Johnny Angel 01.ネバー・ギブアップ  秋の新番組ラインナップ。  その中には愛純の出演する新ドラマ「夢は時を越えて」の名があった。  そして、Minkの出演する「Eternal love stories」の名も。  あろう事か、テレビ雑誌もワイドショーも他のどんなメディアも「夢は時を越えて」よりも「Eternal love stories」の方を大きく取り上げている。  愛純の顔は自然と不機嫌になる。 「どうした?子猫ちゃん。浮かない顔をして」  そんな愛純の様子にパパも不思議そうな顔をする。 「新しいドラマも決まったのに。最高のシナリオライターが書いた話題作だ、まだ何か不満があるのかマイリトルエンジェル。んー?」  その言葉が終わらないうちに雑誌のページを引きちぎり丸めてゴミ箱に叩き込む愛純。パパの表情が固まった。 「この記事がどうかしたのか、んー?」 「どうもしないわよ!」  極めて機嫌の悪い愛純に、ゴミ箱の記事に伸びかけていた手を止める水原社長。 「なんで最高のスタッフに最高のキャストのこのドラマがこんな寄せ集めのドラマに話題性で負けなきゃならないわけ!?Minkだって出番そんなに多くないのにこんなに騒いで!」  最高のキャストとはもちろん自分のことである。そして、「Eternal love stories」は"stories"の名に違わずいくつかのラブストーリーが同時進行していくドラマ。それぞれが絡み合い一つの物語になっていくらしい。つまり、そのラブストーリーの一つを演じるにすぎないMinkの出番はそれほど多くないのだ。Minkの周りのキャストも確かに話題性はあるかもしれないがまだ新人というメンバー。だと言うのに。 「なんであっちが4ページでこっちが1ページなのよー!く・や・し・いいいいいいいい!!!」  今し方叩き込んだゴミ箱から記事を丸めた固まりを鷲づかみで拾い上げ、晩夏の爽やかながらまだまだ熱い風の吹き込む窓目掛けて放り投げた。照りつける目映い日の光を受け、去りゆく夏の思い出のようにきらきらと輝きながら小さくなっていく記事の固まりをいつまでも見届ける水原社長。 「パパ、まだ読んでないのに……」 「読まなくて結構!」  愛純はふかふかの柔らかいソファにどっかと腰を下ろした。軽い体が深々と埋まる。 「んー。やっぱりイリヤを起用した方が良か……」 「イリヤはもういいの!」  水原社長の言葉を遮るように鋭く愛純が言う。 「Minkとマネージャーが仲良くなったってのにまだMinkにご執心だなんて、あの人も考えてることがわかんないわ。ああもう、Minkなんてスキャンダルでとっとと消えちゃえばいいのに!」  ドン、と床を踏みならす愛純。水原社長は肩をすくめる。 「……スキャンダルと言えば……。最近あの記者とよくつるんでるらしいじゃないか。パパは感心しないぞぅ」  愛純の表情が曇る。あの記者、とは言わずもがな、ジョニー・堀田のことである。 「……あたしだって好きでつるんでるわけじゃない。Minkを引きずり下ろすのに都合がいいから協力してるだけ。それに……ちょっと弱みも握られてるし……」  最後の方はトーンダウンして聞こえるか聞こえないかくらいになったのだが、しっかりとパパの耳には届いたらしい。青ざめている。 「弱み?弱みってなんだ、まさかスキャンダル!?そんな、パパに内緒でスキャンダルなんて、どこの馬の骨かー!」  錯乱している水原社長。 「違うわよ、変な勘違いしないで。あの人、あれであたしの命の恩人なのよ」  先日の船上パーティで海に落ちた愛純を助けたのがジョニー・堀田だった。気を失っていた愛純が目を覚ました時、ボートの上にはずぶぬれの愛純とジョニー・堀田の二人だけだった。