ラルフロイ達が帰った後、エリアはクレイと一緒にエウロポリア出身の聖職者にアルサラーム語のレクチャーを受けることになった。覚え次第旅立とうと考えているエリアはともかく、クレイはまだ当面ここに留まるので急ぐこともないのだが、早くから学んでおいて損はない。
その前にエリアはクレイに一つ確認しておくべきことがある。
「それでクレイ。ラルフロイにソノラちゃんをどう思ってるかちゃんと聞いたんでしょうね」
いきなり人気のない所に引きずり込まれて何を言われるのかドキドキしていたクレイだが、それを聞いてまあそうだよねと思うよりほかなかった。ついでに、その件についてクレイはナミリエに吹き込まれていたが、こうしてエリアから問い詰められるのも、でもまあそうだよねとしか思わない。二人とも気になっていたがナミリエからの方がクレイに頼みやすかったと言うだけだろう。
その二人にとって自分たちからラルフロイにはちょっと切り出しにくくても男同士ならという事だろうが、クレイにだって聞きやすい話題ではない。そこで。
「ソノラ姫ってラルフロイの恋人?」
少し捻ってラルフロイに聞いてみたつもりのクレイだが、ド直球だった。
「そんじゃあお前はエリアとナミリエのどっちが好きなんだよ」
こう言うことを聞かれるに決まっているから聞きにくいのだが、何とか乗り切るしかない。
「どっちも好きだよ」
無難なのかとんでもないのか何とも言えない返答にラルフロイは呆れつつ諦めた。
「懐かれてる感じはするけど別に恋人じゃねえよ。相手は一応お姫様だしな」
父王はもう引退しているので元お姫様と言うべきなのかも知れないが、ソノラは今も国内でほぼお姫様として扱われている。
アテルシア国内の混乱は収まっているが、国民の認識にはまだ大きな混乱が残っていた。民による暴動反乱から始まった国家転覆劇は、教会の天使による介入、そして魔王となるラルフロイの出現と目まぐるしく状況が動いた。騒動の渦中にいた首都の住民はともかく、少しでも離れると状況は伝聞でしか伝わらない。首都の民でも事情をちゃんと理解している人など一握り。大部分の人はよくわからないまま政治が悪いと周りにつられて騒ぎ、何かがあって政治が変わったと聞いてよくわからないまま周りにつられて喜んでいる、そんな人ばかりだ。
その中で、大臣の裏に黒幕の教会がおり王家は利用されていただけという図式で理解が広まった。大臣は始末された一方で王族は生きているのがその証拠だと。大臣を滅したのはラルフロイに従わされる前の鴉男でラルフロイとはまだ関係がなかったが、そんな事情は首都の民にすら知られていない。知っていたところで鴉男は今はラルフロイに飼われているのだから勘違いは避けられないのだ。
さらに酷い勘違いとしてソノラをラルフロイの妹だと思っている人までいる。国内の情勢が乱れていた頃は安全のために姫の存在は隠されてまではおらずともおおっぴらにもされていなかった。ラルフロイの出現と同時に表に出てきたソノラをラルフロイの身内と考えるのは無理からぬ話だった。とにかく、先王の娘だと分かっていようが分かっていまいが状況的にソノラはお姫様っぽく、それはあながち間違ってもいないのでお姫様と言い切っても問題ないのだ。
そんなソノラがいつもラルフロイと一緒にいるのは初対面の時に少し仲良くなったこともあるが、それ以上に情勢の問題がある。先王の娘だと知られればその身を狙う者がいるかも知れないし、それは城外に限らない。
今は魔王の警備隊長という立場を与えられ、実際には雑用を押しつけられている革命家のジーポックなどもソノラにとっては油断できない。実のところ、彼は国を変えるためには王をどうにかすればいいなどと短絡的に考えて行動を始め、それをラルフロイに利用された結果うまくまとまっただけの男で、昨今の王家は利用されていただけという風潮に「あれ、そうだったの?」などと素直に思っており、今なお王に対する敵意など抱いてはいないので心配もいらないのだが、直接腹を割って話したりはしていないのでソノラはまだ信用できていないのだ。
