Mink番外短編  イリヤ、早朝の乱行 「おつかれさま!」  モトハルのその一言で、ようやくMinkは全身の力を抜くことができた。  今日のお仕事はこれでおしまい。続きは明日。番組のスタッフたちも機材の撤収に入っている。  旅情系バラエティ番組の撮影だった。今日は大物中年俳優と一緒にこの町の名所巡りをし、明日はその大物中年俳優は某大物中年歌手と合流してクルーザーで釣りに、Minkは別の若手アイドルたちと合流して食べ歩きにでかける。日曜日の昼下がりに放送されるタイプのなんとなくよくあるような番組だ。  さすがに、テレビでよく見かける某大物俳優といっしょというだけあって、かなり緊張した。そのせいか、撮影が終わったらどっと疲れが出てしまった。  そんな様子に気づいてか、モトハルが声をかけてきた。 「だいぶ疲れたみたいだね。さ、早くホテルに戻ろう」  リゾート地だけあって、用意されていたホテルもなかなかいいホテルだった。瀟洒なリゾートホテル。  落ち着いたデザインの部屋。広いベランダ。今は季節外れで泳げはしないがプールにはきれいな水が張られていて、遠くにはビーチと海が見える。  部屋についたMinkは着替えもそこそこにベッドに倒れこみ、大きく伸びをした。 「ふーっ、疲れたぁ」  そのまましばらくベッドで大の字になっていたが、退屈になり体を起こした。  窓のほうを見ると、空の色に少し茜が混じってきていた。まだ夕方というにも早い時間だった。ベランダに出て少し風にあたってみた。Minkの部屋は2階。眺めはそこそこだった。そして、一番端のほうの部屋だ。  先輩、どうしてるかな。  隣の部屋はモトハルの部屋だ。  行ったら邪魔かな。でも打ち合わせってことにすればいいよね。  Minkはモトハルの部屋の前に来た。ドアをノックしようとして少しとまどう。  でもやっぱりいきなり押しかけちゃだめかな。  などと考えていたら、そのドアのほうがいきなり開いた。 「あれっ、Mink、どうしたの?」 「あっ、先輩。ちょっと退屈でお話ししたいなーなんて……」  不意を突かれたのでせっかく用意しておいた建前を言えずに本音が出る。 「俺も退屈でどこか行こうと思ってたんだ。一緒に行く?」 「はいっ」  うれしそうにモトハルについて歩きだすMink。  ここは小さいホテルだ。だから番組関係者で貸し切りになっていた。そのはずだった。Minkとモトハルは知らなかった。ちょうど二人がその前を通りかかった204号室に番組と全く関係ない人物が泊まっていることを。  日が沈み、茜色に染まっていた空が藍色に移ろいはじめた。やがて、この空は満天の星をちりばめた漆黒の夜空へと変わってゆくだろう。  あたりも暗くなりかかっていた。  それを待っていたかのように、怪しい人影がMinkの泊まっているホテルに近づいてきた。  植え込みの中に身を隠し、低い声で笑いだす人影。 「ふふふ、今度こそ、スクープゲットだぜ」  陽も沈んだというのにサングラスをかけ、悪趣味なアロハシャツの上に不似合いなスーツを着たその男は、紛れも無く芸能ゴシップ記者のジョニー・堀田、人呼んでジョニ田であった。 「Minkの泊まっているホテルに撮影もないはずのイリヤが先回りしている……これは紛れもなくスキャンダルの匂いがするぜ」  カメラを構えなおしながら、ジョニ田は不気味な笑みを浮かべた。  その時、人の気配がした。ジョニ田は体勢を低くした。  植え込みの前をMinkとモトハルが通過して行った。そして、ホテルの中に入って行く。 「よし、ここに間違いない」  まだ、部屋割りが分からない。Minkとイリヤはそれぞれどの部屋に泊まっているのか。まずはそれを調べねば。  食事を終えたMinkは、部屋でみんくに戻っていた。  この格好では人目につくベランダには出られない。しっかりと戸締まりをして誰も入れないようにし、カーテンも閉めた。女の子なのだから戸締まりが厳重なのは当たり前で、別に怪しい点もない。  お風呂に入り、目覚ましをセットしてベッドにもぐりこみ、みんくはそのまま眠りに落ちて行った。  Minkもイリヤもどの部屋に泊まっているのかまだつかめていない。  しかし、消去法で少しずつ絞れていた。  1階の部屋はスタッフだった。夜の闇に紛れてホテルに近づき、窓の外から部屋の様子をうかがってみると、1階のどの部屋からも聞き慣れない男の声がした。  3階のスイートルームには大物俳優。