それに、その様子を遠くから見ていたCanonとMacoの二人も愛純を助けたのはジョニー・堀田だと言っている。嘘をついても仕方がないので信じていいのだろう。  もっとも、そのあと上がって来るものだと思い待ち続けたMinkとマネージャーの素晴はいつまでも上がってこず、愛純は自分のつまらない思いつきで取り返しのつかないことをしてしまった、と思い涙を流した。のだが、どういうわけかその二人は涼しい顔で一足先に船に戻っていて、濡れ鼠のままボートの上で風に当たり続けた愛純とジョニー・堀田は残りの船上のひとときを揃って襲い来る寒気と熱にうなされながら過ごす羽目になり、Minkへの憎しみを募らせたりしたものだ。  これで愛純が懲りたか、と言うとそんなことはなく、むしろ火に油を注いでしまった。  そこに来てこの扱いの差である。去りゆく夏に冷めゆく風に対し、愛純のMinkへの敵対心は熱く熱く燃え上がっていくのである。  ドラマの制作は決まったが、Minkの活動は当然それだけではない。撮影の合間を縫うようにコンサートに、レコーディングに。こちらの方も息のつく暇さえないほどの忙しさだ。 「お疲れ!」  今日のレコーディングはこれで終了。今までの張りつめた雰囲気が一気に解れる。  素晴もMinkの背中をにこやかに叩いた。それでもMinkの表情は冴えない。素晴にもその原因は分かっている。それがMinkにあるなら力になってやることも出来ただろう。  Minkの表情が冴えない理由はイリヤにあった。イリヤはここしばらく何かに思い悩んでいるようだ。そんなイリヤを気遣い、Minkもあまりイリヤの前では明るく振る舞えないのだ。  イリヤはイリヤでそんなMinkに心配をかけまいと必死に明るく振る舞おうとしている。見え見えだというのに。それが却って痛々しいのだ。  足早に去っていくイリヤを、Minkも今日は横で見守るだけの真帆子も心配そうに見送った。 「どうしちゃったんだろ、イリヤ君」 「だよねー。なんかあったのかな」  顔を見合わせるMinkと真帆子。 「え?なんでなんで?」  叶花がそれこそ何かあったのか、と言いたげに口を挟んできた。真帆子が口をとがらせる。 「気付かないの?イリヤの様子。なんか落ち込んでるというか、元気ない」 「そうなの?いつもとあまり変わらないように見えるけどなぁ」 「叶花、あんたニブすぎ」 「なぁんだとぉ!」 「だから男出来ないんだぞ」 「そういう真帆子には男がいるのかと小一時間問いつめたい」 「……心配だな、イリヤ」 「話をそらすなぁっ」  そんな二人のやりとりをよそにMinkはぼそっと呟く。 「どうしちゃったの、イリヤ君……」 「んー、分かるなぁ、イリヤの気持ち〜。デートまでした相手が別な男のところに行っちゃったんだからねぇ〜」 「ぎゃー!」  三人娘はどこからか沸いてきたジョニ田に悲鳴を上げて散った。 「じょ、じょ、ジョニ田!あんたどこから!」 「どこって、そこから」  入り口を指さすジョニ田。 「そんなんじゃありませんから!」  気丈に言い張るMink。そんなMinkをかばうように素晴が二人の間に立ちはだかる。 「お。王子様のご登場だ。さぁすが〜。そこまでしといて今さら二人の仲を否定なんてしないよね?」  にたにたと笑うジョニ田を睨み返して素晴は言い放つ。 「こんなのマネージャーとして当然だ!」 「マネージャーとして、ねぇ。便利な立場だねぇ。その立場なら好きなだけ一緒にいられるもんねぇ〜……。見せつけられるイリヤとしては堪らないよねぇ?」 「イリヤはなんの関係もないもん!」  真帆子の方をちらっと見るジョニ田。その目線に真帆子は寒気を覚え怯む。 「ふふん。今日のところは何ともネタが少なすぎるからね、こんな所にしておきましょ。