そんな理由もあってソノラはあまり一人にならない。自身がいつ狙われるかわからないと思っているのは先王も同じで、それにソノラが巻き込まれないようにとラルフロイについているように言ってもいるので、それでソノラはラルフロイにずっと付き従っている。
ただ付きまとっているだけなら鬱陶しいだけだが、国のことも外の世界のこともわからないラルフロイにとってソノラは便利な生き字引となる。若さゆえまだ不勉強だし庶民の暮らしには疎いが、庶民の不満は庶民に聞けばいいし、他のことについてはラルフロイの役に立てるように誠意勉強中だ。ラルフロイだって本気を出せばそのくらいは自力で覚えられるだろうが、今は他にやることが多すぎるし、苦労までしてソノラの役目を奪う意味はない。
「そんな感じで役には立ってもらってるよ」
しかし、そんな答えをナミリエに伝えても満足しないのはクレイだってわかっている。情勢がどうのこうのだの、世論がどうのこうのだの、そんな話をナミリエが理解できるはずもない。だってクレイもなんかよくわからないのだから。それにナミリエが聞きたいのはラルフロイがソノラを好きかどうかに決まっているのだ。しかし、好きかどうかなんて踏み込んだことは簡単に聞けないのだ。だからできるだけ捻って質問する。
「結婚したいと思ってるの?」
捻りすぎて一周回り、やっぱりどストレートな質問になった。
「お前はエリアかナミリエと結婚したいと思っているのか?」
直球はまっすぐに返される。
「えっ。そんな、まだ早いよ」
「俺だってまだ早えよ」
慌てるクレイに小さく溜息をつき、ラルフロイは続ける。
「ただ俺も指導者としてはぽっと出だ。信用なんてものはまだ無いに等しい。今はまだ民衆も浮かれて俺を祭り上げているが、そのうち反発が高まってくるだろうさ。特に頭の固い年寄りが魔王なんていう胡散臭い存在は簡単には信用しない」
というようなことを王に吹き込まれ、ラルフロイも確かにそうだなと感じた。
実際には目に見える反発は起こらないだろう。バンバン粛正を行っている魔王に対して物申すのはかなりの勇気と覚悟がいる。まして命を賭して刃向かうほどの悪政が行われているわけでもない。むしろこれまでの悪政でたまった膿のような腐敗した権力者を血祭りに上げているのでこれに反発するのは一緒に甘い汁を啜ってた連中くらいであり、逆らうべく出てきたところを押さえられて生け贄にされるのがオチ。逃げるか隠れるかしていた方が賢明だ。あとは変化を嫌ってぽっと出の指導者を信用しない老人が陰口を言うくらい、それも長くは続くまい。もっともそれは安定した治世が長く保たれればだ。
王の目的はむしろ、だからこそそう言った層が未だに信じる王家を取り入れて信用を得るべきと唆し、旧王家の悪評が収まっている今のうちにソノラを輿入れさせてソノラと自分の立場を盤石にしようというわけだ。一種の政略結婚である。
ラルフロイだって馬鹿ではないのでそんな意図は察している。その上で政略結婚の提案を受け入れて最大限に利用するのも吝かではないと考えていた。
クレイはそれをエリアに端的に伝えた。もちろん、ちゃんと理解できた内容だけである。
「結婚も考えてるみたいだよ」
端的にも程があったが強ち間違っていない。これを聞いたエリアは早速ナミリエに報告に行き二人で盛り上がった後、それが嫌だったから島を飛び出したとは言え婚約がほぼ決まっていた相手が他の相手に乗り換えているという現実に少しクールダウンせざるを得なかった。
気を取り直してクレイとエリアは再び合流。こんなことのためにクレイと先生を待たせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいになるエリア。クールダウンした今だからこそ素直にそう思う。
確かにそれは喜ばしいことだった。ソノラが両思いというのはもちろん、それにより嫌いなラルフロイが片付いてくれるのも吉報すぎる。自分は嫌いだったが、ソノラが気に入っているなら余計なことは言うまい。思ってるほどのろくでなしではなさそうだがえげつないことを平然とやる話を聞くにつけ、やっぱり好きには、というか嫌いでなくはなれそうもない。それを間近で見ているだろうソノラがそれでもなお好きだというならそれはそれでいい。
