Johnny Angel 02.Move on(1)  愛純のドラマは順調に撮影が進んでいる。  そして、その合間を縫って愛純は新しいアルバムの制作に取り組んでいた。  休む暇さえない忙しさだ。当然、Minkにちょっかいを出している暇などなくなった。それに、今はむしろMinkよりもイリヤの方に目が向いている。  ジョニー・堀田もイリヤをマークしている。ジョニー・堀田の監視が外れたMinkがそれでのびのびできるかというとそうでもなく、イリヤのことや、先日愛純に発破をかけられて以来Minkにまとわりついている有香のことなどで気苦労が絶えないらしく、撮影以外での表情は今ひとつ冴えない。  とにかく、行動を起こすにはまさにちょうどいい感じになったのだ。急ピッチで進めているアルバムもドラマの撮影に絞り込んで打ち込んでいるMinkの隙をついて音楽方面に仕掛けていこうと言うことだ。  アルバムのためのレコーディングも大詰めに入っている。ジョニー・堀田からの情報だとまだMinkの方は半分くらいしかレコーディングが進んでいない。このまま一気にマスタリング作業などを進めていけば余裕でMinkのアルバムより早く出来上がるのだ。 「忙しそうだな」  レコーディングを終えてスタジオから出てきた愛純にどこからともなく聞き慣れた声がかけられた。 「忙しいわよ。で、分かってて話しかけてくるって事は何か掴んだわけ?」  振り返るどころか足を緩めもせず愛純は聞き返した。 「……何か掴まなきゃ話しかけるのもダメか?」 「忙しいんだから。ま、今日のお仕事は終わりだから付き合ってあげることはできるわよ」 「ん、そう?じゃ、歩きながらってのもなんだから何か食わないか?おごるぜ?」 「悪いけど遠慮しとくわ……。あんたのおごりじゃ大した物でないでしょ?」 「やれやれ。たまには庶民の暮らしも見ておかないとバラエティでお嬢様丸出しやらかして反感買うぜ?」 「あら、何か勘違いしてない?お嬢様だからみんな憧れるんじゃない」 「あ……そう」  高笑いする愛純に引きつった笑みを浮かべるジョニー・堀田。 「ま、確かにこんな所でってのもなんだから、お店にはいるってのは賛成。あたしがよく行くスウィーツのお店があるの。そこで何かおごってちょうだい。そこなら庶民のディナーなみの出費ですむでしょ」  小悪魔のような笑みを浮かべながらそう言うと有無を言わさず愛純は歩き出す。  スタジオからやや歩いた所にその店はあった。  とってもおしゃれなムードの、若い子たちに人気のお店だ。  愛純が入ると店の所々でひそひそ話が始まる。しかし、愛純がよく来る店だけに常連客は愛純が来たくらいでは動じない。むしろ、愛純の同伴者のジョニー・堀田の方に目が向くようだ。  店の中は女子中高生やOLで賑わっている。その中でむさ苦しいジョニー・堀田は容赦なく浮いた。違和感ばりばりである。  気分を紛らわせようとポケットから煙草を取り出すジョニー・堀田だが、テーブルの上に灰皿はない。どうも禁煙のようだ。 「参ったな、こりゃ」  ジョニー・堀田はきゃいきゃいと賑やかな女性たちの声に押し込められるように小さくなった。  仕方なくメニューを開くと見るからに甘そうなスイーツが並んでいる。  あまりややこしくないものを適当に選んで注文した。出てきたのは写真通りの形だが、思っていたよりだいぶ小さなケーキだった。 「ま、なんだ。イリヤの方には今のところ大きな動きはないな。突撃取材をかけてはみてるがいつもの口の軽さはどこへやらって感じ。性格変わってるかも。こっちはそれだけ」 「で、それなら何の用?まさかおごってくれるためだけに話しかけたわけじゃないわよね」  小さなケーキをちびちびと削って口に運びながらのジョニー・堀田の言葉に愛純は冷ややかに返した。 「そうとも言えなくはないけどな。こっちは何もないからそっちはどうかってこった」  愛純は小さくため息をついた。 「残念、おごり損だわね。