……だが、このネタは必ずものにする。イリヤとのスキャンダルで潰れなかったこと、後悔させてやるぜ……?くっくっく……」  不気味な笑みを浮かべながらジョニ田は去っていった。残された四人は一様に険しい表情だった。 「いよぅ、相棒」  聞き慣れた声に愛純は足を止める。 「どう?わざわざ現れるってことは何か掴めたの?」  再び歩き出した愛純の後に付いてくるジョニー・堀田。 「どうやらイリヤが落ち込んでるらしい。俺はその原因がMinkとマネージャーにあると思っているんだが」 「イリヤが?初耳だわ」 「だろうな。最近はJAGUNNAとしての活動はあまり無いしMinkのステージでは脇役だ。目立つことはない。JAGUNNAの活動が少なくなっている原因が落ち込んでいることかもしれないけどな」 「それなら、なぜMinkとの仕事は出来るの?むしろJAGUNNAの活動の方に打ち込む方が普通だと思うけど」 「Minkも売れっ子だ。仕事に穴は開けられないだろ?そして、プロデューサーとして、バンドとして、イリヤだって欠かせない。自分の都合でMinkの足まで引っ張れないだろ」 「なるほど、言われてみればその通りだわね。で、そのたびMinkと顔を合わせネガティブになっていく、と。やっぱり許せないわね、Mink」  勝手に決めつける二人。 「なぁ、このままこのスクープを追いかけていくと、結果としてイリヤも無傷じゃいられない。それでもやるか?一応、共演とかして仲良かったんだろ?」 「……仲……、良かったとは言い難いかな。イリヤは愛想がいいから、そう思ってただけみたい。……いいわ、Minkを潰すためなら。でも、あまりイリヤには火の粉がかからないようにしてちょうだい。もしかしたら、Minkから取り返せるかもしれないんだから」  その言いっぷりにジョニー・堀田はくっくっくと押し殺した声で笑う。 「こえー。やっぱあんたとは気が合うねぇ。これからもよろしく頼むぜ」  ジョニー・堀田の足音が止んだ。しばらく歩き、振り返るとすでにジョニー・堀田の姿はそこにはなかった。  蓋を開けてみると、愛純のドラマもなかなかの高視聴率をたたき出した。Minkのドラマともいい勝負だ。  一方的な勝ちでないのが残念だが結果としては悪くはない。愛純の機嫌はややではあるが良くなった。  機嫌が良くなってきた理由はそれだけではない。また、いいことを思いついてしまったのだ。 「愛純さーん。ドラマ見ましたぁ。すごいですぅ〜、感動しちゃいましたぁ〜っ」  涙目で愛純に迫ってきたのは茜有香だ。 「ば、ばかね。まだ放送1回目じゃない。そんなころから感動しててクライマックスはどうするの」 「もっと感動しますぅ」  何となくこのコの相手は疲れるのだが。しかし、これから少し働いてもらわなければならない。そう、いつものパターンで有香を利用してやろうというのだ。 「ね、あなた達のマネージャー、どうしてる?」 「え、鳥海さんですか?元気ですよぉー」  そんなことはそこにいるのだから見れば分かる。 「じゃなくてね。Minkとはどうしてるかってこと」 「えー?どうしてるって言われても。なんでそんなこと聞くんですか?」 「あら、知らないの?今、あのMinkとマネージャーの仲が噂されてるのよね」 「え。えええええ!?そ、そ、そんなあぁぁ!?」  取り乱す有香。 「噂、だけどね」  愛純もちょっと心が痛むような気がしないでもない。それに、この騒ぎでは目につきすぎて段取りが進まない。少し落ち着かせることにする。 「うわああ。本当だったら困りますぅ〜!」  一向に落ち着きそうにはない。諦めることにした。このまま無理矢理にでも話を進めることにした。 「そうよねぇ。