後はそっちはそっちで勝手に進展して、ラルフロイはどうでもいいからソノラは幸せになってくれればいいとして、アルサラーム語の勉強だ。
「おお、わたしのかみ。わたしおやくにたてるしあわせね」
むしろ先生の言葉がたどたどしいが、だからこそあちらの言葉はネイティブだと期待できるわけである。
そんな感じで、授業は自己紹介から始まった。もちろんアルサラーム語でである。まずは簡単な日常会話や、簡単すぎてむしろ日常ではなかなか口にすることはなさそうな文章など、いかにも基本という内容だ。
そんな例文をいくつか聞いているうちに気付く。時折聞き覚えのある単語が出てくるのだ。そこで、もしかしたらと思って先生に魔法の呪文を聞かせると、やっぱりその言葉がわかるようだ。
呪文はアルサラーム語と言うより古に使われていた古代アルサラーム語と言うべき言語であるらしい。教会では祈りの言葉として今でも用いられるので残ってはいるが、日常で用いられることはない。一般市民相手にはほとんど通じないだろう。神聖な神の言葉であるとして聖職者以外が使わないようになったとのことだが、聖者の力を持つ一般市民が何気ない発言で魔法を発動させないようにと言う配慮が大きい。それによる事故を防ぐためと考えることもできるが、昔の教会が今の教会と考え方が同じであるなら神の奇跡を独占するためということになるか。
とにかく、単語や言い回しは少し変わっているが呪文で覚えたことが通用する。これなら結構楽に覚えられるかも知れない。もっとも、クレイは特にそうなのだが、呪文の意味など考えずに丸暗記で覚えている。なので、呪文を一度分解して意味を理解するというプロセスを挟む必要がありそうだ。果たして、普通に言葉を覚えるのとどちらが楽なのだろう……。
今日のところは何となく手応えを感じつつレクチャーを終えた。そして自室でぼんやりとしていたクレイにラルフロイから魔法通話が入った。明日黄金を持って行くとのこと。長居する予定はないので、後はよろしくとのことだった。
その夜。ラルフロイは闇に紛れて暗躍する。
アテルシア辺境のとある貴族の屋敷に忍び込んでいた。相手が悪徳貴族であればこんな回りくどいことはせずに真っ昼間から乗り込んで力ずくで制圧するが、この貴族はそうではない。傲慢になれるほどの権力もない弱小領主で、領民のために尽くして必死になだめながら課せられる重税をかき集めている苦労人である。領民もその苦労を知っているのでなだめられなくても頑張って税を納めるだろう。そんな感じで民とも良好な関係を築けている貴族であった。
この貴族は長らく悩みを抱えている。幼少の頃より病弱だった娘が病を拗らせて数年間床に伏せていたのだ。もう長くない――そう宣告を受けてからも頑張った。病に伏せる彼女自身も、決して豊富ではない資産から医療費を捻出する親も、期待に応えるのが難しいと解りつつ格安で全力を尽くす医者も。
その甲斐はあって原因となった病はだいぶ快方に向かっていたが、体調は良くならない。長い闘病で弱り切った体に様々な合併症が発現している状態だった。一つ一つは健康体なら気にもしない内に治る風邪程度のものだが、そんなものでも重傷化してなけなしの体力を削っていく。程なく重めの合併症がその命を揉み消すだろうが、そうならない方が当人の苦しみも親の経済負担も医者にかかる心労も長引く。
ラルフロイは以前、彼女のところを訪ねていた。事前に許可を取るなど面倒なことはしたくないので、今宵のようにこっそりと忍び込んで。黒い覆面を被って「俺は死神だ」と名乗ったラルフロイは、彼女の体の状態を魔法で調べる。死神らしからぬことに治せそうな病気ならさっさと治して立ち去る気だったが、前大臣の調査通り絶望的な状態だった。そして死期は近いと判断する。
「そう遠くないうちにお前の命を貰いにくる。覚悟しておけ」
