夢幻伝説タカマガハラFanFicショートストーリー
圭麻のアトリエ 世界に笑顔を 〜圭麻のなかよし大作戦〜

 タカマガハラに朝日がのぼろうとしている。
 オレは空を見あげた。まだかすかに星が見える空。雲一つ見当たらない。今日もいい天気になりそうだ。そう、このブルースカイブルー号にぴったりの青空が広がるだろう。
「おっす」
 後ろから声をかけられた。泰造だ。いつも泰造は早起きだ。タカマガハラに来ることができるので、中ツ国での夜は、寝るのが楽しみだとも言っていた。
 オレは、泰造との付き合いがこの中では一番長いので、泰造のことならばほかの誰よりも分かる自信はある。
 泰造もこちらの世界では何かあればすぐに大暴れできる。それが楽しみなのだろう。
「ほかのみんなはまだ寝てるんですか?」
 オレの言葉に泰造はうなずいた。
「まぁ、こんな時間だからあまり前だよな。それより圭麻。今日は早いな」
 言いながら泰造が横でトレーニングを始めた。
「この季節、この時間にしか開かない花があるんです。今日はその花の花粉を取ろうと思ったんです」
「そうか」
「そろそろ、いい頃合いだと思うんので、ちょっと取りに行ってきます。戻る前に誰かが気にしていたらそう伝えておいてくださいね」
「おう」
 泰造にそう言い残し、オレは、森の中に入っていった。

 朝のすがすがしい空気。朝の森とはこれほどまでにすがすがしいものなのか。
 鳥の声。風の音。
 本当に、この世界が危機に瀕しているのか。そのくらい穏やかな情景であった。
 森の奥に、目的の花は見つかった。わずかしか取れない花粉を紙の上にとり、ポケットに入れた。
 帰り道。仲間たちを心配させてはいけないので早く帰らなくてはならないが、それでも泰造に伝言を頼んでいるので多少ゆっくりしても大丈夫か、という気もする。
 オレはもう少し、この静けさの中にいることにした。
 どれほどの時間がたったのだろうか。
 突然、森が騒がしくなってきた。鳥たちが、何かに脅えている。
 方角は……ブルースカイブルー号!?
 オレは走った。
 何が起こっているのか。
 悪いことが起きてなければいいのだが。
 やがて、ブルースカイブルー号が見えてきた。そこでオレは足を止めた。騒ぎの原因が分かったのだ。
「俺のどこがバカだって言うんだ!?」
 泰造の怒鳴り声。相手は分かる。声は聞こえなくても。姿は見えなくても。
「バカだろうがっ!いきなりでかい声だしやがって!」
 予想通りの声が聞こえた。隆臣だ。
 またあの二人、ケンカしているのか。
 まわりで見守っている結姫や那智も、心配と言うよりあきれた、という顔をしている。もはやこの二人のケンカは慣れっこなのだ。
「今日のケンカの原因はなんだ?」
 オレは那智に聞いてみた。
「詳しくはわからないけど。なんか隆臣が鳥をつかまえようとしていたら、後ろから泰造が声をかけてきて鳥が逃げたって言ってたぞ」
 全くくだらないことでケンカをしている。こんなことで殺気だっているのか。
 見ているうちにも、とうとう取っ組み合いになってしまった。
「こらー!やめなさいっ!二人とも黙ってそこに座るっ!」
 結姫の叱咤で二人は黙り込んだ。
 その様子を見ながら、オレはふと思う。
 この二人。どうにかしなければ……。