まさかアイドルとマネージャーがそんな仲だなんて……」 「鳥海さんはあたしのものです〜!」 「……は?」 「愛純さん、どうしよう〜」  そう言えば有香は素晴に好意を抱いていたような記憶がないでもない。忘れていた。まぁいい、操るにはいい状態になった。 「あのね、ごにょごにょごにょ」  有香の耳元で秘策を授ける愛純。有香は真剣に聞いている。 「……じゃ、よろしくね」  くすっと笑いながら愛純は言う。 「はいっ!」  有香はいつになく気合いが入るのだった。  愛純の有香への指示は、本当に二人がそんな仲なのかどうかしっかりと見張っておけ、と言うものだ。  有香の気持ちも考え、もしもそう言う場面を見かけたらどんどん邪魔しちゃえ、と言うのも付け加えた。これで二人の関係が悪化したら元も子もないが、その時は泥沼三角関係という方向に持って行くことも出来なくはない。いや、イリヤも入れれば四角関係か。  協力者である有香でさえ巻き込むことを厭わない恐るべき愛純。  そして、有香は実によく、必要以上にやってくれた。二人での仕事中はもちろん、仕事がない時も素晴に徹底的につきまとい、Minkと素晴を近づきにくくした。  当初はしっかりと見張らせて報告させる作戦だったが、むしろこうやって引き離しておいて、二人っきりになった時どんなことが起こるかの方が楽しみだ。  それぞれのスケジュールなどは有香が情報として持ってきてくれるので、有香が仕事中で、素晴がMinkにくっついている時が狙い目だ。そこを突いてジョニー・堀田が突撃をかける。 「おほほほ、カンペキだわね♪」  それほどとは思えないが、とにかく高笑いする愛純。 「で、俺はいつ行けばいいわけ?」  そんな愛純を冷めた目で見ながら煙草をくゆらせるジョニー・堀田。 「そうね、チャンスとして一番近いのはこの日だけど」  愛純は有香の用意したスケジュール表を指さす。 「結構先だねぇ……。で、この日まであの有香ちゃんは二人の邪魔をし続けるわけ?」 「ええ。あの調子でやってくれれば二人は有香に隠れて話すことも出来ないわね」 「女の執念って奴だねぇ……。これだからゴシップってのはやめられないぜ。さて、それまでMinkがもつかね?有香ちゃんと一発取っ組み合いにでもなりゃ、それはそれで面白いぜ」 「ま、そう言うことになったら有香のことだからあたしに泣きついてくるわね。どっちに転んでも面白そう」 「……悪魔だな」 「あら、そうかしら」 「自覚無し?うは、たまんないね」 「ま、あたしは見てるだけだから?そっちはうまくやってよね」  ジョニー・堀田は煙草をもみ消した。 「はいはい。……。で、うまくいったらご褒美くらいくれるよね?何かな?もしかして、ちゅーとか」 「な、なにバカなこと言ってんの?殴るわよ」  とは言いながら、命の恩人という負い目のため近頃は口だけで殴るとこまで行けない。 「最近丸くなってない?ぷぷぷ、かーわいー」  とうとう愛純は爆発した。灰皿がジョニー・堀田を掠める。ジョニー・堀田は逃げるように足早に立ち去った。  そして、いよいよその日。 「愛純さあぁーん」  有香が愛純に駆け寄ってきた。有香の顔は不安で一杯だ。 「うわああん、愛純さーん。どうしよう、どうしよう。今Minkちゃんと鳥海さん、二人っきりですぅ〜」 「そうねぇ。でもあなた、邪魔してもいいとは言ったけどちょっとやりすぎのような気がするんだけど」 「え?そうですか?」 「だって好き合ってるかもしれない二人が、あんだけ徹底的に邪魔され続けたらなんて言うかその、思いが、燃え上がっちゃうでしょ」 「え」 「今まで何も出来なかった分どうなることかしら」 「えええええ!?」  頭を抱える有香。 「あと、しつこい女って嫌われちゃうわよ。