そう言い残してその時は立ち去っていた。そしてこうして再び現れたということは。
「――その時が、来ましたのね」
彼女――フロレンス・ルーディックは落ち着いた声で言った。
「そうだ。覚悟はできているようだな」
ラルフロイは冷酷に言う。実際冷酷なのでこのような時に困らない。
「ええ。お父様もお母様も、みんなも悲しむでしょうけど……やっと苦しみが終わりますのね」
悲しむとともに、ほっとするだろう。彼女が苦しみから解放されたことに。
「思い残すことはないか」
「苦労と心配ばかりかけた両親やお世話になったみなさまに申し訳ない気持ちです」
「そういうのよりも、自分のことだ。何かやりたかったこととかそういうのはあるだろう」
「それは、もちろんです。自由に歩き回れたのは幼い頃だけ、ずっとベッドの上で天井を眺めるだけの日々でしたもの」
「広い世界を自由に見てみたいと思うだろう」
「ええ、叶うのならば」
ラルフロイの口車に乗って都合のいい方に話が進む。
「ならば最後にその望みを叶えてやろう。お前のその体の命と引き替えに、多少醜いが自由に動く体を貸してやる。魔王の手先として働いてもらうが、仕事がないときは自由にしていて構わない。いいな?」
こうして、一人の少女の命が終わった。
翌日。クレイの元に現れたラルフロイは不機嫌そうな顔だった。いつも通りと言えばその通りなのだが、いつもより機嫌は悪そうである。
その理由の一つは後ろに付いてきているソノラだ。これもいつも通りと言えばその通りだが、今日は一人でこっそりと来て用が済んだらさっさと切り上げるつもりだった。だがソノラがついてきたことで用だけ済ませてさっさと帰るというわけにもいかなくなってしまった。
とは言えそれは不機嫌の大きな理由ではない。ソノラに捕まらなくてもラルフロイはきっと少し滞在時間を延ばしてクレイに愚痴を垂れていたことだろう。
「昨日新しい魂を入手して、早速実験に使ってみたんだがな。どんな醜い体でもいいと言ってた癖に、不満ばかり言いやがってよ」
とは言え、この点に関してはラルフロイの配慮が足りなかったのも確かなので反省もしている。自分の無神経さに対する愚痴でもあるのだ。
これはもちろん昨夜魂を奪ってきたフロレンスのことである。魂に鮮度などないがそこら辺に置いておくのもなんだし、何ならこの実験にはちょっとわくわくするものもあったので気持ちが逸るままに寝る前にちゃちゃっとやってしまうことにした。
鴉男の魂を引っこ抜き、フロレンスの魂を移植する。思ったよりもあっさりと成功し、今夜は気持ちよく眠れる。そう思ったが甘かった。フロレンスは醜い姿になると言われたので老婆を想像していたのだが、鴉人間は想像の斜め上であった。女として醜い姿は覚悟していたが、このような人外だとは思いも寄らなかったのである。
百歩譲って、見た目の醜さは我慢しよう。だが、我慢ならないのはこの体の持ち主の内面の醜さであった。
人の心は魂にあり、記憶もそこにある。だがそれとは別に肉体に脳がありそこにも記憶がある。敢えてコンピューターでたとえれば魂の記憶はメモリーで脳の記憶はディスクなどに書き込まれたものに類する。魂の記憶には心の根幹たる人格などが宿り、脳には体験などが記憶され必要なときに思い出す。
普通なら魂の記憶と脳の記憶に齟齬はない。だが、もちろん今回はそれに当てはまらない。フロレンスはこの鴉男の記憶を、人間だった頃の汚れ役を好き好んで引き受けるような下劣な人格とその所業の数々を、ついでにその穢らわしい体の全てをも思い出せてしまう。
純潔な乙女にとって最後の奴もだいぶキツいが、それがこんな性根の腐った男のものだというのが特に不愉快だ。そしてその肉体に今自分が宿っている。まるで汚物にまみれているような不快感に耐えきれなかった。
ラルフロイも何度か意識交換の魔法を試したことがあるが、試したくらいで長時間交換しっぱなしにはしていない。交換した肉体が持つ記憶を読みとれるなんてことは知りもしなかった。今回はフロレンスが魂を自分の肉体から切り離され他人の体に宿ったことや、時間が有り余るほどあったことも影響しているが、実際にフロレンスの身にはそれが起こってしまったことが問題だ。
