夢幻伝説タカマガハラFanFicショートストーリー
圭麻のアトリエ 淑女の振る舞い講座 〜那っちゃん乙女化計画〜

 今日も高天原はいい天気だ。
 中ツ国では太陽は分厚い雲の向こうに隠れてしまっている。まるでそれを埋め合わせるかのようにこちらでは陽光が燦々と降り注いでいる。

「はー、今日も暑いなぁ。日差しも強いし……」
 那智が空を見あげながらぼそぼそと言った。
「ぜいたく言うなよ。お前だって中ツ国がどういう状況か分かってんだろ?」
 それを聞き咎めた颯太が那智に向き直っていう。
「でもさぁ、こんなに日差しが強いとお肌が焼けちゃうよ」
 言われてみれば、那智の肌は初めて見た時にくらべると確かに焼けている。初めに会った時は神王宮の中で日にも当たらない生活をしてきために雪のように白い肌をしていた。
「いいじゃないか、健康的で。人間は日に当たった方が健康にもいいんだぞ」
 そういう颯太も日陰に逃げこんでいる。
「しかし、今日は確かに暑いですね。もっとも、この地方はもともと温暖な所ですから」
 俺が口をはさむと、二人は俺の方に顔を向けた。二人ともだるそうな顔をしている。多分自分もこんな感じなのだろう。
「あー、汗も出るし。べとべとしてきたぞ」
 那智はまだぶちぶちと愚痴っている。
「そこの泉で水でも浴びてきたらいいじゃないですか」
 泉では結姫と隆臣と泰造がめいめいに水浴びをしている。
 泉のほとりで足だけつけて座っている結姫。魚でも探しているのか、半身水につかり水面を見回している隆臣。少し離れた所で盛大に水しぶきをあげながら泳いでいる泰造。
「隆臣もいますし」
「でもなぁ。日差し強そうだしなぁ」
 隆臣よりも自分のお肌の方が大事らしい。
「……こんな所に三人も集まっているのがそもそもの暑い原因じゃないですか?」
 俺達は小さな洞穴にいる。入った時は涼しかったのだが、だんだんと蒸し暑くなってきているのも確かだ。
「それじゃ、お前水浴びに行けよ」
 那智が俺に向かって言った。
「そうですねぇ……」
 俺はどうしようか考えた。確かに涼しくもなくなってきた洞窟にこもっている必要もない。
 那智が颯太の方を見た。
「お、俺は泳げないんだからな」
 颯太が那智の視線に慌ててかぶりを振る。
「別に泳げなんて言ってねーぞ。おい、あまり動くなよ、暑苦しい。あーもうダメだぁ」
 おもむろに那智が上着を脱ぎだした。
「げっ」
 颯太は耳まで真っ赤になった。
「お、オレ、やっぱり水浴びてきますね」
 オレは慌てて洞窟を飛び出した。
「ま、待てっ、一人にするな!」
 後ろから颯太が追いかけてきた。横に並んできた颯太は半分のぼせたような顔をして汗だくになりながら愚痴る。
「まったく、あいつは自分が女だっての忘れてんじゃねーのか?」
 前から結姫と隆臣が歩いて来た。隆臣は大きな魚を抱えている。今夜の夕食はこの魚になりそうだ。
「隆臣、今あっちに行かない方がいいぞ」
 颯太が隆臣に声をかけた。
「何かいるのか?」
 訝しげに問う隆臣。
「いや、那智が」
「なんだ、那智か。あいつのことならもう慣れた」
 隆臣はさっさと行ってしまう。
「いや、ちょっと、話を聞け……行っちまった。知らねーぞ」
 颯太は呆れて吐き捨てるように言う。
「那智がどうしたの?」
 結姫が聞いてきた。
「いや、暑いって言ってな、今ちょっと……」
 颯太の説明に被るように後ろで声があがった。
「隆臣〜っ♪」
「うぎゃああ、な、な、なんだお前えぇ!」
「ちょ、ちょっと那智、何やってんのー!」
 結姫も颯太の説明そっちのけで隆臣の方に駆けだした。
 下着姿で隆臣を洞窟の中に引き込もうとする那智。隆臣は魚を放り出し逃げようとしている。
「あいつは恥じらいってものがねーのか!?」
 颯太はすっかりあきれ返っているようだ。
「災難ですね、隆臣も……」
 オレは静かに言った。

 夕食が済んだ。
 日もすっかり沈み、辺りはだんだん薄暗くなってきていた。
 那智は、日が沈んだのを見計らって水浴びに行った。結姫と颯太は夕食の後片づけをしている。泰造は夕食後の腹ごなしの体操をしている。