好きならちょっと距離置かないと」  愛純の素直なアドバイスではある。 「は、はいぃ……」  思いっきりへこむ有香。 「ま、いいわ。あとは結果次第だから。真実がどうかもうすぐ明らかになるからそれまでの辛抱よ」  かなり酷なことを言う愛純。いずれにせよ有香はもう聞いていない。  有香の監視からようやく解放されたMinkと素晴は楽屋で久々の二人っきりの時を過ごしていた。 「まったく、なんなんだ有香の奴。こりゃまた、一発説教してやらないとならないかなぁ」  素晴はまず何より有香が近くにいない落ち着いたひとときを満喫している。 「オヤジもオヤジだよな、連れてくるだけ連れてきて、面倒も見ずにぶらぶらしやがって。これ以上連れてきたらもう俺一人じゃ面倒見切れないし」  ふうっとため息をつく。そして、寂しそうな顔をしているMinkに気付いた。 「あ、ごめん。せっかく二人っきりになったってのにこんな話じゃいやだよな」  首を横に振るMink。 「あたしは……いいんです」 「……よくない」 「え」  Minkの隣に移動する素晴。 「忘れたか?俺の仕事はMinkがいつも笑っていられるようにすることだ。我慢なんかするんじゃない」 「……うん」  素晴にそっと寄り添うMink。 「ちょっと待って」  素晴はMinkを引き離した。  なんで?今の言葉はなんだったの? 「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなん」  素晴は立ち上がり、テーブルの上に置いてあったコーラの缶をすごい勢いで振り始めた。  不思議に思うMinkは素晴が厳しい視線を向けるその先に自分も目を向けた。  晩夏の強い日差しを受け、青々とした葉を茂らせる木立が窓の外に見えた。その木の葉の合間にけばけばしい色合いが不自然に混じっていた。アロハシャツ。  素晴はがらっと窓を開けた。クーラーの効いた部屋に熱気をたっぷり含んだ風が吹き込んでくる。  素晴は窓の外に向かって振って振って振りまくったコーラの缶を開けた。琥珀色の飛沫がきらきらと輝きながら舞い、甘ったるい臭いが風に乗って運ばれてくる。 「うわああぁぁ、ちょっと待って」  木の上の人影は身を守るが無駄だった。頭からコーラを浴び、びしょぬれになる。いいコントロールだ。 「ああああっ。カメラが!お前なんてことを」  激怒したジョニ田は素晴に詰め寄る。が、詰め寄って踏み出したところには地面など無い。 「ああああぁぁぁぁぁ」  がさがさっ、と下の茂みに落ちた音がした。運のいい男だ。 「もうこれで邪魔は入らないよ」  素晴はカーテンを閉めた。これで本当に二人っきりの時間を過ごせそうだ。 「写真、とれなかったの!?」  愛純の剣幕にジョニー・堀田は首を竦めた。 「そう熱くなりなさんな……。写真は逃したがこの目ではしっかり見たぜ。ありゃあ、完全に熱々カップルだな」 「いいなぁ……じゃない。本当にそうならなんとしても写真は手に入れなきゃね。がんばってちょうだい」 「気安く言うなよ。ただでさえあの有香ちゃんが張り付いててなかなかシチュエーションが揃わないんだから」 「そうねぇ。もう有香は用済みかな」 「いや、あのままにしとけ。あれはあれで役に立ってる。やっぱり日頃いちゃつけないのはいざって時大胆になれる。問題は、そのいざって時を捕らえるのが難しいところだ」 「じゃ、こういうのはどう?有香を張り付かせておいて、こちらでロケーションを設定して誘い込む。その時は有香もいなくて油断する、と。もちろん、待ち伏せ。そうね、隠しカメラ置いておくって手もあるわ」 「出来るのか、そんなこと」 「任せて。番組から何から何まであたしの思うままよ」  愛純は悪魔の笑みを浮かべた。  