ここのところ忙しくて他のことに気なんか遣ってられないわよ」 「若いのに大変だねぇ」 「なぁに、年寄りみたい」  笑みをこぼす愛純。 「でも、そのおかげでうまいことMinkを出し抜いてアルバム発売できそうなの。おほほほほ、ざまぁ見なさい、Mink。今回はあたしの一人舞台ね」  立ち上がり高笑いを始めた愛純だが、すぐに周りの客の視線に気付いてこそこそと椅子に座った。 「……勝負は避けたわけだ」  すでにケーキも食べ終わり、口元が寂しくなったジョニー・堀田は火のついてない煙草を咥えながら呟いた。 「勝負って何よ」  周りを意識して小声になる愛純。  愛純にかまわず、ジョニー・堀田はウェイトレスを呼びつけて大福を注文した。ちんまいケーキだけでは物足りなかったのだ。 「だってさ、いつもMinkが新曲出すたびに対抗して新曲出してるじゃんよ」 「別に対抗してるわけじゃないわよ」 「そう?Minkの新曲発表があるといつも慌てて新曲発表してぎりぎりのスケジュールでレコーディングするアイドルはどこの誰だっけ」  テーブルに大福が運ばれてきた。高級スイーツ専門店の大福だけあって外の餅はふんわりやわらか、中のあんもしっとりやわらかで口の中でたちどころにとろけてしまう絶品大福だ。さすがに2つで600円は伊達ではない。さしものジョニー・堀田も、おおうめぇ、と感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。 「あんた、Minkに踊らされてるだろ」  口の中に広がる甘さをアイスコーヒーで中和しつつジョニー・堀田が言う。 「どういう意味よ」  愛純は食ってかかる。 「だってそうじゃん?Minkが何かを始めると慌てて同じ事を始めようとする。今回のドラマだってMinkのドラマ出演の噂を聞いて準備を始めたんだろ?」  確かにそうなのだ。  Minkのドラマ出演を聞きつけたジョニー・堀田がその話を愛純に持ってきたのがそもそものきっかけとなっている。スキャンダルを掴もうとMinkを嗅ぎ回ったりしているジョニー・堀田の耳にはそう言った情報はいくらでも入ってくるのだ。  ただ、ジョニー・堀田は芸能記者でもゴシップ専門だ。新曲だのドラマ新作だのと言った話にはこれっぽっちも興味はない。なので、全部愛純に話してしまう。結果、愛純はMinkの動きをいち早く察知して先回りしようとする。ジョニー・堀田が情報を持ってくるのは早い。なのでいつも対等の時間で臨めるはずなのだが……。 「あんた、自分のペース分かんないんじゃないの?Minkのやることに合わせて行動してるから。たまにはMinkの顔色うかがわないでやりたいことやってみたら?」  ジョニー・堀田は2個目の大福に手を伸ばした。が、その手が大福に届く前に愛純に取り上げられてしまった。 「そんなのあたしの勝手でしょ。だいたい負けっ放しじゃあたしの気が済まないの」 「真っ向勝負して勝てたこと一回もないじゃん」 「なんですってえぇぇぇぇ」  愛純は悔しそうに、ハンカチを噛みしめる一昔前の女性のように、手にしていた大福にかじりついた。やわらかおもちの大福はビローンと伸びた。 「俺の大福が……」  ジョニー・堀田は伸びる大福をもの悲しそうな目で見つめた。  イリヤのことが気がかりなMinkではあったが、そのことで仕事に身が入らないのではイリヤに申し訳ない。そんなこともあって、イリヤの一件は真帆子と叶花に任せることにして、自分は仕事に無心で打ち込んでいた。  ドラマの方が忙しく、アルバムの方は自ずと後回しになりがちになり、発売予定日も決まらないままだった。  Minkの所に愛純のアルバムの発売日が決まったという知らせが舞い込んできた。  有香はきゃーっ、買わなきゃー、などと浮かれているが、Minkはそれどころではないし叶花も真帆子もあまり興味がない。  ドラマの撮影は順調に進んでいる。ひとまず、前半部分でMinkの登場するシーンはもう粗方撮り終わった。今日の撮影が問題なく終了すればしばらくはMinkのシーンの撮影はない。  