 オレは夕食の魚からとった鱗を、いいものとあまりよくないものに分けていた。いいものはとっておいて何かに使うつもりだ。
「そんなもの、集めて面白いのか?」
 後ろからの声に振り返ると隆臣がこちらを見下ろしていた。することがないのだろう。
「面白いですよ。一緒にどうです?」
「何で俺が……」
 隆臣はしらけた顔で呟いた。
「今日は泰造と稽古しないんですか?」
 泰造と隆臣は、お互いの腕を磨き合うためによく模擬戦をする。ときどきヒートアップして結姫にレフェリーストップをかけられることもあるが。
「今日はちょっと疲れた。何でだろうな」
「昼間のことがあったからじゃないですか?」
「そうか、思い出した。あれで一気に疲れたんだな……」
 うんざりといった顔をする隆臣。
「せっかく忘れたのに……。しかし、あいつは何を考えてるんだ?いきなりあんな格好で飛びついてきやがって……」
 下着といっても、中ツ国で言う所のキャミソールのようなもので、そんなに露出の多い下着ではない。が、15才の少年にはいささか刺激が強かったようだ。
「オレも目の前で脱がれた時は参りましたよ。慌てて逃げ出しました」
 苦笑しながら漏らすオレ。
「いつだかも男湯に入ってきたよな」
「タオナの村ですか。あの時、那智に岩を投げつけましたよね、隆臣」
「いや、あれはつい……」
 気まずそうに頭を掻く隆臣。
「あのあと、隆臣はさっさとあがっちゃいましたけど、那智がなかなか目を覚まさなくて、のぼせないようにオレがひきあげたんですよ」
 隆臣があがった後、オレ達もあがることにしたのだが、那智が伸びたままになっていたので、しかたなく引き上げることにしたのだ。だが、颯太は『一応聖職者として、あられもない女性の姿を見るわけにはいかない』などと言い訳し、泰造は泰造で『圭麻って女に興味なさそうだし、お前がやれ』などと押しつけてきたのだ。
「昼間も、颯太と那智って恥じらいがないのか、とか話をしていたんです」
「まぁ、中ツ国の方じゃ男なんだろ、あいつ。仕方ねーんじゃねーか」
 冷めた感じで言う隆臣。
「あっちでの話でしょう……もしかして、那智のこと男だと思って見てませんか?隆臣」
「違うのか」
 那智がせっかくこっちでは女だと喜んでいるのに、隆臣は那智が向こうで男だということの方を気にしているようだ。そういえば、タオナの温泉でも那智が結姫のいる女湯に行こうとするのを止めるために岩を投げつけたのだった。
 勾玉のない隆臣は中ツ国の那智の記憶もないはずなのに。
 オレは、那智のために声を大にして言った。
「彼はれっきとした女性です」
「彼?」
「あ」
 ボロが出てしまった。

「せめて、男の前で平気で脱ぐのはどうにかして欲しいよな」
 颯太が深刻な顔で言った。何もそんな深刻な顔をしなくてもいいような気はするのだが。
「俺さ、学校で日本神話の本調べたじゃねーか。でもさ、あの本って小学生むけに読みやすくした本なんだよな。それでさ俺、図書館に行って日本神話のもっと難しい本を読んでみたんだよ」
「日本書紀とか古事記とかですね」
「ショキ?学級会のときにいろいろ書いてる係のことか?」
 泰造がオレの言葉に反応した。
「よく知ってるな、圭麻。なんだか古語っていう古い日本語で書いてあるんだ」
「な、なんだよ、無視すんなよ」
「それが那智とどう関係があるんですか?」
「天宇受売命なんだが……」
「確か、岩戸の前で踊って天照様の気をひいたんだよな」
 また泰造が横から口を挟んできた。今度は的を得ている。
「よく憶えてましたね」
 俺が言うと泰造は誇らしげな顔をした。
「そう、その踊りだ。その踊りなんだが、その難しい本、つまり原典の方では『天の岩屋戸に槽伏せて踏み轟こし、神懸りして、胸乳をかき出で裳緒を陰に押し垂れき』と書かれている」
 颯太が難しい顔をしながら顔以上に難しいことを言った。
「なんだよ、それ。全っっ然わかんねー」
 泰造がもっともなことを言う。
「まぁ、つまりだな。天宇受売命は、踊りながら前をはだけて……」