決行の時は来た。  有香はバラエティーのトーク番組の収録。3時間は解放されない。そして、Minkは別なトーク番組の収録。有香の番組は何人ものゲストが同時に集まってわいわいと話すタイプ、Minkの出る番組はゲストが一人ずつ登場して司会者と1対1で話すタイプだ。当然、その間Minkは楽屋で待機することになる。楽屋には窓などはない。油断することだろう。楽屋の中数ヶ所に隠しカメラを設置。愛純は別室でモニターを見張っている。  今度こそカンペキだ。あとは、Minkと素晴の行動次第、と言うことだ。  二人が楽屋に入ってきた。  さあ、好きなだけいちゃつきなさい。  愛純はにやにやしながら様子を見る。  しかし、あろう事か素晴はMinkをおいて楽屋を出て行った。楽屋の中でぽつんと寂しげに座り続けるMink。 「ちょっとちょっと。何やってんのあの男は!……もしかしてあたしたちの見当違い!?」  ジョニー・堀田に電話をかける愛純。 「ねぇ、そっちの様子はどう!?何してる?」 『おう、ばっちりMinkを尾行中だぜ』 「へ?そんな。今Mink楽屋にいるわよ」 『な、何っ?いや、ここで騙されちゃいけない』  ジョニー・堀田は今までに何度もこの手でやられている。Minkはダミーを使う。どうやっているのかは定かではないが、ダミーを使ってジョニー堀田を惑わすのだ。 『よし、水原はそっちをしっかり見張ってろ。俺はこっちを見張る』 「わ、わかったわ」  緊張しながら画面に食い入るように見入る愛純。  どれほどの時が流れただろうか。  愛純の携帯が鳴った。着信はジョニー・堀田からだった。 「なぁに?変化あった?」 『いや、もうすぐ番組の収録だろ?それなのにこんな所にいたら収録、間に合わないだろう。どうもこっちが偽物っぽいぞ』 「そう。だとしたら、今回も収穫無しかしら。あのマネージャー、せっかくお膳立てしてあげたのに手も握らないどころか顔も合わせないなんて」  いらだってくる愛純。もしかしたら今回は見抜かれていたのかもしれない。それで、我慢してこんなことになっているのだ。  その後しばらくして予定の収録時間になった。ジョニ田は諦めて帰って来るという。  Minkはまだ動かない。  やがて、ジョニ田から電話が入った。 『さっきのはやっぱり偽物だったな。収録始まってるぜ』 「そう……ってちょっと待って。それじゃこのMinkはいったい」  愛純の見ているモニターにはまだMinkが映っている。  慌ててMinkの楽屋に駆け込む愛純。しかし、Minkの姿はない。  何が起こったのかよくは分からないが、出し抜かれたと言うことだけははっきりと分かった。 「手強いねぇ」  これだけやってもなんの成果もないというのにジョニー・堀田は相変わらずのんきな顔をしている。愛純はせっかくドラマの滑り出しが好調でほころんでいた顔がまた険しくなっていた。 「おいおい、まだ若いんだ、そんな顔ずーっとしてると成人式の前に眉間にしわが寄っちまうぞ」  手にしていた雑誌を投げつける愛純。 「誰のせいよ、誰の!」 「俺のせいだって言いたいのか?とちったのはお互い様だし。ま、いつものことだからとっとと諦めて次の作戦練ろうや」  あまりにもごもっともなので愛純は何も言えない。 「でも……こんなに手間暇かけたのに。番組のゲストだって替えるの大変だったんだから!」 「ま、そうだろうけどな」 「他人事みたいに言わないでちょうだい」 「でもよ、Minkが出るとなりゃ視聴率だって結構上がるんだろ?その分はもうけだろ」  Minkの人気の高さを指摘された気がして愛純はさらに不機嫌に加速をかけた。ジョニー・堀田はふうっとため息を吐く。  