そもそもフロレンスだってこんな男の事を考えたわけではなく、自分自身のことを思いだそうとしたのだ。そして知りもしない記憶がだいぶ混じっていることに気付いた。肉体としては脳にある自分のことを思いだそうとしているのだから反応としては間違っていない。
このままではフロレンスとしての「自分」が消えてしまいそうな恐怖を感じて、気持ち悪い記憶を追い払いながらフロレンスとしての記憶を引き出そうとがんばったので、ついでに嫌と言うほど――口にはしなかっただけで最初の一瞬からすごく嫌だと言いたかったが――この男の汚らわしい記憶に苛まれ続けたのであった。
魂をこの体に移植されて目覚めた時に、見た目についての不満を散々言われたラルフロイは、一晩明けて調子はどうかと訊ねて内面についての愚痴も散々垂れられる運びとなった。
生憎今回用いた悪魔の書はフロレンスの肉体から魂を移し鴉男に移し直すまで維持するだけの機能しかなく、魂が新しい肉体に宿ってしまった以上戻すこともできない。そもそもあまり精神交換を繰り返すのは負担も大きいのだ。まあ、汚らわしい記憶にさらされるのも負けず劣らずの精神負担だろうから早めに何とかしてやらないと恨まれる。せっかくいうことを聞かないおっさんの魂を引っこ抜いたのに新しい持ち主も逆らうようになったのでは本末転倒だ。
もちろん、ラルフロイだって魔王ではあるが鬼ではない。フロレンスを思いやってと言うよりこんなに文句ばかり言われてはたまらんと言う理由ながらも、急いで別な体を用意してやることにしたのだった。
そんなやりとりがあってげんなりする中、出かける準備をしているところでソノラに捕まった。思えばどう考えてもフロレンスの愚痴が長かったせいだろう。そこでもたつかなければお寝坊さんのソノラが起き出す前に出発でき、何なら用を済ませて帰っても来られたかもしれない。
だが、ついてきたソノラはエリアたちと喋り込む気満々なのですぐには帰れない。ソノラを置いて一人で帰りまた迎えに来る方が面倒なので自分ものんびり滞在してクレイに愚痴を垂れてやることにしたのだった。
「ふうん。大変だったんだねえ」
あまりにも他人事のような反応にラルフロイは更に苛ついたのだった。しかしまあ、他人事なのだから無理もない。だが、フロレンスの件についてはこれから他人事でもなくなる。悪魔本体の調整や悪魔になったフロレンスがその体に慣れるまでの世話はこっちに任せる予定だ。クレイやエリアはカタリナにダグ&フェリニーと言う実績もあり、本体を作った工房も近くにあるので安心して丸投げできる。先輩悪魔を含めて女子が多いのも安心できる点である。
フロレンスの新しい体は今日持ってきた黄金で仕上げる悪魔になる予定だ。準備が出来次第フロレンスを連れてきて移植を行うことになるだろう。そしてしばらく置き去りである。
工房に持ってきた黄金を納めにいくと、職人がちょうどいいところに来たと言った。昨日話したばかりの新型悪魔の巻物の試作品が早くもできあがっているそうだ。
何とも手が早いことだが、アイディア自体は前から出ていたし、ベース素材の薄い鉄板は他の用途でもよく使うのでストックがいくらでもある。それに銀メッキ加工をしたら呪文や魔法陣を書き写すだけ。大して手間は掛かっていない。
強いて言うならばメッキとは言え全体に施すと多少コストが掛かる。特に貴重な金ではもう少し節約できる方法を考えないといけないだろう。それについてはインクに金を混ぜ込み書き込み部分にだけ金を用いる方法を検討しているが、それについては今はまあいいだろう。
「そいつはこっちにとってもちょうどいい。早速いただいていくぜ」
これをいただいて帰ったところですぐにフロレンスを鴉男の体から出してやれるわけではない。まずは次に鴉男になってくれる人を探すところからだ。逆に言えばそのあてさえつけばすぐにでもフロレンスを鴉男から出してやれるということなのでラルフロイにのんびり構えている暇はなくなったとも言えた。