バスローブ姿でワイングラスを片手にベランダに現れたので分かった。さすがに大物俳優だけあって人目に触れていないような時でもエレガントである。この場合は意図しない見物人がいたようだが。  残っているのは2階だけ。ジョニ田の考えが正しければ、このどこかにMinkもイリヤもいるのだ。  西側の角部屋は早い時間に灯が消えた。  その隣はまだ灯がともっている。  そして、他の3部屋はずっと真っ暗なままだ。  イリヤとMinkと、マネージャー。分からないのはその3人がいるはずなのに、使われていそうな部屋が2つしかないことだ。  どういうことだ。  まさか、もうMinkの部屋にイリヤがしけこんでいたりするのか。  ジョニ田は時計を見た。日付が変わろうとしていた。そして、灯の灯っていた2番目の部屋も真っ暗になった。  まあいい。ホテルの廊下で部屋を見張っていればきっと動く。  そう思い、ジョニ田がホテルの中に侵入しようとしたその時。真っ暗だった2階の部屋の一つに灯が灯った。 「ビンゴ〜♪」  ジョニ田は笑みを浮かべ、そのままホテルに侵入した。 「イリヤさん、良く寝てたみたいですね」  スタッフの一人が朗らかに、それでも小声で言った。 「ま、当然でしょ。こんな時間に起きなきゃならないんだし」  まだすっきりしない顔でイリヤ。 「じゃ、打ち合わせに入りましょう」  こんな真夜中に打ち合わせ。どういうことなのかというと、これからイリヤは番組の撮影を始めるのだ。  『スターびっくりマル秘レポート』。その番組ではすっかりおなじみになっている寝起きコーナーの撮影を行うのだ。ターゲットはMink。 「ホテルの人に聞いたんですけど、Minkちゃんは10時にはもう眠っちゃったみたいです。だから少し予定を早めて、早朝の4時ごろに行ってみましょう」  なんでそんなことまで分かるのかというと、なんのことはない消灯時間をホテルのコンピュータでチェックしていたのだった。  基本的に、この番組では寝起きレポートにはスタッフは同行しない。ハンディカメラをレポーターのイリヤが携帯し、部屋の様子などを自分で撮影するのだ。そのビデオからは、無線で別室のスタッフたちのモニタに映像と音声が送られ、それを見ながらスタッフがイリヤに指示を出す。  余談だが、そういうシステムになっているが番組中にはスタッフからの指示は聞こえないので、スタッフの指示のフリをして全く指示していないことをやらかすこともあったりする。 「じゃ、そろそろスタンバイしてください」  時計は3時半を指していた。  イリヤは連絡用のヘッドホンマイクをつけ、ハンディカメラを手に部屋を出た。  ドアが開いた。廊下のソファで居眠りしていたジョニ田ははっと飛び起きた。  出てきたのはイリヤだった。204号室。目をつけたとおりの部屋だ。そして、202号室のドアの前に立った。  ビデオカメラで何かを撮っている。そしてぼそぼそと何かを言っている。  あのビデオカメラで何を撮ろうというのか。  ジョニ田はどんな見出しにするべきかもう考えはじめていた。 『発覚!イリヤの意外な素顔−彼女との夜をビデオで−』  まてよ。相手はまだ14才の少女だぞ。これはまだ気が急いていたか。  ジョニ田は何を考えているのやら。分からないということにしておく。  まずはイリヤがあの部屋で何をするのかを見届けなくてはならない。記事の内容を考えるのはそれからでも遅くはない。  イリヤがキーを取り出し、ドアのロックを開けた。ということはMinkが開けたわけでは当然無く、Minkにとって不意の出来事、つまり夜這いの線もありうる。 『イリヤ、Minkの寝込みを襲う』  まだ、ジョニ田は気が急いているようだ。 「Minkちゃんの部屋に入りました。寝息が聞こえます」  慎重に歩きながら、イリヤが声を落として喋った。 「うーん、割と片づいているなぁ……」  そういいながらテーブルに近づく。 「あっ、ポータブルCD発見。どんなの聞いてるのかな」  懐中電灯で照らしながら置いてあるCDを一枚ずつチェックしていく。 「割と渋いの聞いてるんだなぁ、Minkちゃんって。あっ、俺のCDないや。残念」  CDを元のように戻す。  今度はテーブルの上のほかのものを調べだした。 「台本です。今日の撮影のですね」 『さり気なく番組のほうも売り込んでくれ』  スタッフからの指示が出た。 「夏の旅情スペシャル。8月13日放映予定。だそうです」  表紙に書いてある通りのことを言うイリヤ。