それを見込んでバラエティなどへのオファーもいくらかはあるが、それでも連日の忙しさはなくなる。  後半部分のシーンが始まるまでの間にアルバムの収録を進めていく予定なのだ。  Minkが台詞を4回連続でとちったりしたものの、撮影は特に問題なく予定通り終了した。 「うわぁい、お休みお休みー」  照明が落とされると同時にMinkの緊張も解され破顔一笑する。 「お疲れー!」  スタッフたちに混じって叶花と真帆子もMinkにお疲れコールを送った。 「これでしばらく気楽よね、Minkも撮影スタッフも」  さりげに毒の混じった叶花の言葉だが、Minkは特に気付いた様子はない。代わりに真帆子にやけながらが反応する。 「ちょっとー。スタッフも気楽ってどういう意味よー」 「あら。そんなこと言ったっけ」  実は叶花自身意識して言ってない。ナチュラルに毒を吐く少女叶花であった。 「Minkがスタッフに気苦労かけてるみたいじゃない」 「えー。あたし何か言ったっけ」  そんな二人のやりとりもMinkの耳には届いていない。すぐに素晴が話しかけてきたからだ。 「本当にお疲れ様。これでしばらくはゆっくり出来るね」 「はいっ」  いい返事をするMink。  素晴は小声になる。 「今度の日曜日、二人っきりでどこか行こうか」 「えっ」 「再来週の日曜からは有香のグラビアの撮影がびっしり入ってて時間が取れないからね。このところジョニ田もあんまり張り付いてないし、チャンスだと思うんだ」  素晴はここしばらくあまりにも有香がぴったりくっついて来るもので、出版社などに営業をかけまくりグラビアなどの仕事を大量に入れたのだ。  特に、ティーン誌にエッセーを連載することになったのはかなり効いており、学校でも休み時間などはネタ帳を見つめながら必死にアイディアを絞り出している。  お笑いじゃあるまいしネタ帳か?と思うかも知れないが、見せろと言われると顔を真っ赤にしていやだというそのノートを、アイディアを考えることに集中している隙に後ろから盗み見た真帆子の証言ではお笑い芸人のネタ帳かと思うような内容だったという。日々のとりとめもないことをとにかくメモしているようだが、本人以外の誰もが認める天然ボケの有香の日常である。エッセーよりも4コマ漫画のネタにでもした方が良さそうな日常だった。  有香のことはそっとしておいてやることにして。 「もちろんその恰好じゃマズいから……ね?『みんく』」  そう耳元でささやきかけ微笑みかける素晴にMinkは耳まで真っ赤になった。  素晴とみんくがよく考えればこんな形では初めての『デート』を楽しんでいる日曜日。  一方、この日は愛純にとってはアルバムレコーディングの仕上げの日となった。  あとはマスタリングなどの作業で、その道のプロに任せっきりで愛純にはほとんどすることがない。つまり、あとは完成を待つだけなのだ。 「お疲れー!」  午後もまだ早い時間にレコーディングは無事終了し、スタッフがささやかな拍手を送る。愛純にとっても今日のレコーディングは満足な出来だった。  荷物をまとめてスタジオをあとにしようとすると、ケータイにメールが入っていることに気付いた。差出人はジョニー・堀田。何よ、と思いながら開いてみると『レコーディングが終わったら電話をくれ』とだけ書かれていた。  愛純は直接メールに用件を書かないことを訝りながらもジョニー・堀田に電話をかけた。8回ほどコールしたところでコール音が止む。 『お。レコーディングは終わったか。早かったな』  いやに押し殺したようなしゃべり方のジョニー・堀田の声が受話器越しに聞こえた。車の通りすぎる音や雑踏の音も聞こえる。 「電話をよこせなんて書いたわりには待たせるじゃない?」  メール、電話と手間をとらされた上コールも長かったので少し機嫌が悪くなった愛純は嫌味を投げかけた。 『すまん、マナーモードにしてたから気付くのが遅くなっちまったんだ』 「マナーモード?あんたが?」  ぷっと吹き出してしまう愛純。 『なんだよ。