「なんだ、つまりはエッチな踊りを踊ったわけか」
 にやけながら泰造がでかい声で言った。
「何がエッチなの?」
「うわあっ!」
 いきなりその後ろの方で結姫の声がした。飛び上がる泰造。
「なぁに、男三人集まってエッチな話でもしてたの?やーね」
 結姫のさらに後ろからビンガが顔を出していう。
「ち、違うよ。ほら、昼間の那智の話をしてたんだ」
 慌ててとりつくろう颯太。
「ああ、もしかして隆臣に下着姿で抱きついた……やっぱりエッチな話じゃない」
 ねとーっとした流し目を颯太に送る結姫。
「とにかく。そのエッチな踊りと那智がどういう関係があるんですか?」
 結姫と颯太が話しているとドツボに陥りそうなので話のスジを元に戻すことにした。
「あ、つまりだな、那智が昼間みたいに男の前でも平気で脱げるのは天宇受売命としての意思を継承したから、言ってみれば天性なんじゃないのか?」
「とんでもない天性だな」
 泰造は苦笑した。
「しかし、天性だったとしてもこっちとしてはたまりませんよ。隆臣も困ってるようですし」
 オレはさっきの隆臣との話を思い出した。
「せめて、もう少し女らしくしてくれるといいんですが」
「そうだな……。ちょっと女らしさってものを指導してやるか」
 颯太が呟いた。

「いいか那智。まずはその男言葉をどうにかしろ」
 颯太が那智に向かって言った。
「えーっ、何でだよぉっ」
 那智はふくれながら言った。
「やっぱり、女は女らしい言葉を使って欲しい、と隆臣が言っていましたよ」
 那智を納得させるためにオレは適当なことを言う。
「隆臣が?……そうか、隆臣も俺のことを意識し始めてるんだな……。よっし、隆臣のために俺は変わるぞ!」
 隆臣の名前を出すと乗り易いので苦労しない。
「そうです、その意気です。隆臣もあまり男みたいな女と暮らすくらいなら泰造と暮らした方がましだと」
「なにーっ!」
 那智と泰造が同時に叫んだ。
「圭麻、それは言い過ぎだと思う」
 颯太が小声でチェックを入れる。それには那智は気づかなかったようだ。
「例えば、です」
「例えばでも俺は困る……」
 泰造の口をふさぐオレ。
「まぁ、とにかくだ。そうだな、那智。今日朝起きてから何をしたか言ってみろ。女っぽくな」
 気を取り直して颯太が言う。
「颯太のエッチ。プライベートだぞ」
 那智が言い返した。
「言えないようなことをしてるんですか?」
 オレの言葉に那智は慌てて首を振った。
「違うっ……。分かったよ、言えばいいんだろ、言えば!」
「女らしくな」
「わかってるってば」
 颯太が言うが、まだ女らしい言葉づかいになっていない。
「こほん。え〜、今日は、朝起きて、鏡を覗いたら、寝ぐせがあるのに気付いて、くしで髪を直したのよ」
 泰造が吹き出した。
「な、なんだよっ、どこかおかしいのか!?」
「いや、多分慣れないからおかしいんだ。大丈夫だと思うから続けて続けて」
 泰造が言い訳する。
「もう……。えっと、それでも直らないから、一度髪を洗って整え直すことにしたわ。その時お……私は、枝毛を見つけてショックだったわ」
「那智……」
 泰造が下を向いたまま低い声で呟いた。
「な、なんだ?」
「変だ。すっごく不自然だ」
「どこがだよぉっ!」
 泰造は笑いを堪えているようだった。那智は顔を真っ赤にしている。怒っているのか恥ずかしいのかは分からないが、多分その両方なのだろう。
「まぁ、すぐには無理か。しばらく結姫とお喋りでもしてコツを掴んでもらうのが先決だな」
 呆れたような顔で颯太が呟く。
「全くです。やってることは女性そのものなんですけどね……」
 なぜ、朝シャンして枝毛を見つけてショックを受ける那智が、女言葉をまともに喋れないのかが謎である。
「月読の奴も、よく使用人として雇う気になったなぁ。顔だけの好みで選んでるんじゃねーか?」
 泰造がぼそぼそと言った。それは那智にもしっかりと聞こえたらしい。
「なんだよ、どーいう意味だ?」
 泰造に詰め寄る那智。
「いや、顔はきれいだって言ってるんだよ」
 苦しい言い訳。
