Mink番外短編  Minkだけを見ないで  穏やかな日差し、さわやかな風。  今は昼休み。学校の生徒達もめいめいに好きな場所で弁当を広げている。  もちろん、みんくたちも例外ではない。校庭のはしの木の根元、3人のお気に入りの場所で弁当を広げていた。  Minkの調子がどうだ、イリヤがどうだ、モッくんがこうしたと言った他愛ない話をだらだらとしながら箸を進めている。  そんな3人に一人の男がゆっくりとした足取りで、背後から近づいてきていた。 「それでさー、モッくんてば今日もあいかわらず……」  真帆子がモトハルの話をしていた時だった。  真帆子の顔の横から腕がすっと伸び、真帆子の弁当のウィンナーを拾いあげた。 「も、モッくん……びっくりするじゃない!」  真帆子にはその腕が誰の腕か一瞬で分かったようだ。こんなことをするのはモトハルくらいしかいない。 「モッくんはよせ、真帆子」 「んもー、モッくんのお弁当にもちゃんとウィンナー入れといたでしょ!?」  真帆子はモッくんの言い分などお構いなしだ。 「その様子だとまた学校サボってお仕事でしょ?」  小脇にヘルメットを抱えるモトハルに、叶花が意地の悪い笑みを浮かべる。 「今月、まだ5日くらいしか学校行ってないでしょ?クラスの人に顔忘れられてな〜い?」  真帆子もモトハルに嫌みを言った。ウィンナーを取られた事に対する憎しみも加味されている。 「白石さんはそんなこと言わないよね」  またしてもみんくに逃げるモトハル。 「は、はいっ」  ちょっと頬を染めながら大きく頷くみんく。 「あ、そうそう。今度の日曜日開いてる?」 「えっ……」  いきなり聞かれて戸惑うみんく。 「あ、開いてますっ」  もしかしてデートに誘ってくれるの!? 「実はさ、今度の日曜にこの近くでMinkの撮影があるんだ。見に来てくれるよね」  ええっ!? 「ちょっとモッくん、あたしそんなのきいてないよ!」  真帆子が口をはさんできた。 「ついさっき連絡があってね。そうそう、Minkににも連絡入れなきゃ」  モトハルが携帯を取り出した。  あわててみんくは携帯の電源を、モトハルに気付かれないように切った。いくらなんでもMinkにかけた電話がみんくにかかってはバレてしまう。 「あれー……圏外みたいだなぁ……」  モトハルがぼそっと呟く。圏外ではなく電源が切れているのだが。 「ま、Minkにはあとで言っておくけど。来てくれるよね。じゃ、俺まだ行く所あるから」  そう言いながら、真帆子の弁当から卵焼きをつまみあげ口に放り込むと、モトハルは去って行った。 「こらー、あたしの卵焼き〜っ!」  真帆子の弁当はかなり寂しくなった。 「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……」  目を回し涙を浮かべながらみんくがぶつぶつと呟いている。 「なーに心配してんのよ。こんなときの機能でしょ?」  叶花が微笑みウィンクした。 「あ、そうか、『複製』!」 「そゆこと。見学はコピーみんくに任せて、仕事すればいいのよん」 「さすが叶花ちゃん、冴えてる〜」  みんくは叶花に抱きついて喜んだ。 「そんなに喜ばなくても……」  苦笑する叶花。 「でもさ〜、コピーみんくってあれでしょ、あの家庭科のいのこりの時の。あの時はすぐに帰らされたから大丈夫だったけど、あんなのがずっといたら変だと思われちゃうよ?」  あの時、みんくはMinkとして仕事をしていたのでコピーみんくがどんな様子だったのかは叶花と真帆子にちょっと聞いただけだ。だから、あまりいろいろ言われるとものすごく不安になる。 「ふふふ、甘いわね、真帆子。あのあと、あたしがなにもしないとお思い!?しっかりとバージョンアップしてるから、任せなさいよ」  叶花は自信満々といった様子で笑みを浮かべた。  そして、日曜日。 