俺がマナーモード使っちゃおかしいか』 「ガラでもない」  苦笑い混じりのジョニー・堀田に愛純はわりと容赦なく言い放った。 『しょうがないだろ。いまちょっと見つかるとマズいんだ』 「?なにか突撃取材かしら?そんなことより、わざわざ何の用?また何かおごってくれるの?」 『お嬢様にそんなにおごってたら財布が空になっちまう。残念ながら今回はおごりはナシで。むしろたまにはおごってくれ。あのな、今日はMinkのスケジュールが空いてるんだ。そして茜有香の撮影にマネージャーの姿はない……。あとは分かるな?』 「なんですってえぇぇー!」  思わず声が大きくなった。 「それで、どうなってるのよ。今どこにいるの」  荷物を担ぎ上げ、愛純はもう駆けつける気満々である。 『それがな、全く情報が入ってこないんだよ……。事務所には二人ともいないし……。そうそう、今はよくMinkとつるんでるマネージャーの妹と友だちをこっそりつけてるんだ。さっきでっ食わした時は何も知らないの一辺倒だったが、兄貴の居場所を知らないって事もないだろうから、ボロを出すのを待ってるんだが……』 「何よ。頼りにならないわね……。そうだ、あたし、有香の所に行ってみる。有香なら何か知ってるかも知れないし、マネージャーが顔を出すって事もあるかも知れない。そうなったら今回はスカって事だけど……」 『おう、頼む。俺は俺でMinkを捜すよ』 「インターネットの方でも情報探ってみるわ。何せピンクの髪の女の子なんて目立つに決まってるもの」 『分かった。乗り気になってくれて助かるよ』  ジョニー・堀田との電話は切れた。  愛純はそのまま携帯でMinkのファンの集まる掲示板に『今日はMinkのスケジュールが空いてるらしいけどどこか歩いてないかなぁ』などと書き込む。  愛純はふと考える。こう言った掲示板などでもMinkのプライベートでの目撃情報はほとんどない。町を歩いていればあのピンクの髪は目立つはずなのに。付け髪などでオフの時は髪の色を変えているとするとちょっと気付かないかも知れない。  となるとマネージャーを捜した方が見つけやすそうだが、いかんせんマネージャーの顔など知っているのは業界関係者くらいだ。ファンからの情報は期待できない。  とにかく、有香のもとへと急ぐことにした。 「いいよぉ〜」  カメラマンの声とシャッターの音が鳴り響くスタジオ。撮影の邪魔は出来ないので一段落つくまで様子を見ることにした。  入り口の近くに立てられた衝立で中の様子はよく見えない。しかし、愛純の位置からは有香がどんなセットで撮影をしているのかが大体分かった。ぬいぐるみなどが並べられたいかにも少女趣味の部屋、という感じのセットだ。有香にはこの手のセットがよく似合う。着ている服も多分フリルのついたかわいさを前面に出したような服だろう。 「じゃ、今度はちょっと上目遣いにいってみようか。顔をこう向けて。うんうん、いいねぇ」  有香は素直なので言われたことはちゃんとやるのでスタッフにも受けがいい。 「はい、じゃ休憩。あと、衣装も変えといてね。おーい、セット直しといて」  カメラマンの指示が飛び、どたばたとセットが崩されていく。そして、有香がスタジオを出てきた。愛純に気付く。 「あずみさああぁぁん。来てくれたんですねえぇぇ!」  ドップラー効果で声が歪みそうなほどの勢いで有香が愛純に駆け寄ってきた。思ったよりもラフな普段着っぽい服だ。 「うええ。不安だったんですよぉ。あたし一人でこんな所に取り残されてぇ……」  半泣きになる有香。 「そうよ、今日はマネージャーはどうしたのよ」 「用があるからってあたしをここに送ってすぐにどこか行っちゃいましたけど」 「何の用があるってのよ。今日はMinkのスケジュールも空いてるし……」  それを聞いて有香が顔を上げた。 「えっ。ウソっ」 「嘘ついてどうするの……。あなた同じ事務所なのに知らないの?」 「じ、自分のスケジュールしか見てなかった……」  その場に崩れる有香。その有香に愛純はさらに言葉を投げかける。 