「なんだ、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
 那智は、それをあっさりと受け入れたのだった。

 中ツ国。
 学校の終業のチャイムがなった。
 例により、図書室に集まるオレ達。
 図書室に入ると、まだ結姫達の姿はなかった。
 しばらくすると、結姫が一人で図書室に現れた。手にはノートを持っている。
「圭麻。頼まれてたの、持ってきたけど……。こんなのでいいかな」
 オレはノートを開いた。結姫が少し恥ずかしそうな顔をした。
「なんだ、この絵は」
 泰造が後ろから覗きこんできた。
「那智に着せる服のデザインですよ。ほら、例の件で颯太とオレが『着ていても涼しい上着』を作ってるんです。でもオレ達みたいなのが考えても女の子に着せる服なんてイメージ湧かないじゃないですか。それで結姫に頼んでおいたんです」
「ふーん。那智のためにいろいろやってるんだな、お前ら。俺も何か協力できるか?」
 泰造も何かやりたいらしい。
「それなら那智の言葉づかいの指導でもしてやってください」
「俺が、か……?」
 考え込む泰造。
 そうこうしている内に他の仲間たちも集まってきた。那智もだ。オレはとりあえずノートを閉じた。

 高天原にも朝がきた。
 今日は那智に着せる服を作る予定だ。
 素材はできている。あとは、結姫のデザインどおりに作成するだけだ。
 着ていても涼しい服。
 とりあえず、那智は日に焼けるのが嫌らしい。だから暑い日でも、日差しが強い時は肌のあまり出ないような服を選んで着る。
 だから、日陰に入り日差しの心配がいらなくなると暑くて服を脱ぎたくなるのだ。
 そこで、那智のために日差しを気にしなくてもすむUVカット素材で、なおかつ着ていても暑くならず、脱がなくても大丈夫な服を作ることにした。
 オレと颯太が布を裁断し、結姫がその布を次々と縫い合わせていく。
 思ったよりも早く作業が進んでいく。
 それにしても結姫の裁縫は見事だ。これで料理もうまいのだ。
「結姫。いいお嫁さんになれますよ」
 オレは思ったままの言葉を口に出した。
「えっ、や、やだぁ。変なこといわないでよ」
 頬を染める結姫。急に手元がおぼつかなくなる。
「あいたっ」
 結姫が針を指にさしてしまった。
「す、すいません。変なこと言ってしまって」
 オレはつい反射的に謝った。
「え、そんな。あの……あ、あたし、朝ごはんの準備手伝ってくるね」
 結姫は逃げだしてしまった。よほど恥ずかしかったのだろう。迂闊だった。
「しょうがないな。俺達だけで仕上げをしよう」
 颯太が言った。
 仕上げと言っても、綻びを直すくらいだ。
「よし。デザインはいい感じだな」
 仕上がった。結姫のデザインが実によい。那智にも似合いそうだ。
「あとは、本当に着ていて暑くないかですね。デザインが凝っている分それが心配です。通気性が犠牲になっていなければいいのですが」
「じゃあ、那智を呼んで着てもらうか」
 颯太の言葉にオレはかぶりを振った。
「いや、通気性のテストだけですから、オレ達で十分ですよ」
 少し考えてから、颯太が慌てたように言う。
「まさか、着るのか!?これを!?女物だぞ!」
「通気性のテストだけですって」
「もしかして、俺に着せようとしてないか……圭麻」
「体形的に颯太のほうがいいでしょう。ラインも細いですし」
 かなり躊躇した後、しぶしぶと着替える颯太。
「うん、結構着心地はいいな。通気性もバッチリじゃないか……どうした?」
 オレは驚いた。
「まさか、こんな……」
「ど、どうしたんだよ」
 オレの反応に不安げな颯太。
「颯太。似合いますね。信じられないくらい……」
「なんだよ、それ……」
 その時、突然後ろから声がした。
「圭麻、颯太。飯ができた……。あれ?」
 泰造だ。朝食の支度が終わったので呼びにきたようだ。
「颯太!?何て格好してんだ、お前!」
 泰造がでかい声を出した。
「バカ、声がでけー!」
 颯太が慌てて叫ぶ。
「何、どうしたの!?」
 泰造と颯太の大声に結姫が飛んできた。