手頃な折りたたみ椅子に腰掛け、ジョニー・堀田は煙草に火をつけた。煙を肺一杯に吸い込み、一気に吐き出す。たちまち部屋に煙が満たされた。  しばらくそうしていたジョニー・堀田だが、にわかに立ち上がると椅子の向きを変え、組んだ腕を背もたれの上に置き、その上に顎を載せた。 「……多少は懲りたか?」  まだ俯いたまま唇を噛みしめている愛純に視線を据え、にやっと笑いながらジョニー・堀田は呟いた。 「何よ、どういう意味?」  ジョニー・堀田を睨み付ける愛純。二人の視線が交差する。 「あんた、初めてだろ?こんなふうに一から自分の手で何かやろうとしたの。いつも種だけまいてあとはほったらかしだからな」  愛純は、そんなことない、と言おうとして口を噤んだ。芸能活動はパパに任せっきりだし、Minkを追いつめる時だっていつも、たまたまそうなっていたという状況を利用してどうにかしようとしたり、あとはジョニー・堀田任せだった。 「図星、か。いいか、お嬢さん。いや、お嬢様。人生なんてのは失敗ばっかりだ。成功なんてのはそんな失敗ばかりの人生にひと味添えるスパイスみたいなもんさ。スパイスばかりじゃ辛くて食えねぇだろ?」  今までの生き方を否定された気がして怒りと落胆が愛純の胸の中で混ざり合う。 「ま、その様子だと立ち直るのも早そうだからな。また何か思いついたら呼んでくれ」  そう言うとジョニー・堀田は立ち上がり、部屋を出て行った。  消えきらずにまだ煙を立ち上らせている灰皿の煙草の火を乱暴に揉み消すと、愛純は体を投げ出すように椅子に腰を下ろした。  Minkに出し抜かれたのは悔しい。だが、それ以上に今ジョニー・堀田に言われたことが愛純の心を締め付けていた。  今まで14年間、一度も自分の手で何かを成し遂げようとしたことがない。  お嬢様、か。  ジョニー・堀田の小馬鹿にしたようなにやけ顔が頭をよぎる。  愛純はまさにお嬢様の典型だ。大会社の社長の一人娘、今まで自由にならなかったものなどほとんどない。  それでもMinkが登場してからだいぶ悔しい思いをさせられた。まさにMinkは一度も思い通りにならないものだった。  愛純は決心する。今までは誰かに任せて結果を待つばかりだった。今度からは自分でも積極的に動いていく。  何が何でもMinkはこの手で潰してみせる。あたしの未来のために。 あとがき  いつかやりたいと思っていたジョニ田&あずみん小説です。  なんでこんな組み合わせを!?……と言う人は意外と少ないだろうと思います(自爆  作品中でジョニ田の表記についてジョニー・堀田とジョニ田がありますが愛純が主役のシーンではジョニー・堀田、Minkやイリヤが前面に出ているシーンではジョニ田となっております。念のため。  書き始めたころはこれはこれで独立したストーリーになる予定でしたが、半ば過ぎくらいまで書き進めて、何となく時系列的に同じなんだし他のストーリーと絡めたりしようとか思いつきました。そして、なんだか知りませんが上の方に便利な設定がすでに書いてあったんですね。「Eternal love stories」。いくつものラブストーリーが絡み合い一つのストーリーに。これいいや。これで行こう。そんな感じです。はい。  こちらのストーリーでは大人の男性ジョニ田様に大人の恋のノウハウを子供のあずみんが教えられて少しずつ大人になっていく、と言う感じのストーリーを予定しています。驚いたことにわしにとって初めての本格的ラブストーリーです。うまくいくのかしら(汗  次回予告も何もまだストーリー決まってません。これから真帆子の方のラブストーリーに取り組みますんでそっち次第になるでしょう。  そっちもストーリー決まってねぇえぇっ!  どうなるか今から不安です。はい。