「お、来たな」  モトハルがMinkたちに気づいた。  Minkと叶花、真帆子と、コピーみんくだ。  その数分前。  モトハルの待つ撮影現場の近い路地で。 「"WANNA-BE STAND-BY"……起動!!」  みんくはMinkに変身した。 「じゃ、Mink。コピーみんく出してみて」 「うんっ。おねがい"NETWORK!"『複製』っ!」  Minkたちの目の前に、コピーみんくが現われる。  コピーみんくの表情のない目。 「ちょっと、前と変わってないじゃないの」  真帆子が突っ込む。 「結論を出すのは早いわよ」  叶花は自信ありげな笑みを崩さない。  コピーみんくが目を閉じ、再び開くと今までのコピーみんくとは違い、感情のある目になった。 「オヒサシブリ、オリジナル」  まだ喋り方がぎこちないような感じはするが、確かに見ためではみんくと代わりない。 「あとはちゃんと行動してくれるかよね〜」  真帆子がまだ疑わしげな目で見ている。 「行動はばっちり。なんてったってここ数週間のMinkの行動をしっかりと学習させてあるから性格から行動までほっとんど同じよ」 「ふーん、じゃ、叶花さまの腕前でも見せていただくことにしましょうかね」  真帆子が冗談っぽく言ったのを合図に、4人そろって撮影現場へと向かって行った。 「お、来たな」  モトハルが言い、手を振った。 「センパイっ」  Minkがモトハルに駆け寄って行った。 「今日の撮影ってなんだっけ」  叶花が真帆子に訊いた。 「今日は新曲のプロモーションビデオのロケだよ。もっちろん、イリヤも出るんだぁ」  道理で真帆子がさっきから妙に浮かれているわけだ。 「楽しみだねー、みんくっ」  真帆子が話しかけるが、コピーみんくはぼーっとした顔でモトハルを見ている。 「ちょっと、どうしちゃったのよ、これ。やっぱりどこかおかしいんじゃないの?」 「なにおう!?やっぱりとはなによ。大体あんたのモッくんがいる時のみんくってこんな感じじゃないの。あってんのよ、反応としては!」  言い合いを始める叶花と真帆子におかまいなしでコピーみんくはモトハルだけをじーっと見つめていた。  モトハルとMinkの簡単な打ち合わせも終わったらしく、モトハルはどこかに歩いて行く。 「やあ、Minkちゃん」  すると、後ろからイリヤの声がした。まるでモトハルがいなくなるのを待っていたかのような絶妙なタイミングだが、これに関しては深く突っ込まないことにする。 「イリヤくんっ」  目を輝かせるMink。真帆子は慌ててそこらの物陰に逃げ込んだ。そして、物陰からイリヤにうっとりとした視線を投げかけている。相変わらずだ。 「Minkちゃんのお友達もこんにちわ。あれっ、今日は見慣れないこがいるなぁ」  イリヤがコピーみんくを見ながら言った。 「あ、この子はみん……」 「あーっ!あたしたちの友達のぉ、白石さんっ」  言いかけた真帆子の口を押さえながら叶花が慌ててとりつくろった。 「初めまして、白石さん」  イリヤはさわやかな笑顔を浮かべた。 「じゃ、Minkちゃん、俺はまだ打ち合わせがあるから。またあとで」  そう言うとイリヤはMinkたちに手を振り、モトハルたちのいる方に歩きだした。 「イリヤくんイリヤくんイリヤくんイリヤくんイリヤくんイリヤくん……」  違う世界に行ってしまうMink。 「あーもー、しょうがないなー」  叶花は苦笑した。  が、よく聞くと、Minkの呟きが変な感じに聞こえる。 「イリヤクンイリヤクンイリヤクンイリヤクンイリヤクンイリヤクン……」  後ろに立っているコピーみんくの声がMinkの声とシンクロしていたのだ。ステレオのような聞こえ方をするわけである。 「あー、ダブルでいっちゃってるよ……なんか、今日は疲れそー……」  真帆子がぼそっと呟いた。  セッティングやリハも終わり、撮影が始められた。 