 材料はそろった。キノコや薬草などと言った、よく知られている材料。それに加えて、勾玉をもつオレにしかその力を使うことのできない鳥の羽毛。
 オレは、さっそくその材料を試験管に入れ、調合を始めた。
「圭麻。何をしてるんだ?」
 後ろから颯太が覗きこんできた。
「薬を作っているんです」
「薬?なんの薬だ?」
「ナイショです」
 オレの言葉に颯太は面食らったようだ。オレも、こんな薬は今までに作ったことがない。
 煮立った湯に、ワライタケの傘を入れる。そして、さっき森でつんできたばかりの材料。いやな色合いになった。これを飲ませるのか。嫌がらないだろうか。
 そう思いながらさらに煮立てる。そして、火を止めて少し冷まし、鳥の羽を浮かべ……。
『理!』
 勾玉から光があふれる。
 鳥の羽の力で薬の効果も何倍にもなるはずだ。
「怪しい薬だな。誰に飲ませるんだ?」
 颯太はあいかわらずオレの後ろで作業を見守っている。
「それも秘密です」
 薬ができあがった。とはいえ、本当に効くかどうかは使ってみるまでわからない。色合いの問題もある。これはどうにでもなるだろう。
「ワライタケと微笑草をベースにして解毒用の薬草を加えたのか。加えた羽はワライカワセミの羽。で、飲ます相手は泰造と隆臣……」
 颯太が言った。当たっている。オレは驚いた。
「な、なんで分かるんですか!?」
「俺は透視人だ」
「透視人の力を使うなんてずるいですよ」
 颯太は苦笑いを浮かべた。
「悪い悪い。言わないでおいてやるよ。でも一つだけ教えてくれ。何をするつもりなんだ?その二人を笑わせてどうするんだ?」
 あそこまで見抜かれているのでは、今さら隠しても無駄だろう。そう思ったオレは、颯太に本当のことを話すことにした。
「あの二人、仲が悪いので……。何かあるごとにケンカをしています。もう少し、仲良くなってくれないかと思いましてね」
 オレの言葉に颯太はうなずいた。
「笑顔で話をすれば、話もこじれないんじゃないか……。そんなところだろ?」
「見抜かれてますね」
「俺は透視人だ」
「まいりました」
 颯太は穏やかな笑みを浮かべた。オレも微笑み返した。
 泰造と隆臣も、こんなふうにいつも笑顔で言葉を交わし合えるようになればいいのだが。

 この薬を作ったのはいいが、どうやって二人に飲ませるのか。
 考えながら歩いていると、那智がいた。
 焚き火のそばに座り込んで考え込んでいるようだ。思い詰めているような顔をしている。
「どうしました?元気がないですよ」
 オレの声で那智が顔を上げた。
「圭麻……。聞いてくれよ。最近、隆臣の元気がねーんだ!俺が話しかけてもにこりともしねーし。何か思い詰めたよーな顔してよ」
 さらわれた伽耶姫が見つからないのだ。そんなことは当たり前のような気がする。この中で、一番伽耶姫とゆかりがあるのは隆臣なのだから無理からぬ話だろう。
「俺、隆臣の笑顔が見てーよ」
 寂しそうな顔で呟く那智。悪い気はするのだが、これはうってつけのような気がする。
「いい薬があります。これは人を笑顔にする薬なんです。これを隆臣に飲ませればきっと笑顔を見せてくれます」
「本当か!?」
 那智はオレの手から薬をひったくるようにとると、嬉々としながら走り去っていった。
 あの様子なら、オレが心配しなくても、むりやりにでも飲ませてくれるだろう。

 泰造を見つけた。
 森に入って、木の実を取っている。
「泰造。その木の実をどうする気です?」
「どうするって。食うに決まってるだろ」
 しかし、泰造が取っている木の実はとても食べられる木の実ではない。
「本気ですか?その木の実はおいしくないですよ」
「うまかろーがうまくなかろーが、食っちまえば同じだ。別に毒はねーんだろ?」
「まぁ。そういう意味では確かに食べられないことはないですが」
「じゃ、食うぞ。どうも腹が減るとむかむかしてな」
 泰造は木の実の皮もむかずにかぶりついた。そして、まずそうに顔をしかめる。
「ほら、いわんこっちゃない」
 泰造はオレの言葉を気にした様子もなく、木の実にむしゃぶりついている。
「うえっ、苦いなぁ」
 と、文句を言いながらも食べるペースは落ちない。
 見る間に、とんでもなくまずい木の実を次々と平らげていく。
「せめて皮はむいたほうがいいと思いますが」
「どうせこれだけまずいんだ。皮むいたくらいでそんなに味がよくなるとも思えねーし」
「味の問題じゃなくて……」
 オレが言い終わる前に、最後に一つにかぶりつく泰造。
「はー、腹一杯になった……。しかし、後味悪いなぁ……。口直しに何かねーか?」
「あ、それならこれを飲むといいです」
 オレは泰造に飲ませようとしていた薬を取り出した。幸い、飲みやすいように甘く味つけをしてある。
「サンキュ」
 泰造は、何の疑問もいだかずに薬を飲み干す。
「よーし、腹もいっぱいになったし。また隆臣でもからかってくるかな」
 泰造はそう言って立ちあがる。薬が効いてきたのか、顔には僅かだが笑みが浮かんでいるように思えた。