「やだー、何で颯太が着てるの?」
「通気性のテストです」
 オレがちゃんとフォローした。そのうえで、結姫に聞いてみる。
「似合うと思いませんか?」
「お前なぁ」
 顔を真っ赤にしながら怒鳴る颯太を見ながら、結姫は複雑な表情を浮かべていた。

 ブルースカイブルー号が風の中をゆっくりと、しかし確実に目的地に向けて進んでいく。
 ブルースカイブルー号を操るオレのうしろでは、颯太が那智にぼそぼそと話している。
「隆臣もさ、あんまり積極的な女性ってやっぱり苦手だと思うんだよな。ほら、隆臣って口説く側だから」
 その隆臣は奥の方に佇んでいる。物思いにでも耽っているのか。
「そうだよな。口説くつもりで逆に口説かれたら調子狂うもんな」
「そうだろ。だからさ、もう少ししおらしくした方が隆臣も気にかけてくれるんじゃないのか?女らしく、な」
 那智も納得したように頷いた。
「日ごろから気をつけていれば、隆臣の前でいきなりそういうことで気を使うよりも自然にできるだろ」
 颯太は、結局は日ごろからもう少し女らしい振る舞いをしろ、ということを那智に言っているわけだ。
「分かった、俺、気を付けるよ」
 那智が力強く言った。
「言葉づかいもな」
 颯太がチェックを入れた。
「私、気を付けるわ」
 慌てて訂正する那智だが、やはり、どうしても不自然だ。
「でもさ、颯太」
 さらに、次に口を開いた時にはもう言葉づかいが元に戻っている。
「ん?」
 颯太が那智の方に向き直った。
「何でそんなに俺と隆臣のこと、応援してくれるんだ?」
「えっ、そ、それはだな……」
 別に隆臣と那智の中を応援しているわけではない。それにかこつけて、別なことをしようとしているのだが。もちろん本人にそんなことを言えるはずがない。
「もしかして、あれか?隆臣と俺をくっつけることで隆臣と結姫を引き離して、結姫にアタックする気だろ〜!」
 那智が颯太ににじり寄って、周りに聞こえないように小声で言った。オレにははっきりと聞こえたが。
「ちち違うよっ!」
 顔を真っ赤にする颯太。
「へへ〜、図星だな」
 そりゃ、その反応ではそう思われても仕方ない。
「じゃ、俺も……いや、私も隆臣に頑張ってトライするわ。颯太も頑張れよ……頑張ってね」
 那智は腰を上げると、うしろの隆臣の方へと走り去っていった。
「変な誤解されちまった」
 颯太が誰と無く呟いた。
「いいじゃないですか。そう思わせておいた方が話が進めやすいでしょう」
 俺がにこやかに言うと、颯太は拗ねたような顔をした。
「人ごとだと思って……」
 うしろの方では那智が隆臣の近くに立っている。いつもならそのまま抱きつくのだが、今日はしおらしくと言うので、隆臣のそばでもじもじしながら立っているだけである。
 隆臣も、それが気になるのか、ちらちらと目を那智の方に向けては、元の方に向き直る、というのを繰り返している。
 不意に隆臣が立ち上がり、こちらの方に移動してきた。そして、颯太の近くに腰を下ろした。
「どうした、隆臣」
 隆臣は那智の方をちらっと見ると、声のトーンを落として言った。
「いや、何かいつもと違う……。気味が悪い」
「それ、本人の前で言うなよな……」
 颯太が呆れた顔で言った。
「しかし……。どうなってるんだ?」
 不思議がる隆臣。そういえば、隆臣には那智を女らしくするためにいろいろとやっていることを話していない。さんざん引き合いに出したにもかかわらず。
 颯太が那智に聞こえないように計画のことを打ち明けた。
「そうか……。しかし、なんか変な方に向かってないか」
 話を聞き終えた隆臣がぼそぼそと言う。
「変と言うと?」
「どうしても男っぽいんだよな。どうも、男が無理に女のフリをしているような……。あいつ、中ツ国の方じゃ男なんだろ。なぁ、中ツ国の那智って女っぽかったりするのか」
 隆臣の言葉にかぶりを振る颯太。
「いや、隆臣が好きってこと以外は男だな」
「……災難だな、中ツ国の俺も……」
 うんざりしたような顔で隆臣が呟いた。