余計なことを言うとわざとらしいためだ。細かい演出にも余念がない。  よく見るとと、ベッドの横の据えつけのドレッサーに飲みおわったジュースのビンとグラスが置かれていた。 「俺も喉渇いたな……」  部屋の冷蔵庫から烏龍茶を出してくるイリヤ。一見せこいようだが、目的は別のところにある。  物音を立てないようにそっとビンを開け、グラスをつかんで注ぎ込みなにげない動作で烏龍茶を飲む。 「おっと、よく考えたらこれは間接キスだった」  もちろんわざとだ。  これだけやったところで、もういじってないのは荷物だけだ。しかし、さすがに荷物を漁るのはまずいため、そろそろベッドのほうに行くことにする。  寝息が聞こえる。起きる様子はまるでない。 「ちょっと、前に回ってみましょう」  顔が見える位置に移動し、その顔に懐中電灯を当てた。それでもまだ起きそうなよすはない。ビデオカメラをズームにする。 「かわいい寝顔だ……」  しかし、そこではっとなる。この顔はMinkちゃんじゃない。誰だ。 「なんか、ちょっと変だ……ああっ」  思わず大きな声が出てしまった。その声でベッドのふとんがもぞもぞと動いた。目を覚ましたのだ。 「うわああっ、だ、誰だっ!」  大声をあげてベッドの中から飛び出してきたのはMinkではなかった。 「ま、ま、マネージャー君!?」  ヘッドホンからスタッフの笑い声が聞こえてきた。  やられた……!  そう。寝起きをレポートする側も、はめられるのはよくあることなのだ。 『本当のMinkちゃんの部屋は201号室だよ〜』  スタッフの声。 「い、イリヤさん!?なんでここに!?」 「ちょっと寝起きを……」 「そ、そんな趣味があったのか!?」 「違うっ」  スタッフのいたずらのせいでとんでもないことになった。まずはこの誤解を解かなくては。  イリヤは正直に寝起きレポートのことを話すことにした。 「寝起きレポート?Minkの!?」 「そう。だから趣味じゃないんだよ。仕事だよ、仕事」 「じゃ、なんで俺の部屋に……」 「スタッフにだまされたんだ。この部屋にMinkちゃんがいるって言われたんだよ」 「Minkの部屋はとなりだけど」 「そうらしいね。全くとんでもない茶番だったよ。邪魔したね。起こしてすまなかった」  そういってイリヤが部屋を出ようとする。 「ちょっと待って」 「ん?」  振り返るとモトハルがパジャマを脱ぎだしていた。 「な、何を……」  思いっきり引くイリヤ。まさか、マネージャー君にはそんな趣味が。 「俺も行く。一応Minkの仕事ってことになるからな」  パジャマからシャツに着替えてモトハルが言った。 「そ、そうか……。お目付役ってわけだね」  面倒なことになった。これじゃあまり変なことができないじゃないか。  などと考えるイリヤ。変なことをするつもりだったらしい。 「しかし、君も好きだな」  イリヤはクスクスと笑いながら呟いた。 「えっ、何が?」 「何でもないよ」 「?」  モトハルはただ怪訝な顔をするばかり。 「そうだ。このカメラは君が持ってくれないかな」 「わかった」  渡されたビデオカメラでイリヤを映し出すモトハル。  それにしても。  俺は……マネージャー君と間接キスしてしまった。  イリヤは少しブルーになった。  モトハルの部屋を出ようとした二人を閃光が包み込んだ。 「二人っきりで部屋の中で何をしてたの?お熱いね〜」  ジョニ田だった。 「あれ?隣にいるのはMinkちゃんじゃないの?」  そう言った次の瞬間、ジョニ田は鮮やかな弧を描きながら宙を舞った。モトハルとイリヤの息のあったダブルパンチが見事に決まったのだ。瞬殺ノックアウトだった。  RRRRRRRRR。  みんくは携帯のアラームで目を覚ました。 「だれ?こんな時間に。それにスイッチは切ったはずなのに……」  みんくが携帯を取り上げると、突然オムが飛び出してきた。 「たいへんたいへん!」 「どうしたの?オム君」  びっくりしながらみんくが訊いた。 「この部屋にイリヤとモトハルが来るんだ!急いで変身して!」 「えっ、先輩と……イリヤ君が?どうして?それより変身しなきゃっ」  "WANNA-BE" STAND BY! 起動! 「とにかく、ベッドで寝たフリをするんだ。いいね!」  そういうと、オムは携帯の中に戻っていった。  ベッドに戻ると、ドアのほうから鍵を開ける音がした。  何しに来たんだろう。Minkの心臓がどきどきしている。 