「圭麻っ!」
 那智が後ろから声をかけてきた。
「どうでした?」
「圭麻、すげーよあの薬。性格はかわらねーみたいだけど。俺、あんなににこにこしてる隆臣見るの、こっちじゃ初めてだ。隆臣の笑顔、よかったなぁ。かーっ!惚れ直しちまうぜぇっ!隆臣〜!」
 効果は上々のようだ。完全に舞い上がっている那智の喜び様を見ればわかる。
「な、な、な、な、あの薬、どのくらい効くんだ?」
「時間ですか?時間なら、二時間位じゃないですか?試したことないので分かりませんが」
「二時間かぁ。じゃあ、もう少し隆臣の笑顔を見てこようかなっ。きゃーっ楽しみ楽しみっ」
 浮かれる那智。
 その時、大声で言い争う声が聞こえた。
 この声は。泰造……。隆臣……。結姫の声も聞こえる。
「何だろう……?」
 那智が不安そうな顔を浮かべた。確かに変だ。いつもなら結姫の一声で喧嘩がおさまるはずなのに。
「行ってみましょう……」

「圭麻!那智!」
 颯太もいる。
 その向こうでは、泰造と隆臣が睨み合っている。そして、それを止めようとしている結姫。
 颯太の言葉に結姫が振り向いた。
「みんな……。隆臣と泰造の様子が変なの!どうして?何があったの……?」
 結姫は涙目になっている。
 見ると、泰造と隆臣はただ睨み合っているだけではない。満面の笑顔で睨み合っているのだ。
 ただ、喧嘩の内容はいつもよりも激しいのが、交わされている言葉でわかる。
「圭麻。もしかして、あれじゃないか……?」
 颯太が声をひそめて言ってきた。
「そう、だなぁ……」
 オレも低く呟く。
「何?何があったの?」
 結姫がオレを問い詰めるような目で見てきた。
「なんだよぉ。やめてくれよ!」
 那智は隆臣にしがみついて止めようとしている。
「言うのか?」
 颯太がオレの目を見つめながら聞いた。結姫はオレの言葉を待っている。オレは小さく頷いた。

「そう……。でも、隆臣も泰造も、笑顔になっただけで……。笑顔だから、話がこじれちゃったんだね。圭麻。どうにかならない?」
 二人はいつものように喧嘩を始めたのだ。だが、二人とも笑顔でののしりあっている。そのため、加減が分からなくなり、二人とも我慢の限界を越えてしまったのだ。笑顔のままで。
「オレのまいた種ですから、どうにかしないとならないのは分かりますが……」
 しかし、どうすればよいのか。別な薬を作るにせよ、今からでは遅い。
 考え込んでいると、那智が笑顔を浮かべながらオレの顔をのぞき込んできた。
「な、俺ならどうにかできると思うぜ」
 那智は確かに策あり、といった顔である。
「どうするつもりです?」
「俺に任せとけっての。それでさ、その代わりと言っちゃなんだけど、オレの頼み聞いてくれるかな〜?」
 那智の言葉にすがるような気持ちでオレは頷いた。
「やったっ!へへへ〜」
 意味深な笑みを残し、那智は二人の方へと駆けていった。
 そして。
『宇……』
 那智の穏やかな歌声が辺りを包んだ。
 静かで、それでいて心がうきうきしてくるような不思議な歌だ。
 その歌で心が落ち着いてきたのか、泰造も隆臣も口論をやめた。