「確かに、オレは高天原でも中ツ国でもあまり性格が変わりませんね。見た感じ、みんなそうじゃないですか」
 オレは焚き火の反対側にいる颯太に向かって言った。
 すっかり日は沈んで、宵闇が辺りを包み込んでいる。
「隆臣は全然違うよな。俺達、勾玉を持っているからかもしれないな」
 颯太が考えながら言う。
「でも、伽耶姫と長門先生は性格変わりませんよ。隆臣も子供のころはおとなしい性格だったみたいですし」
 オレの言葉に颯太はまた考えこんでいる。
 そこに那智が寄って来た。
「聞いてよ!隆臣ったら結姫とばかりべたべたしてるんだよ!」
「おや、今のはなんかいい感じでしたね」
 那智の喋り方がだんだん今風の女の子らしくなってきている。
「だろ?へへへ〜、俺だって結構練習してるんだぜ。……あ」
 地が出たようだ。まだまだ自然に今の口調を出すのは無理らしい。
「いっけねー、俺もまだまだだな……あ」
 言いながら那智が颯太の横に腰を下ろした。よく見れば、以前のように大股開きではない。ちゃんと内股になっている。
「那智。だんだん女らしくなってきたじゃないですか。もう少しですよ。ねぇ、颯太」
 俺が意見を求めると、颯太はちらりと那智の方を見た。
「あ、ああ。そうだな……」
 そんな那智が隣にいるからか、颯太は心なしか落ち着かない様子だ。
「でもさ、隆臣の心は俺……あたしには向いてないよ。圭麻、やっぱり惚れ薬作ってくれよ〜」
「いや、惚れ薬は作りませんけど……」
「何でだよぉ」
 那智が立ち上がった。完全に女らしさは消えている。
「恋路にズルは禁物ですよ」
 那智に詰め寄られて意味不明な言い訳をするオレ。
「まぁ、そうかもな」
 なぜか納得した那智は、そのままブルースカイブルー号の中に入って行った。途中から歩き方が内股になったのが見てとれた。
「特訓の成果はまずまずみたいですが……。嫌な予感がしませんか?」
 オレが言うと颯太も呟いた。
「嫌な予感がするよな」
 夜も更けていく。
「取りあえず、寝ましょう。それで、中ツ国の様子を見たほうがいいでしょう」
 オレが言うと、颯太も腰をあげた。
「そうだな。……ちょっと怖いような……」
 焚き火を消すと、空に広がる星がくっきりと見えた。

 中ツ国の空は今日も曇っている。
 オレはいつもどおり、泰造の家に向かった。泰造の家につくと、泰造の姉が出てきた
「あっ、おはよー圭麻くん。泰造ならもう少しで出てくると思うから。ちょっと待っててね」
 そう言い残すと、泰造の姉はさっさと走って行ってしまった。
 しばらく待つと泰造が出てきた。昨日はなかった絆創膏が一つ増えている。
「おっす、圭麻」
 不機嫌そうに泰造が言った。
「またけんかですか」
「そうだよ。姉貴の奴、朝練があるから早く起こしてくれとかいってたくせに、起こしたら怒るんだぜ」
 この時間に家を出ると言うことは、朝練はサボりだろうか。
 ぶつぶつと愚痴る泰造。その愚痴を聞いているうちに学校についた。
 教室にランドセルを置くと、そのまま泰造と二人で一組に向かう。一組には颯太と隆臣が来ていた。
 しばらく喋っていると、那智もやって来た。
「隆臣、おはよ〜っ」
 那智の振る舞いを見て颯太が顔を曇らせた。
「やっぱり……」
「なにがやっぱりなんだ?」
 泰造が横から割って入ってくる。
「那智ですよ。那智が女らしくなってきているんです」
「それはそうなるように特訓してるんだろ?」
 泰造は訝しんだようだが、オレと颯太が那智に注目しているのに気付き、同じように那智を見ているうちに、納得したような顔をした。
「こっちの那智も女っぽくなってるのか……?」
 隆臣と那智が喋っているのだが、まるで男の子と女の子が喋っているようである。もちろん、女の子は那智の方だ。
「……男っぽい女と、女っぽい男、どっちがいいですか?」
 オレが訊くと、颯太と泰造が口をそろえて言った。
「男っぽい女の方がましだな」
「計画は中止ですね……」

 ブルースカイブルー号の中に日が差し込んで来た。朝が来たのだ。
 オレが目を覚ますと、もうみんなめいめいに外に出た後のようだった。