「今度こそMinkちゃんの部屋です」  イリヤ君が何かぼそぼそと言ってる。なんだろう。 「ポータブルCD発見」  何か物音がする。 「あっ、俺のCDもあります。Minkちゃん、聞いてくれてありがとう。マネージャー君も俺のCD買ってくれるとうれしいな」 「あ、俺、妹に借りたりするから。聞いてる」  先輩もいる。二人して、何しに来たんだろう。だいたいどうしてイリヤ君がここにいるの?  Minkは何がなんだか分からずにただ戸惑うばかり。 「おや。こんなところに『SY:A』が。ちゃんと自分の宣伝しているのを飲んでるんだ。Minkちゃんってえらいね。ちょっと残ってるので飲んじゃいます」  といっているのが、Minkにも分かった。  それ、飲みかけ〜っ。飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ飲みかけ……。  言いたくても寝ているフリをしているので何も言えない。ただ、ものすごく恥ずかしくなる。 「おいっ」  先輩が止めようとしてくれているみたい。 「仕事だよ、仕事」  どんな仕事なのよぅ。  そして、ごくっという音がする。言わずもがな、飲みかけの『SY:A』を飲む音だ。  きゃーっ。飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる飲んでる……。  一瞬気が遠くなるMink。 「君も飲む?」 「男同志の間接キスなんてごめんだよ」 「飲むっていわれたら俺も困るけど。もう間接キスはこりごりだしね」 「もう?」 「気にしないで」  言いながらイリヤはさらに部屋の中を物色する。 「あっ、Minkちゃんの着替えがあります」  おもむろに匂いをかぎだすイリヤ。 「な、何やってんだ」 「洗剤のいい香りがしますね。残念」 「残念って何が」 「さあ」 「でもさ、こんなことしててイメージ壊れたりしないのか?」 「割り切って考えることにしてるんだよ」  そういいつつ、今度は棚のほうに目をつけるイリヤ。 「携帯電話がありますね」  あっ、それはだめっ。  Minkは飛び出したい衝動に駆られた。下手にいじられて機能を呼び出されたりしたら大変だ。 「かわいいデザインだなぁ」 「メモリーとか調べたりするなよ」 「それはプライバシーだからやらないよ」  そういいながら、ボタンをプッシュしている音がする。 「おっと。目を覚ましちゃうかな……大丈夫」  かすかにコール音が聞こえてきた。どこにかけたんだろう。 『はい、イリヤです。ただいま留守にしてます。ご用の方は発信音のあとに用件をどうぞ』 「じぶんち?」  モトハルがイリヤに聞いた。 「そ」 「……楽しいか、それ」  ピー。  イリヤがモトハルに『黙れ』という身振りをした。そして。 「はぁい、あたしMink。イリヤ君、おはよう。好きよ、ちゅっ」  と、吹き込んできるのは当然イリヤである。モトハルはただただ呆れている。寝たふりをしながらばっちりと聞いていたMinkはそれを自分が言っている場面を想像して真っ赤になって硬直している。 「なんちゃって」 「あのなぁ」  携帯電話はそれで終わったらしく、元の場所に戻される音がした。 「そうだ。君のとこも留守電なら吹き込んであげてもいいよ。もちろんMinkちゃんのものまねで」  今のはものまねだったようだ。似てなかったが。 「やめてくれ」 「さて、と。見るものももうなさそうだし、あとはMinkちゃんを起こしておわりかな」  足音が近づいてきた。Minkの胸がどきどきする。  すぐ近くにイリヤ君の気配がする。寝たふりしなきゃ。寝たふり寝たふり。 「かわいい寝顔だ……。今度は間違いなくMinkちゃんの寝顔です」  すごく近くでイリヤ君の声がする。ビデオの回っている音がする。恥ずかしいよぉっ。 「さっきはなにも知らなかったからね。マネージャー君の寝顔をかわいい寝顔って言っちゃったよ」 「知らないほうがよかったな、それは」  なんのお話ししてるんだろう。 「君も近くで見たら?滅多に見られるもんじゃないよ、Minkちゃんの寝顔」  えっ。や、やだ……。 「いや、いい」 「えっ、そう?どうして?もったいない。Minkちゃんの寝顔なんて、初めてでしょ?」  イリヤは少し意外そうな顔をする。 「初めてじゃ……ないんだ」 「えっ、そうなのか」 「楽屋で居眠りしてたこともあるから」  じゃ、やっぱりあの時寝顔見られたんだぁっ。 「……君は俺の知らないMinkちゃんを知ってそうだ。