「イリヤクント……イイナイイナイイナイイナイイナ……」  うらやましそうにMinkを見つめているコピーみんく。 「ちょっと、あれはあんた自身でしょ、何うらやましがってんのよ」  真帆子がコピーみんくに突っ込みをいれた。 「何か、本当にみんくがいるみたいだよね……さすがはあたしってところかな」 「はいカット!いい調子だよ、Minkちゃん!」  このシーンの撮影もうまくいった。 「よし、いい調子だぞMink。この調子で頑張ろうな」  モトハルがMinkの背中を叩いた。嬉しそうにモトハルに笑顔を向けるMink。 「……センパイ……」  コピーみんくはそんなMinkとモトハルの姿をじっと見つめている。  撮影は順調に進んで行った。 「はい、OK!」  そして、最後のシーンも撮りおえた。 「Mink、お疲れ!」  モトハルがMinkに手を振った。今日の仕事はこれでおしまい。 「Mink、どうする?事務所まで送ってくか?」  モトハルの言葉にうれしそうな顔をするMinkだが。 「今日はお友達と帰るから……」 「そっか。じゃっ」  モトハルは最後に飛びっきりの笑顔を見せ、帰って行った。 「さて、と。じゃ、あたしたちも帰ろうか……みんく?」  叶花が、コピーみんくの異変に気づいた。  俯いて、頬を涙が伝っている。 「ど、どうしたの……さっきから元気ないとは思ってたけど……」 「そういえば……途中からなんかしょげてたよね、コピーみんく……どうしたんだろ。叶花、やっぱりあんたどこか失敗したんでしょ」 「なにおう!?」  その時、コピーみんくのか細い声が聞こえてきた。 「……ナカッタ……」 「えっ?」 「センパイ、ズットMinkノコトバカリ見テタ……アタシノコト見テクレナカッタ……」 「え……あっ、み、みんく!!」  コピーみんくは、泣きながらどこかへ走っていってしまった。 「な、何よ。どうしたってのよ!」  事情がいまいちよくわからない真帆子。 「はー、乙女心は複雑だわね……」  ため息混じりに叶花が呟いた。 「確かに……あたしでも、ああなっちゃったかもしれない……。センパイが、近くにいるのにあたしのこと見てくれなかったら……やだもん」  Minkにはコピーみんくの気持ちが痛いほどよくわかる。何せ、自分なのだから。 「大体、Minkの時のデータしか集めてなかったのもまずかったみたいね……。Minkの時じゃ、先輩はMinkのこと見てて当たり前だもの。それが急に見てくれなくなったら……ショックかもね」  叶花がまた溜め息をついた。 「もー、みんくってこれだからほっとけないのよ……」 「でも、コピーみんくなんて簡単に消せるんでしょ?別にいいんじゃない?」  しれっという真帆子。 「そうは行かないよ。もし、人のいる場所とかでいきなり消えたら大騒ぎになっちゃう」 「あっ、そうか」 「ね、Mink。あんたさ、自分でこういう時どこに行く?あんたの行きそうな場所にきっとコピーみんくもいると思うんだ」 「うーん……」  叶花の言葉に考え込むMink。 「あたしなら……おうちかえってベッドで泣いてると思うな……」 「じゃ、みんくの家に電話かけてみるか」  叶花は携帯を取り出し、みんくの家に電話をかけた。 「あ、おばさん。こんにちわ、叶花です。みんくかえってます?……あ、そうですか……すいません。そうですね、帰ったらお願いします」 「いないって感じだったけど」  真帆子の言葉に頷く叶花。 「うん。……Mink、他に心当たりある?」 「うーん……。そうだ、叶花ちゃん、確かMinkの時のデータしか入れてないって行ったよね。Minkの時なら……事務所に行くかもしれない」 「うーん……モッくんがらみで傷ついてんのにわざわざ事務所行くかなー……それに、みんくの姿だし」  真帆子は首をかしげる。 「あっ、そうか。『検索』使えば早いじゃん」  叶花がひらめいた。 「そうかっ……おねがい"NETWORK!"