「ねぇ、Minkとマネージャーが二人でどこに行ったか知ってる?」  まだ『二人で』どこかに行ったとは決まってないが、愛純がこう口走ってしまうのは二人でいるところを見つけたいという理想がそうさせるのか。そして、このうっかり出た言葉が、有香の心の中にMinkと素晴が二人でいるビジョンを作り出してしまうのである。 「愛純さん!二人はどこに行ったんですか!?教えてくださいっ」 「いや、知ってたら教えてもらおうと思ったんだけど……」 「そんなあぁぁぁ」  またへたり込む有香。この状態ではこれからの撮影に打ち込めるかどうか。ちょっとマズかったかな、と愛純は思う。 「と、とにかく。ほら、カメラマンも言ってたでしょ、着替えなきゃ。ね」  愛純はやや放心状態の有香を立たせる。何で自分がこんなマネージャーみたいな真似をしなきゃならないのか、と理不尽に思いながら、もっともこうなったのは自分が原因だし、と心の中で自分に言い聞かせたりしていると。 「あっ」  有香が短く声を漏らした。何かに気付いたらしい。まさかマネージャーが来たのでは、と愛純もそちらに目を向けてみる。スタジオの中ではセットの組み替えが手際よく行われている。黒板、机。学校の教室のセットだ。そして、さっきまで使われていた部屋の中のセットは片づけられている。有香が目で追っているのはそのセットで使われていたぬいぐるみが運び出されていくところだ。 「ああああああっ!そのぬいぐるみはあたしがうちから持ってきたんですううぅぅ!片づけちゃいやああぁぁぁぁ!」  ドップラー効果で声が歪みそうなほどの勢いでスタッフに突進していく有香。  今度は愛純の方が呆気にとられ、一人その場に立ちつくすのだった。  とりあえず更衣室をかねた控え室で二人っきりで話すことにした。  今まで着ていた衣装を脱ぎ、次の衣装に着替え始める有香。セットが教室なら衣装はもちろん制服だが、有香の学校のものではない。 「あ、そうだ。鳥海さんにケータイかけてみる!」  唐突に着替えをやめ、携帯電話を取り出しかけ始める有香。  しばらく呼び出し続けたが、出ないらしくしょげながら電話を切った。 「うええぇ、出ないですぅ」 「出ないってことはスイッチは入ってるのね。もしかして名前を見て出るのためらってるとか」 「そんな。出るまでかけますっ!」  有香は再起しリダイヤルした。 「いいけど服着なさいよ。この状態でスタッフが呼びにでも来たらどうするの」 「きゃあああ!」  スタッフが入ってきた状況を想像したのか、誰かが来たわけでもないのに悲鳴を上げる有香。  その声を聞きつけてスタッフが部屋の前に集まってしまう。 「どうした!」 「何があった!」 「着替えの途中で裾を踏んづけて転びそうになっただけよ、ほら、着替え中だから帰って帰って」  愛純に言いくるめられ集まってきたスタッフは散った。  とりあえず有香は服を着ることにした。  そして、再び携帯を取り出す。そして一言。 「あっ、いっけない。あたし事務所の方にかけてましたぁ」  舌を出す有香にこける愛純。 「あのね。もうちょっと落ち着いてね」  愛純にたしなめられ有香はばつ悪げにまた舌を出した。  今度こそ、素晴の携帯の番号。愛純も有香の横で携帯に耳をつけ、聞き耳を立てた。 『撮影はもう終わったの?5時までの予定だったけど』  素晴は少し慌てているような気がする。気がするだけかも知れないが。いや、こんな時の女の直感は当たるのだ。 「鳥海さん、今どこにいるんですか!」  怒ったように言う有香。 『えっ。どこって、その……』  言いよどむ素晴。怪しい!  愛純は耳を澄ましていた。聞き取りにくい携帯の受話器の音の、その奥に混じる雑音に集中する。  ざわざわざわざわ、と人の声がした。ただの声ではない。笑い声が混じっている。地響きのような低い音。甲高い悲鳴のような声も聞こえる。  楽しいけど悲鳴を上げるような場所……。 「……!遊園地!?」  小声で呟く愛純。有香がそれを聞きつけた。 「遊園地でしょ!」 『えっ。