 外に出ると、結姫が朝食の用意をしていた。
「おはよー、圭麻」
 言いながらにこやかな笑みを浮かべる結姫。今日も結姫は元気だ。
「なんだ、圭麻。今日はずいぶんゆっくり寝てたな。あっちでは夜更かしか」
 鍛錬をしていた泰造がこっちを向いて言った。
「ええ、ちょっとゴミのより分けをしていたもので」
「お前らしいや」
 泰造はそう言うと鍛錬を再開した。
 近くの木の下では隆臣が木の実を食べている。
 改めて辺りを見渡すと、那智と颯太の姿がない。
 しかし、あまり気にもせずにオレはブルースカイブルー号の裏手に回った。昨日、颯太に内緒で拾って来た宝物が隠してあるのだ。颯太に見つかるとまた怒られてしまう。
 宝物はちゃんとその場所にあった。
 しかし、近づこうとして、オレは足を止めた。
 颯太の声がした。那智の声も聞こえる。二人が話しているのだ。
 オレは物陰からそっとその様子をうかがった。
「お前、何でこんな所で話そうなんて言い出すんだよ」
 颯太は落ち着かない様子である。人気のない所に連れ込まれたようなので、無理もない。
「だってさー、あっちの方じゃ日に当たるだろ?焼けちゃうじゃないか」
 那智は相変わらずのようだ。
「お前、こんな朝の弱い日差し気にしてるのか」
「俺のお肌はデリケートなの!」
「じゃ、これを作ったのは正解だな」
 颯太が那智に包みを手渡した。
「ん?なんだこれ」
 言いながら包み紙を破き出す那智。きれいに解けばまた使えるのに。
 包みの中には、この間作った『着ていても涼しい上着』が入っていた。
「なんだ、これ。服?もしかして俺にくれるのか?」
「ああ。肌が焼けないうえに着ていても涼しい服だ」
 那智は服を眺めたり、前にあてたりしている。
「な、な、な、これ、着替えていいか?いいよな」
 嬉しそうな那智の言葉に颯太が頷いた。
 すぐに着替えようとする那智に颯太が叫んだ。
「こ、こ、ここで着替えるなーっ!」
「他にどこがあるんだよ」
「そっちの物陰で着替えてこいっ」
 どうも、一番肝心な恥じらいが全然身についていないようだ。
 那智が物陰に入った。颯太は真っ赤な顔をしながらそっちに背を向けている。
 しばらくして、那智が着替え終わって物陰から出て来た。さすがに那智のためにデザインしただけのことはある。颯太以上に似合っている。
「な、颯太、似合うか?」
「あ、ああ」
 颯太はどぎまぎしながら答えた。そんな颯太に那智が歩み寄る。
「颯太、ありがとな」
 歩み寄られて、颯太は完全におろおろしている。
「いや、それは結姫と圭麻と、みんなで作ったんだ」
「バカ。そんなこと言ってんじゃねーよ。颯太さ、最近俺のためにいろいろやってくれたじゃねーか。女らしくしようとかさ。なんかいろいろ、気使わせちまったみたいでごめんな」
 那智は、そう言うとちょっとだけ舌を出した。
「いや、もういいんだ。那智はやっぱり今のままが一番みたいだ」
 照れながら言う颯太。言われた那智も少し照れたような顔をする。
 オレはちょっと離れたところにある宝物の山にちらっと目を向けた。
 ま、あとででいいか。
 今は、二人っきりにしてやるか。
 名づけて、『圭麻のラブラブ大作戦』なんてね……。
 などと考えながら、オレは二人に気付かれないようにその場所を離れた。

 朝食の支度が終わったらしい。いい匂いがしている。
 結姫が振返りながら言った。
「あ、圭麻。ご飯できたよ。ところで颯太と那智見なかった?」
「どこかに行ったみたいですね。待ってれば帰ってくるでしょう」
 とぼけてそういうオレ。
「いいよ、あんなやつらほっといてとっとと食おうぜ。腹減っちまった」
 泰造はもう待ちきれないようだ。
「今は二人っきりにしておきましょう」
 言いながらオレも席に着く。
「ん?何か言ったか?」
 隆臣が聞いてきた。
「なんでもありませんよ」
 オレが言うと隆臣は訝しげな顔をしたが、あまり興味がないのか、目の前に並んだ朝食の方に目を向けた。
 いつもと変わらない朝。
 しかし、いつもと少しだけ違う朝だった。