一方、ラルフロイが確保した黄金は金の燭台と王冠だった。
王冠は代々の国王が用いてきた格式高い伝統ある一品である。だから大事にされてはきたのだが、歴史の重みを物理的に感じられる重厚で古めかしい意匠は重要な儀式で使うならまだしも、普段は宝物庫に収めておくしかない。先代の王、あるいはその先々代くらいでもそんな感じであり、伝統など全く関係ないラルフロイにとっては不要品である。先代王すら特段愛着は持っておらず、素材に使うことに反対しなかった。
燭台はまだ使える部類だが、純金である必要性を全く感じない。これこそメッキでいい。更に言えば魔法があれば蝋燭を灯す必要すらなかった。生け贄にした悪徳貴族からも様々な金の調度品や装飾品を没収していたが、それらはほぼ金メッキである。むしろデザインは洗練されているので使うのであればそれらで十分だ。無駄に金を使っている骨董品はありがたく利用させてもらう。
むしろそれらを鋳潰すことになる職人たちの方がかつて住んでいた国の宝を本当にやっちゃっていいのかプレッシャーを感じてしまうが、魔王がそんなのに気を使うわけがなかった。
一方ラルフロイは悩みが一気に解消する目処がつき先ほどまでと一転して上機嫌である。もっともその相手をするクレイはラルフロイの機嫌などどうだろうが気にしないので関係ないのだが。
ラルフロイの昨日のことへの愚痴を聞いた後なので、自ずとクレイの話題も昨日のことになる。アルサラーム語が魔法の呪文と似ているという話だ。
ラルフロイもいずれはアルサラーム語を学ぶことになるだろうが、今のところはそんな暇もきっかけもない。そのような機会があればグレックあたりからもこの話を聞けたのだろう。
「呪文の言葉があそこら辺の古い言葉と共通なら、魔法がそこら辺で生まれて俺たちの島に入ってきたのかも知れないな」
ラルフロイが何気ない感じで呟いたその言葉に、あまり物事を深く考えたりしないクレイはふーんとだけ思った。しかし頭の片隅にはしっかりと残され、これまであまり考えてもみなかった魔法というものについて興味を持つ切っ掛けとなるのだった。
ついでではあるが、昨日の話として。
「お前、ソノラについて色々言ってたけど、あいつ等に変な話してないだろうな」
あいつ等とはエリアとかナミリエとかである。
「そんな話はしてないよ」
きっぱりと言い放つクレイだが、目は泳ぎまくっていてこれはどう見ても余計なことを言ったなとバレない方がおかしい。問いつめられてクレイは洗いざらい白状した。クレイは基本的にこのくらいにチョロいのである。エリアやナミリエが相手ならもっとチョロいだろうしこんなものだろうと思った通りだ。
昨日いろいろ言ったことについては、ラルフロイにとっては照れ隠しの要素が大きかった、政略的な目的ありきで結婚もあり得るという臭わせは、そこまで汲み取れない、汲み取らないクレイによってソノラと結婚を考えているというシンプルな話に変換されて伝えられた。その結果、女子は大盛り上がりになったという。もちろんそんなクレイが、盛り上がる気持ちの裏でちょっとだけ複雑な気分になってしまったエリアの乙女心に気付いているわけもなし。シンプルに盛り上がったようにしか見えていないし、そう伝えるよりほかにない。
クレイから伝えられたエリアたちの反応からは、それこそラルフロイがソノラに壁ドンからのあごクイを交えつつプロポーズしている様でも想像していそうだ。だがよく考えてみれば、そう思われたところで別段困ることなどない。好きに思わせておけばいいだろう。
「まったく、何で女はこうも恋愛の話が好きなんだろうな。……まあ、男がスケベな話ばかりしてるのよりはマシなんだろうけどよ。なあクレイよう、女だらけの中でスケベな話をするような友達とか、いるのかよ?」
そういうラルフロイはどうなのかというと、ゲスの極みだった鴉男の下品な話につきあうのでおなかいっぱいだったがそうでなくてもスカイウォーカーあたりが結構下らない雑談に乗ってくれるので困ってはいなかった。