な、何で?』  『何でそう思うの?』か『何で分かったの?』か。とにかくこの一言は効いたようだ。そして、愛純も携帯をとりだし、ジョニー・堀田に繋げた。 「遊園地よ!特定できてないけど、遊園地!」 『遊園地……?この辺だと……あそこか!』  それだけで電話は切れた。ジョニー・堀田は動き出した。横では有香が素晴への追求を続けている。 「ひどいですぅ!あたしが遊園地大好きなの知ってるくせに!今度はあたしも連れて行ってくれなきゃやだやだやだああぁぁ!」  なんか違うようだ。 「えっ、本当!?うわぁい。約束ですよ、鳥海さん。きゃーっ」  おそらくはいつか連れていくことを約束したのだろう。上機嫌で携帯を切る有香。  今、一緒に遊園地に行っているだろうMinkのことは遊園地という言葉を耳にした瞬間に忘れたのだろう。今は思い出さない方がいい。仕事に差し支えるから。  大通りを颯爽と1台のバイクが突っ走っていく。ヘルメットを阿弥陀にかぶりサングラスにアロハシャツ……ジョニー・堀田である。  その真っ正面にはきらめく海、そして巨大な観覧車、ジェットコースター。この辺りでも人気の遊園地、マリン・ガーデン。遊園地と水族館が一緒になった、当然だが海沿いの遊園地。  そして、ジョニー・堀田が近づいていることも知らず、楽しいけれどつかの間の二人きりの週末を楽しむ素晴と『みんく』の姿があった。  ディープブルーの淡い光が二人を包んでいた。頭上で輝く太陽は水面の波にいくつにも砕け、またも取り、砕け……それを果てしなく続けている。二人の横を小さな魚の群れがきらめきながらすり抜けていく。まるで海の中にいるような……。いや、ここは海の中なのだ。マリン・ガーデンの人気アトラクションの一つ、アクアマリン・ラビリンス。海の中に作られた巨大迷路。壁は大きな水槽で、一番外の壁の向こうは本物の海だ。  迷うような迷路ではない。夢のない話になるが、防災上の問題もあるので出口はいくつもあるし、正確にはどこが入り口でどこが出口ということもなく、それでも複雑に並べられた水槽は周りの視界を遮り、まるでそこには二人しかいないような空間をいとも簡単に作り出す。  まるで人魚になったみたい。みんくはそう思う。  揺らめく青い光に素晴の顔がまるで現実のものではないかのように見える。とても、冷たそうに見える。  でも、繋いでいる手はとても温かい。頭の上を、大きな影が過ぎった。大きな魚。思わずみんくは素晴との距離を縮めた。そんなみんくに、素晴は笑顔を向け、安心させようと、一言……。 『……よりお越しの、鳥海素晴様。Mink様。ゲート付近でお父様がお待ちです』  名前を呼ばれ、二人ははっとする。ここに来ていることは真帆子や叶花でさえ知らないはずなのに、一体誰が?それに、お父様とは? 『だーかーらー。お父様じゃないっての!』  いやになるほど聞き覚えのある声。 「この声は……ジョニ田!」  二人は身を強ばらせた。 『まったく……。おーい、お二人さん。いるんでしょー?ゲートで待ってるからねー』 『お客様、困りますっ』  チャイムも鳴らずに放送は切れた。  素晴はさっき遮られた一言を、さっき言おうとした時よりも強い口調でみんくに囁く。 「大丈夫、怖がらないで」  みんくは不安げな表情ながらも頷く。そして小声で話しかけた。 「ゲートで待ってるって事は……」 「つまり……ゲートからは出られない」  当然、ゲートを通らずに入ろうとする人たちを阻止するべく作られた生け垣や塀は、中から越えることも出来はしない。  二人に、逃げ場はない。網の中の魚だった。  確かにジョニ田はそこにいた。  ゲートの真ん前で待ちかまえている。ぼーっと人待ち顔を偽りながら、ゲートを通る人影にサングラスの中で鋭い眼光を巡らせているのだ。  あの目から逃れる方法を考えなければならない。  一人ならトイレにでも身を隠し、そこからファンクションでテレポートしてしまえばいいのだが、素晴も一緒なのでそれは出来ない。