『検索』っ!」  モトハルは、バイクを走らせていた。  手にはコンビニの袋がぶら下げられている。帰りにコンビニに寄ったようだ。真帆子が弁当を作ってくれない時は料理のできないモトハルは自ずとコンビニか仕出し弁当になってしまう。不摂生だ。  事務所の近くの川の土手にさしかかった時、モトハルはその土手に座り込んでいる人影に気づいた。  あれは……白石さん?  モトハルはバイクから降り、近づいてみた。確かに、白石さんだ。  見るからに元気がない。泣いているようにもみえる。少し、躊躇したが、思い切って話しかけてみた。 「白石さん?」  驚いたように、振り向いたのはコピーみんくだった。その目には涙が浮かんでいる。 「セ……センパイ!?」 「どうしたの?何かあったの?」  モトハルはコピーみんくのことを気づかっている。 「ナンデモナインデス……」  コピーみんくは慌てて涙をぬぐった。そんなコピーみんくの横に腰をおろすモトハル。 「俺でよければ話聞くよ。食べる?」  モトハルはコピーみんくにコンビニのオムスビを差し出した。思わず受け取るコピーみんく。 「イインデス……タイシタコトジャナインデス」  モトハルにもらったオムスビを大事そうに抱えたまま、コピーみんくは呟くように言った。 「そう?……元気出しなよ」  モトハルはコピーみんくの背中をぽんとたたいた。コピーみんくは少し驚いたような顔をしたあと、モトハルの顔を見た。 「忘れちゃった?俺の必殺技」  モトハルはコピーみんくを優しい笑顔で見つめている。コピーみんくは首を小さく横に振った。忘れていない、だ。  モトハルの笑顔を見ていると、自然にコピーみんくの顔も笑顔になってくる。 「ちょっと元気出たみたいだね」 「ハイ……!」  コピーみんくがそう言うと、もう一度モトハルが背中を叩いた。 「女の子はそんな顔してちゃだめだよ。笑顔でいるのが一番だよ」  そう言い残すと、モトハルはバイクにまたがり、事務所へと走らせた。  コピーみんくの横をを通り過ぎる時、軽く手を振ったのが見えた。 「センパイ……」  コピーみんくは、オムスビをぎゅっと抱きしめた。 「あっ、いたいた!」  真帆子が土手の上に佇むコピーみんくを見つけた。『検索』でここまでたどり着いたのだ。 「こんな所に……。そうか、みんくの姿だから事務所には行けないし、だからこんな中途半端な場所にいたんだ」  叶花たちはコピーみんくに駆け寄った。 「んもう、どうしちゃったのよ!心配しちゃったじゃない!」  怒ったように言う叶花にコピーみんくは気まずそうな顔をした。 「ゴメンナサイ……」 「なにがあったの?」  Minkが不安そうにコピーみんくの顔をのぞき込んだ。 「モウイインデス……センパイ、アタシノコトモ見テクレタカラ」  もう、コピーみんくは泣いていなかった。泣きはらした顔ではあるが、微笑みを浮かべている。 「オリジナル……、コレ、センパイガ「みんく」ニクレタモノデス」  手渡されたのは紀州梅のオムスビだった。 「今日ハゴメンナサイ……、本当ニゴメンナサイ……アリガトウ」  そういうコピーみんくの顔を、Minkはどんな思いで見ていたのだろう。 「じゃ、みんく。今ならだれも見てないし……。みんくに戻るチャンスだよ」 「……うん」  Minkがみんくに戻ると、コピーみんくも消えた。  コピーみんくから受け取った紀州梅のオムスビをじっと見つめていたみんくだったが。 「コピーみんく……先輩となにがあったんだろう……いいないいないいないいないいな……あたしだって滅多に先輩と話できないのにーっ。ずるいずるいずるいずるいずるい……」  みんくはまだ包装を解いていないオムスビにかみつきながらぶつぶつと呟き始めた。 「あー、今度はみんくがコピーみんくにジェラシーを……ほっんと、乙女心って複雑だわ」  呆れ返る真帆子の横で、叶花は深いため息をついた。