「結構いるよ」
クレイも今度は特に怪しげなそぶりもなく答えた。その結構の代表例はテラーファングだが、あそこまでいくとクレイには少し刺激が強すぎるのでむしろそういう話はあまりできない。ちょうどいいのはチックホーンか。それでも相手は大人なのでたまに刺激が強すぎることはあるのだが。もちろん一般の町人にも若者がたくさんいるのでその辺、主にエリアちゃんファンクラブの人と盛り上がったりもする。エリアちゃんファンクラブとは言え話題はエリアの話ばかりではないので安心して加われるが、盛り上がっているとエリアの話だと勘違いされてエリアに怒られることもあるのは困りものだ。たまにはエリアの話もするので自業自得だった。
むしろ周りが女多めということもあってラッキースケベ的シチュエーションには事欠かない。軍艦で見たエリアの裸はその代表だが、あれについては殿堂入りでなるべく思い出すことも避けている。代わりによくネタにするのは機関車でナミリエの服が汗でスケスケになったエピソードと、治療の関係でロッフルの下腹部を撫で回したエピソードだ。
前者は当人にとってとんでもない災厄だったが、クレイは服の上からだからセーフだと思ってるし聞かされる人はちびっ子同士の初々しく微笑ましいエピソードという感じである。自分たちも昔はこんなことで一喜一憂していたなあなどと懐かしく思い、汚れてしまった今に嘆息する。そんな感じでリアクションも小さいので大したことない話として認識されていた。後者については当人は全く何とも思ってなさそうである。むしろこれを思いだそうとするクレイが恥ずかしい気持ちになるくらいだ。
他にカタリナが悪魔になったばかりの頃に素っ裸だったこともそんなラッキースケベの一つだ。これは本人が純潔な乙女だったこともあり触れない方がいいとは思っている。しかし最近は見た目がよりセクシーになってきたことで見られる悦びに目覚めつつあり、そんなに気にしなくてもいいのかな、とも思っている。
まあ、クレイの方が見てしまったことが恥ずかしくてこの事を人に言うだけの度胸がない。なので人には話していないのだが、そんな最近セクシーになったカタリナを見るとたまに思い出してしまい、人の心を感じられるカタリナにはそれも全部バレている。
カタリナは乙女。いくら見られる快感に目覚めたとは言え見せられる限界がある。クレイはその見せられないところも見てしまっていた。幸いなのはこの話を蒸し返したときに精神的ダメージが大きいのはクレイの方であるため、カタリナはむしろクレイをからかうのに引き合いに出していた。話そうにもクレイのほうが恥ずかしいと思える原因でもある。
そんな少しずつ確実に小悪魔めいてきているカタリナに、間違いなく影響を与えているだろう先達であるソーニャなどは正にその行き着く先のどん詰まり。恥じらいは一応あるが、忙しさや疲れ、ストレスなどでよく忘れたりかなぐり捨てたりする。まして相手がお子さまのクレイなら恥ずかしさは半減する。当然クレイの方が困るがお構いなしだ。
そんな感じで喜んでいいのか困るべきか分からないような体験は日々溢れている。人にちょっと話せないだけだ。
話を聞いていたラルフロイも、クレイは困っていなさそう、困っているけどむしろ嬉しい悲鳴と言ったところなのは感じとった。好きにやらせておけばいいだろう。
むしろ気になったのは元は清純だったカタリナがどんどんセクシーで性悪な悪魔っぽい性格になっている点だ。預けたフロレンスがそれに染められないか心配だ。フロレンスの心を慮るというよりはそれに自分がつき合わされるのが面倒である。ただでさえ彼女は鴉男の毒気に晒されている。それで性格が歪んだところにここでの教育が追い打ちになって面倒な性格になったら困るのだ。
しかし、だからといって自分で全部面倒をみるほどの暇はない。この頼りないクレイを信じて預けるしかないのだ。
なお、クレイを信じたところで実際に預けられたフロレンスについて、女の子のことは女の子同士と言った感じでクレイは大して関わらせてもらえないのだが――。