顔が割れているのが自分だけならまだしも、素晴の顔も割れているのだから素晴とてジョニ田の横を通り抜けられないだろう。  みんくには、一つアイディアが浮かんだ。  だが、それをやっているところをまだ素晴には見られたくない。隠し事は何一つない、と言ったものの……秘密だらけだ。 「先輩、あたしがジョニ田をゲートから引き離します。先輩はその間に外へ出てください」 「だめだ、君をおとりになんて出来ない。俺がおとりになる」  みんくは首を横に振った。 「あたしは大丈夫。ジョニ田から逃げ回るのは得意だから。……あたしを信じて」  いたずらっぽい笑みを浮かべていたみんくが最後の一言の時には自信に満ちた目になっていた。そこまで言われては素晴も断り切れない。 「外で待っててください、すぐに行きますから」 「分かった。無茶すんなよ」  頷き、みんくは素晴から離れた。 「さて、と。いつも通りよろしくね、『コピーMink』」  ファンクションを発動させ、コピーを送り出す。 「Minkだ」 「Minkだ!」  周りの人もざわつき出す。ジョニ田もその姿を見つけ、動き始めた。逃げるように動き出すコピーを追い、ジョニ田も走り出す。  今だ。ジョニ田が走り去ったあと悠々とゲートを通る素晴。  みんくも、あまり早すぎて怪しまれないくらいの間をおいて、外で待つ素晴のもとへ急いだ。  関係者以外立ち入り禁止の柵を乗り越えコピーMinkは走っていく。その後をジョニー・堀田も追う。  さっきまでは人混みをかき分けながらの追跡、しかしここには人影はない。建物の中に入り、明るいとは言い難い廊下をひた走る二つの影。 「足の長さは俺の方が上だ!」  などと言いながらコピーMinkの後を追うジョニー・堀田。コピーMinkは前にあったカーテンをくぐる。 「Minkちゃーん、彼氏はどこなの!?」  ジョニー・堀田もカーテンを突き抜けた。目が眩むような陽光。そして、まるで足元に地面がないかのような浮揚感。  視界がはっきりすると、確かに足元には地面などなかった。 「うわああああ!?」  足元はプールになっていた。人間のプールではない。ざぼーん、と水柱を立てて冷たい水の中に落ちるジョニー・堀田。頭まで水に沈んだが足がつかない。深い。そして、目を開けてみると目の前に恐ろしく巨大な黒い影が。  パニックになりながらも水面まで泳いでいく。水面から顔を出す。そして、Minkの姿を探す……。ない。またしても逃げられた!?  その時、目の前に水柱が上がり、先ほど水中で見た物らしい黒いものが水面に現れた。 「きゅ?」  イルカだった。ここはイルカのショーのプール、さっき抜けたカーテンは司会や飼育係が通る出口だった。  そして、ショーをしていない間は館内からもイルカが見られる大きな水槽にもなっている。  イルカの愛らしい姿を楽しんでいた家族連れやカップルは、突然落ちてきた悪趣味な色合いの生き物に度肝を抜かれ呆気にとられていた。 あとがき  やべえ!ジョニ田とあずみんのラブストーリーは一体どこに(自爆  これではMinkちゃんとモッくんのラブストーリーじゃん!それはあとのお楽しみのはずなのに!そもそも本当にラブストーリーなのか!  挙げ句の果てに今回書こうとしてたことが1話に収まりきってねえ!って言うかそもそもどこまで書くのか、と言うか何を書くのかさえはっきりしてなかったわけですが。  いずれにせよあずみんとジョニ田の行く末だけは大体決まってるもののその過程が黒い霧に覆われているので少しずつ晴らさないとなりません。今回は霧の中に突撃です。手探り状態で行き当たりばったりです。なのでこうなりましたです。  次回予告?無理!  言い切るとあとがき書くことないなorz  真帆子の方は少しストーリーが暗くなるかも、なのでこちらをおちゃらけ全開にして釣り合いをとりたいところです。  って言うか、有香ちゃんこのままじゃ嫌われキャラになりかねませんな。ただでさえオリキャラでも出さんと一人余って寂しいキャラになるってのに。  オリキャラ出せ?無理!<断言