いろいろと……ね」  イリヤはMinkの寝顔から視線を動かさずに言った。 「俺も、君の知らないMinkちゃんを見つけてみせるよ」  モトハルはなにも言わない。  Minkはその言葉を聞いて、鼓動の高鳴りを感じた。自分さえも知らない部分も見つけられそうな気がして。 「さて、と。そろそろ起こそうか。じゃ、Minkちゃんにお目覚めのキッス」  え。えっ?えーっ!  そんな、まだ心の準備が。目をつぶってると何がどうなってるのか分からないよぉっ。  と、気持ちの整理がつかないうちに、頬に何かが触れた。  い、い、イリヤ君の唇が?  きゃああぁっ……。  Minkは失神した。 「大変だっ!Minkちゃんの目が覚めない!」 「えっ。Mink?おい、Mink、Mink!」  我に返ると、モトハルの顔が目の前にあった。 「よかった。気がついたみたいだ」  一瞬、状況が分からなかった。少し遅れて、さっきまでのことを思い出した。 「起こしに来たら目が覚めなくてびっくりしたんだぞ。なんか熱があるみたいで顔も真っ赤だったし、うわごとも繰り返してたし」  そ、それは熱っていうかー、その……。それにうわごとって、あたし何言ってたんだろ。 「あ、あたし何か言ってました?」 「うん。よく聞こえなかったけど」  聞こえてなくてよかった。何言っていたか分からないのは気になるけど。 「おはよう、Minkちゃん」  後ろからイリヤの声がした。さっきのことを思い出して鼓動が早くなる。 「ごめんね、びっくりした?」 「は、はいっ」 「ちょっと話がおかしくなっちゃったけど、寝起きレポートなんだ。『スターびっくりマル秘レポート』で。知ってるでしょ?」  看板を出しながらイリヤがいう。 「俺が何をしたかは放送を見てね。いろいろ変なことしてるけど、嫌いにならないでほしいな」  知っているので、恥ずかしくてまともに見られないような気がする。特に、最後。 「はいっ、レポートは大成功〜。それではスタジオさん、どうぞ」  と、お決まりの台詞をポーズをつけながらイリヤが言った。これで撮影は終了ということだ。 「ビデオ、回しててくれてありがとう。おかげでやりたかったことが全部できたよ」  満足げなイリヤ。モトハルはビデオを止めてイリヤに返した。 「ごめんね、こんな朝早く」  イリヤがMinkに声をかけた。 「いえ、そんな……」  今までのこともあってか、いつにもまして何を言っていいのかわからないMink。 「まだ時間も早いし、もう一眠りしてていいからね」  モトハルがそういいながら部屋を出ようとする。しかし、イリヤが出ないので自分も出るに出られないようだ。 「でも、それには時間が遅いと思うよ」  そういいながら、イリヤは窓に近づいていく。 「ほら、すがすがしい朝だよ」  イリヤがカーテンを開けた。が、そこにジョニ田がいたのですぐ閉めた。 「それほどでもなかったみたいだね」 「なんか見えなかったか、今」 「そうかもしれない。そうだ。もうすぐ陽が昇る時間だし、朝日でも見に行こうか。すがすがしい気分になれるよ。ジョニ田にのぞかれてる部屋よりは」  イリヤの言葉に、モトハルがやっぱりという顔をしながらカーテンを開けて外を覗いた。そこにはすでにジョニ田の姿はなかった。  水平線の上には熟れきった果実のような橙色の朝日が少しだけ顔をのぞかせていた。  寄せてかえす波。吹き抜ける初夏の風。  イリヤの言ったとおり、すがすがしい気分になった。たまには早起きしてみるのもいいものだ。 「本当に寝なくて大丈夫なのか、Mink」  モトハルがMinkを気づかった。 「昨日は早く寝ましたから」  そう言いながら大きく伸びをするMink。 「俺はこれで仕事も終わりだからすぐに帰るけど、Minkちゃんはこれから撮影でしょ?頑張ってね」  イリヤがそう言いながらMinkの肩に手を回した。モトハルが不機嫌な顔をする。  そのとき、突然背後で物音がした。 「輝く朝日、寄り添う恋人っ。うーん、すがすがしいねぇ」  そう言いながらカメラを構えるジョニ田の前にモトハルと、素早く立ち上がったイリヤが立ちはだかった。そして。 「すがすがしくないのはお前だけだっ」  二人のコンビネーションはまさにぴったりだった。右と左のそれぞれのアッパー。  ジョニ田は鮮やかな弧を描きながら流星のように夜明けの空を横切り、昇りたての陽光に輝きながら押し寄せる波と波の間に水しぶきの花を咲かせながら消えていった。