてましたけど」
「……どうでもいいけど、何で出来てたんだ、そのロボットって」
 恐る恐る颯太が尋ねる。
「大丈夫ですよ。人間の死体の一部とかは使ってませんから」
「お前がそういう言い方をすると、むしろ信用できないんだけど……」
 颯太はこの話は忘れることにした。
「颯太が泊まったあの夜、それは颯太と同じ部屋にあったんですよ。うふ、うふふふふ」
 颯太は素早く耳を塞いだ。
「みんな、中ツ国では高天原の自分に、高天原では中ツ国の自分に憧れてるんだね」
 これまでの話をまとめると、結姫のいう通りになる。
「お互いの世界は『夢の世界』ではあるけど、そういう意味でも『夢』の世界になっているんだな。夢が叶っている世界なんだ」
 颯太が結論を出した。
「話は変わるけどさ。長門先生が伽耶姫なんじゃ無いかって話出てたよな?もしも颯太が言った通りなら、長門先生と伽耶姫もそういうことになってるんじゃないか?」
 珍しく泰造が冴えたことを言った。
「あっ。そうだね!長門先生の憧れって……」
 結姫の言葉に那智が割って入ってきた。
「お姫様になりたいっていつも言ってるよな?」
「……そのまんまだな」
「ひねりがねーなぁ」
「決定かな?」
「間違いないね」
「揺るぎないですね」
 全員意見が一致した。そのうち、憧れていた白馬の王子様も伽耶姫の前に現れるのではないだろうか。あの世界ならいそうだ。
「じゃあさ、伽耶姫は長門先生のどこら辺が羨ましいと思ってるんだろう」
 結姫の言葉に、那智が何か思い当たったようだ。
「伽耶姫は神王宮で家来には囲まれてるけど、友達がいないんだよな」
「そういえば、俺と那智が初めて伽耶姫に会った時も『お友達になって下さいね』って言ってたな……」
 颯太はその時のことを思い出す。
「ああ見えて、いつも寂しい思いしてたと思うぜ。年の割に子供っぽいところがあったのも、いつまでも子供でいたかったんじゃないかな」
「さすがにそれは無理だが……小学校の先生なら、子供の中で、子供と友達のように接することも出来るか」
 真面目な顔で言い合う颯太と那智に、泰造が割り込む。
「ずっと子供でいたい?あー、だから幼児体型のままなんだな」
 那智を筆頭に、男子四人は大笑いした。
 結姫はそんなお下劣な話に些か憤りを感じ、何より自分の体型だって人のことは言えないので笑うに笑えなかった。

 授業が始まった。
 そんな中、結姫はふと思う。
 隆臣はどうだったのかな。
 今となっては声を聞くこともできない隆臣。二つの世界であまりにも違っていた隆臣。
 優しかった隆臣君は、高天原の隆臣のどの辺に憧れていたのだろうか。あんな隆臣が、隆臣君の何に憧れていたのか。
 いつか、聞けるかな。
 ノートの隅に得体の知れない落書きを書きながら、結姫はそんな事を考えた。


 翌年。那智の戯れ言にちょくちょく付き合ってやっていた颯太は、その影響もあってか私立に落ちた。
 そして、隆臣は戻ってきていた。そして、小学校時代にしたそんな話のことをふと思い出し、結姫は隆臣にその話を切り出してみた。
「俺か?そうだな、あの頃の俺は大人しかった分、ちょっぴりワルに憧れたりしたもんだよな」
 今ではちょっぴりワルどころじゃすまない性格になり果てている隆臣は言う。そもそもその頃の、高天原の隆臣もちょっぴりワルどころか極悪人だったのだが。
「まあ、そこまで酷くなってきたのはほんの数年だし。反抗期って言うの?親父の仕事が忙しくなってきて、親父が嫌いで家でつんけんしだした頃と、俺があっちで荒れ始めたのって同じ時期だし、その辺リンクしてたんだな」
 それにしても荒れすぎだと結姫は思った。
「まったくもう……好き放題してたんでしょ、どうせ。……で、そんな隆臣がこっちの隆臣に何か憧れるような事ってあったの?」
 そう問いかける結姫の顔をじっと見つめ、やおらにやりと笑みを浮かべながら隆臣は言う。
「あったりめーだろ」
 その言葉の続きを待っていた結姫を、隆臣はやおら抱きしめる。
「結姫のそばにいつでも、心置きなくいることが出来て、結姫が俺に笑顔で話しかけてきてくれるんだからこんな羨ましいこと無かったぜ?」
「いきなりなにすんのっ!」
 結姫のアッパーで隆臣はのけ反った。
「優しくしてくれよー、結姫。あの頃みたいにさー」
「そ、そう思うんならもうちょっとそういう雰囲気作りなさいよっ!」
「そういうなよ、俺はもうこうなっちまったんだしさ……」
「かわいかった隆臣君を返しなさいっ!」
「もう無理だっつの、ガラじゃねーっつの」
「いいから返しなさーい!」
 逃げ出す隆臣を結姫は追いかけていった。その様は、まるでひったくり犯が被害者に追われているかのようであったという。