「確かに、俺と隆臣は喧嘩ばっかしてるけどよ」
 オレは泰造の言葉に耳を傾けた。
 もう少しで夕食の支度もできる。今日もいろいろなことがあった。今朝のあの出来事が、遠い昔のように思えるほどだ。
「圭麻はけんかばかりしてる俺達のこと、気づかってあんなことしたんだろうけど。ああ見えて、俺達は結構うまくやってるつもりだぜ」
 泰造の視線の先には隆臣がいる。夕食の用意をしている結姫を手伝っている。那智もそれにくっついている。
「まぁ、ことわざにもあるじゃねーか。『けんかするほど仲がいい』ってな」
「泰造がことわざを使ってくるなんて意外ですね」
「何だ、俺が頭悪いからことわざなんてしらねーと思っていたのか?」
 オレもそこまでは言っていないが。
「実はさ、俺もけんかのついてることわざだから憶えてたんだけどよ」
「泰造らしいです」
 泰造は照れ臭そうに笑うと、隆臣達のいる方へと歩いていった。そして、隆臣に絡んでいく。
 後ろから足音が聞こえた。颯太だ。オレは振り向いた。
「いいにおいがしてきたな」
「もうそろそろですよ」
 颯太は、今まで泰造がいたあたりで足を止めた。
「またやってるな」
 相変わらずの泰造と隆臣の様子を見ながら颯太が言った。
「オレ、中ツ国での泰造との付き合いは長いので……。泰造のことはわかるつもりだったんですがね」
 たまに、大げんかになることもある。しかし、それでも一番隆臣と何の気兼ねもなく話しているのは泰造のような気もした。
「泰造はわかりやすい奴だからな。わかりにくいのは隆臣の方だろう」
 颯太の言葉にオレは小さく頷いた。
「オレ、やっぱり泰造のこと、そんなに分かっていないのかもしれません」
 オレの言葉に颯太が低く答えた。
「分からないさ、人と人の関係なんてな」
「透視人でもですか」
「人の心までは見えないな」
 泰造と隆臣がけんかを始めた。やめればいいのに那智も割って入ろうとして一緒に喚き立てている。
「オレも、人の心までは作れません」
「こらーっ!やめなさいっっ!」
 オレの呟きを掻き消すように結姫の声が響いた。

 ブルースカイブルー号の船内は闇に閉ざされていた。
 颯太が隅の方で本を黙々と読んでいる影だけが、小さな灯に照らし出されている。
 オレはその姿をぼんやりと見ていた。やがて微睡みが訪れる。オレは目を閉じた。
 ふと、近くに気配を感じた。オレは目を開けた。颯太が灯している微かな灯に、人影が浮かび上がっている。オレは体を起こした。
「圭麻。オレだ。隣、いいか?いいよな。座るぞ」
 那智の声だ。那智は問答無用でオレの横に腰を下ろした。
「何ですか?こんな夜遅くに」
「あ。ごめんよ、こんな時間に。普通、こんな時間に女が男の隣になんか来たら誤解しちまうもんな。きゃーっ、俺ってば大胆じゃねーかっ!あ、変な気起こすなよ。俺には隆臣がいるんだからな」
「何の用ですか……?」
 とりあえず、オレとしては呆れるしかない。
「ほら。今日さ、隆臣と泰造の仲直りさせてやっただろ?それで、俺の頼み聞いてくれるって言ったよな。あ、変な期待すんなよ」
「してませんよ」
「女としてはお世辞でもしてるって言われたいんだけどさ。ま、いいか。俺には隆臣がいるし♪で、その隆臣の話なんだけど」
 那智と話していると妙に疲れるのはなぜなのだろうか。
「実はさ、今朝のみたいな薬が作れるんならさ、あの、その……だ。惚れ薬……みたいのは作れないのか?」
 いいながらもじもじする那智。
「隆臣に飲ませようっていう訳ですか」
「分かってるじゃーん!こう、隆臣の心をぐっと俺に引きつけて、みたいな。かーっ、照れるじゃねーかっ」
 一人で浮かれる那智。颯太が本のページをめくるのが見えた。オレはその姿を見ながら呟いた。
「オレは、人の心までは作れません」
「ふぇ?なんだそりゃ」
「いや、その……。人の心を動かせるのは心だけですよ。薬なんかに頼らず、心を見せるのが一番です」
 適当なことを言ってごまかすオレ。
「そうだよなっ。よし、じゃ、明日からは気合い入れて隆臣にアタックするぞ〜!」
 オレが適当に言った言葉を真に受けて張り切る那智。これで一番迷惑を被るのは無関係な隆臣であることに後から気がついた。

 颯太が灯を消した。
 真っ暗な船内。窓から満天の星空が見えた。
 オレは星を見あげたまま思いを巡らせた。
 人の心、か。
 颯太にも、人の心までは見えない。オレにも、人の心までは作れない。
 心を変えられるものは、人の心だけか。
 でも、もしも。心が作れるのならば。
 泰造と隆臣のけんかは、けんかっ早い二人の性格だ。そんな二人だから、とりあえずけんかをする、と言ったところなのか。
 ならば、二人の性格を根本からなおせば、もしかしたら。
 ……よし。

 圭麻のなかよし大作戦。第二弾発動の日は近い。……かもしれない。